思うように戻らない調子、実らないアタックを続けていた前年ツール覇者ニーバリ。鉄の十字架を意味するクロワドフェール峠でのアタックは、レース後フルームから批判され議論を呼んだ。故意か否か? アタックは成功し、切望したステージ優勝を果たした。



サンジャン・ド・モーリエンヌをスタートしていくプロトンサンジャン・ド・モーリエンヌをスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANO
アルプス山岳4連戦の3戦目、登りと下りしかない、138kmの短くも厳しいステージだ。コースマップの上では非常に狭い範囲のなかで行われる。パリまであと残すところたった355km! しかし近さをまったく感じないのは、残されたこの2日間の山岳ステージがあまりに厳しいからだ。

山間のサンジャン・ド・モーリエンヌをスタートするとすぐに1級山岳ショシー峠の登坂が始まる。中盤からは超級山岳クロワ・ド・フェール峠(22.4km/6.9%)、2級山岳モラール峠、1級山岳ラ・トゥッスイールの「ツール定番セット」が襲いかかる。獲得標高差は4500mオーバーだ。すでに3週間を走っている選手たちの脚は悲鳴をあげる。

負傷に泣き言を漏らしていたが、まだ走り続けるジャンクリストフ・ペロー(フランス、AG2Rラモンディアール)負傷に泣き言を漏らしていたが、まだ走り続けるジャンクリストフ・ペロー(フランス、AG2Rラモンディアール) photo:Makoto.AYANOパリまであと残すところたった355km!パリまであと残すところたった355km! photo:Makoto.AYANO


リッチー・ポート(チームスカイ)とワレン・バーギル(ジャイアント・アルペシン)が談笑していたリッチー・ポート(チームスカイ)とワレン・バーギル(ジャイアント・アルペシン)が談笑していた photo:Makoto.AYANOフルームへの攻撃が期待されるナイロ・キンタナ(モビスター)フルームへの攻撃が期待されるナイロ・キンタナ(モビスター) photo:Makoto.AYANO



プロトン後方で繰り広げられるタイムアウト失格との闘い

今日はコースが短ければレース時間も短い。13時20分といつもより遅い時間にスタートが切られる。今日も集団前方で激しいレースが展開されるのは予想に違わないが、いつもと違うのは、もうひとつのレースが後方集団には加わること。「足切り」つまり「タイムアウト失格」との闘いだ。選手たちは総合下位の選手まで含めて皆が緊張していて、コースに出てのウォームアップ走行も念入りだ。

サンジャン・ド・モーリエンヌをスタートしていくプロトンサンジャン・ド・モーリエンヌをスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANOひとつめの山岳ポイントのショシー峠目指し飛び出したホアキン・ロドリゲス(カチューシャ)ひとつめの山岳ポイントのショシー峠目指し飛び出したホアキン・ロドリゲス(カチューシャ) photo:Makoto.AYANO


短く厳しい山岳レースの常として、レースが激化した場合は遅れる選手がタイムカットに怯えながら走ることになる。トップ選手のフィニッシュタイムの11%以上遅れるとタイムアウトで失格。平均時速30〜36km/hで計算すると30〜36分遅れると失格になり、ツールを去らねばならない。

山間の小村をつなぐ生活道路を抜け、断崖をよじ登り、谷へと急降下し、再びつづら折れのスイッチバックで登る。そんな走りが続く。断続的に降る雨が路面を濡らす。路面を濡らす雨は落車の危険を増すが、同時に暑さにのぼせ上がる選手たちへの冷却効果もある。

1級山岳ショシー峠を登る第1集団1級山岳ショシー峠を登る第1集団 photo:Kei Tsuji
クロワ・ド・フェール峠の山岳ポイントを通過するメイン集団クロワ・ド・フェール峠の山岳ポイントを通過するメイン集団 photo:Makoto.AYANOレース後半になってラ・トゥッスイールに登る頃より雨が降りだしたレース後半になってラ・トゥッスイールに登る頃より雨が降りだした photo:Makoto.AYANO

雨の降り出したラ・トゥッスイール峠を登るグルペット集団雨の降り出したラ・トゥッスイール峠を登るグルペット集団 photo:Makoto.AYANO
1級山岳ショシー峠はミシュランの詳細地図上でも確認できないような小道。15kmと長い最初の上りで、プロトンは一団となって登り始める。
いつもなら急勾配ですぐに遅れる重量級選手たちも、「絶対に遅れまい」と、いつも以上に喰い下がる。脱落して独りになるのは避けなければいけない。少しでも良いグループに着いて行ければ、そして今日と明日の2つの山場を耐えれば、シャンゼリゼにたどり着ける。しかしそれは容易なことじゃない。


不発に終わったプリートのアタック マイヨアポワはバルデの手に

ショシー峠でさっそく飛び出した”プリート” ホアキン・ロドリゲス(カチューシャ)。マイヨ・アポワ獲得に向け当然予想されたとおりの動きだ。しかしプリートの勢いはその後が続かなかった。超級山岳クロワ・ド・フェール峠で総合争いの集団に捕まり、脱落。ついていくことができなかった。生じたチャンスにすかさずポイント獲得に向け動くロメン・バルデ(AG2Rラモンディアール)。プリートは苦しみに顔を歪ませてと超級山岳を登る。

チェコの国旗を持ってゼネク・スティバルを応援チェコの国旗を持ってゼネク・スティバルを応援 photo:Makoto.AYANO自転車で走りながらツールを観戦する日本からのサイクリングツアーの皆さん自転車で走りながらツールを観戦する日本からのサイクリングツアーの皆さん photo:Makoto.AYANO

グランドン峠にアメリカン・ヒーローが集結グランドン峠にアメリカン・ヒーローが集結 photo:Makoto.AYANOポーランドのリアルな応援(クヴィアトコウスキーはもう居ません)ポーランドのリアルな応援(クヴィアトコウスキーはもう居ません) photo:Makoto.AYANO


超級山岳クロワ・ド・フェール峠へ向けては、昨日バルデが勝利に向けて下ったグランドン峠を逆側から上り、三叉路になっている峠からの分岐道で登る。快晴・外界の暑さだった翌日から一転、プロトンが通過する時間にかけて「鉄の十字架」を意味する峠には暗雲が垂れこめた。コンタドールが「チャンスを生む」として待ち望んだ雨は降らなかったが、肝心のコンタドールは自身最悪の不調で、脚の攣りで一日中を苦しんでいたことをレース後に明かしている。

ロランを追って抜けだしたニーバリ。マイヨジョーヌ集団の中で連日もっともアグレッシブにアタックを仕掛けてきたが、チームスカイらの厳しいマークにあい、いずれも実らずにいた。チームからはリーダーの座も解かれた昨年のツール覇者は、ステージ優勝を欲していた。スカルポーニとカンゲルトの二人の協力なチームメイトにアシストされ、難関ステージで勝利するなら早めのタイミングで、というセオリー通りのアタック。そして卓越したダウンヒルテクニックが切望した勝利を呼び寄せた。

ラ・トゥッスイール峠のラスト5kmを独走で登るヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)ラ・トゥッスイール峠のラスト5kmを独走で登るヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ) photo:Makoto.AYANO
ツール序盤に続いた不調。第1週に思うように上がらなかった体調に、最初の頂上フィニッシュでクラック(脱落)してタイムを失った。不調が続いていたが、ようやく強いニーバリが帰ってきた。昨年のツールを勝ったのにここまで苦しんだ。コンタドールもジロに勝ったのに苦しんでいる。なぜ? との問いに、ニーバリは応える。
「今週はようやく昨年と同じようなリズムが刻めるようになってきたが、それでもまだ”爆発的”な体調とまではなっていない。僕らは機械じゃなくて人間だ。だから昨年と比較して推し量ることはできない。コンタドールもジロ明けの疲れで本来の力が出せていない。僕らはいつだって勝てるわけじゃないんだ」。

的確だったキンタナのアタック フルームとの差2分38秒でラルプデュエズに向かう

ナイロ・キンタナ(モビスター)がラ・トゥッスイール峠でヴィンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ)を追うナイロ・キンタナ(モビスター)がラ・トゥッスイール峠でヴィンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ)を追う photo:Makoto.AYANO

ラ・トゥッスイールの頂上まで5kmを残してのナイロ・キンタナ(モビスター)のアタックは的確だった。アシスト体制を欠き、グループ後方に孤立して居たフルームに対し、前方3番手からアタック。図ったことかは分からないが、フルームの前に居たバルベルデがブリッジをかけるラインを塞ぐ格好になった。一度ついた差は詰めるのに苦労するもの。フルームを引き離すことに成功し、ラ・トゥッスイール山頂へとへ逃げ切った。

ラ・トゥッスイール峠でニーバリとキンタナに続くクリス・フルーム(チームスカイ)ラ・トゥッスイール峠でニーバリとキンタナに続くクリス・フルーム(チームスカイ) photo:Makoto.AYANO総合8位をキープしたマティアス・フランク(スイス、IAMサイクリング)総合8位をキープしたマティアス・フランク(スイス、IAMサイクリング) photo:Makoto.AYANO


フルームに対して30秒を取り返したキンタナ。ボーナスタイムにより総合でのタイム差を2分38秒に詰めた。
「2013年同様、第3週にかけて調子が上げる」と語っていたとおり、フルームを凌ぐ強さをようやく見せ始めている。ラルプ・デュエズを前に、2分38秒はフルームにとって十分な差とは言いがたいものがある。
最後の山岳、ラルプデュエズに向かうキンタナは、「オール・オア・ナッシング、つまり「イチかバチか」で、もっと強力なアタックを掛けていくつもりだ。

メカトラにつけ込んだ? ニーバリのアタックにフルームが怒る

的確な計算と終日続けた努力。タイムカットを免れたグルペット集団がラ・トゥッスイールに辿り着いたと同時に大粒の雨が降りだした。雨は熱で融けだしたアスファルトを固めてくれるものだが、クロワ・ド・フェールでは役に立たなかった。

不満げな表情を見せるクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)不満げな表情を見せるクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ) photo:CorVosずぶ濡れのプレスセンターで、マイヨジョーヌを着て記者会見に臨むフルームはクロワ・ド・フェール峠でのニーバリのアタックを批判した。フルームが溶けたアスファルトで巻き上げた小石をリアブレーキとフレームの間に巻き上げ、挟み込んだ。それを取り除こうとストップするタイミングで、ニーバリがアタックしたというのだ。

フルームは話す。「自分の意見では、それはスポーツマンらしくない行為だ。ニーバリはいつでもアタックできたのに、よりによって僕がメカトラを起こしているときに動いた。他の選手から聞いたが、彼は僕の方を振り返って、それからアタックしたというんだ」。

この行為について、フルームはゴール後にニーバリに駆け寄り、不満をストレートにぶつけたという。フルームとニーバリの口論は、第6ステージのル・アーブルへのフィニッシュ1km手前で落車したときに起こしたいざこざに次ぐ2度めだ。トニ・マルティンのリタイアにつながったその落車の原因をフルームがつくったと思いこんだニーバリに対し、否定するフルームがアスタナのバスに居たニーバリのもとに駆け込んで釈明した件。

クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)のメカトラをヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)が確認クリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)のメカトラをヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)が確認 photo:Tim de Waele
ストップするクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)と、アタックするヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ)ストップするクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)と、アタックするヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、アスタナ) photo:Tim de Waele
今回はTVインタビューゾーンに居たニーバリにフルームが駆け寄り、アタックしたことへの文句を言ったという。その話の内容について、ニーバリは「その言葉は口論のうえで出た言葉だから、僕が繰り返すには不適切。ここに明かすことはできないよ」と話す。「でも、彼は僕にとても怒っていた。でも僕には何のことか分からなかった。彼が僕のところに来た時、何も応えられなかったんだ。無線も聴こえなかったし、情報がなかったんだ。振り返ったのは後ろのカンゲルトを探しただけ。議論することはできたけど、したって何も変わらない」とも。

総合で遅れているニーバリが、フルームに対してアタックしても状況は大きく変えることはできない。ニーバリが今総合順位を争っているのはバルベルデとコンタドールだ。

ニーバリはフルームがメカトラを起こしたからアタックしたのか、たまたまの偶然のタイミングなのか? ニーバリのコメントの真意は闇の中だが、メカトラブルとアタックの瞬間を捉えたベルギーのフォトグラファー、ティム・ドワール氏の連続写真は、ニーバリがカンゲルト越しに困難に陥ったフルームの様子を明確に捉えている。


text:Makoto.AYANO in FRANCE
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos