大会2日目にして早くも登場した山岳ステージで優勝したアラフィリップ。勝利の涙の訳は2ヶ月前に亡くした父への思いと、レース再開後に逃した勝利への悔しさ。そして大型ニューカマー、2位のマルク・ヒルシとはどんな選手?



パドックからスタートサインに向かうモビスターパドックからスタートサインに向かうモビスター photo:Makoto.AYANO
昨日の雨模様からニースは一転、朝から爽やかな晴れ。雲ひとつ無いコートダジュールらしい天気となった。そもそもの姿を取り戻した南仏の街を包むのは7月の光ではなく、秋の気配を感じるオレンジが入った斜めの光と濃くなった海の色。暑さもしのぎやすいもの。

14時がスタートとなった第2ステージのパドック、選手たちがサイン台に向かうときに通過する場所には少し高くなった仕切り板が設置された。言うまでも無く観客がサインを求めることを防ぐもの。脇の鉄柱によじ登れば覗き見はできるが、これもフランススポーツ省からの感染拡大防止の指導によるものだろう。

高い仕切り板の上からパドックエリアを眺めるファン高い仕切り板の上からパドックエリアを眺めるファン photo:Makoto.AYANO
スタート周辺のエリアに入るにはジェル消毒が必要スタート周辺のエリアに入るにはジェル消毒が必要 photo:Makoto.AYANOクリテリウムドーフィネで負った負傷の影響が残るダニエル・マーティン(イスラエル・スタートアップネイション)クリテリウムドーフィネで負った負傷の影響が残るダニエル・マーティン(イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto.AYANO


プリモシュ・ログリッチとワウト・ファンアールトがスタートサインに向かうプリモシュ・ログリッチとワウト・ファンアールトがスタートサインに向かう photo:Makoto.AYANO
チームバスの並ぶエリアは距離はあるが選手の準備する姿を眺めることができる。柵の外に「我らDELAX!」のロゴのTシャツとマスクを身に着けた一行がいた。ダビ・デラクルスのファンクラブ、というよりファミリー。家族が中心で、赤ちゃんの姿も。2m以上離れた位置で若い父・ダビがマスク越しの会話を楽しむ。もしろんスキンシップは厳禁だ。

「We are DLAX」ダヴィ・デラクルスのファミリーによるファンクラブ「We are DLAX」ダヴィ・デラクルスのファミリーによるファンクラブ photo:Makoto.AYANO
そして昨日のレポート内で触れたイスラエルサイクリングアカデミーのシルヴァン・アダムス氏とのことで追記を。実は一緒にツーショット記念撮影した際に、超フレンドリーなアダムス氏はマスクを下げて素顔で写ってくれたのだが、居合わせたお付きのチームスタッフからその写真はメディア上で使わないでプライベートでお願い。でないと、どうなるか分かるよね」と釘を刺された。主催者側からも、そうした不備がないかをチェックしている旨の注意がある。もちろんクラスター発生を防ぐためと、起きたときの経路確認のために。

レッドゾーンのなか進み始めたツール。「パリまでたどり着けるのかどうか」はもはやレース帯同者の挨拶代わりだ。「現実的じゃないだろう」という声も多くある。緊張感は高い。

プロムナード・デ・ザングレのネグレスコホテル前を走るプロトンプロムナード・デ・ザングレのネグレスコホテル前を走るプロトン photo:Makoto.AYANO
フィリップ・ジルベール、ジョン・デゲンコルプ、ラファエル・バルスの3人を失ったプロトンが『イギリス人の遊歩道(プロムナード・デ・ザングレ)』から郊外へと走りだす。「総合争いに大きく影響するかもしれない」というレースの緊張感もレッドゾーン入り。リゾート感を象徴する宮殿のようなネグレスコホテル前を通過し、味気ない高速道路で北上。昨日スケートリンクになった道は、今日はすっかり乾いてグリップする。

コートダジュールの青い海を横目に走り出したプロトンコートダジュールの青い海を横目に走り出したプロトン photo:Makoto.AYANO
1級山岳ラ・コルミアーヌ峠と1級山岳トゥリーニ峠という、パリ〜ニースではお馴染みの標高1,500m級の峠道が待つ。そこからさらに2級山岳エズ峠が組み込まれた、獲得標高差3,500mの本格山岳ステージが早くも2日目に登場するのだ。フィニッシュの9km手前のキャトルシュマン峠がレースの鍵を握る。

1級山岳トゥリーニ峠のテクニカルなダウンヒル1級山岳トゥリーニ峠のテクニカルなダウンヒル photo:Makoto.AYANO
いつもは総合争いは後半にかけてなるべく引っ張るべく「お楽しみは後半に」という日程が組まれるものだが、こんなにも早い段階、わずか2日目で総合争いを動かす差がつきかねない山岳ステージを持ってきた年は近代ツールでは記憶にも記録にもない(タイムトライアルを除く)。

トゥリーニ峠頂上にはモンテカルロラリーの主役たちが勢揃いトゥリーニ峠頂上にはモンテカルロラリーの主役たちが勢揃い photo:Makoto.AYANO
ニースやモナコに住む自転車選手は多く、エズ峠や周辺はパリ〜ニースでお馴染みの道、そしてモンテカルロラリーが疾走する「美味しい山道」が無数にあるエリア。ラ・コルミアーヌ峠はニースに住むナイロ・キンタナがドーフィネ最終ステージで制した峠であり、トゥリーニ峠頂上にはラリーカーがずらりと並べられた。この一帯もコースになるモンテカルロラリーではトゥリーニ峠でナイトステージが行われた時期があり、つづら折れの坂道を走る車のヘッドライトの光が闇を切り裂く様を指して「長いナイフの夜 (Night of the Long Knives) 」と形容されたそうだ。

峠へのアプローチにある古く美しい町並み峠へのアプローチにある古く美しい町並み photo:Makoto.AYANO
ユンボ・ヴィズマは”レース再開からの最強選手”ワウト・ファンアールトがヘルパーとしてログリッチをアシスト。ボトルを運ぶベストにもチームロゴをあしらったモデルを用いて、数え切れない何本ものボトルを運ぶ。ファンアールトはポイント賞争いでマイヨヴェールを狙えると評されているが、序盤からペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)がポイント獲得に動くのに対し、その意志は見せない。あくまでログリッチのサポートに徹する。ログリッチが安泰な、自身にチャンスのある日にだけステージ勝利を狙うのだろうか。

ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)がチームプレイに徹してトゥリーニ峠を下るワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)がチームプレイに徹してトゥリーニ峠を下る photo:Makoto.AYANO
スプリンター勢は軒並み脱落。マイヨジョーヌのクリストフも遅れることは織り込み済みで、今日マイヨを守れるとは思っていない。しかし山岳に入る前にお気に入りのエアロロードから軽量タイプのオールラウンドモデルのコルナゴV3RSに乗り換え、抵抗した(今までは山岳ステージでもエアロロードで通していた)。

マイヨジョーヌに身を包んだアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、UAEチームエミレーツ)マイヨジョーヌに身を包んだアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
ドゥクーニンク・クイックステップの完璧なチームワークで、タイミングも勢いも完璧なアタックを決めたジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)。短くてパンチ力の必要な登りとくればアラフィリップ。エズ峠へと向かう2度めの小周回登りで抜け出し、タイムボーナス地点キャトルシュマン峠へ。

177km地点のボーナスポイントを先頭でクリアするジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)177km地点のボーナスポイントを先頭でクリアするジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
最後の峠を無難にこなしたプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボヴィズマ)最後の峠を無難にこなしたプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボヴィズマ) photo:Makoto.AYANO
アラフィリップのアタックに反応できたマルク・ヒルシ(スイス、サンウェブ)。遅れて追いついたアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)。昨年登場した、ボーナスタイムだけを獲得できる「B」地点。獲得できるポイントは無し。先着したイェーツに3秒を奪われるも、マイヨジョーヌ獲得に向け秒を取る意欲を見せたのか、そのための最後まで逃げ切ることに協力して欲しいという取引が成立したのか。

マルク・ヒルシを下したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)マルク・ヒルシを下したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
後方から迫る集団を引き寄せながらエネルギーを溜め、爆発力のある力強いスプリントでヒルシを一蹴したアラフィリップ。1年前のツールで14日間マイヨジョーヌを着て英雄となった28歳がまた今年も勝利。マイヨジョーヌも獲得。6月に父を失った悲しみから、再びの栄光の座へ。父への想い、うまくことが運ばなかったレース再開後の悔しい思いが混じり合い、ルルは涙を流した。

逝去した父親を想って涙するジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)逝去した父親を想って涙するジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) (c)CorVos
それまで支えてくれた最愛の父をレース中断中に亡くした。レース再開後のストレーデビアンケではパンク。ミラノ~サンレモでは勝利へのアタックを繰り出すもファンアールトに敗れ、さらにフランス選手権でも渾身のアタックで勝ったかと思いきや、アルノー・デマールの驚異の追い上げとスプリントに敗れた。本当はフランスチャンピオンジャージを着てツールを走りたかったことだろう。やっと勝ち取った勝利を、父へ捧げて流す涙。フランスじゅうが待ち望んだ勝利が早くも実現した。

もうひとつ付け加えると、アラフィリップの勝利はツールにおいてクリンチャータイヤでの初めての勝利ということのようだ。スペシャライズドは今年、空気抵抗と軽量性を重視しクリンチャーを採用した軽量なカーボンリムの山岳用ホイールをリリース。ROVALアルピニストホイールをこの日採用したのだ。

マルク・ヒルシを下したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)マルク・ヒルシを下したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
アラフィリップに敗れるも、2位となったマルク・ヒルシ。優勝したU23世界選手権ロードではダウンヒルを利用した過激なアタックで差をつけ、タイトルを獲得したクレバーでテクニカルな走りができる選手。アラフィリップのアタックに少し間をおいて反応したこと、スプリントでも迷いのようなものを感じるものの、この位置でフィニッシュできる実力を証明した。

まだ名の知れ渡っていないヒルシだが、世界選手権とヨーロッパ選手権の2つのロードU23タイトルを同年に獲得した初めての選手で、つまり「U23世界&欧州ダブルチャンピオン」のスイス人。プロ入りしてからまだ勝利はないこと、ジュニアで活躍したレムコ・イヴェネプールのサプライズの影に隠れてしまっているものの、クラシカサンセバスチャンとビンクバンクツアーでトップ5に入る実力をもつ。

BMCデヴェロップメントチーム出身カンチェラーラの故郷スイスのベルンで生まれ、父の影響で11歳でレースを始め、スパルタクスの頂点の時期に彼を見て育った。カンチェラーラは「キリアン・エムバペ※のようなポテンシャルがある」と形容する(※フランスのサッカー選手。リーグ・アン、パリ・サンジェルマンFC所属)。スキルが有り、才能もある。マウンテンバイクにシクロクロス、トラックレースなんでもこなし、技術を身に付け、今はロードに集中する。これからに期待だ。

「アラフィリップは今後、総合優勝を狙うのか?」今年もそれが話題になるのだろう。

マイヨジョーヌを着たジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)マイヨジョーヌを着たジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
アラフィリップらに差をつけられた有力選手たちを含んだメイン集団アラフィリップらに差をつけられた有力選手たちを含んだメイン集団 photo:Makoto.AYANO
クリテリウム・デュ・ドーフィネ覇者のダニエル・マルティネス(コロンビア、EFプロサイクリング)とドーフィネの落車の影響が残るダニエル・マーティン(アイルランド、イスラエル・スタートアップネイション)が遅れた。何人かのセカンドエースがタイム差をつけられ、いくつかの「プランB」の可能性が消えたのだろう。トム・デュムラン(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)も終盤に落車したが、無事復帰。マイヨジョーヌ候補たちはタイムを失うことなくニースにたどり着いている。

ダニエル・マルティネスのアシストを果たしたヒュー・カーシー(EFプロサイクリング)ダニエル・マルティネスのアシストを果たしたヒュー・カーシー(EFプロサイクリング) photo:Makoto.AYANO第1ステージでの落車で骨折したまま走ったワウト・プールス(オランダ、バーレーン・マクラーレン)第1ステージでの落車で骨折したまま走ったワウト・プールス(オランダ、バーレーン・マクラーレン) photo:Makoto.AYANO

ワウト・プールス(バーレーン・メリダ)は昨ステージの落車であばらを骨折していることが判明、しかし痛みを押して走り続け、25分の遅れを喫した。同じく落車に痛めつけられたパヴェル・シヴァコフ(イネオス・グレナディアーズ)は今日も28分を失った。

最終走者のカレブ・ユアン(ロット・スーダル)をチームメイトが助けて最後の峠をクリア最終走者のカレブ・ユアン(ロット・スーダル)をチームメイトが助けて最後の峠をクリア photo:Makoto.AYANO
ところで初体験の9月のツールは、走り出してみるとレース終了時刻が遅く、20時近くになっていることが判明。フランスはバカンス時期ではなく、ライブ放送の視聴率獲得の問題からレースのハイライトシーンが仕事が終ってから観れるような配慮からのタイムテーブルになったためだ。これはメディア関係者に深刻な悩み。ただでさえコロナ対策で食事をできるレストランが少ない中、いかに仕事を早く切り上げるかが日々の帯同を続ける条件になりそうだ。関係者も食いっぱぐれていては完走できない...。

text&photo:Makoto AYANO in NICE FRANCE