人里離れた山を走るMTBトレイルライド。パンクやメカトラ、怪我があっても必ず帰ってくるために、あなたなら何を持っていく? 経験豊富なMTBプロショップ店長たちが、トラブルを知るからこそ用意している携帯ツールセットを抜き打ちで見せてもらった。(取材:中村浩一郎)



長野市近郊に集まったMTBプロショップ店長とトレイル大好きライダーたち photo:Makoto AYANO

いざというときはタクシーを呼んで帰れるオンロードのライドと、マウンテンバイクのライドとは覚悟が違う。今この山の中のシングルトラックでバイクが壊れて動かなくなったらどうする? 

本格的なトレールライドをするなら、少なくとも走り続けられるように直せるツールを備えておきたいもの。携帯工具選びは人生の選択と一緒、装備を考えるだけで楽しくなれる(人もいる)。

バッグの中身を開陳してもらった。いろいろ興味深い装備品がでてきますバッグの中身を開陳してもらった。いろいろ興味深い装備品がでてきます
その具現化がお客様をMTBのライドに連れて行き、ちゃんと連れて帰ってくるプロショップの店長たちだ。先日、長野県長野市近郊で、MTBプロショップ店長たちが集まって走る定例ライドがあった。シクロワイアード綾野編集長と一緒に同行させてもらった。

このライドの最中に、彼ら店長がトレールライドを走る時に常に持っているツールなどを入れたバッグの中身を見せてもらった。予告なしの抜き打ち検査である。そのツールの選び方には、プロならではの絶対帰ってくるための知識と経験がしたたる。

パーク内のトレイルヘッドへのアクセス路を行く店長たち。ウェストバッグに最小限の必需品を入れて身軽なライド楽しむのが主流のようだパーク内のトレイルヘッドへのアクセス路を行く店長たち。ウェストバッグに最小限の必需品を入れて身軽なライド楽しむのが主流のようだ photo:Koichiro Nakamura
中身の前に、まずは外見の確認だ。これは店長たちの上りを後ろから撮ったものだがほとんどがウェストバッグだ。一昔前はバックパックが当たり前だったが、このごろはウェストバッグに最小限の装備を入れるスタイルが主流派。走りの自由度と楽しさを高めるから。

日下裕次郎さん(DayDownBicycles 店長)長野県長野市

DayDownBicycleの日下店長とトレックのハードテイル”Top Fuel”DayDownBicycleの日下店長とトレックのハードテイル”Top Fuel” photo:Koichiro Nakamura
まずはこのライドのホストである日下店長のライド時のツール群だ。日下店長は1990年代のMTBブームで自転車魂に火がついて長野に移住し、ショップを開店。2000年代初頭にXC系選手たちが多く松本に住んでいた時期に、彼らとつるんで走ったハードコアライダーである。

では見てみよう。日下店長のスタイルは必要な工具を布のケースに入れ、ストラップで包み、ボトルケージに入れている。トラブルでは一番多いパンクへの対処が第一である。以下、店長たちのこだわりチョイスをコメント入りでお伝えする。

日下店長の携行品。下の布バッグでくるくるまとめる日下店長の携行品。下の布バッグでくるくるまとめる
「メイン工具が(1)ジャイアントのマルチツール。コレすごいなぁ!と思うのはタイヤプラグ刺し込み工具が付いていること」つまり持ち物を減らせる。
(2)チューブレスタイヤ修理用のプラグ。(3)チェーンをつなぐ12速ミッシングリンク。(4)仏→米のバルブアダプター。(5)シーラント液「必要ならコレを追加してエア漏れストップ力UP」。(6)エアボーンの一番小さなポンプ「ちっちゃいほどいいと思っています」。
(7)タイヤのサイド切れを塞ぐタイヤブート。(8)タイヤパッチ。(9)「みんな大好き」タイラップ。(10)「何かしらあると色々便利な」布。それらくるくると包んで、皮のトウストラップで締めている。「かなりシンプルですが、応急処置という考えです」。(11)パナレーサーのフレンチバルブコア締めツールはバルブキャップを兼ねてつけてある。

くるくるまとめたやつをボトルケージに。ストラップでフレームに固定するくるくるまとめたやつをボトルケージに。ストラップでフレームに固定する 仏式バルブのコアはときに緩む。コア締め工具をキャップがわりにして備える仏式バルブのコアはときに緩む。コア締め工具をキャップがわりにして備える



竹田佳行さん(じてんしゃ屋 佳 店長)埼玉県坂戸市

じてんしゃや 佳の竹田店長。岩岳のゲレンデ上の3連飛びもハードテイルのモンキーでこなすじてんしゃや 佳の竹田店長。岩岳のゲレンデ上の3連飛びもハードテイルのモンキーでこなす photo:Koichiro Nakamura
次は埼玉県坂戸市から参加の竹田店長。長くMTBに乗り、どちらかというとロングライド系だったのだが、今はアクション系ライドにすっかりハマる。MTBパークに足繁く通ってジャンプやコーナリングをビシッと決める休日をSNSでは見ることが多い。

「今日はたくさんの店長仲間たちと乗りに行くから、最低限だけ持ってます。いつもお店でお客さんと乗るときは、もっとしっかり持っていくんですよ」。腕利きの仲間と一緒なら、その『持っていかない』という選択も経験のうちですね。

今日は軽量スタイルの竹田店長。防犯登録カード入れビニールバッグも無駄にしないSDG'sぶりだ今日は軽量スタイルの竹田店長。防犯登録カード入れビニールバッグも無駄にしないSDG'sぶりだ
(1)簡易パッチ「乾いてダメになってしまうこともあるんですが、だからこういう密閉できる袋に入れておくといいですね」。(2)チューンのコネクトピン「8、9、10、11速を持ってます。」(3)FOXリアサスの専用工具2種「急ぎで調整するときもあるので、携帯する方に入れちゃってます」。
(4)ウルフトゥース『8ビットパックプライヤー』「17種のツールとチェーン用のコネクトリンクを入れられます。8mmヘックスまで使えてペダルも対応できるのが一番の理由です」。(5)チェーンカッター「世にある自転車のチェーンがなんでも一通り使えるという理由で」。(6)アーレンキーのセット「試乗車とかに乗ったときに使います」。ここまでを防犯登録過カード入れのビニールバッグに入れて持つ。

コンパクトサイズのパナレーサーのポンプはバルブ口がお気に入り。チューブは袋に入れてコンパクトサイズのパナレーサーのポンプはバルブ口がお気に入り。チューブは袋に入れて フロントサスの先端にチューブレス修理キットを付けておくフロントサスの先端にチューブレス修理キットを付けておく


そして(7)フレームポンプと(8)チューブ「パナレーサーのポンプヘッドが山のなかではいいんです。仏式と米式に対応、バルブも折れにくく使いやすい」。フォークにつけてあるのが(9)チューブレスタイヤ修理プラグキット。「これを使うようになってから、タイヤをつけたら外すことが無くなったんですよね、助かってます」。

小川雅広さん(オガワサイクル 店長) 三重県東員町

オガワサイクルの小川店長。旅と飛びの「トリップx2」ライドスタイルだオガワサイクルの小川店長。旅と飛びの「トリップx2」ライドスタイルだ photo:Koichiro Nakamura
もともとはツーリストであったという小川店長。学生時代に北海道一周、日本一周と走破しながら、ショートトラックのジャンプ系レースに出場。旅と飛びを同時に楽しみながら、今は地元いなべ市の里山でトレイルライド。レース系ではない、ゆるふわスタイルをガチに楽しむ。

左をウェストバッグに、右を防水バッグに入れてフレームに取り付ける左をウェストバッグに、右を防水バッグに入れてフレームに取り付ける
まずメインの工具となるのが(1)グラナイト・デザインのツールキット。ヘッドチューブの中に収納用ガセットと共にセットする。「ヘッドチューブの中からさっと出せて、すぐ使えます。そして「パンク修理関係です。これが一番使うかな」の(2)チューブレスレディ用シーラント剤に(3)シーラントプラグ。(4)タイヤレバー。そしてチェーンをつなぐ(5)ミッシングリンク。「僕はワイヤレスのeTAPシステムを使っていて、一度このリモコン側の電池が切れたことがあったんです。なので(6)予備の電池をもつ。まとめて防水バッグに入れて、フレームのBB上に取り付ける。

コラムに挿入する工具があると便利。軽量化よりも助かる方を選ぶのがMTBerだコラムに挿入する工具があると便利。軽量化よりも助かる方を選ぶのがMTBerだ
ここから先はウェストポーチに。メインツールで足りないツールを(7)予備のツールキットで補う。チェーンカッター他、一昔前のパーツにはこれで対応。そして「毒虫にやられることがあるので、(8)市販のスティングキット=ポイズンリムーバー」。「特殊かもしれませんが、うちの地域は夏場に結構ヒルが出るので(9)ヒル除け剤。これを走るまえに振りかけるんですが、忘れてくる人もいるので、ライド中にも使えるように持っています」。そして「ハンガーノックや脚攣りの防止に、早めに(10)補給食系を」。何か起きる前に補給してもらう。初級者ほど補給のタイミングをつい遅らせてしまうし、ハンガーノックの恐ろしさは経験した人しか知らない。人を助ける道具を普通に持つ。トラブルを経験した数だけ人に優しくなれる。

古郡今日史さん(ミンズーバイク 店長) 静岡県富士市

ミンズーバイクの古郡店長。走りは熱いが人柄は温かい(写真はXCC全日本選手権マスターズでの熱走)ミンズーバイクの古郡店長。走りは熱いが人柄は温かい(写真はXCC全日本選手権マスターズでの熱走) photo:Koichiro Nakamura
なぜか現地で写真を撮っていなかった古郡店長(ごめんなさい)は、10月の全日本選手権XCCマスターズで2位となったときの写真で紹介。それぐらいレースにもライドにも真摯で、東京五輪後のレガシーレースにも協力、深く静岡県のMTBレガシー文化に貢献する。という実績を装備にするとこうなる。

新品のタオル、未開栓のペットボトル飲料を常に持つところに深い配慮が見える新品のタオル、未開栓のペットボトル飲料を常に持つところに深い配慮が見える
「やっぱり一番多いトラブルはパンク。これになるべくすばやく対応できるように考えています」。左上から(1)ブラックバーンの一般的な工具セット「六角レンチを分離して単体で使えるやつを選んでます。単体の方が使いやすい」そしてチェーンカッターも備わったものを。「僕はこれだけで大丈夫です。ミッシングリングやピンを使わなくてもチェーンはつなげるので、緊急なのでそれでいいかな、と」。そして(2)Co2ボンベ+アダプター「失敗したときのためにボンベは2本」。ただ、ときにパンクは繰り返す。「これだけでは足りないこともあるので(3)普通のミニポンプも」。
(4)パンク修理簡易パッチ、チューブレス用に(5)シーラントプラグ。(6)サスポンプ。

27.5も700cも29インチも全部いけちゃう万能チューブがあるんです27.5も700cも29インチも全部いけちゃう万能チューブがあるんです ファーストエイドはあえて市販のキットそのままを持っていくファーストエイドはあえて市販のキットそのままを持っていく


(7)スペアチューブは「27.5から29まで使えるシュワルベのチューブを2本持ちます」多様なホイールサイズにも安心対応だ。そして「怪我した時に(8)新品のタオルです。みんな安心して使えるかなと思って」袋はつけたままにしてある。同じ考えで(9)未開封の水&ドリンクも持つ。(10)補給食。(11)市販のファーストエイドキットを、とりあえずそのまま持っている。「ファーストエイドですからね、市販のもので応急処置です」。

三上和志さん(サイクルハウス ミカミ 店長) 埼玉県飯能市

サイクルハウスミカミの三上店長。装備品が多くウェストバッグでは足りないからバックパックを愛用サイクルハウスミカミの三上店長。装備品が多くウェストバッグでは足りないからバックパックを愛用 photo:Koichiro Nakamura
他媒体の企画だが『最速店長選手権』の、まだ1回のみ開催のMTB店長選手権の勝者であり勝ち逃げ中の三上店長。ロード、シクロクロスの最速店長選にもほぼ皆勤賞。上りどころか下りもギャンギャン、グループで走ると先導というより先頭、速さを抑えきれずつい前に出てしまう三上店長が持つのは、これら! どん!

もはや走るプロショップ。直せないトラブルを起こしたくなるぐらいだ(笑)もはや走るプロショップ。直せないトラブルを起こしたくなるぐらいだ(笑)
「(1)アーレンキーは単品で持ちます。エイトの精度の良いやつを使っています」。これは2、2.5、3、4、5、6mmとあり、ビットを使って8mm、10mmまで利用できる。(2)(3)トルクスレンチもセットで。これは細いものからT13まで勢揃い。(4)ウルフトゥースのチェーンプライヤー「要らないという話もあるけれど」。(5)ライター。(6)チェーンオイル。(7)各種ボルト・ワッシャー類。(8)ブレーキ&シフトのワイヤー類&(9)ヘッドスペーサー&(10) ディープリム用のロングバルブエクステンダー&(11)プラスドライバー。(12)Co2ボンベとアダプター。

(13)ビニールテープ「何かと使うよね、ほらシューズのソールが剥がれかけた時とか」。(14)シーラント「これ入れるだけで直るパンクもあるし」。(15)スプロケット締めツール「スプロケットが緩んだことがあるんで」。(16)クランクエキストラクター。(17)チェーン切り。(18)エマージェンシーエンド「最近使えるエンドも少なくなってきたけど」。(19)ブレーキパッド各種「身近な人が使うものを。シマノとスラムぐらいは入れておきたい」。(20)名刺とメモと鉛筆「濡れても鉛筆なら書ける」。(21)プライヤー&ツール。

(22)マスク。(23)洗剤「水のいらないものを、手を洗うために」。(24)小型ナイフ&ハサミ。(25)ウエスとビニール手袋。(26)タイラップとマジックテープ。(27)タイヤブートがわりに使うタイヤの切れはし。(28)チューブレスタイヤの修理プラグ。(29)マヴィック用ハブ工具。(30)千枚通し。(31)簡易タイヤパッチ。(32 )カッターの刃。(33)ちょっとした刃物「タイラップを切る時などに」。

紹介だけでも大変だったが、さらにもう1パック出てきた。「これがファーストエイドの方」。山の中から必ず帰ってくるために、これだけのものを揃えてある。これも大事な必需品。中身を紹介しよう。

山中で怪我して初めて理解できるファーストエイドのありがたみ山中で怪我して初めて理解できるファーストエイドのありがたみ
(1)サムスプリント。骨折や捻挫での添木がわりに使う。(2)アルミ泊ブランケット(エマージェンシーシート)「アウトドアでのサバイバル用。体温が下がらないように」。(3)補給食。「ハンガーノック対策はもちろん、走行中に集中力が切れないように。そして血糖値が下がらないように。

(4)三角巾「怪我の対処はもちろん、何かを固定するときにも使える」。(5)ゴム手袋「血液などに直接触らないように」。(6)マウス・トゥ・マウス呼吸時の感染予防シート『レサコ』。(7)ハサミ&(8)ピンセット「何かと使えるハサミはきちんと使えるそれなりの大きさのものを」。

(9)湿潤系の傷パッド「擦過傷などに今どきの必需」。(10)ポイズンリムーバー&すね毛剃り「すね毛があると意味ないので」。(11)普通の絆創膏と(12)綿棒。(13)胃薬「疲労しすぎていると補給すると気持ち悪くなることがあるので。これで結構回復するんですよ」。(14)バンデージ。(15)伸縮包帯。

重量だが、工具パックの重量は1300g、ファーストエイドセットが667g。そして後になって、一人だけ背負っていたバックパックの奥底から「いつも持ってて工具と思っていなくて」というMTB三種の神器、携帯ポンプとサスペンション用ポンプ、なんとノコギリが出てきた。これらの重量630g。いつも持ってるツールの重量の合計は、2.6kgに。

サスポンプにノコギリは持つか持たないか迷うアイテムだが、そこは当然持つサスポンプにノコギリは持つか持たないか迷うアイテムだが、そこは当然持つ 携行品の総重量はなんと2kg。その剛脚は自分ではなく同行者を救うためにある携行品の総重量はなんと2kg。その剛脚は自分ではなく同行者を救うためにある


これだけのものを持つ三上店長だが、そのもっとも大事なツールは「必ず登り返してきてくれること」だ。今回も綾野編集長がメカトラブルを起こし後方でグズグズしていたら、先頭付近の三上店長がぐいぐいと登り返してきて助けてくれた。速い必要はないが、ひるむことなく登り返せる強い脚は頼もしい。MTB店長界の最強脚と目される三上店長、その脚自体がもっとも大事なツールである。

CW綾野編集長の最先端トラブル回避術

綾野CW編集長はいつものサンタクルズTallboyではなく今日はeMTBのスペシャライズド KENEVOで綾野CW編集長はいつものサンタクルズTallboyではなく今日はeMTBのスペシャライズド KENEVOで photo:Koichiro Nakamuraワイヤレス電動ドロッパーを使うが、電池切れトラブルを経験済みのためボタン電池を常時サドル下に忍ばせるワイヤレス電動ドロッパーを使うが、電池切れトラブルを経験済みのためボタン電池を常時サドル下に忍ばせる


最後は我らが綾野編集長。彼とは30年近く書き仕事で付き合っているが、こんなにサイクルツーリストで走り屋レーサーで自転車大好き!な編集者は他に知らない。その綾野さんの知恵は、最先端パーツであるワイヤレス電動ドロッパーシートポストの通信用ボタン電池。「ライド中に動かなくなったことがあって、その日が台無しに」と、予備の電池をサドルの下に忍ばせておく。編集長は常に最新パーツを、そのトラブルも含めて知っておく必要があるのだ。リスペクト。


皆さん、次にトレイルに走りにいく前に、ここで紹介した店長たちの装備をもとに、自分の装備を一度見直してみませんか? 簡易パッチとか古くなってバキバキに固まってませんか? 最新パーツに適した工具に換えてありますか? それに今どきの軽くて便利なツールに変えるほうが、自転車そのものを軽くするより、安くて楽ですよ。


text&photo:Koichiro Nakamura

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