チームTTのスタート/ゴール地点になったヴァンデ県レゼサールはチームユーロップカーの事務所のある街だ。この小さな街の中心部"マノア"にあるお城がその事務所。ゴール地点のすぐ脇にそのお城がある。ここにほんの少し前まで新城幸也が住んでいた。

地元ヴァンデのユーロップカー応援団地元ヴァンデのユーロップカー応援団 photo:Makoto Ayano住んでいたのだからこの街ではユキヤを知らない人は少数派。コースの近くを歩いていると「ユキヤはどうした」「なぜ出ていないのか?」「今何処にいるんだ」と声がかかる。緑のユーロップカーのジャージのレプリカTシャツを着て、ヴァンデ県の地方旗とセットでチームの旗を振る地元の観客たちから何度も声をかけられる。

「詳しくはジャンルネさんに聞いてね」。

沿道のあちこちにヴァンデの旗が沿道のあちこちにヴァンデの旗が photo:Makoto Ayanoユキヤの新しい家はコースまで10kmのベルビルにある。今回実はこの家に泊まらせていただいてヴァンデ県での行われるステージの取材拠点としている。肝心のご主人様は日本に居残りなのが残念。

ちなみにこのベルビルの新城家からヴォクレール家もシャルトー家もケムヌール家も5kmぐらいにある。でもチームはすぐ近くのホテルに皆で泊まって集団行動をとっているのだが。

「サドルは水平に」 TTバイクに直前のダメ出し

この小さな街の中心部"マノア"にあるユーロップカーの事務所この小さな街の中心部"マノア"にあるユーロップカーの事務所 photo:Makoto Ayano新城家からコースがあまりに近いのでアクセスしようとしたら進入不可。あわてて遠回りしてレゼサールへと向かう。まずはユキヤがよく買い物をしていたスーパーUの隣の駐車場がチームピットになっているので、そちらでバイクの用意などをチェックする。

スタートから少し離れたそのチームピット。歩くには少し遠い2kmぐらいの道を、監督やスタッフたちがTTバイクに乗って慌ただしく往復している。攻撃的なバイクに慣れない様子で乗り、もう一方の手でもう一台のTTバイクを転がしながら...危なっかしい。

サドルの水平度をチェックするUCIの車両検査サドルの水平度をチェックするUCIの車両検査 photo:Makoto Ayano普段は見ない光景に、なぜ?と思っていたら、どうやらバイクチェックに引っかかったということらしい。

スタート脇でTTマシンの各寸法が規定通りかをチェックするのはいつものことだが、今まで見たことがない新しい検査治具(?)にセットしてバイクを検査するUCIの役員たち。そのテントでチームスタッフと役員が揉めている。原因は「サドルの水平が出ていない」ということらしい。メカニシャンが「ピュターン(バカヤロウ)」と(聞こえないように)吐き捨てている。

バイクチェックを受けるアスタナのTTバイクバイクチェックを受けるアスタナのTTバイク photo:Makoto Ayanoサドル上面に水準器をあてて厳密に検査している??

「サドルは水平でなければいけない」こんなチェック項目は今までなかったのに、いきなりここでダメだしされる選手たちのTTバイク。一番目の出走のサクソバンクの選手たちのほとんどがサドルの角度を直された。そして慌てたスタッフが選手の代わりにTTバイクを検査に連れてきていたのだ。

多くにチームがこの検査に引っかかって出走直前のサドルポジション変更を余儀なくされた。

「こんなの前に見たことない。クソッタレだ。直前になって!」(サクソバンク監督ビャルヌ・リース)

「こんなルールは通年であるんだろう。いままで何度も風洞実験をしてきたのに、世界でもっとも重要なレースの今日、世界中のプレスが集まる目の前で今、それをするのか!」(レディオシャック監督ヨハン・ブリュイネール)

チームTTに意気込んでいたBMCレーシング

4秒遅れの2位に入ったBMCレーシングチーム4秒遅れの2位に入ったBMCレーシングチーム photo:Makoto AyanoBMCレーシングのチームピットを訪問すると、ジム・オショビッツGMからまずは東日本大震災のその後の経過を訊かれる。

チームは春のクラシックで橋川健さんの依頼でCyclist Play for Japanのステッカーをバイクに貼って走ってくれた。橋川さんは元モトローラのスタジエ(研修生)だったので、オショビッツGMの門下生だった。

BMCレーシングチームが使用するBMCの新型TTバイクBMCレーシングチームが使用するBMCの新型TTバイク photo:Makoto Ayanoそしてチームがツール前にベルギーのゾルダーサーキット(チポッリーニが2002年に世界選手権を制した際のコース)でチームタイムトライアルの特訓練習を積んできたことを説明してくれた。チームは今年エヴァンスのために充実のアシスト体勢で臨んでおり、コンタドールが遅れた今こそエヴァンスがポディウム中央に立てる最大のチャンスだと、ますます意気込んでいる。

ピットにはチームのパトロンであるスイスの大富豪アンディ・リース氏も居て、新しいフルカーボンのTTマシンについて紹介してくれた。旧モデルも凄かったが、今回のプロトタイプも凄いバイクになっているように見えた。「自転車にはホチョーキ(補聴器)より情熱を打ち込めるのさ」とジョークを飛ばすリース氏は、フォナック社の社長でもある。

サクソバンク・サンガードが一番スタートだと知って慌ててスタート地点へ向かう。スタートはチーム成績順。昨第1ステージで落車で遅れたコンタドールにチームメイトたちがサポートに下がったため、チーム成績が最下位になっていたのだ。スタートに向かう選手たちもサドルポジションの変更でかなり慌てていた。これもコンタドールの運の悪さのひとつか。

ガーミン・サーヴェロがたどった初勝利への道のり

ガーミン・サーヴェロのジョナサン・ヴォーターズGMガーミン・サーヴェロのジョナサン・ヴォーターズGM photo:Makoto AyanoチームTTでのステージ勝利と世界王者フースホフトのマイヨジョーヌをダブル獲得したガーミン・サーヴェロ。今日はマイヨ・アポアを着て走ったため、アルカンシェルはシューズカバーにだけ控えめにラインがあり、誰か分からなかった。フースホフトは虹色のアルカンシェルジャージをマイヨジョーヌに喜んで着替える。

「凄い一日だった。チームは本当に頑張った。すべてがパーフェクトだった。全員が100%チームの為に走ったんだ。10年前(クレディアグリコル時代)、同じチームTTで優勝したことはある。レインボージャージを着ていることは栄誉だけど、喜んでイエロージャージを重ね着するよ!

ガーミン・サーヴェロが60km/h近いスピードで駆け抜けるガーミン・サーヴェロが60km/h近いスピードで駆け抜ける photo:Makoto Ayanoチームの目標はこのチームタイムトライアルでの勝利と、ぼくにマイヨ・ジョーヌを着せることだった。これが実現できただけじゃなく、チーム的な視点で考えると、このツール・ド・フランスは成功の部類に入る。今日はチームワークで差がついたんだ。みんなチーム以外のことは考えていなかった。ぼくたちは一体となって走った。その結果、満足のいく日になったんだ」。

新チーム、ガーミン・サーヴェロの勝利は、ツール・ド・フランスでのチームの初勝利になる。

ステージ優勝を飾ったガーミン・サーヴェロが登壇ステージ優勝を飾ったガーミン・サーヴェロが登壇 photo:Makoto Ayano過去を振り返れば2008年にはシチリア島パレルモで開幕したジロ・デ・イタリアのチームタイムトライアルでチームの前身の「スリップストリーム」としてステージ優勝を飾り、クリスティアン・ヴァンデヴェルデがマリアローザに袖を通した。

チーム名が「ガーミン・スリップストリーム」となった2009年のツール・ド・フランス第4ステージのチームタイムトライアルでは、アームストロングとコンタドール率いるアスタナに18秒差で破れて2位になっている。このとき、メンバーはたった5人になりながらも印象的な走りを披露した。チームTTに勝つことは、いつもチームが目標とするところだ。

新チームになったガーミン・サーヴェロを率いるのは、変わらずジョナサン・ヴォーターズ監督。サーヴェロテストチームとの合併でフースホフトが加わったが、今回のツールではメンバー的に旧サーヴェロ組はフースホフトだけだ。そしてヴォーターズ監督とフースホフトは10年前の2001ツールのチームTTで優勝したクレディアグリコルの同期メンバーだった仲だ。

ヴォーターズ氏の率いるチームは、チーム内部にアンチドーピングプログラムを真っ先に取り入れ、ドーピングに対して徹底的にクリーンな姿勢を貫いてきたチームだ。低予算での運営だが、クリーンな姿勢に賛同した選手とスタッフで構成される。

ヴォーターズ氏はこの勝利を、チームが掲げてきたドーピングに対する潔白というポリシーの勝利だと位置づける。「ぼくは(ドーピングに)クリーンな選手の大きなレースでの勝利を信じている。そのことの証明となった。プロトンの大多数はクリーンだと思う。クリーンじゃないとすれば、われわれが今日の勝利を実現できたわけがないんだ。

みんながこの競技に誇りを持つべきだ。悲しいことに、そう思わない人もいる。サイクリングがここにいたる過程を、高く評価してほしい。われわれみんなは協力して、この競技の価値を高め、5年前の状況から離れることができたんだ。

ぼくは(ドーピング)問題について、これからも語っていく。このチームが誰もが知る立場にあるし、われわれはドーピング問題に力を貸す必要があるからだ。この問題に黙っていることは正しくない。そして、これは勝利の旗を揚げるという意味でもない。この争いは終わることがない。続けていかねばならないんだ」。

BMCのサプライズ コンタドールは不利な状況から抜け出せるか

スタートラインに並んだサクソバンク・サンガードスタートラインに並んだサクソバンク・サンガード photo:Makoto Ayano大健闘と言えるのはBMCレーシングの2位だろう。チームスカイも下し、レオパードトレックも下し、平坦のスピードに重要なベルンハルト・アイゼルをスタート1kmの落車で欠いたHTCハイロードも下し、まさに「サプライズ」な2位。エヴァンスは1秒差でマイヨジョーヌを逃したが、コンタドールに対して1分41秒にタイム差を広げることに成功した。

ツール・ド・フランス2011の総合優勝候補にまたひとつ近づいた。第4ステージのミュール・ド・ブルターニュで第1ステージのような走りを見せることができれば、マイヨジョーヌは早くもエヴァンスの手に入る。

スタートするアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)スタートするアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード) photo:Makoto Ayanoサクソバンクはメンバー的にグスタフ・ラーフョンらがいないなか、+28秒の8位にとどめたのは健闘の部類に入る走り。しかしコンタドールはエヴァンス、アンディ&フランク、ヘーシンク、レディオシャック勢など総合優勝狙いのライバルたちに対してまたタイム差を加算し、状況を後進させてしまった。

しかし、リース監督は第1ステージでコンタドールが喰らったタイムロスについて、審判団に抗議中だという。最初の落車はゴール3km圏外だったが、ゴール2.2km手前で起こった2度目の落車でも足止めを食らったコンタドールはその影響でタイム差が広がり、結果として+1分20秒を背負うことになった。

しかし2度目の落車の影響についてはゴール前3km落車の救済ルール(集団と同タイム)を適応して欲しいと訴えているようだ。2度目の落車が起こった時点のタイム差は34秒だったという。この訴えが認められればサクソバンクにとってツールを振り出しに戻せるが、その望みは低そうだ。

photo&text:Makoto AYANO