ニコラス・ロッシュ(アイルランド)がプロ入りして5年が経つが、未だに父親の名前が先行してしまう。とは言えロッシュは着実にトップ選手への階段を上っている。今年のツール・ド・フランスでは総合15位に入り、そのオールラウンドぶりを発揮した。

ニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)ニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayano今年ロッシュはブエルタ・ア・カタルーニャで総合5位、パリ〜ニースで総合11位、ツール・ド・スイスで総合19位、ツール・ド・フランスで総合15位、そしてブエルタ・ア・エスパーニャで総合7位という成績を残した。

まだ26歳。その若さを考えると、ツールやブエルタでの成績は高く評価されるべきものだ。アイルランドの次世代ツール覇者として期待されるのも頷ける。

ツール第15ステージ パンクによって遅れたニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)ツール第15ステージ パンクによって遅れたニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayano「まだ勝てていないのが歯がゆい。いろんなレースでトップ10には入っているけど、まだメジャーレースで勝ったことがないんだ。最近計算したところ、プロツアーレースで24回もトップ10に入っていた。その約半数は惜しいところで勝利を逃している」2011年シーズンに向けてトレーニングを開始したばかりのロッシュは、悔しい表情で語る。ロッシュの最後の勝利は、1年以上前のアイルランド選手権。アイルランドのチャンピオンジャージを手にした大会だ。

ロッシュは2005年にコフィディスでプロデビュー。2007年のジロ・デ・イタリアでグランツールデビューを飾り、それ以降着実にステップアップしている。

ツール第10ステージ ライバルたちを引き離してゴールするニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)ツール第10ステージ ライバルたちを引き離してゴールするニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayanoロッシュが住むヴァレーゼは北イタリアに位置。アルプスから吹き下ろす強風が窓を揺らす。「今ちょうどトレーニングから戻ってきたところなんだ。2週間、バイクに乗っていなかった」

ロッシュは膝の腱炎のため、予定より早くシーズンを終えた。現在は完治しており、順調に来シーズンに向けてトレーニングを開始。スペインとフランスで行なわれるアージェードゥーゼルのトレーニングキャンプでチームメイトたちと顔を合わせる。エース級のロッシュはそこでフォトグラファーたちの格好の的になる。

ブエルタ第15ステージ ニーバリらに先行を許してしまったフランク・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)やニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)ブエルタ第15ステージ ニーバリらに先行を許してしまったフランク・シュレク(ルクセンブルク、サクソバンク)やニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Unipublic今年のツールでアイルランド人のロッシュは、フランスのアージェードゥーゼルでエースを務めた。安定した走りを見せていたが、バニエール・ド・ルションにゴールする第15ステージでの悪いタイミングのパンクで後退。アシストのジョン・ガドレ(フランス)がホイールを渡さなかったことで状況が悪化した。

「あのパンクを除けば、概ねラッキーな一年だった」ロッシュは神妙な面持ちで振り返る。まるでガドレを責めたい気持ちなんて全く無かったかのように。

安定した走りでブエルタ総合7位に入ったニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル)安定した走りでブエルタ総合7位に入ったニコラス・ロッシュ(アイルランド、アージェードゥーゼル) photo:Cor Vosグランツールで成績を残すためには、体重コントロールが欠かせない。プロ入り間もないロッシュと比べると、幾分スラっとした印象を受ける。

「この3年間でステージレーサーとして成長したと自覚している。その最も大きな要因は、体重の減少。これまで体重が脚を引っ張っていた。カラダを絞り込むことで、登りでの走りが格段に良くなる。今では山岳トレーニングに100%力を使っている。それがステージレースでの結果に繋がっているのだろう」

ロッシュはロードトレーニングに力を注ぎ、シーズンインまでに71kgまで減量する。更にツールまで68kgまで絞り込むという。幸いロッシュは台所でもチームリーダーを担っているので、食べ物のコントロールは容易。イタリア人のガールフレンドやサイモン・クラーク、リー・ハワードのようなオーストラリア人のトレーニングパートナーのために料理を振る舞うことが多い。

2011年のレーススケジュールは今まで通り。1月にフランス・ニースで行なわれるトレーニングキャンプに参加し、そこからパリ〜ニース、ブエルタ・ア・カタルーニャ、アルデンヌ・クラシックに向けて調子を上げていく。その後、少しの休息期間を経て、ツールとブエルタに挑む。

「一気にステップアップしたいとは思わない。今年のように、出場するレース全てで勝利を狙うようなことはしない。それよりも、改善出来るポイントに集中して、着実に階段を上がりたい。ワールドツアークラスのレースに傾倒することになると思う。カタルーニャでは好走できるはず。パリ〜ニースでもトップ5に入れるだろう。仮に総合で後退すれば、ステージ優勝を狙う」その言葉には久々の勝ち星を狙いたいという強い思いが見え隠れする。「来シーズンの目標はツールでのトップ10入り。それが自分の進化を証明する象徴的な数字だと思っている」

アイルランド人として最初で最後のツール覇者は、ロッシュの父親、ステファン・ロッシュだ。1987年にロッシュはジロ、ツール、そして世界選手権を制した。息子のニコラスは父親の背中を追い、ツール制覇をキャリア最大の目標に掲げる。

「プロ選手になり、一定のレベルに達すると、ツール制覇を夢見るようになる。でも現実的には途方もない夢だ。同じことを望んでいる選手が山ほどいる」

夢の実現において欠かせないのは、タイムトライアルの走りを改善すること。しかし今年はチームからTTバイクの到着が大幅に遅れ、ポジションが煮詰まらなかった。ロッシュの手元にTTバイクが届いたのはツール開幕の3週間前。更にブエルタ開幕前にはバイクがなく、最初のタイムトライアルでその代償を払うことに。

「自分の弱点はタイムトライアルだ。グランツールの総合成績を狙うためには、タイムトライアルの走りが問われる。何とか克服しないといけない」

現在ロッシュの手元にはTTバイクがある。タイムトライアルでリードを広げることが可能になれば、トップ5は夢じゃない。表彰台、マイヨジョーヌも見えてくる。そうなればロッシュの印象はガラリと変わる。

「ロッシュ?どっちのロッシュ?ニコラス?それともステファン?」ファンがそんな会話を交わす日は近いかも知れない。

text:Gregor Brown
translation:Kei Tsuji