マイヨジョーヌの行方を決める重要な一日。ブザンソンへ向かうコースの沿道にはいつもどおりツールを楽しむ観客たちがそれぞれのスタイルで応援していた。

地元の人達が応援するなか世界チャンピオンのトニ・マルティン(オメガファーマ・クイックステップ)が走る地元の人達が応援するなか世界チャンピオンのトニ・マルティン(オメガファーマ・クイックステップ)が走る (c)Makoto.AYANO

スタート地点に選ばれたのはユネスコ世界遺産でもあるアル・ケ・スナンの王立製塩所。壁に囲まれたユニークなこの建物の中庭がチームの待機場に。チームバスはこの庭に乗り入れ、その前で選手たちはウォームアップする。上空からみれば面白いこの建物だが、中に入ればそれほど興味を引くものじゃない。
ブザンソンは今までに4度TTの地に選ばれている。そのうちの3度、ブザンソンのTTを制した選手がパリでマイヨジョーヌを着ているという幸運の地だ。

「アラシロ」の沿道の知名度が上がっている

朝9時45分に第1ライダーがスタートし、3分間隔で出走が組まれる。昨ステージのゴール地点から200km近く移動があり、朝の早いプログラム。ただでさえ機材の準備の大変なタイムトライアル。スタートが夕方16時半までにばらけるため、選手のホテルとスタートとの間の送り迎えにと各チームは忙しい。

見晴らしのいい道を行く新城幸也(ユーロップカー)見晴らしのいい道を行く新城幸也(ユーロップカー) (c)Makoto.AYANO新城幸也(ユーロップカー)は125位のタイム新城幸也(ユーロップカー)は125位のタイム (c)Makoto.AYANO


ユキヤは11時半のスタート。とくに総合を狙わないユキヤにとって今日はそこそこに頑張る日。むしろきたるべき時に備えて調整する意味合いが強い。アップをしながらも会話に応じてくれる余裕がある。

レースが通るのは細い細い田舎道。通過する村々の住人たちが、朝から沿道にテーブルを持ちだして、ピクニックよろしく観戦。新聞のスタートリストを手に入れては、次に来る選手について論議している。皆さんそんなに詳しくないので解説を頼まれた。
敢闘賞獲得のステージがあったことで、ユキヤに対しての認識度は急上昇している。「ジャポネのアラシロが来る」と、それなりに盛り上がってくれる。「彼の経歴はハンドボールから〜云々」の説明に喜んでくれた。

フランスを象徴するシトロエン2CVが見守るフランスを象徴するシトロエン2CVが見守る (c)Makoto.AYANO

最初に通過する村の沿道の芝生にはシトロエン2CVが展示されていた。中古自動車屋の企画だが、フランスを象徴するこのクルマを横目に眺めながら、最新のハイテク機材で武装した自転車に乗った選手たちが通過する。なんともいい眺めだ。

音楽を聴きながらTTを走ったバルス

笑ったのはラファエル・バルス(ヴァカンソレイユ・DCM)。後ろに続くチームカーのスピーカーからはビートの効いたノリノリのロック音楽が流され、それを聴きながらの走り。このスペイン人選手自身のアイデア?それともチームの作戦? ヴァカンソレイユでも他にそんなことをしている選手はいなかったので、本人の好みだろうか。いままでにそんなことをした選手を他に知らない。

シャイニースーツで決めたアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン、アスタナ)シャイニースーツで決めたアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン、アスタナ) (c)Makoto.AYANOヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)ヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール) (c)Makoto.AYANO


輝けなかったマルティンとカンチェラーラは五輪を目指す

レース前半に暫定トップタイムをマークしたトニ・マルティン(ドイツ、オメガファーマ・クイックステップ)レース前半に暫定トップタイムをマークしたトニ・マルティン(ドイツ、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Cor Vos舟状骨を骨折したため左手首をギプスで固めてここまで我慢して走ってきたトニ・マルティン(オメガファーマ・クイックステップ)は、白いTT世界チャンピオンのスキンスーツに着替えて走った。
フルには使えない手首をカバーするポジションが出せるようにTTバイクのセッティングを出し直しての走りだ。
目の前を通るとき、慎重すぎるほどにスローダウンしながらコーナーをクリアしていった。そのすぐ後、5km地点でパンクのためホイール交換をしたという情報。その影響もあってタイムが出なかった。
「走りはそんなに悪くなかった。でもパンクしてリズムを失った。苦しんだけれど、手首が痛んだのは穴に落ちた時だけ」とマルティン。
前日、チームドクターからはこの個人TTの後にリタイアすることをすすめるコメントが出されている。
「トニはタイムトライアルを走りたがっているが、そのあとはやめたほうがいい。折れた手首で自転車にのるのを観ているが、1週間たってそれが原因で背中と膝にも影響が出始めている。オリンピックに向けてリスクを犯さないためにも、ここで止めて家に帰った方がいい」。
おそらくマルティンはこれに従うだろう。

前半の平坦路を行くファビアン・カンチェラーラ(スイス、レディオシャック・ニッサン)前半の平坦路を行くファビアン・カンチェラーラ(スイス、レディオシャック・ニッサン) (c)Makoto.AYANO

昨日の山岳で脚を休めながら走ったカンチェラーラだが、その疲れと、それまでにマイヨジョーヌを守る走りをしたことが響いたようだ。
「昨日は本当にハードなステージだったんだ。今日は全力をつくすことだけを考えた。今日のコースはツール・ド・フランスのTTの典型のような難しいコースだったね。これまでこの日を100%で迎えたいとだけ考えて走ってきた。勝てなかったが良い走りができたから後悔はない。だから満足だ。これで休養日明けから再びチームのために全力を尽くして働くことができる」。
個人TTで輝けなかったTTスペシャリスト、マルティンとカンチェラーラのふたりは、それぞれ違うアプローチでロンドン五輪のTTに向けて再フォーカスしてゆくことになる。

ウィゴ+フルーミー VS カデル+TJ

マイヨジョーヌを着て走るブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) マイヨジョーヌを着て走るブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)  (c)Makoto.AYANO

マイヨジョーヌのライバル、エヴァンスに2分近い1分43秒差をつけることに成功したウィギンズ。そして驚きの2位のタイムを叩きだしたクリス・フルーム。エヴァンスがタイムを落とした一方、ティージェイ・ヴァンガーデレンが4位の好タイムでフィニッシュ。
エヴァンスがウィギンズに対して失ったタイムの1分43秒差は、奇しくもクリテリウム・ドュ・ドーフィネのときについたタイム差と同じ数字。ドーフィネは平坦基調だったが、今回はエヴァンスの得意なアップダウンを含むコースだったにもかかわらず。

2011年ブエルタ第10ステージ、サラマンカでの個人TTでチームリーダーのウィギンズを23秒上回ったフルームは、今回はカンチェラーラのタイムを22秒塗り替えた。ウィギンズと山岳でも同等に走れるフルームは、ウィギンズの山岳アシストであると同時にもうひとりのエースだ。もちろんシャンゼリゼでのポディウムを狙えるし、ブエルタがそうなったように、ウィゴに何かあったときのためのダブルエース体制としても万全だ。
「僕たちはこれまでやってきたことと、クリスを現在の順位にキープさせることをできるだけ続けていくつもりだ。僕たちがこれからどこに向かうのかを考えながら、現在の状況を受け入れていくだけだ」とウィゴ。
チームスカイはフルームを単なるウィゴのアシストとして、1枚のマイヨジョーヌのためだけに犠牲を強いることは考えていない。狙うはウィゴのマイヨジョーヌとフルームのポディウムだ。

カデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシングチーム)は6位のタイムカデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシングチーム)は6位のタイム (c)Makoto.AYANO

エヴァンスは言う。「ベストなタイムトライアルじゃなかった。でもそれほど悪かったわけでもない。スカイのふたりは今日とてもとても強かったんだ。いつもどおり、最後まで闘う。そして諦めない。パリまではまだ遠い道のりがあるし、レースはたくさん残っている」。

ジョンルランゲ監督は言う。「タイム差は2分、そしてあと2週間レースが続く。まだまだ時間はある。もしこれで終わりだとしたら今夜家に帰るよ」。

ウィギンズに遅れること35秒で2位になったクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) ウィギンズに遅れること35秒で2位になったクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)  (c)Makoto.AYANO新人賞を奪回したティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシングチーム)新人賞を奪回したティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシングチーム) photo:Makoto.Ayano


ヴァンガーデレンは再び白い新人賞ジャージを取り返したばかりでなく、将来のマイヨジョーヌへの可能性を感じさせる1分6秒遅れの4位だ。
「最初の上りゴールでは、”悪い日”だったんだ。あの日はナーバスになりすぎて、何かを見失っていた。再びホワイトを着ることができた」。
しかしエヴァンスに対しては忠誠を誓う。
「今日カデルがタイムを失うことは予測していた。それは思っていたよりも多かったけれど。でも彼は絶好調だからタイムを取り返すよ。僕はカデルがパリでマイヨジョーヌを着ることになると信じている。ウィギンズに勝てると考えている。僕はカデルに付き添って、ベストを尽くすよ」。

ウィギンズとエヴァンス。マイヨジョーヌ争いは二人に絞られ、ウィギンズが大きめのリード。そしてフルームとヴァンガーデレンの二人がそれぞれのリーダーをアシストしながら自らのポディウムと新人賞も目指す。
ポディウムの一角を狙うニーバリ。優勝候補は大きく絞られたが、輝きたいアウトサイダーはたくさんいる。絶対リーダー不在ながら強さを見せる4人のレディオシャックの選手たちの存在も面白い。ツール第2週からはそれぞれの戦いかたも変わってくる。


photo&text:Makoto.AYANO