5月17日は、本来ならツアー・オブ・ジャパンがスタートする日。そこに、全日本チャンピオンジャージを着た入部正太朗の姿が、NTTプロサイクリングのメンバーと共に見られるはずだった。さぞ落胆しているかと思えば、すでに次の目標に切り替えていると話す。NTT加入後の混沌とした半年を振り返り、今とこれからについてオンラインでインタビューした。




「自分でも嬉しくなるくらいトレーニングの効果が出ている」

2月のツール・ド・ランカウィに出場したNTTプロサイクリング 入部正太朗の今季初戦となった2月のツール・ド・ランカウィに出場したNTTプロサイクリング 入部正太朗の今季初戦となった (c)www.ltdlangkawi.my
昨年11月、NTTプロサイクリングに電撃移籍することを発表した入部正太朗。直後のインタビューでは、それまで支えてくれた人達への感謝と、段違いに厳しくなるであろう環境に対する覚悟を語った。実際にその環境に身を置き、その時の覚悟は変わっていない。

「昨年12月と今年の1月、それぞれ10日間ほどのチームキャンプに参加し、2月のツール・ド・ランカウィが今年初戦となりました。キャンプでもレースでも、単純に力の差を感じることが多く、チームに貢献するには今まで以上に努力しなければいけないと自分の中で強く意識を持ちました。チームの雰囲気が良いので、一刻も早く力をつけて貢献したいと思っています。」

その想いとは裏腹に、世界は誰もが予想し得なかった状況に陥り、入部を取り巻く環境も例外ではなくなっていった。

入部正太朗がヨーロッパの拠点とするイタリアのルッカにある宿泊施設入部正太朗がヨーロッパの拠点とするイタリアのルッカにある宿泊施設 ©️Syotaro IRIBE「ランカウィの後、拠点として決めたイタリアのルッカに3月に渡りました。ルッカには加入当初からトレーニングの面倒を見てくれているコーチがいて、チームのサービスコースやコンチネンタルチームの拠点もあるのでチーム関係者が多くいるんです。チームの女性マッサージャーの旦那さんが宿泊施設を経営していて、そこでお世話になることにしました」

ルッカはイタリア半島の付け根付近にあり、フィレンツェの西に位置する。今年の3月は暖かい日は20℃くらいになることもあったが、雨が降ると10℃くらいの寒い日になっという。状況が変わり始めたのはルッカに着いて1週間ほどしてから。外で練習するには許可証の携帯が必要になり、大勢いた一般サイクリストの代わりに警察の車が目立つようになった。

3月17日、EUが域外からの渡航を原則禁止することを決定。イタリアに渡って半月ほどしか経っていない入部だったが、帰国することにした。帰国直後から自主的に17日間の隔離生活を経て、現在はチームのコーチとやり取りしながら、自宅でズイフトとローラーを使った練習を続けている。

「チームのコーチとは2、3日に1回、時には連日やり取りすることもあります。過去のデータを元に僕が強化すべき点を重点的に練習メニューに組んでくれて、1週間分くらいのメニューを送ってもらっています。練習中にどんな感じだったとか些細なことも聞いてくれて、寝ている時の心拍数もあわせてデータをチェックしてもらい、その時の体調に応じて内容を変更することもあります。

チームのマッサージャーであるイボンヌさん(写真右)と、宿泊施設オーナーのリンさんチームのマッサージャーであるイボンヌさん(写真右)と、宿泊施設オーナーのリンさん ©️Syotaro IRIBE時には僕からこういうメニューをやりたいと希望を出すこともありますが、それに合わせてメニューを組み替えてくれます。外で走る時とローラーではFTP値が違うので、ローラーのFTPを取りたいと提案したら『その考え方は大事だね』と言ってくれ、それに合わせたメニューを組んでくれます」

NTT加入が決まった直後から練習メニューのやり取りを続けているコーチに、入部は絶対的な信頼を置いている。

「自分でも過去のデータを素人なりに分析して、半年間でどのくらい向上出来るかはある程度予測していましたが、自分でも嬉しくなるくらい向上している実感があります。やはりコーチはすごいなと思いますね」




「2ヶ月間ローラーをみっちりやった時にどのような効果があるか期待」

帰国してからこれまでの2ヶ月は、ローラーとズイフトを使用しての練習が続く帰国してからこれまでの2ヶ月は、ローラーとズイフトを使用しての練習が続く ©️Syotaro IRIBE
ズイフトを使った練習では、ミートアップ機能を使ってNTTのチームメイトと練習したり、元チームメイトの一丸尚伍が作ったグループで練習することもある。ズイフト上で一般参加者と一緒に走るイベントも行った。

「チームメイトらと喋りながら練習することで元気になりますから、楽しいですよね。インスタライブはいろんな方とコミュニケーションをしながら一緒に走れる場をつくろうと思ってやってみました。こういう時だからこそ、感謝の気持ちを表したいという想いもありました」

ローラー練習以外では、ダンベルなどを使用して11種類くらいの体幹トレーニングを30分から40分かけて行う。外で走れないことは精神的にもきついのでは?と思うが、「2ヶ月間ローラーをみっちりやった時にどのような効果があるのかというのも、期待を込めてやっています」と話す。

チームメイトとズイフトでの練習の1コマチームメイトとズイフトでの練習の1コマ ©️Syotaro IRIBE「実走(外で走る)とローラーでは違いますし、ローラーのデメリットを挙げたらキリがないです。外で5時間乗るのは良いですけれど、ローラーで5時間はムリですからね。

逆に、例えば心拍やケイデンスを一定に保つことで狙ったゾーンで練習するということは実走では難しいので、ローラーの方が効率よく練習出来ます。レースが無く、練習しか出来ないという今の状況で、僕たちに出来ることは基本的な能力を見直して向上させることが重要だと考えています。そのためには、コンディションを維持するというよりも、能力を上げることを目的として練習するなら、ローラーは狙ったことをしやすいと思います」

レースが無くなったことで改めて自身の力を見直す期間が出来たことは、側から見ると結果として良かったように思える。でも入部はそう考えてはいない。

「世界ではコロナで苦しんでいる人がたくさんいることを考えれば良かったとは思いません。練習して基本的な部分の強化が出来るという点だけを見ると良かったかもしれません。でもレースに出られていればそれが経験を積めたと考えたでしょうし、普通にレースが開催される状況の方が良かったのは確かです。今自分に出来る最大限のことを考えているので、どんな方向に転んでもその状況をポジティブに考えるようにしています」




TOJ中止も「1分後には切り替えた」でも全日本は「わからない」

昨年のツアー・オブ・ジャパン京都ステージでは序盤から逃げに乗って2位にな入った入部正太朗(先頭)昨年のツアー・オブ・ジャパン京都ステージでは序盤から逃げに乗って2位にな入った入部正太朗(先頭) photo:Satoru Kato
TOJのチームプレゼンテーションにはこんな姿で登壇しただろうか?TOJのチームプレゼンテーションにはこんな姿で登壇しただろうか? ©️Syotaro IRIBE冒頭にも書いたとおり、入部は本来ならツアー・オブ・ジャパン(以下TOJ)にNTTのメンバーと共に出場する予定だった。

「チームキャンプの際に今年前半の予定を受け取って、その中にTOJが入っていました。自分の目標だったヨーロッパのチームに入ることが出来て、その上チャンピオンジャージを着てTOJを走れることはとても名誉なことだと思っていましたし、お世話になった皆さんの前でしっかり走れないといけないと思って気合も入っていました」

それだけに、さぞ落胆しているかと思ったが、すでに切り替えていると言う。

「ヨーロッパでもレースが次々に中止されるし、発表される前から状況が状況だったので、単純に仕方ないと思っています。だから、TOJの中止が発表された直後には・・・大袈裟に言うと発表の1分後には切り替えていました。チームに貢献して来年も残って、もう1回チャンピオンジャージを着てTOJに出てやるぞ!と思うようになりましたね」

とは言え、今年の全日本選手権への出場は「まだわからない」と言う。JCF(公益財団法人日本自転車競技連盟)は、今年の全日本選手権を8月20日から23日に開催する予定であることを発表した。一方で、UCI(国際自転車協議連合)が発表している8月以降のレースカレンダーは前例のない過密スケジュールとなっていることが気にかかっている。

「僕自身はいつでもレースを出来るように気を引き締めてトレーニングしています。でも全日本選手権は今の時点ではまだ『わからない』としか言えません。具体的な予定はまだ聞いていませんが、8月以降のスケジュールがタイトになっているのと、今後状況が変わるかもしれないから読めないところもあります」

2月のツール・ド・ランカウィにて2月のツール・ド・ランカウィにて ©️Syotaro IRIBE
「グランツールだけでもジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャが重なっているから、それだけで16人の選手が出走する形が予測できますし、他にもレースがあります。チームからは7月、8月からレースを走れるように準備してくれと言われていますが、どのレースに出るのか具体的に決まるのはまだ先になりそうです。各国でコロナの状況が違いますし、第2波がくるという話もある。EUの中でなら移動は出来るかもしれませんが、日本から飛行機が飛ぶのか?という問題もあります

チームから『全日本の勝利にフォーカスする』と言う話になればもちろん全力で臨みますし、とにかく僕にとってはチームに貢献して全力で走ることが一番なので、もしかしたら(全日本は)出ないかもしれないし、出るかもしれない。それはまだわかりません」

だから、今自分が出来ることをやっていくしかないと言う入部。

「レース再開は待ち遠しいですけれど、いつになるんでしょうね?」




「食べるもので体がつくられる」食事にも発揮する徹底ぶり

「食べるもので体がつくられる」と言う入部。自ら台所に立つことも「食べるもので体がつくられる」と言う入部。自ら台所に立つことも ©️Syotaro IRIBE練習以外では、この2ヶ月は同じペースで生活しているという入部。食事にも気を使っている。

「納豆は1日2パック食べます。付属しているタレは使わず、酢を混ぜて食べます。あとは無塩のナッツ類、オートミール、サバやサーモンなどの魚、トマト、アボカド、キウイ、ヨーグルトは毎日食べます。肉は脂肪が少ないものを選んで時々・・・毎日食べると胃にくるので。気持ち的にしんどかったり、ハードな練習をした時には、大好きな餃子を食べることもあります。

チームから食事について細かな指示はありませんが、サプリメントの指示はあります。EPA(エイコサペンタエン酸)はシマノ時代から意識して摂るようにしています。

食事は妻が作ってくれることもあるし、妻が仕事で帰りが遅くなることもあるので僕が作ることもあります。食事のタイミングも重要なので、色々試しながらやっています」

納豆を朝食で摂るか夕食で摂るかによる効果の違いにも気を配る徹底ぶりは、練習内容と同等だ。

「食べるもので体が作られるので、かなり意識してやってます。回復に必要な睡眠も10時間は取るようにしています」




ポジティブシンキングで前へ

ヨーロッパでは段階的に外出規制などが解除される方向になっているが、まだレースが再開されると決まったわけではない。それでも入部は、置かれた状況の中で持ち前のポジティブシンキングで前を向く。

「今の自分があるのは支えて下さった皆さんのおかげなので、それに応えられるように全身全霊を尽くしていきたいと思っています。今は大変な時期ですが、なんとか皆さんで乗り越えて、レースが再開された時にいい走りを見てもらえるようにしたいと思っています。今後とも応援よろしくお願いします」


text:Satoru Kato