2014/06/01(日) - 15:55
泣く子も黙る、ということはないと思う。泣く子はもっと泣いてしまいそうな勾配が続くモンテゾンコラン。他のレースでは考えられないようなギア比で選手たちが登っている。「地獄への門」と呼ばれる激坂を登りきると、天国のような青空と大歓声が待っていた。
ガゼッタ紙の一面は、マリアローザを守ったナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)ではなく、総合3位に浮上したファビオ・アル(イタリア、アスタナ)の写真が踊った。ページをめくった見開きもアル特集。キンタナには申し訳ないが、やはりイタリア勢の活躍がイタリアを盛り上げる。
アルが総合表彰台に登ることで、アスタナのジュゼッペ・マルティネッリ監督は来年の役職を守ることが出来たらしい。
ジロはヴェネト州からフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州に入った。イタリアに5つある特別自治州の一つで、地名がフリウリ語とイタリア語の二重表記となる。なお、州の名前にヴェネツィアが入っているが、水の都ヴェネツィアはヴェネト州にあるので注意。
モンテゾンコランの頂上は観客と雪に覆われていた。標高1750mの頂上から20mほど下がったところに峠があり、そのてっぺんにフィニッシュゲートが所狭しと置かれている。好天に恵まれたことと、アルの活躍が後押しして、いつも通り多くの観客がゾンコランの頂上に詰めかけた。
他の山頂フィニッシュと同様に、ゾンコランも売り出し中のスキー場だ。中腹にリゾートホテルがあり(そこにプレスセンターが置かれる)、頂上までリフトが伸びているパターン。高低差1000m以上の斜面が麓まで続いている。
ゾンコランはこれまでジロに5回登場しているが、最終日前日、つまりマリアローザ争いの最終決戦地になるのはこれが初めて。
ジロに初登場したのは2003年で、当時は登坂距離13.5km/平均勾配8.9%という比較的緩い東側からの登坂だった。現在と同じ西側が定番化したのは2007年のこと。当時ステージ優勝したジルベルト・シモーニの39分03秒という登坂タイムは未だに破られていない。
道が狭く、勾配がキツすぎるため、重機やトレーラーによる作業が難しい。そのためフェンスが設置されているのは残り300mだけ。そこから下は、地元のボランティアと山岳警備隊が列をなしてバリケードを作る。蛍光イエローと迷彩カラーの制服が細い峠道にズラッと並ぶ光景はゾンコランならではだ。
瞬間的に最大勾配が22%に達する坂は世界中どこにでもあるが、延々と20%オーバーが続く登りは簡単に見つからない。日本では富士山のあざみラインが近い。スペイン名物、最大勾配23.5%のアングリルと比較されがちだが、休み所がない点でゾンコランが最も厳しいという選手は多い。「地獄への門」という通称がしっくりくる。
アングリル:登坂距離12.2km・高低差1245m・平均勾配10.2%・最大勾配23.5%
ゾンコラン:登坂距離10.1km・高低差1200m・平均勾配11.9%・最大勾配22%
あざみライン:登坂距離11.4km・高低差1126m・平均勾配10.5%・最大勾配22%
この激坂対策として、ほとんどの選手がコンパクトクランク&ビッグスプロケットを使用。182.5mmのクランクを使用するアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)は「この長さのクランクでコンパクトのラインナップがない」という理由で泣く泣くノーマルクランク。
トレックファクトリーレーシングは、インナーに36Tを入れたエースのロベルト・キセロフスキー(クロアチア)を除いて、全員が34x32Tという「1:1」に近いギア比を準備。さすがにトリプルクランクは登場しなかったが、どのチームも考えうる限りで最も軽いギア比を準備した。
このモンテゾンコランを最速で登ったのはマリアローザのキンタナだった。キンタナの平均スピードは14.56km/hで、VAM(平均登坂速度)は1730m/h。キンタナの登坂タイムはシモーニの最速タイムより2分ほど遅い41分37秒。ステージ優勝したロジャースの登坂タイムはそこから3分ほど遅い。
「涼しい顔をしているように見えるかもしれないけど、内側では酷い痛みに耐え続けているんだ」。苦しい表情を見せることなくマリアローザを着てジロの山岳を乗り切ったキンタナが、いよいよトリエステに凱旋する。コロンビアンジロがまもなく終わりを迎える。
text&photo:Kei Tsuji in Monte Zoncolan, Italy
ガゼッタ紙の一面は、マリアローザを守ったナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)ではなく、総合3位に浮上したファビオ・アル(イタリア、アスタナ)の写真が踊った。ページをめくった見開きもアル特集。キンタナには申し訳ないが、やはりイタリア勢の活躍がイタリアを盛り上げる。
アルが総合表彰台に登ることで、アスタナのジュゼッペ・マルティネッリ監督は来年の役職を守ることが出来たらしい。
ジロはヴェネト州からフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア自治州に入った。イタリアに5つある特別自治州の一つで、地名がフリウリ語とイタリア語の二重表記となる。なお、州の名前にヴェネツィアが入っているが、水の都ヴェネツィアはヴェネト州にあるので注意。
モンテゾンコランの頂上は観客と雪に覆われていた。標高1750mの頂上から20mほど下がったところに峠があり、そのてっぺんにフィニッシュゲートが所狭しと置かれている。好天に恵まれたことと、アルの活躍が後押しして、いつも通り多くの観客がゾンコランの頂上に詰めかけた。
他の山頂フィニッシュと同様に、ゾンコランも売り出し中のスキー場だ。中腹にリゾートホテルがあり(そこにプレスセンターが置かれる)、頂上までリフトが伸びているパターン。高低差1000m以上の斜面が麓まで続いている。
ゾンコランはこれまでジロに5回登場しているが、最終日前日、つまりマリアローザ争いの最終決戦地になるのはこれが初めて。
ジロに初登場したのは2003年で、当時は登坂距離13.5km/平均勾配8.9%という比較的緩い東側からの登坂だった。現在と同じ西側が定番化したのは2007年のこと。当時ステージ優勝したジルベルト・シモーニの39分03秒という登坂タイムは未だに破られていない。
道が狭く、勾配がキツすぎるため、重機やトレーラーによる作業が難しい。そのためフェンスが設置されているのは残り300mだけ。そこから下は、地元のボランティアと山岳警備隊が列をなしてバリケードを作る。蛍光イエローと迷彩カラーの制服が細い峠道にズラッと並ぶ光景はゾンコランならではだ。
瞬間的に最大勾配が22%に達する坂は世界中どこにでもあるが、延々と20%オーバーが続く登りは簡単に見つからない。日本では富士山のあざみラインが近い。スペイン名物、最大勾配23.5%のアングリルと比較されがちだが、休み所がない点でゾンコランが最も厳しいという選手は多い。「地獄への門」という通称がしっくりくる。
アングリル:登坂距離12.2km・高低差1245m・平均勾配10.2%・最大勾配23.5%
ゾンコラン:登坂距離10.1km・高低差1200m・平均勾配11.9%・最大勾配22%
あざみライン:登坂距離11.4km・高低差1126m・平均勾配10.5%・最大勾配22%
この激坂対策として、ほとんどの選手がコンパクトクランク&ビッグスプロケットを使用。182.5mmのクランクを使用するアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)は「この長さのクランクでコンパクトのラインナップがない」という理由で泣く泣くノーマルクランク。
トレックファクトリーレーシングは、インナーに36Tを入れたエースのロベルト・キセロフスキー(クロアチア)を除いて、全員が34x32Tという「1:1」に近いギア比を準備。さすがにトリプルクランクは登場しなかったが、どのチームも考えうる限りで最も軽いギア比を準備した。
このモンテゾンコランを最速で登ったのはマリアローザのキンタナだった。キンタナの平均スピードは14.56km/hで、VAM(平均登坂速度)は1730m/h。キンタナの登坂タイムはシモーニの最速タイムより2分ほど遅い41分37秒。ステージ優勝したロジャースの登坂タイムはそこから3分ほど遅い。
「涼しい顔をしているように見えるかもしれないけど、内側では酷い痛みに耐え続けているんだ」。苦しい表情を見せることなくマリアローザを着てジロの山岳を乗り切ったキンタナが、いよいよトリエステに凱旋する。コロンビアンジロがまもなく終わりを迎える。
text&photo:Kei Tsuji in Monte Zoncolan, Italy
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