第2週目を締めくくるグラン・コロンビエール峠決戦はツールの大きな分岐点になった。ユンボ・ヴィスマの圧倒的なチーム力、またしてもポガチャルとログリッチのスロベニア人のワン・ツー。そしてベルナルが迎えた謎のバッドデイ。マイヨジョーヌ争いはスロベニアの2人に絞られた。



無観客とされたフィニッシュ地点周辺。先入りしていたファンはコースから離れた場所から観戦する無観客とされたフィニッシュ地点周辺。先入りしていたファンはコースから離れた場所から観戦する photo:Makoto.AYANO
フィニッシュまで17.4kmの長さと平均勾配8.9%、最大勾配22%の激坂区間を含む超級山岳グラン・コロンビエール峠。その名が何度もツールに登場する名峠ながらアプローチ方向としては初めて迎えるフィニッシュ。標高1,501mの頂上は7月と何ら変わらない真夏の暑さに見舞われた。

グラン・コロンビエール峠のスイッチバックを登るプロトングラン・コロンビエール峠のスイッチバックを登るプロトン photo:A.S.O. Alex Broadway
新型コロナウィルスcovid-19第2波到来の心配が高まるフランス。レース後半一帯を含むアン県は感染拡大の「レッドゾーン」に指定され、山頂までの上り区間すべてが無観客とされ、登り区間の沿道には前夜から誰も入れず。しかし何らかの方法で前入りした数十人のみとレース運営を手伝ったボランティアのみが見守る。一般観客はバリアから離れることがその場から排除されない条件だった。

エガン・ベルナルのステージ優勝を目指したイネオス・グレナディアーズだったがエガン・ベルナルのステージ優勝を目指したイネオス・グレナディアーズだったが photo:-A.S.O. Pauline Ballet
観客の声援の一切無いグラン・コロンビエールの登りでマイヨ・ジョーヌ擁するユンボ・ヴィスマが圧倒的なチーム力を見せた。麓から峠の中腹までを驚異的なペースで引き続けたワウト・ファンアールトのペースは、エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)とナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)をふるい落とした。春までのレースでは山岳の強さで圧倒したキンタナ、そしてツール前回覇者ベルナルのコロンビアの2強が遅れた。

ワウト・ファンアールトがユンボ・ヴィスマの先頭に立ち牽引すると集団は見る間に数を減らしたワウト・ファンアールトがユンボ・ヴィスマの先頭に立ち牽引すると集団は見る間に数を減らした photo:-A.S.O. Pauline Ballet
グランコロンビエール峠で苦しみ、遅れたエガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)をクフィアトコウスキとカストロビエホがアシストするグランコロンビエール峠で苦しみ、遅れたエガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)をクフィアトコウスキとカストロビエホがアシストする photo:A.S.O. Alex Broadway
「あるときはスプリンター、あるときはヒルクライマー」。万能な力を発揮するファンアールトの驚くべき牽引力。ヨハン・ブリュイネール氏(ベルギー)はオランダのメディアに対してファンアールトの強さを「怪物のような万能な強さは、まるでベルナール・イノーを思い起こさせる」と語った。

遅れたナイロ・キンタナ(コロンビア、アルケア・サムシック)遅れたナイロ・キンタナ(コロンビア、アルケア・サムシック) photo:Makoto.AYANO
先頭集団にさらにダメージを与えたのはトム・デュムランの登坂力。ジロ2018覇者の強力な牽引はフィニッシュ前の残り600mまで続いたが、意表をついて早めのアタックを仕掛けたログリッチの動きは、ステージ優勝よりも残ったライバルたちを引き離し、タイム差を稼ごうとするものだった。

グラン・コロンビエール峠のスイッチバックを登るプロトングラン・コロンビエール峠のスイッチバックを登るプロトン photo:A.S.O. Alex Broadway
そして再びスロベニアの2人のワン・ツー・フィニッシュに。粗削りで強力なアタックでログリッチに先着したポガチャル。ログリッチは余裕を残しつつ、差が開かないように着いていき、ポガチャルを追い込まなかったようにも見えた。許すのはあくまで着順とボーナスタイムのみ。ポガチャルは強すぎたユンボ・ヴィスマの牽引にアタックすることは賢明でなく、最後のスプリントのチャンスを待つ必要があったと言う。

タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)がプリモシュ・ログリッチをスプリントで下すタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)がプリモシュ・ログリッチをスプリントで下す photo:Makoto.AYANO
「ユンボ・ヴィスマのペースは3つの峠の始まりから本当に速くて、それがレースを本当に困難にした。アタックできる気がしなかった。だから最後のスプリントを待ったんだ。また勝てて嬉しい」(ポガチャル)。

安定した強さを見せたログリッチとユンボ・ヴィスマの圧倒的なチーム力。しかしログリッチはポガチャルに勝利を譲ったわけではないと否定する。

ユンボ・ヴィスマのチーム力の充実ぶりは目を見張るものがある。このツールで山岳アシストとしての使命を負っていた、この日が26歳の誕生日だったセップ・クス。デュムランとクスは「山頂フィニッシュでは二人で最後のリードアウト(牽引)の役目を果たそう」と申し合わせて、その順序も決めていた。しかしクスの出番はアタックしたログリッチを追いかけ、フィニッシュ400mで前に割って入って20mほどを牽いたのみ。つまりユンボ・ヴィスマのアシスト力は、人数が余るほどにある。

強力なユンボ・ヴィスマのアシスト陣に護られて走るマイヨジョーヌのプリモシュ・ログリッチ強力なユンボ・ヴィスマのアシスト陣に護られて走るマイヨジョーヌのプリモシュ・ログリッチ photo:-A.S.O. Pauline Ballet
「今日僕らは別の動きができたかもしれない。ポガチャルのアタックを警戒しすぎていた。僕がトムの後ろにつけておくんだった。そうすればログリッチはさらに加速することができた」と、ステージ勝利を逃した悔しさを話す。「でもチームにとってはいい一日だった」。

ステージを走り終えたワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)ステージを走り終えたワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto.AYANO大きく遅れ、失意のナイロ・キンタナ(コロンビア、アルケア・サムシック)大きく遅れ、失意のナイロ・キンタナ(コロンビア、アルケア・サムシック) photo:Makoto.AYANO


2勝目を挙げたポガチャルは言う。「誰もがイネオスからの攻撃があると思っていたんだ。ログリッチの強さは歯止めが効かないと感じるほど。でも今日はベルナルが崩れた。いつか僕が崩れる日があるかもしれないし、ログリッチにだって起こるかもしれない。とくにツール・ド・フランスでは。何時だって誰にだってそんなことは起こりうるんだ」。

今大会2勝目を掴んだタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)今大会2勝目を掴んだタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
7分20秒遅れという大きな遅れを喫したベルナル。レース後のコメントからは、体調不良の原因のヒントとなるような言葉は見つからない。前日のステージでも本能的にアタックするなど、レースを楽しむ動きさえ見せていた。しかしこの日の7分20秒もの遅れは、単なる不調というには大きすぎる崩れ。何か病気にでもならなくてはつかないほどのタイム差だ。

2年連続総合優勝の夢が潰えたエガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)2年連続総合優勝の夢が潰えたエガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ) photo:Makoto.AYANO
ともかく、最近の8年間で7度のツール・ド・フランス優勝を成し遂げたチームスカイ=イネオスの不沈艦隊は沈没した。7年連続で浴び続けてきた栄光は、来週末のシャンゼリゼではもう再現しない。

イネオスはそもそもアシストが最後の山岳まで人数を残せなかった。グラン・コロンビエール峠でベルナルをサポートできたのはミハウ・クフィアトコフスキとジョナタン・カストロビエホの2人のみ。登れるはずのリチャル・カラパスは? アンドレイ・アマドールは? ディラン・ファンバーレは? そしてベルナルに匹敵する才能と言われるパヴェル・シヴァコフも早々に姿を消した。

大きく崩れたイネオス・グレナディアーズ。アシスト陣も表情が冴えない大きく崩れたイネオス・グレナディアーズ。アシスト陣も表情が冴えない photo:Makoto.AYANO
「バッドデイ」と形容するのは簡単だが、ベルナルに何が起こったのだろう。covid-19によるレース中断で、ベルナルはロックダウン期間を母国コロンビアの故郷シパキラ市で過ごしたが、その間のトレーニング内容は謎のままだ。市による特別処置を受けたが「おもに家で過ごし、屋外を乗ったのはわずかな距離」という説もあるが、「Stravaによればベルナルはロックダウンの期間中にもっとも距離を乗っていたプロ選手だ」という指摘もある。しかし本人のものと思われるStravaアカウント「Egan Bernal」は、3月第2週から5月第2週までの間は何も走行ログ表示がなく、5月〜7月末まではコロンビア国内を走ったログはあるが、欧州でのレースが再開された8月1日からのログは無し。ロックダウン期間とレース中のログが非公開にされているのか、それとも他に隠しアカウントがあるのかは分からない。

しかしその真偽がどうあれ、ロックダウンを経たレース再開後のベルナルのレースでのリザルトを見る限り、ベルナルは確かに調子が良かった。フランスのルート・ド・オクシタニー(8月1日〜4日)では山岳ステージでの勝利と総合優勝、今日と同じ地域でのツール・ド・ラン(8月7日〜9日)では総合2位。クリテリウム・デュ・ドーフィネ(8月12〜16日)では背中の痛みから大事をとって最終ステージのリタイアを選んだが、確かにベルナルは好調だった。

7分20秒遅れでフィニッシュしたエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ)7分20秒遅れでフィニッシュしたエガン・ベルナル(コロンビア、イネオス・グレナディアーズ) photo:Kei Tsuji
総合成績を諦めた今、イネオス・グレナディアーズはこれからステージ狙いに転じることになる。クフィアトコフスキは「可能性が僕たちを前進させる。(勝てるという)保証がそうさせるわけではない。勝者であり続ける人生なんてあり得ない。それがスポーツの美しさだ。僕たちは必ず戻ってくる」とレース後にツイート。

ベルナルは苦しさに歪む表情の自分の写真に「Vive le Tour(ツール万歳)!! と一言コメント付きでツイート。前向きさを失ってはいないようだ。

プリモシュ・ログリッチをスプリントで下したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)プリモシュ・ログリッチをスプリントで下したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
スロベニアの2人に絞られたマイヨジョーヌ争い。これからの興味は「ポガチャルはログリッチからマイヨジョーヌを奪えるのか?」だ。ポガチャルはインタビューでもマイヨジョーヌへの興味を隠さず、ログリッチはポガチャルが自身のマイヨジョーヌを脅かすアタックをしない限りは友人関係を保ち、敵視しないように見える。ユンボ・ヴィスマはポガチャルを警戒しながらも、2人の関係を認めているように見える。

そしてポガチャルは、2位の座を失うリスクを冒してまでのアタックはしていない。アシストしてくれるチームメイトが居ない単騎での闘いに、先輩に対して総合を脅かすアタックをしないことを条件に「スロベニア同盟」の関係が保たれているかのようだ。今のユンボ・ヴィスマはポガチャルをふるい落とす総力アタックさえ可能だ。しかしポガチャルはユンボ・ヴィスマの隙間を利用して着いてくるしたたかさを持ち合わせる。

スロベニアから応援に来たファンに手を挙げて挨拶するプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)スロベニアから応援に来たファンに手を挙げて挨拶するプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto.AYANO
ログリッチとの優劣はわからないが、ポガチャルがこのツールでもっとも登れるクライマーであることは明らか。山岳の難易度がさらに高くなる休息日明けのツール第3週には山岳=チャンスの機会が多くある。ポガチャルが2人のタイム差である40秒を縮めるチャンスは、これからの4つステージにある。

第16ステージと第18ステージは厳しいが山頂フィニッシュではないため差をつけにくい。最大のチャンスは水曜の第17ステージ、標高2,304mのメリベル=ラ・ロズ峠だ。アンリ・デグランジュ賞が設定された距離21.5km・平均7.8%・最大24%という究極の登坂勝負がまずタイム差を縮める最大のチャンス。

そして文字通り最後のチャンスが第20ステージの、標高1,035mの高原ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユを駆け上がる個人タイムトライアルだ。ラスト5.9kmは登りのみ。そしてフィニッシュ400m手前に20%を越える激坂が待つ。このステージが最後のチャンスにしてこのツール最大の山場になるだろう。

ログリッチとポガチャルは2人とも個人TTが得意。そして登りのTTをポガチャルがより得意とするのは、スロベニアのナショナル選手権個人TTが実証している。ポガチャルがログリッチを9秒差で下したのは6月のこと。奇しくもツール・ド・フランス2020のコースは、2人の激闘の結果を最終日の前日まで待つかのようなコースプロファイルだ。

ポガチャルはツール前にすでにこの第20ステージのTTコースを試走している。「走ってみて、このTTコースに挑戦するのが本当に楽しみになった。ツールを3週間走った最後に走るのはまた違ったものになるだろうけど、そのコースが好きだ。(コース途中の)バイク交換の機会もある。本当に楽しみで待ちきれないよ」(ポガチャル)。

絶好調のログリッチが調子を落とす瞬間を待つしか無いように見えるレースで、ポガチャルは秒差を奪っていくチャンスを窺う。そしてログリッチは2019のジロ・デ・イタリアでの失速から学んだ、体力を使い果たさないレースに徹している。今日のベルナルのようなバッドデーが来ないことを願って。

パリでのポディウム候補1-2はスロベニアの2人。それに続く3位争いはまだ先が見えない。

総合3位につけるリゴベルト・ウラン(EFプロサイクリング)、4位のミゲルアンヘル・ロペス(アスタナ)のコロンビアの2人、5位のアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)、6位のリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)。この4人が3位の座を争うポディウム候補か。

リッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)を先頭に残り200mリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)を先頭に残り200m photo:Kei Tsuji
グラン・コロンビエール頂上フィニッシュに向けて苦しんだウランとロペスに対し、アタックしたAイェーツ、そしてステージを狙って攻撃したポートの「上り調子」が興味深い。

すでに2018年ツールで表彰台2位の経験があるウランは登りに強く、TTも得意。Aイェーツはマイヨジョーヌを失って以来、今後はステージ狙いに切り替えると言っておきながら安定した走りで総合順位を落とさない。「日に日に調子が良くなっている。フィニッシュ前まで待ちたくはなかったんだ」と言うAイェーツ。

9位フィニッシュのリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFプロサイクリング)が総合3位に9位フィニッシュのリゴベルト・ウラン(コロンビア、EFプロサイクリング)が総合3位に photo:Makoto.AYANOアタックしたアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)は8位に終わるアタックしたアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)は8位に終わる photo:Makoto.AYANO

ツールでは落車によるリタイアに泣く年が続いたポートは、「もう(年齢的にも)チームのエースとして走ることは最後だろう」と話し、これがトレックのジャージで走る最後の年。落車で負傷したバウケ・モレマが居なくなり、期せずしてシングルエースとなった今、プレッシャーに負けさえしなければ、という期待が膨らむ。


text&photo:Makoto AYANO in Yenne FRANCE
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