夏の暑さが一段落した日、新潟県津南町で開催された小さな小さなイベント”​苗場山麓ジオサイクリング”をアソスの髑髏(ドクロ)ジャージを着た仲間たちが走った。日本の秘境とも言えるエリアで実りの秋を感じた素晴らしいライドだった。


〜 文中の写真は前日のプレライドin 奥志賀高原の模様より 〜

前日のプレライドでは奥志賀林道から野沢温泉を見下ろすパノラマを楽しんだ photo:Yasuo Yamashita

9月24日、昨年に続き2度めとなるシクロワイアードとASSOS SPEED CLUB (アソス・スピードクラブ)」共同企画。ドクロのジャージに身を包んだ仲間たちが新潟県中魚沼郡津南町・十日町市・長野県栄村にまたがるエリアで開催された​ロングライドイベント「苗場山麓ジオサイクリング」を走った。

「ASSOS SPEED CLUB RIDE」とは、スイスのサイクルウェアブランド ASSOSの呼びかけで世界じゅうで開催されているグループライドだ。各国のアソスの販売ショップなどで独自に、小規模に企画されている「アソスの世界観を表現するソーシャルライド」だ。

霧雨に曇る奥志賀林道。標高を上げると雨が強くなってきた Yasuo Yamashita

昨年は東京・芝のASSOS PROSHOP TOKYO(アソスプロショップトーキョー)とシクロワイアードの共同企画で、埼玉の奥武蔵激坂巡りライドレポートをお届けした。運悪く台風が接近する豪雨のなかの過酷なライドから一年、「今年も何か刺激的なライドをしよう」と、プランを練ってきた。

企画の中心人物、ASSOS PROSHOP TOKYOストアマネージャーの常陸識考さんからの提案が、この「苗場山麓ジオサイクリング」に参加しようというものだった。この話を最初に聞いたとき、ライドのクリエイティビティや独自性など、何か面白いコトを考えたかった筆者・綾野(CW編集長)は乗り気ではなかった。”特別な何か”が足りない、と。

霧雨に曇る段々畑の先に野沢温泉が望めた photo:Yasuo Yamashita

「ただイベントに出るだけ?」というのが率直な意見だったが、常陸さんの話を聞くうちに賛同するように。思い起こせば昨年の今頃はまだコロナ禍にあった時期。グループで集まって走ることも難しく、好ましからぬ空気があった。多くのイベントが中止になり、そのまま再開にこぎつけられずに消えたものも多い。そう、自転車界は大変な時期を過ごしてきたのだ。

常陸さんの勧める苗場山麓ジオサイクリングも例に漏れず、コロナで中止、それ以前に大型台風直撃で中止という度重なる試練を経て、参加者数わずか100人程度で細々と続けているロングライドイベントだという。常陸さんは7年前の試走的なプレイベントに参加した経験があり、主催者と友人なのだという。

流れに沿って千曲川岸に走るローカル道を楽しんだ photo:Makoto AYANO

聞けば主催はイベント会社や自治体ではなく、「つなんバイシクルクラブ」。実行委員長の小島司さんと滝沢武士さんを中心に集まったサイクリングを趣味とする10人の仲間とボランティアたちだという。もともとは8年前に「まちおこし」がきっかけで自治体が補助金をもとに始めたイベントだったのだが、サイクリスト本位ではない”ブレ”が生じ始めたことに納得いかなかった小島さんが「自分や仲間たちだけで好きにやってみよう」と、地元のサイクリングクラブと有志たちで独力で続けているイベントなのだという。それを聞いてなんだか無性に興味が湧いてきた。

千曲川沿いのサイクリングロードに沿って千曲川を走る photo:Makoto AYANO

加えて新潟県津南町を拠点とするこのイベントが走る十日町市〜長野県栄村にかけてのエリアや「秋山郷」と呼ばれる一帯が、筆者にとってプライベートでも走りに行きたいと考えていた地域で、しかしずっと行くことが叶わなかった場所だった。2年前には隣の飯山市から信越五高原エリアを走ったが、津南町は(東京からは)さらにその奥、クルマでならアクセスに1時間以上余計にかかる場所。日帰りでは到底無理で、1泊が必至な場所。かつ良く知らない土地ということで、ルートを引くのも難しい気がしていた。

そこでアソス好きのライド仲間たちに声をかけ、1泊でのイベント遠征を決めた。どうせなら早入りして前日も走ることに。土曜は飯山市の道の駅・千曲川花の駅にクルマをデポし、奥志賀林道を走ることに。常陸さんグループも合流し、プレライドとして日本一美しいカヤの平のブナ林を観に行くことになった。

日本一の豪雪地帯は家屋の形状も大きくて独特だ photo:Makoto AYANO

プレライドとはいえプランしたルートは70kmで獲得標高1,500mほどの山岳ルートだった。ただしこの日は生憎の曇天で、標高を上げるに連れて冷たい雨となり、それ以上奥へと進むことができなかった。酷暑に慣れきった身に標高1,000m以上の雨は凍える寒さで、油断からレインジャケットを持参していないメンバーも居て、すっかり長く熱い夏に慣らされた身体と頭を冷やすに十分な過酷さとなった。

結局、奥志賀林道を走るのは早々に諦め、千曲川沿いを流して飯山へと戻った。サイクルトレインが始まったばかりのJR飯山線沿いにのどかなサイクリングとなったので、それも悪くはなかったけれど。

太古から川と共生してきた暮らしが息づく photo:Studio104

その日は敗退した気分で津南町へと移動し、イベントのホストホテルにもなっているグリーンピア津南に投宿。温泉付きの立派なホテルだが、参加者向けに格安な宿泊プランを用意してくれており、泊まらないテは無かった。ASSOS SPEED CLUB RIDEではライドごとに新たなメンバーを迎えるので、ここで顔合わせ。初対面のままいきなり走り出すのもいいが、前夜に食事とお酒を共にしてシェイクアップするのはもっといい。


ジオサイクリング実行委員長の小島司さんとASSOS PROSHOP TOKYOの常陸さんは旧知の仲 photo:Studio104

一夜明けて快晴!。昨日は雨に降られて凍えたが、朝から爽やかな天気。夏は一気に終わった気配だが、秋というにはまだ早い。ここまで関東では醜い暑さしか感じてこなかった身には、久々の平穏な気候だ。空は蒼く澄み渡り、ライドには最高な要素しか見えない。

参加者数は150人に満たない少なさのミニイベントだ photo:Studio104

ホテルの駐車場脇がイベント会場で、参加者が集まっている。その数140名少しということで、筆者が今まで知るなかでもっともこじんまりした規模だ。だからアソスの髑髏(ドクロ)ジャージを着た8人が目立つこと。なにしろ140人中の8人がドクロジャージだから、必然的にMCさんにマイクで紹介されるという気恥ずかしい事態に。

ドクロのアソスジャージの仲間たちが勢揃い photo:Studio104

アソスSPEED CLUB のドクロジャージは特別限定品として数年に一度、数量希少で販売されるもの。そしてメンバーの足元もドクロをあしらったソックスで揃っていた。これは今回のグループ参加者のためにアソス本社から特別に贈られたプレゼントで、なんと非売品とのことだった。

お揃いのドクロのマークのソックスはアソス本社からのギフトだ photo:Makoto AYANO

7時半にライドはスタート。ゲートはなんとパワーショベル除雪車というのが雰囲気満点だ。「坂ばっか」「坂と食を喰らえ」が”ジオサイ”のキャッチフレーズ。もっともグルメライドと言うにはハードな107km・獲得標高2,700m超のルートは、普段から山ばかり好んで走っているメンバーにとっても『難易度超級』と思わせるプロフィールだ。

スタートは除雪車のゲートから走り出していく photo:Studio104

秋の空気が肌寒い。序盤こそ参加者が密集しているが、140人ちょっとの参加者数ならすぐにバラける。クルマの来ない農道のような細道をルートに選びつつ、急坂のクネクネ道が続く。クルマ1台通るのがやっとという細道を走り慣れた奥武蔵サイクリストの我々からしても、狭い道だ。

クルマの居ない雰囲気満点の細道が続く photo:Makoto AYANO

そしてすぐに悟った。ルートのほとんどは登っているか下っているかなのだ。平地が無い。坂はいずれも短いが、「坂ばっか(もちろん”坂バカ”と掛けている)」のキャッチフレーズは伊達じゃない。サイコンのトリップメーターの距離はなかなか伸びなず、標高ばかりが積算されていく。

秋の花秋桜(コスモス)が咲き始めていた photo:Studio104

同じドクロジャージをまとって走れば気分が高揚する photo:Studio104

こんなにも「坂コスパ」のいい道だが、クルマはほとんど来ない。だから仲間たちとお喋りしながら走るには都合が良い。お互いのことを知らぬ仲間とあれば逆に会話が弾み、お互いの共通点をみつけては喜ぶといった会話が楽しい。筆者にとっても今回が初対面のメンバーでも、話を深めてみると応援している選手が一緒だったり、行きつけのショップの店長が知り合いだったりと、何かと繋がっていたのが面白かった。

つづら折れで獲得標高を稼いでいく photo:Studio104

山菜そばのレベルの高さにジオサイのおもてなし度を知ることができる photo:Studio104

最初のエイドでは蕎麦が供された。茗荷(みょうが)や蕨(わらび)が丁寧に添えられた、今まで食べたこともないようなレベルの高い山菜蕎麦だった。主催者の小島さんによれば、エイドで出す提供物のメニューはその一帯の住民ボランティアの主体性に委ねているそうで、心がこもっていることが伺えた。

格別に美味しくレベルの高かった山菜そば photo:Makoto AYANO

それにしても険しい道が展開する。道は細く、坂は急で、のどかな田園風景とともに視界の両側には見上げてはため息をつくほどに険しい地形が繰り広げられる。

日本ジオパークに指定された険しい渓谷 photo:Studio104

それと言うのも苗場山麓ジオサイクリングの舞台は日本に46地域ある「日本ジオパーク」に指定された一帯。ジオパークとは直訳すると「大地の公園」。「地質学的重要性を有するサイトや景観が、保護・教育・持続可能な開発が一体となった概念によって管理された、単一の、統合された地理的領域」と定義される。

ジオパークのシンボル的な存在の鳥甲山の山容が美しい photo:Makoto AYANO

日本有数の多雪地帯として知られる津南町と栄村。苗場山の北西麓は、1年のうち5ヶ月近くが雪に覆われるという。火山活動、河岸段丘の隆起と浸食、断層の活動、さらには山体崩落によって形づくられたその地形は険しく、変化に富んでいる。信濃川河川敷の標高177mから直線距離にして約25kmで苗場山山頂2,145mに至るという標高差からなるダイナミックな地勢だ。

鳥甲山の荒々しい山肌を眺めながら走る photo:Makoto AYANO

太古から火山活動による溶岩流出は段丘地形の上を覆い、その溶岩が冷えて固まり、「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」と呼ばれる特異な地形を形成してきた。自転車で走りながら見上げる岩肌の地形や地質から、地球の成り立ちを感じ取ることができるのだ。

幾重にも反物を垂らしたような布岩山の柱状節理が美しい photo:Makoto AYANO

丘から見渡す先に、階段のような美しい段丘を一望すると、その地形の特異さに息を飲むばかり。勾配の厳しい登坂をこなした先に突然に視界が開け、どこまでも見渡す限りの平坦な田園風景が広がるという不思議。

見渡す限りの田んぼに伸びる一本道を行く photo:Studio104

夏の終わりを告げる雲に向かって急勾配を登る photo:Studio104

河岸段丘の土地に農地が広がるという独特の地形だ photo:Studio104

中津川上流には「秋山郷」と呼ばれる懐かしい山村の風景がある。ちょうど稲刈りが始まったばかりとのことで、農作業にいそしむ農家の人々の姿を見ることができた。おそらくその光景は太古の昔から大きく変わらない。自然の脅威に耐え、時には利用しながら、この大地(ジオ)と生態(エコ)を背景に、雪と共に暮らしてきたのだろう。

熊汁と素朴な味の餅、芋、りんご、きゅうりを楽しんだ photo:Makoto AYANO

小腹が空いてきた午前10時過ぎのエイドでは、なんと熊汁が供された。きのこや山菜、そしてもちろんこの一帯で捕らえられた熊の肉を使ったという汁は臭みも無く、旨味のある不思議な味がした。ライドイベントで熊肉を味わう機会なんてめったにないだろう。一緒に出された団子は”えごま”や栃の実を練ったものだという。

森で採れる木の実やキノコ、山菜、古くから伝わる雑穀も、山里では貴重な食材だろう。それらを活かした補給食が次々と供される。

心のこもった新米おにぎりは何よりのご馳走だ photo:Studio104

そして昼時のエイドでは、お待ちかねの白米おにぎりが登場。言うまでもなくこの地は日本一の米どころで、ねぎ味噌を載せたおにぎりはこれ以上無い贅沢。筆者は恐縮しながらも次々とおにぎりを5つも頬張ってしまった。

小島さんは言う。「ジオサイをこの日に開催しているのは、穫れたての新米を皆さんに食べて欲しいからなんです。この日より時期を遅らせると日が短くて、朝は暗いし夕方はすぐ真っ暗になるしで、ギリギリのタイミングなんです。今年は少し時期を早めましたが、暑かった夏のせいでもう稲刈りが始まっています。新米おにぎりこそ何よりのご馳走です」。

「新米」お召し上がりください! photo:Studio104

ライド中、いつも中津川の清流と岸壁の存在を感じながら走ることになる。そんな苗場溶岩流から湧き出た清冽な水だからこそ、格別に美味しい米や酒になるのだろう。

女子高生のボランティアがケーキを手渡してくれた photo:Studio104

地元の洋菓子店のえごまのシフォンケーキに女子高生の手書きメッセージ photo:Studio104

84km地点にはフィニッシュにショートカットできる分岐点がある。体力的に厳しい人はフィニッシュに直行すれば距離を一気に短縮できるが、もちろん我々は誘惑に負けずフルコースを選んだ。その地点から豪快に下り、再びそのぶんを登り返すことになる。その上り勾配が半端ないものだったことは、後になって笑い話にできるほど。

うねるように続く一本道のダウンヒルを行く photo:Studio104

田園のなかダウンヒルを攻めるドクロを着た仲間たち photo:Studio104

短く、厳しい勾配の坂で登るのがこの一帯の特徴だ photo:Studio104

まるで河岸段丘につけられた螺旋階段をジグザグに登るような九十九折れ。すっかり売り切れて痛む脚をおしてよじ登れば、再び黄金色の稲穂の田んぼにつながるピークが迎えてくれる。そこで嬉しい白米おにぎりを頬張ってから、フィニッシュのグリーンピア津南へと滑り込む。

赤いのぼりと赤いシャツのジオサイスタッフが迎えてくれた photo:Studio104

少しの余裕を持ってフィニッシュ。それにしても走りごたえは満点だった photo:Studio104

フィニッシャーにはお米1kg(もちろん新米!)と、人参、大根、ピーナツかぼちゃ等の野菜でいっぱいの袋が手渡される。そしてくじ引き抽選で様々な名産品がプレゼントされる。我らメンバーのひとりが、なんと特賞の純米吟醸酒「苗場山」を引き当てた!。他にも新玄米30kgなんていう凄い賞品も用意されていた。地元からのもてなしに、心が暖かくなった。

仲間がガラポン抽選で純米吟醸酒「苗場山」を当てた photo:Studio104

日本酒、米、野菜など土地の恵みをたっぷりいただきました photo:Studio104

ジオサイは決して楽なものではなかったが、ASSOS SPEED CLUBのメンバーはもちろん全員完走。ただし参加者のなかには見るからに地元の「普通の人」の挑戦者も居て、その走りの苦労っぷりは凄いものがあった。走り慣れたサイクリストの何倍もの苦労と努力に敬服しきりである。

走り終えてみれば「ジオサイクリング」と名付けられているとおり、走りながら地球や大地の成り立ちを知ることができるような、なんとも密度の濃いダイナミックなライドだった。

ジオサイ実行委員長の小島司さんは生まれも育ちも津南町だ photo:Studio104

小島さんは言う。「この一帯は何処でも味のあるいい道ばかりで、どうルートを引いても魅力的なライドになります。坂は短いけど急で、本当に”坂ばっか”なんです。でも道が細くて険しいから参加者のキャパはせいぜい200人がいいところ。それでもぎりぎり採算がとれるようにやっていますし、何より僕らスタッフやボランティアが楽しめる範囲でやってるイベントなんです。一度参加した人からは、『アットホームさがいいからこれ以上大きな大会にしないでくれ』なんて言われます。そんな皆さんの笑顔を見ることが何よりのモチベーションです」。

主催の津南バイシクルクラブとボランティアの皆さん photo:Naeba Geocycling

ー「イベントに参加する」ー それはそうなのだが、実感としては、親しい友人に招かれて、見知らぬ土地を、その地に住む人達のお接待を受けながら走る。そんな実感の一日だった。個人的には改めて日本の奥深さ、豊かさ、美しさを感じることができた。この地のことはもっと知りたい、走りたい。


帰路はクルマで4時間。交代で運転する長い道のりだが、充実した気持ちでドライブできた。かくして2度めのASSOS SPEED CLUB RIDE企画の遠征は充実したものになった。

来年はどういうライドにしようか、今から楽しみだ。とくにASCR企画でなくても、ジオサイにはまた戻ってきたい、と心から思えたライドだった。


文:綾野 真(シクロワイアード編集部)
写真 : Studio104(新井俊幸、太田紀音)
取材協力:Assos of Switzerland, Diatech
Special thanks : つなんバイシクルクラブ、佐藤拓郎(飯山市観光協会)