イタリア・トスカーナの田舎町に、引退したマヌエーレ・モーリを訪ねる旅。筆者の奥村陽子さんは、父の代からの自転車一家であるモーリ家の功績を称える会に招待された。ジモンディをアシストした父プリモはかつての名選手。フランチェスコ・モゼールらレジェンドも出席し、心温まる会になった。



サン・ミニアートの街。普段は静かな広場が大賑わいサン・ミニアートの街。普段は静かな広場が大賑わい photo:Yoko Okumura
マヌエーレの地元、サン・ミニアートはトリュフ(※独特の香りが料理で珍重されるキノコの一種)、中でも白トリュフが採れることで名高い地域です。白トリュフは「同じ重さの金と価格が同じ」といわれる超高級食材で、収穫時期の11月の週末には「白トリュフ祭り」という生産者直売の物産展が開かれ、トリュフのバイヤーや観光客が世界中からこの小さな町を訪れます。

1954年にサン・ミニアートで「世界最大のトリュフ(2,520グラム)」が採れたことを記念する像1954年にサン・ミニアートで「世界最大のトリュフ(2,520グラム)」が採れたことを記念する像 photo:Yoko Okumura 手前が白トリュフ、奥が黒トリュフ。白は黒とは桁違いに高価だ手前が白トリュフ、奥が黒トリュフ。白は黒とは桁違いに高価だ photo:Yoko Okumura


マヌエーレの引退記念パーティの翌日の日曜日、このお祭りでモーリ家の功績を称える顕彰表彰がありました。表彰式のゲストは1977年の世界チャンピオンでパリ〜ルーベ3連覇のレジェンド、フランチェスコ・モゼール氏です。昨晩のパーティに参加した私は、もちろんこの表彰式も観に行きました。

ガラスケースの中に飾られる白トリュフ。一個数万円という高価さガラスケースの中に飾られる白トリュフ。一個数万円という高価さ photo:Yoko Okumura
表彰式の時間まで、祭りの会場を見て歩きます。サン・ミニアートは小高い丘の上に築かれた歴史的市街地の「サン・ミニアート・アルト」と、その麓のいわゆる新市街の「サン・ミニアート・バッソ」に分かれていて、お祭りが行われるのはアルト地区の方です。

狭い通りが人であふれかえるサン・ミニアートの街狭い通りが人であふれかえるサン・ミニアートの街 photo:Yoko Okumura
急な坂道が続く細い街路の傍らに、トスカーナ特産のペコリーノ(羊)チーズや生ハムやサラミ、蜂蜜やドライフルーツ、旬の焼き栗を売る露天が軒を連ね、日頃は静かな通りがまるでミラノの街中のように賑わっていました。

すべてトスカーナ特産のペコリーノ(羊)チーズすべてトスカーナ特産のペコリーノ(羊)チーズ photo:Yoko Okumuraサラミにサルシッチャ、モルタデッラにローストポークサラミにサルシッチャ、モルタデッラにローストポーク photo:Yoko Okumura


表彰式が行われる広場には大きなテントが設えられていて、中では白トリュフの展示即売とトスカーナワインの定額試飲(※実質的には飲み放題)が行われています。ここには地元のワイナリー十数店が出展していて、テイスティンググラスのお土産付きで10ユーロ、飲み終わったグラスを返せば実質5ユーロ(約600円)で、各生産者自慢のワインを飲むことが出来ます。こういう時はアルコールを受け付けない自分の体質が恨めしいばかりです。

トスカーナワインの試飲コーナー。地元のワイナリーが多数出展しているトスカーナワインの試飲コーナー。地元のワイナリーが多数出展している photo:Yoko Okumuraグラス付きで10ユーロ、グラスを戻せば5ユーロで飲み放題グラス付きで10ユーロ、グラスを戻せば5ユーロで飲み放題 photo:Yoko Okumura


表彰式はこのテントの隣で、予定時刻から一時間近く遅れて始まりました。最初にモゼール氏が登壇します。イタリアで最も著名な自転車選手といえばコッピ、バルタリ、モゼール、パンターニの四人です。御年68歳のレジェンドはサン・ミニアート産の白トリュフのアンバサダー(広報大使)に選ばれ、市長から記念のメダルを授与されました。

モゼールがサン・ミニアートの白トリュフ・アンバサダーに任命されるモゼールがサン・ミニアートの白トリュフ・アンバサダーに任命される photo:Yoko Okumura
インタビューに応えるマヌエーレ・モーリインタビューに応えるマヌエーレ・モーリ photo:Yoko Okumuraモーリ家の功績を称える表彰が行われたモーリ家の功績を称える表彰が行われた photo:Yoko Okumura


モゼール氏の首に掛けられた大きな革のメダルは町の人の手作りで、イタリアのローカルなイベントはこういう手作り感が楽しいです。続いて壇上にマヌエーレと父親のプリモ氏、兄のマッシミアーノ氏とその息子が上り、モゼール氏の臨席の下、「モーリ家の表彰」が始まりました。ファミリーの絆を何よりも大切にするイタリア人ですから、マヌエーレも誇らしげで、私も見ていて嬉しくなりました。

フランチェスコ・モゼール氏を交えたモーリ家3代の記念写真フランチェスコ・モゼール氏を交えたモーリ家3代の記念写真 photo:Yoko Okumura
ここでちょっとしたアクシデントがあり「昨日行われたマヌエーレの引退記念パーティの開催に助力した日本人ファンが来ている」と司会の方に招かれて、まゆみさんと私も壇上に上ることになりました。モーリ家の方々もさることながら、モゼール氏と同じ舞台に立てるなどということは一生ないでしょうから、私たちも有り難く祝杯に参加しました。この時、頂戴した陶器製の記念プレートにはサン・ミニアートのシンボルであるフェデリコ二世の城砦が描かれており、大切に部屋に飾っています。

頂戴したサン・ミニアートの陶器製記念プレート頂戴したサン・ミニアートの陶器製記念プレート photo:Yoko Okumura
表彰式の後、この日はマヌエーレの自宅の夕食に招かれていたのですが、その前に自分の両親の家(※マヌエーレの実家)で見せたいものがあるのだそうです。「うちは博物館だぞ」と言うので何だろう?と思ったら、本当に博物館でした。

愛用の自転車とともにポーズを取るプリモ・モーリ氏愛用の自転車とともにポーズを取るプリモ・モーリ氏 photo:Yoko Okumura
彼の父親のプリモ氏は、1960年代から70年代にかけて所属したサルヴァラーリ・チームで、故フェリーチェ・ジモンディの山岳アシストを務めた選手です。その現役時代に獲得したマリア・ローザやマリア・ヴェルデ、各種の優勝トロフィーや盾、当時の写真が家の中に所狭しと飾られています。「これでも半分以上捨てたんだ」というトロフィーだけでも凄い数です。

プリモ氏が獲得したトロフィーの数々。実際はこの数倍あるそうプリモ氏が獲得したトロフィーの数々。実際はこの数倍あるそう photo:Yoko Okumura
マヌエーレの出ているレースを観に行くと、年配のファンが会いに来ていることがよくあり、誰かと聞くと父親のプリモ氏のファンなのだと言っていました。マヌエーレはジュニア選手時代にイタリアチャンピオンに、兄のマッシミリアーノ氏も同じくジュニアの個人タイムトライアル世界チャンピオンになっているのですが、両者とも「父親の足下にも及ばない」と言う理由がよくわかります。

フェリーチェ・ジモンディ(右)とプリモ・モーリフェリーチェ・ジモンディ(右)とプリモ・モーリ photo:Yoko Okumura
マヌエーレは引退の一年以上前から、監督業への転向をチームから打診されていました。チームメイトも監督も、彼のことを「ヴェッキオ(vecchio)」と呼びます。直訳なら年寄りという意味ですが、この場合は経験を積んだ老練な選手という意味です。その彼が最も尊敬し、手本としているのが自身の父親で、引退パーティのスピーチでも「自分はヴェッキオとして父親から学んだことを若い選手たちに伝えてきた」と言っていました。

「若い選手たち」とは、所属するUAEチームエミレーツの後輩たちであると同時に、同郷のトスカーナのウリッシやベッティオール、アントニオ・ニバリ、スバラーリといった選手たちなのでしょう。イタリアの自転車ロードレースの歴史や文化、価値観がどこでどのように継承されていくのかを目の当たりにして、私はとても興味深く思いました。

ウール地のマリアローザとマリアヴェルデ。特製のキャビネットに収められて居間に飾られていたウール地のマリアローザとマリアヴェルデ。特製のキャビネットに収められて居間に飾られていた photo:Yoko Okumura
マヌエーレは今年から、予定通りUAEチームエミレーツのスポーツ・ディレクターになりました。まだ頭には「アシスタント」が付いていますが、近いうちに正式な監督になるでしょう。彼が父親や同郷の先輩から学び、受け継いだ哲学を、若い選手にどのように伝えていくのか、私はこれからそれを見ていきたいと思っています。

社会経済情勢の変化でイタリア籍のワールドチームはなくなってしまいましたが、そのことがイタリア国内で殆ど問題にされないのは、イタリアの自転車ロードレース文化の根幹はこういった地域の中にあるからだと思います。思いがけなくファンになった選手やその家族と親交を深めていく中で、このような「現場」を知ることが出来たことは大変幸運なことでした。

KM Cyclingwearのシンボルマークはイタリアの傾斜度表示看板がモチーフKM Cyclingwearのシンボルマークはイタリアの傾斜度表示看板がモチーフ photo:KM Cyclingwear
最後に、マヌエーレは今年、アルペシン・フェニックスのクリスチャン・スバラーリ選手と「KM Cyclingwear」というサイクリングウエア・ブランドを立ち上げました。KMのKはクリスチャン、Mはマヌエーレの頭文字です。

トスカーナの風景に似合うイタリアンデザインのKM Cyclingwearトスカーナの風景に似合うイタリアンデザインのKM Cyclingwear photo:KM Cyclingwear


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photo&text:Yoko Okumura (Lucca)

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