アンドラに居を構え、キンタナやバルテルら世界のトップ選手たちと練習を積む小山智也にインタビュー。ツアー・オブ・ブリテンで感じた世界との差や「全て個人スポンサーで賄えている」と語る驚きの活動方法など、独自の道からプロを目指すスプリンターに話を聞いた。



2024年はオーストリア籍のコンチネンタルチーム、チーム・フォアアールベルクに所属する小山智也 photo:Tomoya Koyama

小山智也は大阪出身の25歳。イナーメ信濃山形に所属していた2018年にJプロツアーで新人賞ジャージを着用し、ヒンカピー・レオモやチーム右京を経て2022年に渡欧。今年はニュージランド籍のコンチネンタルチーム、グローバル6サイクリングの一員としてツアー・オブ・ジャパンやツアー・オブ・ブリテンに出場を果たしたスプリンターだ。



―今年はオラフ・コーイ(オランダ)が初日から4連勝し、ワウト・ファンアールト(ベルギー、共にヴィスマ・リースアバイク)が総合優勝するなどしたツアー・オブ・ブリテン(UCI2.Pro)に出場しました。レースはいかがでしたか?

小山智也:昨年までGCNの中継で観ていたような選手たちと一緒に走り、非現実的とすら感じる喜びがありました。ただワールドチームがいるとは言え、ワールドレースからは(レースカテゴリーの)格が落ちるレースなのでファンアールトたちは余裕そうに走っていました。でもそれも出場しないと言えないことなので、本当に出場できて良かったと思っています。

ワウト・ファンアールトが第5ステージを制し、総合優勝に輝いたツアー・オブ・ブリテン photo:CorVos

―ブリテンは選手の中でも人気の高いレースですがどんな印象を持ちましたか?

逃げが決まってしまえばワールドチームがコントロールする(ペースが緩やかになる)ので、走りやすかったですね。ただ、毎回フィニッシュが近づくにつれ集団のスピードが上がり、特にファンアールトが勝利したレース(第5ステージ)は、終盤コーナーが連続したのにもかかわらずラスト5分の平均時速が60kmを超えていました。速すぎて54×11のギヤじゃ全然足りないぐらい(笑)。

―そのステージで小山選手は大会最高位となる27位でフィニッシュしました。

最後もがいたとはいえ「スプリントに加わった」とは言えない結果です。でも優勝者が決まる瞬間を目の前で見たのは貴重な体験でした。それに、初めてプロトンで居心地の良さを感じることができました。

―居心地の良さ?

プロトンの中にアンドラで知り合ったカルロス・ベローナやセラーノ・ゴンサロ(共にスペイン、モビスター)たちがいたからです。一時期、練習中に”後ろから脅かすノリ”が流行ったのですが、彼らがそれを僕にブリテンでもやってきたんですよ。

そしたらモビスターの選手たちが次々と乗っかってきて(笑)。その中にはフェルナンド・ガビリア(コロンビア)もいて、それをきっかけに話せたのは嬉しかったです。プロトンに顔馴染がいることが直接結果に繋がるわけではありませんが、プロトンに居場所があるだけでもアンドラに引っ越すメリットを実感しました。

あっ、あとGCNで解説をしていた土井雪広さんから「お前がこんなに早くGCNの中継に映ると思わなかった!」とメッセージを頂きました。それもすごく嬉しかったですね。

モビスターに復帰したナイロ・キンタナ(コロンビア)と練習する小山智也 photo:Tomoya Koyama

―そのアンドラとはスペインとフランスの間に挟まれた国で、現在は新城幸也(バーレーン・ヴィクトリアス)など多くのプロ選手が居を構える場所ですよね。

最初はポルトガルとの国境近くにあるスペインの街に住んでいたのですが、(新城)幸也さんがフランスから引っ越した際に「一度来てみなよ」と誘ってくれたのがきっかけです。練習で引けるコースが豊富ですし、住みやすさもピカイチ。円安による物価高以外は最高の環境です(笑)。

―小山選手が日々練習やレースの模様などを公開しているYouTube動画には、頻繁にナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)も登場します。いつも一緒に練習しているのですか?

最初にビクター(デラパルテ、エウスカルテル・エウスカディ)と仲良くなり、彼の友人であるキンタナ選手とは所属チームがなかった1年半の間、ほとんど同じ練習グループで走っていました。契約がない中でも一切手を抜かずに練習するキンタナ選手の姿は、とても刺激になりましたね。

―今年所属していたグローバル6サイクリングは予算的に潤沢ではないコンチネンタルチームということもあり、活動費用はどう捻出しているのですか?

個人スポンサーからの支援によってヨーロッパでの活動費を賄っています。

練習仲間のビクター・デラパルテとアッティラ・ヴァルテル photo:Tomoya Koyama
―それは個人で募集し、支援を受けているスポンサーということですか?

はい。もちろんベンツを買えるほど潤沢ではないですが、スポンサーの方々からの支援のおかげで、このように沖縄*で個人合宿をすることができています。

*本インタビューを行った12月某日に小山選手は沖縄合宿中。

―スポンサーはどうやって集めたのですか?

SNSでロードバイクに乗っていて応援してくれそうな人を探し、その方が会社を公開していたらそこにセールスシートを送りまくりました(笑)。メールの数で言えば600〜700社には送っていると思います。

―その方法にはどうやって辿り着いたのですか?

BMXの長迫吉拓選手(現在はトラック選手としてチームブリヂストンサイクリングに所属)が同様のことをしていることを知り、真似をしました。長迫選手はその方法で確かユニクロのスポンサーを獲得したそうで、正確な文言はうろ覚えですが「皆が遊んでいるときに、僕は自分の活動のためにスポンサーを集めた」という言葉に感銘を受けました。

―Youtubeの冒頭にスポンサーロゴが差し込まれていたのですが、その全てがご自身による営業の成果だとは思いませんでした

同世代の選手たちからは、僕が長らくお世話になっているなるしまフレンドの小畑さんの紹介だと思われているのですが、ここは断言したいです。全部自分で営業しています!(笑)。また、小畑さんからもずっと「スポンサーは自分で探しなさい」とキツく言われていました。

―スポンサーへのリターンとしては日々の活動報告などをしているのでしょうか?

はい。でも最初に面談したときに必ず「僕自身に広告宣伝効果などはありません。金銭的なリターンを返すのは無理です!」と言い切っています。その代わりにスポンサーの方々には「ヨーロッパでプロになりたい」という強い自分の思いを伝え、僕が一歩一歩プロへ近づいていくワクワク感を提供できればと思っています。もちろん「僕がお手伝いできることは最大限させていただきたい」とも伝えています。

沖縄で約1ヶ月の個人合宿を行った小山智也 photo:Tomoya Koyama

―スポンサーへの活動報告やファンへのアピールとして小山選手が日々更新されているYoutubeはとても効果的だと思うのですが、いつ頃から始めたのですか?

いまのVlogという形は今年の3月からです。もちろんチャンネル登録者も再生数も大したことはないのですが、先程触れていただいた動画冒頭のスポンサーテロップは累計40万回ほどは観られています。

スポンサーの皆さんはそんな数字なんて気にしない方たちばかりなのですが、シーズン終わりに40万回という数字を伝えると喜んでもらえます。もちろん「冒頭なのでスキップされているかもしれませんが」と、正直に言っています(笑)。

―最初からスポンサー営業はうまくいっていたのですか?

いいえ。正直、金銭的にかなり苦しい時期もありました。でもその都度救世主のような方が現れてくれて、なんとか活動が継続できています。

例えば田村医院は僕がイナーメにいた頃から応援してくれています。また自転車のソフトウェア開発を行っているユー・エス・イーは、たまたま会長がロードバイクに乗っている姿をSNSに投稿していて、どこの会社の人なんだろうと調べてメールを送りました。

―きっかけがSNSとはいえ泥臭い方法ですね(笑)。

輝かしいキャリアなんてない自分がヨーロッパを拠点にし、寒い本州を離れ沖縄で合宿ができているのはスポンサーの皆さんのおかげです。昨年は地元の冬は大阪や東京で練習していたのですが、信号や美味しい日本の食事のせいで練習メニューの下方修正の繰り返しになってしまっていました。だから沖縄で練習できることも含め、スポンサーには本当に感謝しています。



後編では小山選手の専属コーチを務め、「寝る時以外は常に一緒にいる」というビクトル・デラパルテ(スペイン、エウスカルテル・エウスカディ)や小畑夫妻との出会い、ヨーロッパ自転車界における新城幸也の存在について、そして2024年に所属するオーストリアのチームについて話を聞いた。

text:Sotaro.Arakawa

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