ディラン・トゥーンス(ベルギー、コフィディス)が自身のSNSで現役引退を明らかにした。2022年にラ・フレーシュ・ワロンヌを制し、ツール・ド・フランスでは2度の区間優勝を飾ったものの、新チーム探しに難航し、引退を決断したという。

引退を発表したディラン・トゥーンス(ベルギー) photo:Makoto.AYANO
2014年に育成チームからBMCレーシングのトップチームに昇格し、プロデビューしたトゥーンス。12年間のプロキャリアで積み上げた14勝のうち、ハイライトとなるのはもちろん2022年のラ・フレーシュ・ワロンヌだろう。最大勾配が26%に達する激坂「ユイの壁」で、過去5度の優勝を誇るアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)ら世界トップクライマーらを退け、優勝を果たした。
2019年ツール・ド・フランス第6ステージでも、最大勾配24%の激坂かつ未舗装路を含む1級山岳フィニッシュの「ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ」で区間優勝。加入1年目のバーレーン・メリダ(現バーレーン・ヴィクトリアス)に勝利をもたらし、ここから激坂を得意とするパンチャーという印象を強くファンに植え付けた。
またトゥーンスは激坂の他に、土砂降りの雨や寒さなど、過酷なレース状況における消耗戦に強かった。それを象徴するのがツールで区間2勝目となった2021年ツールの第8ステージ。アルプス山脈が舞台となったこの日はスタートからフィニッシュまで冷たい雨が降り続き、逃げ集団から飛び出したトゥーンスはウェットな下り区間でリードを広げ、独走勝利した。

ジュリオ・チッコーネとの接戦を制し、2019年ツール第6ステージを制したディラン・トゥーンス(当時バーレーン・メリダ) photo:Makoto.AYANO
2022年のシーズン途中からイスラエル・プレミアテック(現NSNサイクリングチーム)に移籍後、2025年よりコフィディスに加入。しかし2シーズンで勝利を挙げることはできず、報道によると3つのワールドチームと話し合いの場を持ったものの契約には至らず、プロチームからも勧誘があったが、引退を決断した。
「子どもの頃からの夢を完全に叶えることができたこのキャリアを、計り知れない誇りと感謝の気持ちとともに振り返っている。沿道や画面の前で、長年にわたり僕を支えてくれたすべてのファン、チームメイト、スタッフの皆、本当にありがとう。新しい章へと進む時が来たが、自転車への愛は永遠だ」と綴り、現役生活に別れを告げた。
text:Sotaro.Arakawa
photo:Makoto AYANO

2014年に育成チームからBMCレーシングのトップチームに昇格し、プロデビューしたトゥーンス。12年間のプロキャリアで積み上げた14勝のうち、ハイライトとなるのはもちろん2022年のラ・フレーシュ・ワロンヌだろう。最大勾配が26%に達する激坂「ユイの壁」で、過去5度の優勝を誇るアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)ら世界トップクライマーらを退け、優勝を果たした。
2019年ツール・ド・フランス第6ステージでも、最大勾配24%の激坂かつ未舗装路を含む1級山岳フィニッシュの「ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ」で区間優勝。加入1年目のバーレーン・メリダ(現バーレーン・ヴィクトリアス)に勝利をもたらし、ここから激坂を得意とするパンチャーという印象を強くファンに植え付けた。
またトゥーンスは激坂の他に、土砂降りの雨や寒さなど、過酷なレース状況における消耗戦に強かった。それを象徴するのがツールで区間2勝目となった2021年ツールの第8ステージ。アルプス山脈が舞台となったこの日はスタートからフィニッシュまで冷たい雨が降り続き、逃げ集団から飛び出したトゥーンスはウェットな下り区間でリードを広げ、独走勝利した。

2022年のシーズン途中からイスラエル・プレミアテック(現NSNサイクリングチーム)に移籍後、2025年よりコフィディスに加入。しかし2シーズンで勝利を挙げることはできず、報道によると3つのワールドチームと話し合いの場を持ったものの契約には至らず、プロチームからも勧誘があったが、引退を決断した。
「子どもの頃からの夢を完全に叶えることができたこのキャリアを、計り知れない誇りと感謝の気持ちとともに振り返っている。沿道や画面の前で、長年にわたり僕を支えてくれたすべてのファン、チームメイト、スタッフの皆、本当にありがとう。新しい章へと進む時が来たが、自転車への愛は永遠だ」と綴り、現役生活に別れを告げた。
text:Sotaro.Arakawa
photo:Makoto AYANO
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