第14ステージといえば、1996年に日本人初の近代ツール・ド・フランス出場を果たした今中大介さんがリタイアしたステージ。この日2人が完走すれば日本人のステージ完走記録を更新する。

14の数字を越える2人の日本人

新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)と別府史之(日本、スキル・シマノ)新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)と別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayanoしかし2人には今日とくにそういう意識は無いようだ。ユキヤは言う「とくにぜんぜん意識していません。それは明日が終わっても同じだと思います。14(ステージ)で終わろうが3で終わろうが一緒だと思うんです。パリまで行かなければ意味がありません」。

フミは言う「僕は完走することやステージを狙うことだけ考えて走っていますから。日本人の記録というのはとくに意識はしませんね」と言う。

クリスティアン・プリュドム氏と握手する別府史之(日本、スキル・シマノ)クリスティアン・プリュドム氏と握手する別府史之(日本、スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano休息日にユキヤが「完走すること以上にステージ優勝を狙っているし、もしステージ優勝できれば完走は要らない」とまで言い切っていたことはお伝え済み。
今中さんの記録はパイオニアとして偉大だが、若い2人は今、別次元の目標に向かって走っているようだ。

ツールの総合ディレクターであるプリュドム氏も通りがかって握手を求める。プリュドム氏はジャーナリスト出身であるし、こうした記録や日本人選手を取り巻くフィーバーぶりはASO関係者もしっかりと把握している。

順調に差を開いた逃げ集団

少しドイツっぽい街並もツール・ド・フランス一色少しドイツっぽい街並もツール・ド・フランス一色 photo:Makoto Ayanoドイツの色を濃く残すアルザス地方の街コルマールを出発するプロトン。旧市街の木組みの家並みにツールを歓迎するデコレーションはなんとも絵になる。そしてまた昨日と同じようにスタートと同時に降り出す雨。今日は降ったり止んだりをブザンソンのゴールまで繰り返すことになった。

中間スプリントを欲していたのはフースホフトとサーベロテストチームであったことは明らか。その動きを先制して14km地点からの逃げに出ようとしたのがカヴェンディッシュだ。しかしチオレック(ミルラム)とベンナーティ(リクイガス)が含まれる逃げグループの中では歓迎されず。後退して集団に吸収。決まった12人の逃げは強力なものだった。最初の1時間の平均時速は49.8km/hにのぼり、またしても最速記録を更新した。

ロッシュが逃げに入ったことでアージェードゥーゼルはメイン集団のコントロールをする必要がレース後半まで無くなった。チームコロンビアはヒンカピーを送り込んだことで捉まるまでは仕事をしない。逃げを追うのは逃げに入れなかったチームと、アスタナ。ブイグテレコムもユキヤをはじめ逃げグループを追うべく仕事をしたが、追走の強力な意思がもちにくいメイン集団と逃げ集団の差は一時9分台にまで大きく開いた。

いぶし銀のイワノフ、経験の勝利

独走のままゴールに飛び込むセルゲイ・イワノフ(ロシア、カチューシャ)独走のままゴールに飛び込むセルゲイ・イワノフ(ロシア、カチューシャ) photo:Cor Vos逃げグループの中で先頭を引く必要がなかったロッシュのアタック、クリストフ・ルメヴェル(フランセーズデジュ)のアタックを経て、一際パンチ力のある逃げを見せたセルゲイ・イワノフ(カチューシャ)。アタック合戦を経て他の選手に疲れが見終えた頃に、満を持した強力なアタックに出て逃げを決める。まるでアムステルゴールドレースでの勝利のように、後ろを振り向かず、ただひたすらにペダルを踏み、逃げ続けた。

イワノフは34歳の大ベテラン。2001年のエクス・レバンでの勝利から8年の時を経て、ふたたびツールでのステージ優勝。今年はロシアチャンピオンも獲得して、ナショナルジャージを着ている。
「アムステル、ツールの勝利、そしてロシアチャンピオン...どれもが僕にとって素晴らしいもので比べられない」と、流暢な英語で話す。

ベテランといえばお決まりの質問。「年齢とともに強くなっている秘密は何か?」と訊かれたイワノフは言う

「秘密は秘密だから教えられない(笑)。僕は何年もプロとして走ってきて、経験を積んでいる。いい経験と同時に、負けた経験も役に立っている。それらの積み重ねだ。今日勝ったのも僕が一番強かったからじゃない。一番経験があったからだ」。


カヴの降格ラフプレイ

フースホフトらとスプリントを繰り広げるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)フースホフトらとスプリントを繰り広げるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC) photo:Makoto Ayano逃げグループがゴールして、後続メイン集団の到着を待つ。ヒンカピーのマイヨジョーヌの可能性の前に、13位フィニッシュのポイントを争うカヴェンディッシュとフースホフトの戦いにまずは注目が集まった。

カヴェンディッシュはスプリントで集団の先頭を取るが、フースホフトの姿を後ろに確認しようと何度か逆を向く挙動不審なスプリント。フースホフトの姿は逆の右背後にあった。

マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)に文句を言うトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ)マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームコロンビア・HTC)に文句を言うトル・フースホフト(ノルウェー、サーヴェロ) photo:Makoto Ayanoこのスプリントに至る走りに対し、フースホフトが審判に抗議した。これが認められ、カヴがフースホフトの進路にかぶせてバリアに追いやったとして降格処分になったのだ。

カヴは集団最後尾の順位への降格と、この獲得ポイントも当然取り消し。フースホフトは獲得した16点まるまる差をつけ、カヴに18点差の218点でマイヨヴェールを守った。ここにきてこの差は大きい!

フースホフトは言う「僕が彼を抜くことは出来たはずだった。僕が近づくのを振り返って見た彼は、僕をバリアへ向けて追いやろうとした。僕はブレーキをかけなければいけなかったんだ。彼が僕よりも強いことはオーケー、認めよう。でもそんなルールを守らない闘い方はフェアじゃない」。


幻となったヒンカピーのマイヨジョーヌ

マイヨジョーヌ着用に望みを繋いだジョージ・ヒンカピー(アメリカ、チームコロンビア・HTC)マイヨジョーヌ着用に望みを繋いだジョージ・ヒンカピー(アメリカ、チームコロンビア・HTC) photo:Cor Vos逃げ切ったグループの中で総合上位はジョージ・ヒンカピー(チームコロンビア)。5分28秒遅れの総合28位。終盤まで差が開きすぎたことでヒンカピーにマイヨジョーヌが移ることはほぼ確実になったと思えた。

イワノフから16秒遅れでゴールしたヒンカピーは、担当に付き添われて表彰台の裏へと駆け込んでいた。タイム差の大きさとアージェードゥーゼルの力が弱っていたことで、ヒンカピーは十分なマージンを持ってマイヨジョーヌを手にするだろうと思われた。しかしそれは起こらなかった。

ノチェンティーニを含むメイン集団が5分41秒差でゴールすればマイヨジョーヌはヒンカピーのもの。しかし5分36秒でゴールした。5秒差でマイヨジョーヌに手が届かず。

ゴールが迫り、チームコロンビアがカヴェンディッシュのためにスプリントの列車を組んでスピードを上げざるを得なかったのも皮肉な結果を招いた。


ガーミンとコロンビアのライバル関係がマイヨジョーヌを阻止した?

先にゴールしたジョージ・ヒンカピー(アメリカ、チームコロンビア・HTC)がメイン集団を待つ先にゴールしたジョージ・ヒンカピー(アメリカ、チームコロンビア・HTC)がメイン集団を待つ photo:Makoto Ayanoそしてラスト50kmから先頭を引き続けたアージェードゥーゼルの、なぜか手伝いに回ったのがガーミン・スリップストリームだった。3人が先頭に送り込まれ、先頭を引いた。ファラーのための列車? いや、アージェードゥーゼルを助けるためにしか見えなかった。この動きには疑問の声が上がる。「ガーミンが引く意味が分からない」と。

フースホフトもカヴへの抗議についてのインタビュー中にこのことについて訊かれると、「それがなぜかは分からなかった。ガーミンの選手とはとくに話はしなかった」

チームメイトとマイヨジョーヌキープを喜ぶリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル)チームメイトとマイヨジョーヌキープを喜ぶリナルド・ノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼル) photo:Makoto Ayanoおかげでマイヨジョーヌを守れたノチェンティーニは言う「(ガーミンが手伝ってくれたのは)なぜか分からない。だめかと思って諦めかけていたけど、それが大いに助けになったのは確か」

ガーミンの謎の行動。この背景にはガーミンとチームコロンビアの、アメリカチーム同士のなかのライバル関係があると言われる。チームコロンビアは春から連戦連勝ですでに60勝を上げている。ところがガーミンは10勝に満たない。そのことで(妬んで)チームコロンビアがヒンカピーのマイヨジョーヌを阻止する動きを見せたのではないか、と。

チームコロンビア・HTCのボブ・ステイプルトンGMチームコロンビア・HTCのボブ・ステイプルトンGM photo:Makoto Ayanoガーミンのマシュー・ホワイト監督は、ウィギンスがヴィッテルにゴールするステージで落車の中切れの影響を受けて15秒のタイムを失ったことを例に挙げ、「ゴール前に一番安全なのは先頭にいること」と話したようだが、それが説得力ある理由ととる監督はひとりもいなかった。

チームコロンビアのGM、ステイプルトン氏は、カヴの降格とあわせかなり頭にきている様子で話す。
「ガーミンがアージェードゥーゼルを引く理由などない。ジョージにイエロージャージをを取らせたくなかったんだろう。まったくがっかりだ。たしかに我々はすでに60勝していて、彼ら(ガーミン)はまだ10勝に満たない。我々がジャージを着るを見るのは、もううんざりなんだろう。でもジョージに対してそういうアクションを取るのは私には正しいとは思えない。彼はアメリカでもっとも好かれている選手で、(アームストロングに次いで)2番目に有名だ。

いつか(ジョナサン・)ヴォーターズ(ガーミンGM)と話をしなければいけない。ボスのダグ・エリスとも話をしなくては。彼ならまだ進んだ考えをもっているだろう。もし私が彼らの立場だったら、なぜ追う必要がある? なぜ理由も無くチームのエネルギーを浪費する必要がある? ジョージからマイヨジョーヌを取り上げるということが目的の、がっかりな戦略だ」。

ジロ・デ・イタリアでも似た舌戦はあった。ジロ開幕タイムトライアルは、チームコロンビアとガーミンが優勝候補だった。臨む抱負として「我々のレースは今始まる」と宣言したガーミンを、カヴェンディッシュが嘲笑した。「春からすでに50勝を挙げているコロンビアを前にして言う言葉じゃない。レースやスポンサーに対するリスペクト(尊敬)の念が無い」と。
今回の行動はその一連のケンカの仕返しではないか。そう見る向きが多い。


日本人完走ステージ数の記録更新

メイン集団内でゴールする新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム)メイン集団内でゴールする新城幸也(日本、Bboxブイグテレコム) photo:Makoto Ayano問題なく完走したフミ&ユキヤの2人。ゴール後にベルギーの生放送のテレビ番組に出演したばかりのフミに話が聞けた。逃げに乗れなかったことが悔しそうだが、スキル・シマノはティマーが逃げに乗ったことでチームとしてはいい展開だった。

「疲れは感じていない。調子はますます良くなっている感じです。体調的にはすごくいいので、何日間も走っているという感じはないですね。明日の山岳ステージは、休息日が控えているので力を出し切りたいです」。

−パリは見えてきた?

「それよりも一日一日をこなすことでパリは見えてくると思うので、一日一日を大切に走りたいです」。

日本人完走記録の更新はまったく問題なくクリアできそうだ。


警ら隊のオートバイが観客をはねる事故

3級山岳を越えるメイン集団3級山岳を越えるメイン集団 photo:Cor Vosステージ途中で悲劇が起こってしまった。逃げ集団に続いて走っていたジャンダルムリー(警ら隊)のオートバイが突然道を横切ろうと飛び出した61歳の婦人を撥ねてしまった。そしてオートバイはそのまま滑って別の観客2人にも怪我を負わせてしまった。撥ねられた婦人は搬送先の病院で帰らぬ人となってしまったという。

こうした事故は残念ながらツールにはつきもの。猛スピードで走る選手たちの集団を一目見ようと、あるいは別のところから観ようとして、観客たちは身を乗り出し、コースにはみ出る。柵があるわけでなく、手を伸ばせば届く距離にプロトンとはいる。その前後にはオートバイと無数の関係車両が続いて走っている。しばしば観客たちは選手だけしか見ていない。

道路上の事故といえば、昨ステージではオスカル・フレイレ(スペイン、ラボバンク)とジュリアン・ディーン(ニュージーランド、ガーミン・スリップストリーム)がコース外から空気銃のようなもので撃たれ、軽傷を負った。おそらく16,17歳の少年らが木影から撃った疑いが強いとされている。朝の質問がフレイレに集中したが、「何かが当たったところがまだ痛いけど、レースに影響は無い。忘れよう」とフレイレ。

アクシデントが続いたことでプロトンの前後はややナーバスになりそうだ。