元自転車選手、アテネ五輪ロード代表の唐見実世子さんが、和歌山県・熊野エリアを拠点に地域おこし協力隊としての活動を始めた。そんな唐見さんを訪ねた友人とともに、熊野でサイクリング旅を楽しんだエッセイ。名所を巡って美味しいものを食べる女子3人の、3日間の気ままな旅。

那智の滝に向かう途中。前日に立ち寄った太地町が遠くに見渡せた
東京から熊野へ。私の「パワースポット巡り」が変わった理由

唐見実世子(からみ みよこ) 東京・八王子の職場で働いていた頃、都会の慌ただしさから逃れるように、週末はよく自転車でパワースポット巡りをしていました。自然の中を走る時間は、疲れた心をリセットしてくれる大切な時間でした。
ところが和歌山県に移住し、熊野エリアで暮らし始めて驚いたのは、ここは地域全体がひとつの巨大なパワースポットだということでした。豊かな大自然と、そこに根付く深い歴史と信仰。心の奥まで染み渡るような静寂に包まれて、毎日の暮らしそのものが癒しの時間になったのです。
「パワースポットを訪れる」から「パワースポットで暮らす」へ。そんな変化を実感していた時、サイクリスト仲間から「熊野三山を自転車で巡ってみたい!」という声が上がり、今回の女子3人旅が実現しました。

静かな海岸で休憩
熊野三山って何? なぜサイクリストにおすすめなの?
熊野三山(くまのさんざん)は、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の総称。和歌山県南部に位置する、古くからの信仰の聖地です。
サイクリストにとっての魅力は、自然・歴史・文化・精神性が織りなす多彩な風景。熊野三山は、海沿いの爽快ルートから神秘的な山道まで、一度の旅でバラエティ豊かな走りが楽しめるんです。
今回の旅のベースキャンプは新宮市

静かな海岸でのんびり休憩
私が暮らす上富田町から熊野三山までは約100km。移住して半年の私には、まだ土地勘が不安でした。そこで拠点に選んだのが新宮市。熊野速玉大社や神倉神社に近く、アクセス抜群なのはもちろん、実はもう一つ理由が。

新宮のサイクリストと一緒にサイクリング
新宮には、私がかつて所属していたキナンサイクリングチームの拠点があり、今もプロ選手たちが活動中。そんなご縁で、現地の仲間がルート設定から見どころまで、一緒に企画してくれたのです。地元サイクリストならではの「隠れた絶景スポット」も教えてもらえて、旅への期待が一気に高まりました!
DAY1:海風と絶景に包まれて お昼は地元愛あふれるイタリアン
紀伊田辺駅で和歌山ローカルの自転車仲間 miki___bertoさんをピックアップし、車で新宮市へ。東京から新幹線と特急「南紀」を乗り継いでやってきたスーミンも合流し、いよいよ3人旅の始まり!

はやたま欧食堂ポルトでランチ
まずは腹ごしらえ。速玉神社の参道沿いにある「はやたま欧食堂ポルト」で、地元野菜と新鮮魚介を使った前菜とパスタをいただく。「地元の恵みを味わってから走る」って、なんだか贅沢ですよね。
旅の安全を祈願して、いざ出発

熊野速玉大社へ向かう参道
ランチの後には、旅の安全祈願も兼ねて熊野三山の一つ、熊野速玉大社へ参拝。鮮やかな朱塗りの社殿が緑に映える境内は、凛とした空気に満ちていて、ここが古くからの信仰の地であることを感じました。
午後のサイクリングは那智勝浦方面へ。熊野灘を左手に望みながら、国道42号を南下します。潮風を感じつつ、青い海が延々と続きます。これぞ「海沿いサイクリングの醍醐味」です!
鯨の町・太地町で海上散歩

実物大のザトウクジラ親子像は存在感がすごい
最初の立ち寄りは鯨の町・太地町。町の入口の巨大なくじらモニュメントで、まずはパチリ! このザトウクジラの親子は実物大だそうで、その迫力にびっくりします。

森浦湾に浮かぶ約160 mの木製遊歩道は無料で楽しめる。カヤックやSUP体験とのセット利用も可能
ここでの隠れた楽しみは海上遊歩道。小さな入江にかかる遊歩道を歩けば、足元で波が揺れて、まるで海の上を散歩している気分に。遊歩道の先にはイルカの生け簀があり、静かな海でのんびり泳ぐイルカ達を間近で見れて、思わず心がほころびます。
日本一短い川で、自然からの贈り物

那智勝浦町の「ぶつぶつ川」。日本一短い二級河川で、長さわずか13.5メートル
次に向かったのは那智勝浦町の「ぶつぶつ川」。なんと日本一短い二級河川で、その長さわずか13.5メートル!
湧水が地中から"ぶつぶつ"と湧き出る音が名前の由来。「ほんとに川なの?」と疑ってしまうコンパクトさですが、透明度抜群の湧き水をウォーターボトルに汲めば、これ以上ない自然からの贈り物です。

ぶつぶつ川では本当にブツブツと水が湧き出ている
帰りはサイクルトレインでらくらく

那智勝浦町にある湯川駅からサイクルトレインを利用しました。予約不要・追加料金不要。軽量自転車であればそのまま車内へ持ち込めます
那智駅からJR紀勢本線のサイクルトレインで新宮へ。輪行袋なしで自転車をそのまま持ち込めるのは、疲れた体にはありがたいサービス。「帰りはサイクルトレインがある」という安心感があると、行きはもっと冒険的に走れるのも嬉しいポイントです。

駅のホームでサイクルトレインを待つ
【1日目のルート情報】
• 走行ルート: 新宮市→太地町→ぶつぶつ川→JR湯川駅(サイクルトレインで新宮へ)
• 立ち寄りスポット: はやたま欧食堂ポルト、太地町くじらモニュメント、太地町海上遊歩道、道の駅たいじ、ぶつぶつ川
• 走行距離: 約34km
DAY2:山の神秘と国際交流、そして圧巻の那智の滝

神倉神社への538段の階段は登るのも降りるのも大変なくらい険しい
早朝の神倉神社
2日目の朝は、少し早起きして新宮市の神倉神社へ。私たちはまだ静まり返る町を抜け、神倉山の麓へと向かいました。

ゴトビキ岩を支えるスーミン
神倉神社は、熊野速玉大社の摂社にあたる古社で、切り立った岩山の上に鎮座する霊場。急勾配の険しい石段を538段、ひたすら登りました。標高120mの御神体・ゴトビキ岩を祀る社殿は神秘的で、早朝参拝の特別感も相まって、旅のワクワク感が増しました。

神倉神社への538段の階段は登るのも降りるのも大変なくらい険しい
熊野川沿いの懐かしい道

静かな海岸で休憩
前日は海の音を聞きながら走った私たち。2日目は一転、川と山に抱かれた静かなルートへ。神倉神社参拝後に宿泊先に戻り、朝食を食べて、朝9時に新宮をスタート。熊野川の流れに沿って上流へ。

山の稜線からは水平線もで見渡せる
国道168号を北に進むと、だんだん人の気配が薄れ、緑がどんどん濃くなっていきます。
実は私、選手時代にこの道をよく走っていました。合宿所への往復で使っていた懐かしい道を、今度は仲間と一緒に楽しめるなんて、なんだか感慨深い。
秘境の滝に熊野の底力を実感

那智の滝へ通じる林道を走る
約15km地点で左折し、熊野川の支流沿いの林道へ。道幅は細くなり、斜度も増していきますが、すぐ横を流れる川の音が心地よく背中を押してくれます。
そしてカーブを曲がった瞬間、視界に飛び込んできたのは ── 鼻白の滝(はなしろのたき)の白い流れ! これこそ"熊野の底力"です。観光ガイドには載っていない場所でも、息をのむような絶景に突然出会える。地図にない感動が、そこかしこに広がっているんです。
野生を感じる山道で、自分と向き合う

仲間と走ると自然と笑顔になる
滝の先もまだまだ登りが続きます。静寂に包まれた坂道が続きます。
前を走る仲間の背中が遠く感じられて、「あとどのくらい?」と不安になる瞬間もありましたが、仲間とならばそんな辛い時間もあっという間。カーブを曲がった瞬間、ついに山の稜線に辿り着き、視界が一気に開けました。

地蔵茶屋のベンチでお昼ご飯
稜線で風を浴び、ひと息ついた私たちは、緑のトンネルを抜けるようにスピードを上げ、ぐんぐん高度を下げていきます。やがて現れたのは「地蔵茶屋跡」。熊野古道・小辺路(こへち)ルートの中でも、かつて参詣者の休憩所として使われていたこの場所は、今も旅人たちの憩いの場になっています。

地蔵茶屋で食べた五目おむすびの味は格別
ベンチに腰掛け、持参したお弁当を広げる。登りきった達成感と、しんとした林道を越えてきた静寂の余韻に包まれていた私たち。ところが、そこへ次々と現れたのは、熊野古道を歩くハイカーたち。しかも、外国から来た巡礼者の姿も多く、地蔵茶屋跡は一気に国際的な雰囲気に。
ほんの数十分前まで、誰にも会わない森の中を走っていたのが嘘のようで、ハイカー達と笑顔で挨拶を交わし、改めて熊野という場所の"懐の深さ"を感じた。

那智の滝に向かう途中。前日立ち寄った太地町が遠くに見渡せる
いよいよハイライト、那智の滝へ
地蔵茶屋跡での休憩を終えると、いよいよこの旅2日目のハイライトへ──那智の滝を目指します。

那智の滝へ向かう林道を登る
地蔵茶屋から滝までもほとんど下り。ワインディングの林道を気持ちよく下っていると、車の数も徐々に増え始め、那智の滝へ向かう観光客の多さを実感しました。静かな熊野の山道から、一気に観光地らしい活気のある空気へと切り替わっていくのも、このルートならではの醍醐味でした。

那智の滝のそばにたたずむ飛瀧神社では滝そのものが御神体。迫力ある水音の中で手を合わせました
今回は「熊野三山を巡る旅」と題しながらも、那智大社への正式な参拝は、急な石段を含む徒歩でのアプローチが必要なため、今回は断念することに。代わりに、滝そのものがご神体である飛瀧神社と、那智の滝を参拝しました。

「龍の口」から水が流れ出る延命長寿の霊水をいただく
高さ133メートルを一気に流れ落ちる那智の滝。その圧倒的なスケールと神々しい存在感は、ただ眺めているだけで心が浄化されていくようでした。そこに自転車でここまで辿り着いたという達成感が重なり、この瞬間がいっそう特別なものに感じられました。

御朱印帳をリュックに入れてサイクリングしました
海風を感じながら2日目のゴールへ
那智の滝で静かな時間を満喫した後は、海沿いの国道42号まで一気に下ります。ここからは海風を感じながら、ゆったりと新宮までサイクリングしてゴール。
長い登りに苦しみながらも、緑の深さと山の神秘に触れたDay2は、心身ともに充実した充電の日となった。
【2日目のルート情報】
• 走行ルート:新宮→熊野川上流→鼻白の滝→稜線→地蔵茶屋跡(ランチ)→那智の滝→国道42号→新宮
• 走行距離:およそ75km
• 難易度:1日目より登りが多く、体力勝負の山岳コース
• 印象的なこと:国際色豊かな熊野古道の旅人との交流、滝や稜線の絶景
DAY3:雨の日だからこそ感じた、熊野の優しさ

傘を差して、大斎原へ向かいます
3日間の旅もいよいよ最終日。目が覚めると、外はしとしとと雨模様。楽しみにしていた熊野本宮大社へのラストライドは断念し、車で本宮を目指すことにしました。
けれど、雨の熊野には、また違った趣がある。空を見上げながらのライドももちろん好きだけれど、サドルにまたがらない日にも、旅の味わいはたっぷりとあるのです。

熊野信仰の象徴ともいえる“大斎原”
日本最大の鳥居と、静寂の大斎原
車を本宮大社近くの駐車場に停め、まずは旧社地「大斎原(おおゆのはら)」へ。この場所は、かつて熊野本宮大社が鎮座していた神聖な地。現在は、高さ約34mの日本一大鳥居が、参拝者を迎えてくれます。

大斎原の大鳥居
傘をさして、一歩一歩、石畳の参道を歩くと、雨粒が木々の葉を打つ音が響いたり、木々や土の匂いがふわりと立ち上り、雨の日だけの山の香りを感じることができました。時間の流れもゆっくりに感覚に感じられ、雨の日だからこその特別な時間になりました。

神社の周辺には人々の生活の営みがある
大鳥居をくぐって向かった本宮大社では、苔むした石段を登り、深い緑に囲まれた社殿の前で手を合わせて、旅の無事に感謝し、これからの日常へ祈り、心が整っていくのを感じました。

熊野本宮大社の原点であり、熊野信仰の象徴ともいえる“大斎原”。社殿はない。けれど、心が深く静かになる
雨上がりの本宮で旅の締めくくり

本宮大社の境内に立つ伝統的な木造の明神鳥居
丁度本宮大社での参拝を終える頃、雨が止み、雨上がりのキラキラと輝いた木々と静かな空気に包まれて、女子サイクリング旅 in 熊野は終了。

熊野本宮への参拝の御札

新宮市内のカフェロックでランチ
自転車をこぎ、語らい、汗を流し、祈った3日間。熊野の自然と信仰と、大好きなサイクリスト仲間と過ごす時間。そんな旅の終わりに、また自転車に乗りたくなる。熊野を走りたくなる。そう思えた時間でした。

今回拠点にしたのは新宮市にあるゲストハウス Hanare。サイクリングだけでなく、カヌー、SUP、ウェイクボードなどのアウトドア体験ができる
〜 おわりに 〜
自転車で旅をするということは、ただ風を切って進むだけじゃない。
風景と対話し、仲間と笑い、心の奥にある"何か"に出会うことかもしれない。
熊野の山も、川も、滝も、そして雨上がりの光も──すべてが、わたしたちの旅の一部になりました。

唐見実世子(からみ みよこ) 唐見実世子(からみ みよこ)
元自転車競技選手として、アテネオリンピックに日本代表として出場。イタリアのプロチーム「Safi Pasta Zara」や、「弱虫ペダルサイクリングチーム」などに所属し、国内外のトップレースを舞台に活動してきました。引退後は選手へのコーチングや育成に力を注ぎ、これまでの経験を次世代に還元する活動を続けています。
2024年12月からは、和歌山県・熊野エリアを拠点に地域おこし協力隊として活動をスタート。自転車と自然、そして信仰文化が交わるこの地で、サイクルツーリズムの可能性を探りながら、地域資源を活かしたコンテンツづくりや情報発信、イベント企画などを行っています。
暮らしと自転車を結びながら、選手・旅人・地域をつなぐ存在として、新しい挑戦を続けています。
text:Miyoko Karami

東京から熊野へ。私の「パワースポット巡り」が変わった理由

ところが和歌山県に移住し、熊野エリアで暮らし始めて驚いたのは、ここは地域全体がひとつの巨大なパワースポットだということでした。豊かな大自然と、そこに根付く深い歴史と信仰。心の奥まで染み渡るような静寂に包まれて、毎日の暮らしそのものが癒しの時間になったのです。
「パワースポットを訪れる」から「パワースポットで暮らす」へ。そんな変化を実感していた時、サイクリスト仲間から「熊野三山を自転車で巡ってみたい!」という声が上がり、今回の女子3人旅が実現しました。

熊野三山って何? なぜサイクリストにおすすめなの?
熊野三山(くまのさんざん)は、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の総称。和歌山県南部に位置する、古くからの信仰の聖地です。
サイクリストにとっての魅力は、自然・歴史・文化・精神性が織りなす多彩な風景。熊野三山は、海沿いの爽快ルートから神秘的な山道まで、一度の旅でバラエティ豊かな走りが楽しめるんです。
今回の旅のベースキャンプは新宮市

私が暮らす上富田町から熊野三山までは約100km。移住して半年の私には、まだ土地勘が不安でした。そこで拠点に選んだのが新宮市。熊野速玉大社や神倉神社に近く、アクセス抜群なのはもちろん、実はもう一つ理由が。

新宮には、私がかつて所属していたキナンサイクリングチームの拠点があり、今もプロ選手たちが活動中。そんなご縁で、現地の仲間がルート設定から見どころまで、一緒に企画してくれたのです。地元サイクリストならではの「隠れた絶景スポット」も教えてもらえて、旅への期待が一気に高まりました!
DAY1:海風と絶景に包まれて お昼は地元愛あふれるイタリアン
紀伊田辺駅で和歌山ローカルの自転車仲間 miki___bertoさんをピックアップし、車で新宮市へ。東京から新幹線と特急「南紀」を乗り継いでやってきたスーミンも合流し、いよいよ3人旅の始まり!

まずは腹ごしらえ。速玉神社の参道沿いにある「はやたま欧食堂ポルト」で、地元野菜と新鮮魚介を使った前菜とパスタをいただく。「地元の恵みを味わってから走る」って、なんだか贅沢ですよね。
旅の安全を祈願して、いざ出発

ランチの後には、旅の安全祈願も兼ねて熊野三山の一つ、熊野速玉大社へ参拝。鮮やかな朱塗りの社殿が緑に映える境内は、凛とした空気に満ちていて、ここが古くからの信仰の地であることを感じました。
午後のサイクリングは那智勝浦方面へ。熊野灘を左手に望みながら、国道42号を南下します。潮風を感じつつ、青い海が延々と続きます。これぞ「海沿いサイクリングの醍醐味」です!
鯨の町・太地町で海上散歩

最初の立ち寄りは鯨の町・太地町。町の入口の巨大なくじらモニュメントで、まずはパチリ! このザトウクジラの親子は実物大だそうで、その迫力にびっくりします。

ここでの隠れた楽しみは海上遊歩道。小さな入江にかかる遊歩道を歩けば、足元で波が揺れて、まるで海の上を散歩している気分に。遊歩道の先にはイルカの生け簀があり、静かな海でのんびり泳ぐイルカ達を間近で見れて、思わず心がほころびます。
日本一短い川で、自然からの贈り物

次に向かったのは那智勝浦町の「ぶつぶつ川」。なんと日本一短い二級河川で、その長さわずか13.5メートル!
湧水が地中から"ぶつぶつ"と湧き出る音が名前の由来。「ほんとに川なの?」と疑ってしまうコンパクトさですが、透明度抜群の湧き水をウォーターボトルに汲めば、これ以上ない自然からの贈り物です。

帰りはサイクルトレインでらくらく

那智駅からJR紀勢本線のサイクルトレインで新宮へ。輪行袋なしで自転車をそのまま持ち込めるのは、疲れた体にはありがたいサービス。「帰りはサイクルトレインがある」という安心感があると、行きはもっと冒険的に走れるのも嬉しいポイントです。

【1日目のルート情報】
• 走行ルート: 新宮市→太地町→ぶつぶつ川→JR湯川駅(サイクルトレインで新宮へ)
• 立ち寄りスポット: はやたま欧食堂ポルト、太地町くじらモニュメント、太地町海上遊歩道、道の駅たいじ、ぶつぶつ川
• 走行距離: 約34km
DAY2:山の神秘と国際交流、そして圧巻の那智の滝

早朝の神倉神社
2日目の朝は、少し早起きして新宮市の神倉神社へ。私たちはまだ静まり返る町を抜け、神倉山の麓へと向かいました。

神倉神社は、熊野速玉大社の摂社にあたる古社で、切り立った岩山の上に鎮座する霊場。急勾配の険しい石段を538段、ひたすら登りました。標高120mの御神体・ゴトビキ岩を祀る社殿は神秘的で、早朝参拝の特別感も相まって、旅のワクワク感が増しました。

熊野川沿いの懐かしい道

前日は海の音を聞きながら走った私たち。2日目は一転、川と山に抱かれた静かなルートへ。神倉神社参拝後に宿泊先に戻り、朝食を食べて、朝9時に新宮をスタート。熊野川の流れに沿って上流へ。

国道168号を北に進むと、だんだん人の気配が薄れ、緑がどんどん濃くなっていきます。
実は私、選手時代にこの道をよく走っていました。合宿所への往復で使っていた懐かしい道を、今度は仲間と一緒に楽しめるなんて、なんだか感慨深い。
秘境の滝に熊野の底力を実感

約15km地点で左折し、熊野川の支流沿いの林道へ。道幅は細くなり、斜度も増していきますが、すぐ横を流れる川の音が心地よく背中を押してくれます。
そしてカーブを曲がった瞬間、視界に飛び込んできたのは ── 鼻白の滝(はなしろのたき)の白い流れ! これこそ"熊野の底力"です。観光ガイドには載っていない場所でも、息をのむような絶景に突然出会える。地図にない感動が、そこかしこに広がっているんです。
野生を感じる山道で、自分と向き合う

滝の先もまだまだ登りが続きます。静寂に包まれた坂道が続きます。
前を走る仲間の背中が遠く感じられて、「あとどのくらい?」と不安になる瞬間もありましたが、仲間とならばそんな辛い時間もあっという間。カーブを曲がった瞬間、ついに山の稜線に辿り着き、視界が一気に開けました。

稜線で風を浴び、ひと息ついた私たちは、緑のトンネルを抜けるようにスピードを上げ、ぐんぐん高度を下げていきます。やがて現れたのは「地蔵茶屋跡」。熊野古道・小辺路(こへち)ルートの中でも、かつて参詣者の休憩所として使われていたこの場所は、今も旅人たちの憩いの場になっています。

ベンチに腰掛け、持参したお弁当を広げる。登りきった達成感と、しんとした林道を越えてきた静寂の余韻に包まれていた私たち。ところが、そこへ次々と現れたのは、熊野古道を歩くハイカーたち。しかも、外国から来た巡礼者の姿も多く、地蔵茶屋跡は一気に国際的な雰囲気に。
ほんの数十分前まで、誰にも会わない森の中を走っていたのが嘘のようで、ハイカー達と笑顔で挨拶を交わし、改めて熊野という場所の"懐の深さ"を感じた。

いよいよハイライト、那智の滝へ
地蔵茶屋跡での休憩を終えると、いよいよこの旅2日目のハイライトへ──那智の滝を目指します。

地蔵茶屋から滝までもほとんど下り。ワインディングの林道を気持ちよく下っていると、車の数も徐々に増え始め、那智の滝へ向かう観光客の多さを実感しました。静かな熊野の山道から、一気に観光地らしい活気のある空気へと切り替わっていくのも、このルートならではの醍醐味でした。

今回は「熊野三山を巡る旅」と題しながらも、那智大社への正式な参拝は、急な石段を含む徒歩でのアプローチが必要なため、今回は断念することに。代わりに、滝そのものがご神体である飛瀧神社と、那智の滝を参拝しました。

高さ133メートルを一気に流れ落ちる那智の滝。その圧倒的なスケールと神々しい存在感は、ただ眺めているだけで心が浄化されていくようでした。そこに自転車でここまで辿り着いたという達成感が重なり、この瞬間がいっそう特別なものに感じられました。

海風を感じながら2日目のゴールへ
那智の滝で静かな時間を満喫した後は、海沿いの国道42号まで一気に下ります。ここからは海風を感じながら、ゆったりと新宮までサイクリングしてゴール。
長い登りに苦しみながらも、緑の深さと山の神秘に触れたDay2は、心身ともに充実した充電の日となった。
【2日目のルート情報】
• 走行ルート:新宮→熊野川上流→鼻白の滝→稜線→地蔵茶屋跡(ランチ)→那智の滝→国道42号→新宮
• 走行距離:およそ75km
• 難易度:1日目より登りが多く、体力勝負の山岳コース
• 印象的なこと:国際色豊かな熊野古道の旅人との交流、滝や稜線の絶景
DAY3:雨の日だからこそ感じた、熊野の優しさ

3日間の旅もいよいよ最終日。目が覚めると、外はしとしとと雨模様。楽しみにしていた熊野本宮大社へのラストライドは断念し、車で本宮を目指すことにしました。
けれど、雨の熊野には、また違った趣がある。空を見上げながらのライドももちろん好きだけれど、サドルにまたがらない日にも、旅の味わいはたっぷりとあるのです。

日本最大の鳥居と、静寂の大斎原
車を本宮大社近くの駐車場に停め、まずは旧社地「大斎原(おおゆのはら)」へ。この場所は、かつて熊野本宮大社が鎮座していた神聖な地。現在は、高さ約34mの日本一大鳥居が、参拝者を迎えてくれます。

傘をさして、一歩一歩、石畳の参道を歩くと、雨粒が木々の葉を打つ音が響いたり、木々や土の匂いがふわりと立ち上り、雨の日だけの山の香りを感じることができました。時間の流れもゆっくりに感覚に感じられ、雨の日だからこその特別な時間になりました。

大鳥居をくぐって向かった本宮大社では、苔むした石段を登り、深い緑に囲まれた社殿の前で手を合わせて、旅の無事に感謝し、これからの日常へ祈り、心が整っていくのを感じました。

雨上がりの本宮で旅の締めくくり

丁度本宮大社での参拝を終える頃、雨が止み、雨上がりのキラキラと輝いた木々と静かな空気に包まれて、女子サイクリング旅 in 熊野は終了。


自転車をこぎ、語らい、汗を流し、祈った3日間。熊野の自然と信仰と、大好きなサイクリスト仲間と過ごす時間。そんな旅の終わりに、また自転車に乗りたくなる。熊野を走りたくなる。そう思えた時間でした。

〜 おわりに 〜
自転車で旅をするということは、ただ風を切って進むだけじゃない。
風景と対話し、仲間と笑い、心の奥にある"何か"に出会うことかもしれない。
熊野の山も、川も、滝も、そして雨上がりの光も──すべてが、わたしたちの旅の一部になりました。

元自転車競技選手として、アテネオリンピックに日本代表として出場。イタリアのプロチーム「Safi Pasta Zara」や、「弱虫ペダルサイクリングチーム」などに所属し、国内外のトップレースを舞台に活動してきました。引退後は選手へのコーチングや育成に力を注ぎ、これまでの経験を次世代に還元する活動を続けています。
2024年12月からは、和歌山県・熊野エリアを拠点に地域おこし協力隊として活動をスタート。自転車と自然、そして信仰文化が交わるこの地で、サイクルツーリズムの可能性を探りながら、地域資源を活かしたコンテンツづくりや情報発信、イベント企画などを行っています。
暮らしと自転車を結びながら、選手・旅人・地域をつなぐ存在として、新しい挑戦を続けています。
text:Miyoko Karami
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