アメリカにクルマメーカーのビッグスリーがあるように、自転車界にもビッグスリーが存在する。シマノ、スラム、そしてカンパニョーロだ。どのメーカーも高品質な製品を生み出し続けているが、カンパニョーロは社風が少し違う。イタリアンメーカーとしてファウスト・コッピの時代から物作りに携わり、80年前にクイックリリースという発明品を生み出した。現社長を務めるヴァレンティーノ・カンパニョーロ氏にグレゴー・ブラウンが訊く。

電動コンポーネントをリリースしたヴァレンティーノ・カンパニョーロ氏(左)電動コンポーネントをリリースしたヴァレンティーノ・カンパニョーロ氏(左) photo:Cor Vos元選手だったトゥーリオ・カンパニョーロがヴィツェンツァでカンパニョーロ社を起こしたのは1933年。今から77年も前の話だ。現在同社はトゥーリオの息子ヴァレンティーノが引き継いでいる。

自転車パーツのトップメーカーに君臨し続けるのは並大抵のことではない。今回カンパニョーロ社は電動コンポーネントを発表し、一層の競争力を得た。同社の将来を担うヴァレンティーノ・カンパニョーロ氏に、イタリア在住のサイクルジャーナリスト、グレゴー・ブラウンが訊いた(VC:ヴァレンティーノ・カンパニョーロ、GB:グレゴー・ブラウン)

GB:自転車界に興味を持ち始めたのはいつから?
VC:幼少期から自転車に囲まれて育った。自社の製品について特別な意識はしていなかった。周りにサイクリストが多かったので、違和感無くこの業界に馴染めたのだと思う。

GB:小さいときから父親のトゥーリオとレース現場に通った?
VC:よくレース会場に脚を運び、ロードレースを学んだ。そこで、選手がどんな状況で走っているのか、そしてメカニックやスタッフがどれだけ影で働いているのかを学んだ。ただテレビで見ているだけでは分からないことだらけ。ガードレールの無い下りを80km/hで走ったり、チームカーの間をすり抜けたり、選手たちの偉大さを間近で見てきた。

GB:トゥーリオは発明家だった。あなたは経済学を学んでいた?
VC:父には発明の才があって、想像上のものを具体的な製品に結びつける能力に長けていた。自分にもそんな能力があれば良かったと思うけど、生憎「発明家」の血は受け継がれなかったようだ。

GB:でも新製品のデザインに関しては息子の方が優れていた?
VC:カンパニョーロ社の物作りの根底にあるのはR&D(研究開発)。日々デザイナーやクライアント、小売店、雑誌の記事などからアイデアが出ている。すぐに具現化出来るアイデアもあれば、何年もかけて形になるアイデアもある。全く無の状態から物を作り出すのは難しい仕事だ。会社にどんな良い影響を与えることになるのかを見極めて、アイデアを探している。

GB:具体的に、開発から発売まで何年もかかった製品は?
VC:(笑いながら)上手くメイントピックに持ち込んだね。そう、電動コンポーネントだ。本当に難しい挑戦だった。我が社は金属工学に関しては優れていたが、電動の分野に関して下地が無かった。でも、メーカーとして挑戦に屈するわけにはいかなかった。

カンパニョーロの電動コンポーネントを搭載したピナレロDOGMA Giro d'Italia; Special Editionカンパニョーロの電動コンポーネントを搭載したピナレロDOGMA Giro d'Italia; Special Edition photo:Makoto AYANO

GB:カーボン製品に関しても苦労した?
VC:確かにカーボンを導入した際も苦労した。専門家を招き、アドバイスを仰いだ。それが今では4つの違う部署がカーボンの製造に携わっている。ユニディレクショナルやモノコックなど、製品に合わせてカーボンファイバーを使い分けている。

GB:カーボンもゼロからのスタートだった?
VC:決して容易ではなく、コストのかかる挑戦だった。でも一旦カーボン技術を身につけると、新たな世界が広がった。いろんな可能性が広がったと言っていいだろう。同じように、電動コンポーネントの開発部門は何年も頭を悩ませた。ただ製造マシーンのボタンを押せば出来上がるような代物ではない。

GB:12速化よりも電動化を優先した理由は?
VC:ここに断言する。現在12速グループの開発は行なっていない。電動化とどちらが容易だったのかは比較出来ないが、10速から11速にステップアップする際に、想像以上の苦労を伴った。ただギアを1枚足せば良いという簡単な話ではない。

GB:電動メカのスタート地点は?
VC:当初、電動メカの製造は途方も無い挑戦のように思えた。机上の計算と実際の製品には大きな溝があったのは事実だ。部品の小型化と耐久性の向上も優先事項の一つ。自動車パーツと違って、自転車パーツは雨や泥、湿度、太陽光線など、様々な条件に直接さらされる。しかも、落車の後でも機能を維持する必要がある。

電動シフター搭載のエルゴパワーレバー電動シフター搭載のエルゴパワーレバー photo:Makoto AYANOフロントディレイラーとバッテリーボックスフロントディレイラーとバッテリーボックス photo:Makoto AYANO

GB:シマノの電動メカがカンパニョーロを動かした?
VC:それは違う。実際、カンパニョーロはシマノよりも前に電動メカの開発をスタートさせていた。マヴィックが1994年に電動メカを手がけた少し後の話だ。電化製品の製造において世界トップクラスの技術力を持つ日本の会社なので、シマノにアドバンテージがあったのは認めざるをえない。正直、それは大きなアドバンテージだったと思う。だが我が社はコンポーネントの11速化を優先した。優先順位が違っていれば、シマノより先に電動メカをリリースしていたかも知れない。

GB:スラムも電動メカを開発しているという噂ですが?
VC:それは想像に容易い。我が社も今回電動メカをリリースしたからと言って、開発の手を止めているわけじゃない。

GB:電動メカの開発に際して重要視したことは?
VC:カンパニョーロの理念。つまり機能性、軽量性、革新的な技術、メンテナンス性、容易なセットアップ、そしてイタリアンフレーバーを組み込むこと。魂がこもっていて、他社製品と一目で見分けがつくこと。そして細部にまでこだわっていること。

GB:電動メカが自転車のスタンダードになりえる?
VC:コンポーネントの概念を変え、自転車を革新する技術だ。でも従来のメカニカルなシステムと比べると、どうしても複雑なシステムになってしまう。システムとしては、これ以上簡素化するつもりはない。それよりも、使い勝手をよりシンプルにしたい。電動の仕組みに付いて全く分からなくても、安心して使用出来る製品を目指したい。

GB:シマノから刺激を受けたことは?
VC:シマノの製品開発の姿勢。ただ単に良いだけでなく、本当に素晴らしい製品を生み出していると思う。カリフォルニアで巻き起こったMTBムーブメントに乗って急成長した。企業として大成功を収めたと言えるだろう。

GB:ロードコンポーネントに遅れて参入したスラムは?
VC:スラムはマーケティングのアプローチがとても上手だ。アメリカンメーカーはいつでもマーケティングが上手い。エンジニアリングとマーケティングの関係が機能している。どのメーカーも独自性があり、製品のアプローチが違う。カンパニョーロは50年前のポリシーを保ち続けている。それが他のメーカーとの大きな違いだ。それが他のメーカーに真似出来ない強みだと思っている。

GB:2006年にルーマニアに工場を設けたことでイタリアンブランドの価値が落ちるという危惧はあった?
VC:いや、ルーマニアでもここヴィツェンツァと全く同じ方式で生産を行なっているので、特に心配はしていなかったし、今でもしていない。ルーマニアでも品質管理を徹底している。経験を積んだイタリア人スタッフが指揮を執っているので全く問題ない。

GB:具体的にルーマニア工場で製造されているのは?
VC:カーボンパーツの製造とコンポーネントのアッセンブルだ。本国で確立したクオリティーレベルをそのまま持ち込んだので、品質の高いカーボンパーツが生み出されている。

GB:海外に工場を設けなければならないのがイタリアンメーカーの現実?
VC:ルーマニアには手作業が欠かせない製造工程を移した。特にカーボンの製造は、職人技よりも多くの労働力を要するのでコストがかかる。どれだけ技術が進んでも、カーボンの製造をロボットに一任することは出来ない。

GB:中国ではなくルーマニアを選んだ理由は?
VC:EU加盟国の一つでイタリアに近いから。そしてルーマニア語はイタリア語に近い。自然な成り行きだった。

GB:カンパニョーロが“カンパニョーロらしさ”を維持するために取り組んでいることは?
VC:全ての製品にイタリアンフレーバーが盛り込まれていること。フェラーリやランボルギーニの例を見れば分かりやすい。他の国では決して生み出すことの出来ない一品だ。BMWとは全く違う。

GB:そう言った意味ではシマノとカンパニョーロは大きく違う?
VC:他社の製品と並べてみると、一目で我が社の製品は判別可能。トレードマーク云々の話ではない。採算が合わなくても細部にまでこだわっている。それでいて軽量で、耐久性がある。次々と新しいコンセプトを打ち立てるのではなく、従来の製品を末永く使い続けることを優先する。このコンセプトはスーパーレコードからヴェローチェまで共通している。

GB:他社との一番の違いは製品へのアプローチ方法?
VC:その通り。それぞれのメーカーがそれぞれのアプローチ方で製品を作り出している。どの製品にもそのメーカーのコンセプトが活きているし、見れば見るほど開発者の意図を感じ取ることが出来る。例えば、我が社の製品で言うと、スーパーレコード、コーラス、ケンタウルを順に触れば、その違いに気付くはず。でもコンセプトは一貫している。カンパニョーロはカンパニョーロだ。

text:Gregor Brown
translation:Kei Tsuji