アストゥリアス地方特有の雨は降らなかった。ゴール地点の超級山岳ラ・ファラポーナは、岩山を望む雄大な峠。週末で大勢の観客が詰めかけたブエルタ初登場の登りで、ブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)はライバルを圧倒。グランツール初制覇がいよいよ見えてきた。

アストルガ司教邸と大聖堂の前に置かれたサイン台アストルガ司教邸と大聖堂の前に置かれたサイン台 photo:Kei Tsuji爽やかな空気を突き抜けるように陽光が射す。この日はカスティーリャ・イ・レオン州をスタートし、山岳地帯を抜けてアストゥリアス州にゴールする。雨が多い一帯だが、一日を通して雨には降られなかった。なんだかんだでまだ大雨には降られていない。

すでにブエルタ開幕から2週間が経とうとしている。少し小さくなった(絞れた!)印象の土井雪広(スキル・シマノ)が、この日もチームの中で一番最初に出走サインに向かう。

闘いを待つリクイガス・キャノンデールのスーパーシックス・エヴォ闘いを待つリクイガス・キャノンデールのスーパーシックス・エヴォ photo:Kei Tsujiスタート地点アストゥルガには立派なカテドラル(大聖堂)がある。前日のサリアとポンフェラーダ同様、このアストゥルガも「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の通過都市である。レンガ作りで統一感のある街並が美しい。

カテドラルの前に置かれた出走サイン台で「日本人初のブエルタ出場者!」という紹介を受け、観客の声援に手を振って応える土井雪広。山岳3連戦の2日目をどう走るのか。「昨日のステージは獲得標高が4500mで今大会最大だった。相変わらず脚が痛い。今日と明日はゆっくりと行くことにする」。

ラ・ファラポーナの頂上付近は鈴なりの観客ラ・ファラポーナの頂上付近は鈴なりの観客 photo:Kei Tsujiレースの3分の2を終え、土井雪広は「未知の世界」を歩んでいる。今年のブエルタはコースが厳しいと、選手やジャーナリストは口を揃える。山岳が多く、平坦ステージでさえも起伏に富んでいると。

アメリカのヴェロニュースでお馴染み、スペイン在住のアメリカ人ジャーナリスト、アンディ・フッドは「今年のコースはかなりキツイ。前半からずっとキツイ。ドイはそんな厳しいレースでしっかりと闘っている。本当に大したもんじゃないか。ベップやアラシロの他にもそんな良い選手がいるとは知らなかった」と感心する。

ゴール地点のラ・ファラポーナはブエルタ初登場。カスティーリャ・イ・レオン州とアストゥリアス州を分つ山脈に位置する細い峠道で、登坂距離は17km近い。頂上付近の駐車スペースが確保できないため、プレス関係者は14時30分に麓を出発するシャトルバスに詰め込まれ、ガタゴトと頂上を目指す。

土井雪広(スキル・シマノ)アストルガ大聖堂をバックに土井雪広(スキル・シマノ)アストルガ大聖堂をバックに photo:Kei Tsujiエストニアカラーのショーツを履くダヴィ・モンクティエ(フランス、コフィディス)エストニアカラーのショーツを履くダヴィ・モンクティエ(フランス、コフィディス) photo:Unipublic壮大な景色の中を進むグルペット壮大な景色の中を進むグルペット photo:Kei Tsuji


ラ・ファラポーナを先頭で駆け上がるレイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス)ラ・ファラポーナを先頭で駆け上がるレイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス) photo:Kei Tsuji大勢の観客に囲まれて頂上で待つこと2時間。逃げグループから飛び出したレイン・ターラマエ(エストニア、コフィディス)が独走で頂上に姿を現した。沿道から「コフィディース!コフィディース!」の声援。

なお、フランスの消費者金融会社のコフィディスは、スペインに支社をもっている。ブエルタのスポンサーの一つであり、スペイン人にとっても馴染みの会社だ。

ラ・ファラポーナでメイングループをリードするブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)ラ・ファラポーナでメイングループをリードするブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Kei Tsujiターラマエはエストニア訛りの強い英語でレース後のインタビューに応える。「ステージ優勝に絡めない日も、コフィディスは逃げに選手を送り込んでいる。プロチームライセンス獲得のために、毎日チームは奮闘しているんだ」。コフィディスはこれが今大会2勝目。ダヴィ・モンクティエ(フランス、コフィディス)は目下山岳賞ジャージを着用しており、プロコンチネンタルチームながら主役級の活躍を見せている。

どうでもいいことだが、そのモンクティエのショーツを見て気付いた。青い水玉デザインの山岳賞ジャージに合わせてショーツも白と青・・・なのだが、せっかく用意したにしては違和感が有る。

先頭から20分遅れでラ・ファラポーナの頂上を目指す土井雪広(スキル・シマノ)先頭から20分遅れでラ・ファラポーナの頂上を目指す土井雪広(スキル・シマノ) photo:Kei Tsujiよく見ると、エストニアのTTチャンピオンであるターラマエのエストニアカラーのショーツだ!使い回されている!証拠写真→ツールのTTを走るターラマエ

ウィギンズは強い。抜群の安定感だ。タイムロスを被ってもおかしくない超級頂上ゴールで逆にライバルたちを蹴落としてみせた。直近のライバルの総合3位バウク・モレマ(オランダ、ラボバンク)は36秒遅れ、そして総合4位ファンホセ・コーボ(スペイン、ジェオックス・TMC)は55秒遅れ。攻撃の最前線に立つと目されたヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)とホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)は下位に沈んだ。

アレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD)がリードするグルペットアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD)がリードするグルペット photo:Kei Tsujiウィギンズは集中力を切らさない。スタート前からレース中、ゴール後に至るまでずっと、集中力の塊のようなオーラをまとっている。「ライバルたちからタイムを奪ったことは大きな自信に繋がる。これからの闘いが少し楽になる。明日のアングリルの厳しさは半端じゃない。だが厳しさは全ての選手に平等だ。明日も同様に全力で闘い抜くのみ」。

いよいよウィギンズのブエルタ初制覇が見えてきた。イギリス人によるブエルタ初制覇、更にイギリス人によるグランツール初制覇が見えてきた。

ラ・ファラポーナの頂上が見えてきたラ・ファラポーナの頂上が見えてきた photo:Kei Tsuji土井雪広は20分23秒遅れの集団でラ・ファラポーナの頂上にゴールした。同集団の他の選手が悲痛な表情を浮かべる中、土井雪広は表情を変えずにダンシングしている。結果はスキル・シマノの中で最高のステージ62位。「もっと前に選手がいると思ったので、ステージ100位ぐらいだと思っていた」。

「1級山岳(サンロレンソ峠)の頂上3km手前でメイン集団から脱落してしまった。その一つ前の2級山岳(ラ・ベンタナ峠)の下りがとても危険で、集団が分裂。ラインが一つしか無く、ウィギンズの後ろで下りをこなした。彼は安全に走りながらも安定していて速い。今日の最高スピードは89km/h。ちなみに昨日は107km/hだった」。

ずっと「脚が痛い」と言いながらも、事実しっかりと走れている。「脚は疲れているけど動いている。もう大きな登りもなければ、危険な下りもない。風邪を引かなければ、もしくは落車しなければ完走は大丈夫だと思う。集中力を切らさないようにしないと」。アングリルを前に、土井雪広は気を引き締めた。

text&photo:Kei Tsuji in Somiedo, Spain
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