ゲラント・トーマス自身にとって予想していなかった勝利は、チームスカイとしては3人の異なる選手(ウィギンズ、フルーム、トーマス)による6つ目のツール・ド・フランス総合優勝。「もっとも強い選手がツールに勝った」のと同時に、フルームの再挑戦やダブルツールの可能性はあるのだろうか。



ウェールズの旗を掲げて喜びを表現するゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)ウェールズの旗を掲げて喜びを表現するゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
白地に緑、赤いドラゴンが描かれたウェールズの旗をうやうやしく両肩に広げ、シャンゼリゼの表彰台の中央に立ったゲラント・トーマス。隣には最後まで激闘を繰り広げたトム・デュムランと、本来のチームスカイのエース、長年の友クリストファー・フルームが微笑みで祝福する。カーディフ出身のWelsh=ウェールズ人であるトーマスにとってその旗は、五輪の団体種目でメダルを取ったときには掲げることができなかった旗だ。

マイヨジョーヌを着て凱旋門前を走り抜けるゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)マイヨジョーヌを着て凱旋門前を走り抜けるゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
マイクを渡されたトーマスがスピーチする。まず、チームメイト一人ひとりに対して感謝の気持ちを伝える。名前を挙げながらも、すぐ続かないことにデュムランから助言を受け「もう忘れかけてるな」「ジャンニ(モスコン)は...(どうしてるかな)」と笑いをとる。そしてフルームにはとくに念入りに感謝の意を述べた。「フルームを尊敬する。厄介なことになりそうで緊張したけど、君は偉大なチャンピオンだよ。いつも尊敬している」。

「ツールのおかげでサイクリングの世界に入った。子供の頃学校から家に帰ってはTVでツールを観ていた。ツールに出ることがいつだって夢だった。12年前、それが叶って、そして今マイヨジョーヌを着てここに立っている。信じられない」。

「子供たちよ、夢は大きく見よう。それは無理だと言われても、自分自身を信じ続けよう。努力すれば最後には全て報われる。ありがとう、VIVE LE TOUR(ツール万歳)!」

視線をずらさずに手からマイクを落としたのは、もはやこれ以上のスピーチはないだろう?というパフォーマンス。長らくチームスカイを悩ませてきたブーイングの雑音は、シャンゼリゼでは聞こえてこなかった。

総合上位3人。優勝はゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)総合上位3人。優勝はゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
ジロでの総合2位に次ぎ、ツールでも2位。トム・デュムランはまたしてもチームスカイに夢を砕かれた。フルームではなく、トーマスに。

ミュール・ド・ブルターニュでのパンクで53秒を失い、ホイール交換後にチームカーを使って追走したことに対してのペナルティでさらに20秒、合計73秒を失ったことが後々に響いた。それがなければ?

デュムランは言う。「でもトーマスは自分よりずっと強かった。彼はアタックすることもできたけど、しなかった。安全なタイム差を持っていたから、山岳では安全な走りをしていた。もしミュール・ド・ブルターニュでの失敗がなくてタイム差が少なかったなら、彼はアタックしてもっとタイムを奪ったはず。彼が一番強かったのは絶対に間違いない。あれがあっても無くても、僕の2位は変わらなかっただろう。僕は何も後悔していない。トーマスは3週間通して一番強い選手だった。間違いなく彼の人生で最高潮に調子のいいツールだったね」。

フルームは言う。「もっとも強い選手がツールに勝った。アルプスでそれは明らかだった。ゲラントは僕よりも調子が良かった」。ともに表彰台に登った2人が、トーマスがこのツールでもっとも強かった選手だったことを認めた。

マイヨジョーヌのゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)マイヨジョーヌのゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
ゲラント・トーマスとは? その生い立ち

ロンドンオリンピック団体追い抜きで金メダルを獲得したイギリスチーム ゲラント・トーマス(右)ロンドンオリンピック団体追い抜きで金メダルを獲得したイギリスチーム ゲラント・トーマス(右) photo:CorVosウェールズの首都カーディフ出身の32歳。クールな振る舞いで知られる「G」は、子供の頃からの生え抜きのエリート自転車選手だった。それもトラックとロードレースの両方をこなし、両競技を行き来してきた。オリンピック、クラシック、グランツールとマルチに走り、北京とロンドン2度の五輪で2個の金メダルを獲得している。

子供の頃からツール・ド・フランスをTVで観て憧れ、10歳で自転車レースを始めた。すぐに才能の片鱗を見せ始め、地元の期待を集めるようになる。両親のサポートを受け、しかし強制されること無く自由にレースを楽しむスタイルでレースを走った。早くからブリティッシュサイクリングアカデミーのコーチの目に留まり、17歳でイギリスナショナルチームのもとで本格的にコーチングを受けるようになる。

2006年には20歳でトラック世界選手権イギリス代表メンバーに抜擢される。最年少選手だったが、「その頃から自己流で、何でも自分でコントロールできる精神的な強さを持っていた。すでにその頃からワールドクラスの資質があった」と、現チームスカイのコーチを務めるロッド・エリングワース氏は言う。

2007年に南アフリカ籍のプロコンチネンタルチーム、バルロワールドでプロデビュー。ツール・ド・フランス初参加を果たす。参加選手中最年少の21歳で、初ツールは総合では完走140人中139位。つまり最下位から数えて2番め、ブービー賞だった。

2008年は北京オリンピックでのトラック競技 チームパシュート(団体追い抜き)で金メダルを獲得。ブラドレー・ウィギンズも4人のメンバーのひとりだった。2009年もまだトラック中心で、この年のロードレースのレース日数はわずか34日だった。

2010年にはデイブ・ブレイルスフォード現GMの立ち上げたチームスカイに、創設メンバーとして加入。チームの掲げる目標は「5年以内にツール・ド・フランスに優勝する初のイギリス人選手を出すこと」だった。つまりトーマスはそのプロジェクトのコアとなる選手だった。

石畳のクラシックもゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)の主戦場。E3ハーレルベケ2014より石畳のクラシックもゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)の主戦場。E3ハーレルベケ2014より photo:Tim de Waele
2011年には春の石畳のクラシックに出場。ロンド・ファン・フラーンデレンでは10位。しかし2012年はロンドン五輪の年で、再びトラックに集中することに。ウィギンズやフルームがツール・ド・フランスに向かう時、トーマスはロンドン五輪トラックの用意をしていた。そして五輪では再びチームパシュートで優勝、2個めの金メダルを獲得。この年、チームスカイではウィギンズがツールに優勝、創始2年目にして創設時の目標が達成された。同時にクリストファー・フルームがウィギンズを上回る強さを示していた。

ロンドンオリンピック団体追い抜きで金メダルを獲得したイギリスチームロンドンオリンピック団体追い抜きで金メダルを獲得したイギリスチーム photo:CorVos
トーマスは2012年のロンドン五輪以降はロードに重きを置き、クラシックとグランツールに改めて集中することに。春のクラシックの主要メンバーとして走り、グランツールではスピードを生かしてリードアウトトレインの重要な一角を担い、アシストとして走る。

2015年にはフルームをアシストしながら第19ステージまで総合4位につける。ロンド前哨戦のE3ハーレルベケで勝利し、石畳クラシックでのポテンシャルを証明。2015、2016年の総合15位が昨年までのツール最高位だった。

ヘント〜ウェヴェルヘム 横風に煽られて落車したゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ)ヘント〜ウェヴェルヘム 横風に煽られて落車したゲラント・トーマス(イギリス、チームスカイ) photo:Tim de Waele
クリテリウム・デュ・ドーフィネ2018で総合優勝したゲラント・トーマス。総合2位アダム・イェーツ、総合3位ロマン・バルデクリテリウム・デュ・ドーフィネ2018で総合優勝したゲラント・トーマス。総合2位アダム・イェーツ、総合3位ロマン・バルデ photo:CorVosロードレースに専念してからのステージレースでの大きな転機は2017年のパリ〜ニース、そして今年のクリテリウム・デュ・ドーフィネでの総合優勝だろう。一週間規模のビッグレース2つに勝ち、グランツールでも通用する資質があることを証明した。

しかし不運はついてまわった。ミケル・ランダとのダブルエースで臨んだ昨年のジロでは、路上に停まった先導警察のオートバイに接触して落車、負傷がもとでリタイア。それに限らず落車の例は枚挙にいとまがなく、今年のパリ〜ルーベも落車でリタイア。期待されるレースの多くで不運に見舞われ、いつしか「いつも途中で姿を消し、勝てない」というイメージができあがってしまう。

パリ〜ルーベ2018 ゲラント・トーマス(イギリス)が最初のパヴェで落車し、遅れるパリ〜ルーベ2018 ゲラント・トーマス(イギリス)が最初のパヴェで落車し、遅れる photo:Makoto.AYANO
「1週間のレースでは勝てるが、3週間のグランツールでは勝てない」「ツールではトップ10もない」が結果から言われてきた評価だ。2018年ジロは本来エースで臨む予定だったが、フルームの参戦が決まったことで、ツールにダブルエースで臨むことに。フルームをアシストするのではなく、ダブルエースという待遇。その裏には長引くサルブタモール問題でフルームが出場できなかった際の保険という意味もあった。

ジロをスキップし、伝統的な調整スケジュールにのっとりツールへの準備期間をたっぷりとったこと。このツールではフルームが第1週で2度の落車で貴重なタイムを失ったのに対し、トーマスは何一つトラブルに見舞われず、ミスをしなかった。それらが後の戦略に影響し、第11&12ステージのステージ優勝+ボーナスタイム獲得につながった。

ゲラント・トーマスにマイヨ・ジョーヌカラーのピナレロ・ドグマF10がファウスト・ピナレロ氏から手渡されたゲラント・トーマスにマイヨ・ジョーヌカラーのピナレロ・ドグマF10がファウスト・ピナレロ氏から手渡された photo:Makoto.AYANO
どこかクールでニヒルに見えるトーマスの人物像とは?

「ツール期間中もレース報道をするウェブサイトや新聞などには目を通さない。それを読んで怒ったり悲しんだり、感情にとらわれやすくなるんだ。チェックするのはラグビーのニュースだけ。僕は自分のことだけにフォーカスして、自分の泡の中に居続けるんだ」とトーマスは言う。

自転車を離れるとレースの話はまったくせず、スポーツはラグビーを見るだけ。そしてひどく面白いことばかり言う。飲めるときは酒を飲むのも好き、とはチームメイトたちのトーマス評だ。「大きなストレス無く過ごしている。勝ちたい気持ちは強くあるけど、同時に単なる自転車レースにすぎない。決して人生のすべてじゃないし、それだけで終わるわけじゃない」(トーマス)。

■フルームのダブルツールへの挑戦は続く?

少し寂しげな表情のクリストファー・フルーム(チームスカイ)少し寂しげな表情のクリストファー・フルーム(チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
フルームのダブルツールへ挑戦は失敗に終わった。1998年のマルコ・パンターニ以来のジロ、ツール連続優勝はまたしても達成されることはなかった。その可能性は今後もあるのだろうか?また、フルーム自身は再挑戦を考えているのだろうか?

19ステージ後にフルームはこう話した。「ダブルツールはまだ可能だと信じている。僕は3連続グランツールで勝ち、このツールも総合3位になろうとしている。可能だと思うけれど、今年じゃない。それは確かだ。トム(デュムラン)もジロで2位、ツールで2位になろうとしている。その結果が示すものは2つのグランツールをそのような上位で終えることは可能ということ。

2位が可能なら1位も。ダブルは可能だと思える根拠だね。今年はワールドカップのせいで1週間余計に休むことができたことが参加を決めた大きな理由だけど、それは僕の考え。ダブルツールは可能だと思うけれど、そういった条件が揃うことも大事だ」。

「レース中はたくさんの感情を味わった。失望の瞬間、クラッシュ、チームがステージに勝ち、マイヨジョーヌを取ったことの喜び...。それが自転車レースだ。それこそがグランツールだ。アップダウンはローラーコースターのようだね」。

ジロ、ツールでともに2位のデュムランは、可能性を否定はしないが、少なくとも来年のダブルツール挑戦は無いという結論に達したようだ。

「コースにもよるけれど、ツール・ド・フランスだけに照準を合わせるのが理にかなっているね。もしツールがまったく僕向きでなければジロに喜んで戻るけど、そうでないならツールだけに絞るね。まだ確かなことは言えないけど、来年は続けて2つのグランツールに挑戦することは無いね」。

チームスカイのツール6勝を祝うフォードのスポーツカーが用意されたチームスカイのツール6勝を祝うフォードのスポーツカーが用意された photo:Makoto.AYANOデイブ・ブレイルスフォードGMも「6勝」Tシャツで最終日を迎えたデイブ・ブレイルスフォードGMも「6勝」Tシャツで最終日を迎えた photo:Makoto.AYANO


「間違いなくフルームは5勝目を狙っている。彼は戻ってくる。彼には可能だ。彼はすごいやりかたでジロに勝った。そしてツールも勝ちに来た。ポディウムが目標じゃなかった。そして、勝てないことを悟るとすぐさまチームのヘルパーとなることを受け入れた。それは偉大なチャンピオンである証だ。そのようなことは他の誰もできない」チームスカイのブレイルスフォードGMは、来年もフルームは優勝を狙うことを約束した。

チームスカイはフルームとの間にさらに2年契約があるが、トーマスとは年末で契約が切れ、更新はまだできていない(できていても、8月まで発表は待たなければならない)。

チームスカイにはこのツールでも山岳で新人と思えない働きぶりを見せたエガン・ベルナル(コロンビア)も居る。ベルナルは近いうちにグランツールを制するだろうという前評判を確かなものにした。他のチームならエースになることができる強い選手たちをアシストとして揃え、エースになれる選手もまた複数人いるのがチームスカイの揺るぎない強さだ。

ゲラント・トーマスをクリストファー・フルームが祝福するゲラント・トーマスをクリストファー・フルームが祝福する photo:Makoto.AYANO
トーマスは十分に闘える実力を示した以上「一度勝てば満足、来年のツールでは再びフルームのアシストに戻る」とはいかないだろう。ジロ、ブエルタに分散して出場することで、満足できるだろうか。もはや自分のためのチームを探すとき。

「来年のグランツールのリーダーをチームスカイはどう選ぶと思うか?」という問いに、フルームは応える。「それはマネジメント陣が決めることで、選手が決めることじゃない」。

チーム内に多すぎるエース。贅沢な悩みだが、ブーイングのもととなっているのは、このチームスカイの圧倒的な強さに対するやっかみのような感情がある。潤沢な運営資金をもとに、強い選手を買い揃える。有望な新人をみつけては、片っ端から契約する。新人選手も、チームスカイならと喜んで契約するのは、恵まれた体制の魅力があるからだ。

フルームのサルブタモール問題が一応の解決をみても、今度はそのチームの運営予算の規模が問題視されはじめた。他チームの何倍もの予算をもつのは事実。「金の力でレースに勝つのは不公平だ」という理屈だ。翌日のレキップ紙も運営資金の差が大きすぎることを改めて指摘。どうやらチームスカイが勝つたびに新たな雑音は生まれるようだ。



チームスカイのバスではウェールズのファンたちの歓声がこだましたチームスカイのバスではウェールズのファンたちの歓声がこだました photo:Makoto.AYANO
近年は最終ステージのスタート時間が遅いことで、表彰式終了後のパレード走行が割愛されるようになった。しかし各チームはそれぞれのやり方でツールの余韻を楽しむ。チームスカイのバス前には多くのファンが詰めかけ(るのはいつものこと)、今年はウェールズのファンが多く駆けつけ、ウェールズの言葉と旗と歌でトーマスを祝福した。

祝福に詰めかけたファンたちの前でゼスチャーを交え挨拶するジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ)祝福に詰めかけたファンたちの前でゼスチャーを交え挨拶するジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ) photo:Makoto.AYANO
ジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ)をパトリック・ルフェーブルGMが祝福するジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ)をパトリック・ルフェーブルGMが祝福する photo:Makoto.AYANOチームカーの屋根の上で逆立ちを披露するジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ)チームカーの屋根の上で逆立ちを披露するジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ) photo:Makoto.AYANO


ステージ2勝に山岳賞獲得。山岳ステージ連日の逃げでフランスじゅうを大きく沸かしたジュリアン・アラフィリップの活躍に湧くのはクイックステップフロアーズ。アラフィリップの愛称「LOU LOU(ルル)」のTシャツで揃え、シャンパンとベルギービールで盛り上がる。アラフィリップは期待に応えてチームカーの屋根に乗って逆立ちを披露。ファンの前で陽気に歌い始めた。

アージェードゥーゼール・ラモンディアルはピエール・ラトゥールの新人賞獲得を喜ぶが、むしろロマン・バルデの不振にチームの雰囲気は下がっている印象だった。若いラトゥールが主役ながらも皆にシャンパンを注いで回る役回りに徹し、バルデは3週間レースが終わったというのにハジケることなく重い面持ちで立って居た。

寂しげな表情のロマン・バルデに、ピエール・ラトゥールがシャンパンを注ぐ寂しげな表情のロマン・バルデに、ピエール・ラトゥールがシャンパンを注ぐ photo:Makoto.AYANO
1985年のベルナール・イノーの総合優勝以来、フランス人の優勝できないツールはまた不勝記録を33年に伸ばした。


text:Makoto AYANO
photo:Makoto AYANO, Kei Tsuji ,CorVos in Paris France

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