青々とした葡萄畑が見えなくなるほどの雨が降った。しかもアイルランドのようなシトシト雨ではなく、どっさりとした雨。だが濡れた路面なんて関係ないほど、リゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ)の走りは飛び抜けていた。



葡萄畑の間を縫うアップダウンコース葡萄畑の間を縫うアップダウンコース photo:Kei Tsuji


多くのエノテカ(ワイン専門店)が並ぶバローロの街多くのエノテカ(ワイン専門店)が並ぶバローロの街 photo:Kei Tsujiバローロの一帯には、丘と言うよりも山と呼ぶべき規模の起伏が延々と連なっている。そのほとんどが葡萄畑に覆われており、まだ実を付けていない若々しい樹々が整然と並んでいる。その昔、トラットリアでビールを注文したら店員に説得されてワインに変更させられたほど、この地域はワイン一色だ。

バルバレスコからバローロまで、ワインのタイムトライアルバルバレスコからバローロまで、ワインのタイムトライアル photo:Kei Tsuji午前10時のコースオープン前から試走を行なったのはダリオ・カタルド(イタリア、チームスカイ)で、カデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシング)らがその後に続く。全く追い込まずに涼しい顔で走っているにも関わらず、付いて行こうと必死なアマチュアサイクリストが、たぶん昨晩飲んだワインの量に少し後悔しながら、世界の終わりみたいな顔をして千切れて行く。

葡萄畑の間を縫うアップダウンコース葡萄畑の間を縫うアップダウンコース photo:Kei TsujiTTバイクで試走する選手もいれば、ノーマルバイクで試走する選手もいる。チームカーの助手席でコースをチェックする選手も多かった。テクニカルなコースだが、ほとんどの選手はTTバイクにディスクホイールというノーマル仕様で走った。

気温は20度。選手が試走した午前中は気持ちのよい初夏の空気に包まれていたが、正午が近づくにつれて雨雲が登場する。第一走者のスヴェイン・タフト(カナダ、オリカ・グリーンエッジ)がスタートする頃にポツリポツリと小雨が降り出し、やがて本降りに。試走時とは全く性質の異なるコースになった。

黒い車が真っ白になるほど、白い車が真っ黄色になるほどの、粒子の細かい砂を含んだ雨。これは日本の黄砂にあたる大陸から運ばれてきた砂だ。「シロッコ(ホイールじゃなくて風の名前です)」と呼ばれる南風によって、アフリカのサハラ砂漠から運ばれてきた砂がイタリアに舞い降りる。見上げると、空に広がる雨雲がどこか褐色がかっていて気持ち悪い。

なお「シロッコ」は「ギブリ」とも呼ばれる。これもホイールじゃなくて風の名前(ボーラはまた違う風の名前)。イタリアには「ギブリ」の名前に由来するものが多数存在しており、マセラティの車種名になったり、イタリア空軍の軍用偵察機(カプローニ社製造)の名前になったり。日本のスタジオジブリの名前はこの軍用偵察機が由来だ。



中盤にかけて激しい雨が叩き付けるように降る中盤にかけて激しい雨が叩き付けるように降る photo:Kei Tsuji
今年もアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)のピースサインは健在今年もアダム・ハンセン(オーストラリア、ロット・ベリソル)のピースサインは健在 photo:Kei Tsuji


強い雨の中でのレースとなった別府史之(トレックファクトリーレーシング)強い雨の中でのレースとなった別府史之(トレックファクトリーレーシング) photo:Kei Tsujiちょうど別府史之(トレックファクトリーレーシング)がスタートする頃、そして新城幸也(ユーロップカー)が残り3kmに差し掛かる頃、叩き付けるような強い雨が降った。

雨の中を走る新城幸也(ユーロップカー)雨の中を走る新城幸也(ユーロップカー) photo:Kei Tsuji登りコーナーでリアタイヤを滑らせて落車しそうになる選手もちらほら。これは別府も例外ではなく「最初の登りでタイヤが滑っていた」と言う。おそらく雨が砂を含んでいたことも影響している。

どこからかピンクのオオカミが登場どこからかピンクのオオカミが登場 photo:Kei Tsuji一時はカメラのISOを2000まで上げる必要があるほど暗くなり、チームカーのヘッドライトが真っ黒な路面に反射し、雷鳴が鳴り響き、葡萄畑の丘に目映い稲妻が何本も走った。観客たちは軒先に逃げ込むか、貴重な傘の下で身を寄せあいながら声援を送っていた。本当にバケツをひっくり返したような雨が数分続いた。

41.9kmを最速タイムで走り終えたリゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ)41.9kmを最速タイムで走り終えたリゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Kei Tsuji総合上位陣がスタートする頃には路面は乾き始めていた。とは言ってもほぼウェットな状態。総合トップ20の選手たちの間にそこまで大きなコンディションの差は無い。他の選手がダンシングも混ぜるような登りでも、リゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ)はDHバーを握り、アウターリングを踏み続けた。

初めてマリアローザを獲得したリゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ)初めてマリアローザを獲得したリゴベルト・ウラン(コロンビア、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Kei Tsuji対してマリアローザはインナーリングを多用していた。総合上位陣の中で、5%ほどの登りをインナーで登っていたのは、確認出来る範囲でカデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシング)とスティーブ・モラビート(スイス、BMCレーシング)、ファビオ・アル(イタリア、アスタナ)だけ。このインナー派は軒並みタイムを落としている。

表彰台で何度も天を仰ぎながら、想像を絶する達成感に包まれながら、マリアローザを受け取ったウラン。ツール・ド・フランスでは2003年にビクトル・ペーニャが、ブエルタ・ア・エスパーニャでは2001年にサンティアゴ・ボテーロがリーダージャージを着ているが、コロンビア人がマリアローザを獲得するのはこれが初めて。

仕事を忘れて興奮しているコロンビア人メディアたちに、表彰台の上からウランはウインクを送った。

今年は実に14名ものコロンビア人選手が出場しており(オーストラリアやスペインより多い)、さらにナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)といった注目選手も揃ったことから、遥々コロンビアからやってきたコロンビアメディアの数が例年よりもずっと多い。プレスセンターではイタリア語に次いでスペイン語が飛び交っている。

昨年ウランはリタイアしたブラドレー・ウィギンズ(イギリス)に代わってマリアローザを狙い、第10ステージで優勝するとともに総合2位に。登坂力は申し分無く、スプリント力もある。エヴァンスが警戒すべきコロンビア人選手は、呼吸に問題を抱えるキンタナではなく、ウランだった。

2014年ジロの前半はオーストラリア、後半はコロンビアの快進撃となるのか。この日のタイムトライアルでトップ10に4名を送り込んだオメガファーマ・クイックステップ。マリアローザ防衛の準備は出来ている。

text&photo:Kei Tsuji in Barolo, Italy