コロンビア人によるツール初制覇、戦後のツール史上最年少の22歳のチャンピオンが誕生。マイヨジョーヌ100周年のツールでシャンゼリゼを染めたのはコロンビア国旗のイエローだった。若き南米の覇者の誕生に沸いた最終ステージと勝利の鍵となったイネオスのチームプレーを振り返る。



スタート前に祝勝記念写真撮影をするチームイネオススタート前に祝勝記念写真撮影をするチームイネオス photo:Makoto.AYANO
アルプス決戦を終えたヴァル・トランスから約700km。選手たちは飛行機移動で、関係車両とスタッフのほとんどは陸路移動でパリ郊外のランブイエへ。スタート時刻が18時05分というのはおそらく史上もっとも遅い時刻のはず。山岳決戦を最後まで引っ張ることにこだわる近年のツールはそれまでお馴染みだったレース後のパレードを無くし、この形態に落ち着いたようだ。

スタート地点のチームイネオスのバスでは、神経質に準備をすすめるスタッフの緊張と、すでに祝勝会の雰囲気が混在した複雑な空気。チームカーやバスはイエロー仕様に塗り(貼り)替えられ、スタッフ全員が7勝のメッセージが描かれたお揃いのTシャツに着替える。

イエローバイクを用意したファウスト・ピナレロ氏も祝福に駆けつけたイエローバイクを用意したファウスト・ピナレロ氏も祝福に駆けつけた photo:Makoto.AYANO
イタリアからはピナレロ社の社長ファウスト・ピナレロ氏も駆けつけ、イエローバイクのセッティングが進む。急遽組み上げられたバイクにはこれも近年恒例のサインペンでの「Grazie」の手書きメッセージが書き込まれる。イエローバイクはスペアとレース用が2台用意され、それに加えてホワイトのマイヨブラン仕様バイクも用意された。チームスカイ発足当初から変わらず一貫してバイクスポンサーとなってきたピナレロにとっても同様の成功だ。

サー・ブラッドレー・ウィギンズもチームイネオスのバスにやってきたサー・ブラッドレー・ウィギンズもチームイネオスのバスにやってきた photo:Makoto.AYANOエガン・ベルナルの新人賞カラーのバイクも用意されたエガン・ベルナルの新人賞カラーのバイクも用意された photo:Makoto.AYANO


ベルナルを発掘した育ての親、アンドローニ・ジョカトーリGMのジャンニ・サヴィオ氏も颯爽とした背広姿でチームバスエリアでベルナルや関係者たちと喜びを分かち合っている。

育ての親ジャンニ・サヴィオ氏とエガン・ベルナル(チームイネオス)が喜びを分かちあう育ての親ジャンニ・サヴィオ氏とエガン・ベルナル(チームイネオス)が喜びを分かちあう photo:Makoto.AYANO
ジュニア時代はマウンテンバイク選手だったベルナルは、18歳の時にMTB世界選手権ジュニアで2位に。イタリアの選手代理人から提示された身体データの高さに驚いたサヴィオ氏が、ロードレース未経験の19歳のベルナルを2016年に4年契約で迎え、イタリアで走ることで経験を積ませることにした。それから2年後、チームスカイがベルナルをサヴィオ氏から買い取った。サヴィオ氏はすでに第1週にチームを訪れ、「ベルナルがこのツールに優勝することになる」とメディアに対して予言していた。そしてそれがそのとおりになったのだ。

ロマン・バルデに用意された水玉模様のエディメルクスロマン・バルデに用意された水玉模様のエディメルクス photo:Makoto.AYANOマイヨヴェールカラーのバイクに乗って登場したペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)マイヨヴェールカラーのバイクに乗って登場したペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO


山岳賞ロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)、そして史上初のポイント賞7勝目の歴史を作ったペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)もスペシャルカラーのバイクとマイヨに合わせたウェアを用意。バルデはシューズまで可愛い赤い水玉模様が入り、サガンは左右で塗り分けたバイクを用意した。またアージェードゥーゼールのオリバー・ナーセン(ベルギー)はクロモリスチールのエディ・メルクスのバイクを用意。近代ツールのステージでクラシックな鉄のフレームが走るのは、少なくとも過去20年はなかったはずだ(アルミ、チタンは数例あれど)。

オリバー・ナーセンはクロモリスチール製のエディメルクスに乗るオリバー・ナーセンはクロモリスチール製のエディメルクスに乗る photo:Makoto.AYANO
176人から155人に減ったプロトンはパリ・シャンゼリゼへ。18時スタートで到着は21時という、もはや日没の時間帯。石畳のシャンゼリゼは凱旋門方向にはサンセットの逆光のなか走る選手のシルエットが美しいレースになった。

夕陽に照らされたシャンゼリゼのパヴェに突入する集団夕陽に照らされたシャンゼリゼのパヴェに突入する集団 photo:Makoto.AYANO
世界中の人がTVで観るため視聴率(つまり注目度)が高く、非公式の「スプリンターの世界選手権」「スプリンターのクイーンステージ」と呼ばれる栄光のシャンゼリゼフィニッシュ。スプリンターたちにとって勝負はこの日一日だけの闘いではなく、ピレネー、アルプスを越えるところから始まっていた。例外なく山岳を苦手とするスプリンターたちにとって、登りで苦しみ、遅れ、グルペットに食らいつき。そしてチームメイトに支えられてここまで到達した。そして最後の体力を振り絞り、3週間の疲れが溜まった脚で勝負する。そして路面は華のあるイメージと程遠い、荒れた石畳。過酷なことこの上ないレースだ。

凱旋門へと夕陽が沈む逆光線のなかシャンゼリゼ通りを走るプロトン凱旋門へと夕陽が沈む逆光線のなかシャンゼリゼ通りを走るプロトン photo:Makoto.AYANO
凱旋門をバックに走り抜けるチームイネオスとエガン・ベルナル(コロンビア)凱旋門をバックに走り抜けるチームイネオスとエガン・ベルナル(コロンビア) (c)CorVos
昨年覇者ディラン・フルーネウェーヘン(オランダ、ユンボ・ヴィズマ)が左端から、カレブ・ユアン(ロット・スーダル)が右端からという、両端からの競り合いを制したのはユアン。すでに11ステージの2勝目で「史上最年少で3大ツールでステージ優勝」を成し遂げている25歳が3つめのステージ勝利をものにした。ロット・スーダルは第8ステージのトーマス・デヘントの逃げ切り勝利と併せ4勝目。大成功のツールになった。

ステージ3勝目、栄光のシャンゼリゼフィニッシュで雄叫びを上げるカレブ・ユアン(ロット・スーダル)ステージ3勝目、栄光のシャンゼリゼフィニッシュで雄叫びを上げるカレブ・ユアン(ロット・スーダル) (c)CorVos
ユアンのフィニッシュに続くメイン集団の中で、マイヨジョーヌのベルナルとゲラント・トーマスの総合1・2位のふたりが並んでフィニッシュ。トーマスは若きチャンピオンの誕生を讃えて祝福するように手を取り、ベルナルはトーマスを指差し、サポートしてくれたチャンピオンの彼があってこその勝利、といったお互いをリスペクトし合うゼスチャーでフィニッシュラインを越えた。

お互いを讃えあうゼスチャーでフィニッシュするエガン・ベルナルとゲラント・トーマス(チームイネオス)お互いを讃えあうゼスチャーでフィニッシュするエガン・ベルナルとゲラント・トーマス(チームイネオス) (c)CorVos
フィニッシュ後の喜びの様子を撮影しようと殺到するフォトグラファーやメディアレポーターたち。そのスクラムの脇ではトーマスがベルナルを護るように振る舞い、エスコートした。チームメイトには無線で指示を出し、フィニッシュラインに集合しての恒例の記念撮影。

家族と抱き合って喜び合うエガン・ベルナルと、それを護るゲラント・トーマス家族と抱き合って喜び合うエガン・ベルナルと、それを護るゲラント・トーマス (c)CorVos
シャンゼリゼに駆けつけた弟に祝福のキスをするエガン・ベルナル(チームイネオス)シャンゼリゼに駆けつけた弟に祝福のキスをするエガン・ベルナル(チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
2日前からツールに帯同しているフィアンセのショマラ・ゲレーロさんと父親のヘルマンさんに加え、この日は家族総出でシャンゼリゼフィニッシュを迎えた。優勝を決めたエガンは、弟には祝福のキスを、そして母には熱いハグを、その勝利の栄光を分け与えるかのように振る舞う。チームメイト、肉親、駆けつけたファンクラブの人々。涙を流しながらその喜びを分かち合う。沿道にはコロンビアの国旗がはためき、「ビバ、エガン」「ビバ・コロンビア!」のコールが巻き起こる。

シャンゼリゼに詰めかけたコロンビアのファンの熱気は最高潮にシャンゼリゼに詰めかけたコロンビアのファンの熱気は最高潮に photo:Makoto.AYANO
難関山岳ステージ2つが短縮されたことが影響して、総走行距離が3,480kmから3,365.8kmに短くなった。そして全ステージ通じての平均速度では史上6番目に速いツールとなった(最速は2005年の41.654km/h。以下、2位2017年:40.995km/h、3位2003年:40.940km/h、4位2006年:40.784km/h、5位2014年:40.662km/h、6位2019年:40.575km/h)。

すっかり日が沈み、凱旋門がオレンジ色の残照に浮かぶシャンゼリゼはスモークとライトアップで近年とは違う趣向が凝らされた。ユアンのステージ表彰に次ぎ、敢闘賞の総合優勝表彰とも言うべき「スーパー敢闘賞」の表彰に登壇したのはジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)。「最終日に表彰台の中央に」「34年ぶりのフランス人ツール覇者に」の期待からは違った総合5位だが、このツールでステージ2勝と14日間のマイヨジョーヌ着用、予想外の粘りの走りで誰よりもレースを熱くした「ジュジュ(JU JU)」に惜しみない大きな声援が送られる。

総合敢闘賞を獲得したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)総合敢闘賞を獲得したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
アラフィリップは言う。「このツールでの走りに後悔は無い。微塵も無い。今年の自分のツールを誇りに思う。まったく想像以上の出来事で、もしツールが始まる前に今回のようなことが起こると誰かに予言されても、まったく信じなかっただろうね」。

今ツールの立役者、ジュリアン・アラフィリップと並んで走るエガン・ベルナル(チームイネオス)今ツールの立役者、ジュリアン・アラフィリップと並んで走るエガン・ベルナル(チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
奇しくもマイヨジョーヌ誕生100周年に見せたフランス人のプライド溢れる熱い走り。そして総合優勝を夢見させてくれた走りに、いつかツールの優勝を、という期待がつながる。アラフィリップはその後のフランス国営テレビのインタビューのなかで、その可能性について期待を担う姿勢を残しつつ、来年についてはツール・ド・フラン『ドル』(=つまりロンド・ファン・フラーンデレン)を狙ってみたいとコメントした。モニュメントと呼ばれる5大クラシック、ミラノ〜サンレモ、ロンド・ファン・フラーンデレン、パリ〜ルーベ、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ、イル・ロンバルディアの五つのなかではすでにミラノ〜サンレモを制しているアラフィリップ。「ワンデークラシックを狙う選手」と言う自身の位置づけはまだ捨てられない。

アラフィリップはこの日のディナーで、これまでに与えられたマイヨジョーヌをアシストしてくれたチームメイト全員にプレゼントした。

山岳賞マイヨアポワのロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール)山岳賞マイヨアポワのロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO
続いて山岳賞マイヨ・ブランアポアルージュの表彰はロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)。本来狙っていた総合争いでは脱落し、その表情が沈みがちだった二枚目が可愛い水玉ジャージを着て爽やかな笑顔で喝采を浴びる。フランス人による3年連続のマイヨアポア獲得だ。

アラフィリップとバルデ2人の活躍とダイナミックな展開もあり、総合ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏は「自身が(ディレクターとして)経験したなかでもっとも美しいツール・ド・フランス」と形容した。

観客の声援に応えるマイヨヴェール7回目のペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)観客の声援に応えるマイヨヴェール7回目のペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ) photo:Makoto.AYANO
80年代後半の活躍が記憶に新しいエリック・ツァベル (ドイツ)の持つ6度の受賞を抜き、7度目のポイント賞マイヨヴェール獲得のペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)はもはや安定の受賞だ。ステージ優勝は1勝にとどまるも、多くのゴールスプリントで必ず上位に絡み高ポイントを獲得。中間ポイントも地道に・確実に積み重ねた。ポイント賞を狙っての参戦とチームメイトの構築&サポートはチームも明確に意識しており、この先何回の受賞まで伸ばせるか。

ワンティ・グループゴベールもポディウムに登って記念撮影ワンティ・グループゴベールもポディウムに登って記念撮影 photo:Makoto.AYANO
ワンティ・グループゴベールのケヴィン・ファンメルゼン(ベルギー)は、シャンゼリゼのフィニッシュでレースを終えるやいなや、今まで付き合ってきたガールフレンドに対して膝まづいてプロポーズを敢行した。はたしてその結果は? 上の写真の女性がそのプレゼントされた指輪を手にしている幸せそうな笑顔から推測すべきだろう!

戦後史上最年少の22歳 コロンビア人初のツール覇者 新人賞とのダブル受賞

総合優勝のエガン・ベルナルの登壇。2日前の雹と地すべりに翻弄された第19ステージで獲得したマイヨジョーヌは、この2日間ですっかり着こなした。世界最高峰の自転車レースの、もっとも華のある表彰台に登る22歳の若者はまったく臆すること無く、風格さえ身に着けていた。

総合トップ3表彰  優勝はエガン・ベルナル、2位ゲラント・トーマス、3位ステフェン・クライスヴァイク総合トップ3表彰 優勝はエガン・ベルナル、2位ゲラント・トーマス、3位ステフェン・クライスヴァイク photo:Makoto.AYANO
沸き上がる声援に応えて手を振りながら、深々とお辞儀。英語とイタリア語、フランス語、スペイン語を織り交ぜたスピーチは謙虚なものだった。
「この勝利は僕のものではなく、コロンビア全体のもの。チームにありがとう。そしてG(トーマス)、こんな機会をありがとう。今日、僕は世界で一番幸せな男だ。ツール・ド・フランスに勝ったんだ。ありがとうイタリア(自身を自転車選手として育ててくれた国)、ありがとうコロンビア、ありがとうフランス」。

各国語を駆使して優勝スピーチするエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス)各国語を駆使して優勝スピーチするエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
コロンビア人として初めてツール・ド・フランス総合優勝者の誕生。22歳の総合優勝は、戦後史上においてもっとも若いツール覇者。マイヨ・ジョーヌが初めて南米大陸へと渡る。

さらに新人賞とのダブル受賞。過去のツールで総合優勝&新人賞同時獲得者は2010年のアンディ・シュレク以来の史上5人目。もちろんベルナルの22歳での総合優勝&新人賞同時獲得は史上最年少の受賞となる。ちなみに過去の総合優勝&新人賞同時獲得選手は、ローラン・フィニョン(1983年)23歳、ヤン・ウルリッヒ(1997年)23歳、アルベルト・コンタドール(2007年)24歳、アンディ・シュレク(2010年)25歳。

ステージ優勝は無かったベルナル。総合優勝者にステージ優勝が無いのは史上9人目(1904年:アンリ・コルネ、1922年:フィルマン・ランボー、1956年ロジェ・ワルコヴィアック、1960年:ガストネ・ネンチーニ、1966年 :ルシアン・エマール、1990年:グレッグ・レモン、2006年:オスカル・ペレイロ(繰り上げ優勝)、 2017年:クリストファー・フルーム)。しかし今大会では総合トップ4は誰もステージ優勝しておらず、総合トップ10の中でステージ優勝したのはアラフィリップとキンタナの2人だけ。



ゲラント・トーマスと握手を交わすエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス)ゲラント・トーマスと握手を交わすエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
ここからは第20ステージ終了後に行われたベルナルの優勝者記者会見と、同じ場で行われた2位トーマスのインタビューで話された内容を含めてラップアップする。

エガン・ベルナル「ジロの代わりに転がり込んできたチャンス」

3月のパリ〜ニースを制したベルナルは、もともと5月のジロ・デ・イタリアをチームイネオスのエースで走る予定だった。しかしジロ開幕前日に落車して鎖骨を骨折。急遽出走を取りやめることに。骨折の2時間後にはローラーでのトレーニングを初めていたが、その痛みと悲痛な思いに苦しんだという。もちろんツールが次なる目標として浮上する。そして復帰戦の6月のツール・ド・スイスで総合優勝する。

そしてチームイネオスにとって事態が急変したのはツール開幕まで2週間となった6月中旬、クリテリウムドーフィネでのクリストファー・フルームの転倒による大怪我。優勝を狙えるフルーム、トーマス、ベルナルのエース3人体制から、トーマスとベルナルの2人体制に変わる。

優勝記者会見に臨むガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス)優勝記者会見に臨むガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
超級山岳イズラン峠を独走するエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス)超級山岳イズラン峠を独走するエガン・ベルナル(コロンビア、チームイネオス) photo:CorVos予想外の抵抗を続けるマイヨジョーヌのアラフィリップに対し、攻撃を仕掛けた19ステージ。超級山岳イズラン峠でのアタックによりマイヨジョーヌを獲得することになったベルナル。チームイネオスとしてはベルナルで先制攻撃を仕掛け、ゲラント・トーマスが後方に控えていた。しかしティニュへの登りフィニッシュを残し、雹と地すべりがレースを中止しなかったとしたら、この日の最終的なステージ優勝は誰だったのか。それは誰にもわからない。そしてベルナルが骨折無くジロを走っていたら? フルームが骨折無くツールを走っていたら? シャンゼリゼでマイヨジョーヌを着たのは誰だったのか? それも誰にもわからない。

ベルナルは言う。「ジロを走れなかったことが、ツールを走ることに変わったんだ。運命を信じていいのかどうかわからないけど、ジロを走っていたら今このポジションには居なかった。2つのグランツールを走ることは難しいことだから」「ジロを目標に昨年10月からプログラムを組み立ててきた。実はジロの代わりにツールを走るという変更案が出たこともあった。でも元のプランに戻ったんだ」。

ゲラント・トーマス「大事なのはチームで勝つことだった。ベルナルの未来は明るい」

ゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス)ゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス) photo:Makoto.AYANO
ゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス)にレース中止の状況を説明するクリスティアン・プリュドム氏ゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス)にレース中止の状況を説明するクリスティアン・プリュドム氏 (c)CorVosトーマスにとってもツール前哨戦&準備レースとして走ったツール・ド・スイスの落車リタイアなど、ツールに向けてのプランは順調とは言い難かった。今大会中もトゥールマレー峠の大事な日にバッド・デイを迎えたが、体調自体は好調だったという。

「今回、チャンスは失われてしまったけれど、もう一度ツールに勝てると思うか?」と訊かれてトーマスは答える。「そう思う。それが僕を奮起させるんだ」。

「体調のピークを最高潮に戻す(合わせる)のは本当に難しい。クラッシュなど阻害する要因は多くある。でも今回はうまく良い体調で臨めていた。それは、そんなにしばしばうまくいくことじゃないんだ」「昨年も今年も明暗はある。2年前の僕は、腕を吊ってシャンゼリゼに居たんだ(第9ステージの落車で鎖骨を骨折しリタイア)。今年に関しては大きな問題はなかったけど、それでも問題は多くて順風満帆とは行かなかった」。

シャンゼリゼ通りを駆け抜けるマイヨジョーヌのベルナルとチームイネオスシャンゼリゼ通りを駆け抜けるマイヨジョーヌのベルナルとチームイネオス photo:Makoto.AYANO
ベルナルが今年勝つと思ったか?と聞かれると、トーマスは言う。「正直に言うとNOだね。でも彼の才能ははじめから感じていた。常に進化するし、彼は登りを速く登るために生まれてきた。彼は最高のチームを得たし、これから何年もに渡って凄い日々が続くだろう。家族の応援もある。彼は謙虚で、明るい未来がある」「ベルナルにはこの先素晴らしいキャリアが待っている。この先数年どころか、ずっと長くだ。僕がその一部となれたことは名誉なことだ」。

2人のうち優勝を狙うリーダーはどちら? そうした疑問が常に投げかけられたベルナルとトーマス。しかし勝利の鍵を握ったのは2人のチームワークだった。トーマスは言う「僕がもし勝てれば嬉しかっただろうけど、しかしエガンがそれをやってくれたんだ。それでOKなんだ。大事なのはチームとして勝つことだった」。

シャンゼリゼフィニッシュを選手全員で祝うチームイネオスの恒例の記念撮影シャンゼリゼフィニッシュを選手全員で祝うチームイネオスの恒例の記念撮影 photo:Makoto.AYANO
ブレイルスフォードGMは言う。「2人のリーダーが居ることはいつもアドバンテージになる。それが最後には実証された。それは『個人を超えたチームワーク』。最後の日に実を結んだのは、まさにそれなんだ」。

ベルナルの持って産まれた才能、そしてベルナルとトーマスの二人が、自分が勝ちたいというエゴを出さず、チームプレーに徹したからこそ可能になったひとつの勝利。そしてそれ以上に近年稀に見るエキサイティングなツールで最終的なマイヨジョーヌの行方を決めたのは、ベルナルが言うように、何か運命的なものだったように思える。

来年、ツール・ド・フランス5勝の夢の実現が頓挫した不屈の男クリス・フルームがカムバックしてくるだろう。そしてジロ・デ・イタリアに勝利したリチャル・カラパス(エクアドル)がモビスターからイネオスに移籍してくると言われている。またひとり、南米からグランツール覇者の選手を加えると、さらにチームはグランツールに向けて万全の体制を組めることになる。


text&photo:Makoto.AYANO in Paris, FRANCE

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