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「レースバイクに乗りたい」という足かせを外すと、ひょっとしたら、今までとは違う景色が見えるのかもしれない。スペシャライズドのAethosは、自分にとってはそんな一台だった。Aethosを迎えたCWスタッフの私、磯部が感じたこと、そして見えたものとは。



朝イチの仕事を終え、いそいそと準備を済ませてAethosを外に連れ出した。

まだ10月末だというのに、山に面したアスファルトは夜露で濡れ、本格的な冬の訪れが近いことを示している。寒さに苦しめられず快適にライドできるチャンスは、もはやそう多くはないだろう。


最初に「スペシャライズドから超軽量ロードが出る」と聞いたのは、正式デビューの3ヶ月ほど前だっただろうか。思い返せばエアロロードの覇権を握ったVangeがラインナップから消えたタイミングだったし、そして、なんといってもプロレースを想定しないアマチュア向けハイエンドモデルという斬新すぎるコンセプト。一見、スペシャライズドのステートメント「INNOVATE OR DIE」(革新か、さもなくば死を)の対極をなすかのようなフォルムに疑問すら感じたことを覚えている。

初代Venge、Allez Sprint、そしてファクターのONEと、エアロロードばかり選んできた自分にとって、シンプルすぎるAethosは当初「すごいものが出たけれど、自分のバイクじゃない」と思い込んでいた。でも、気づけばメインユースバイクはサテンブラックのS-WORKS Aethosに変わっている。当時飛びつかなかったモノが2年を経た今手元にあるということが、サイクリングメディアの人間として、なんとも不思議な気がしてならないのだ。

日本時間の前夜遅くにフィニッシュしたヨーロッパレースのレポートを、少し早起きして仕上げるのが私の週末ルーティーン。だから朝早くライドに出かけるのは難しいけれど、その代わりに私が住む埼玉県の飯能(の山間)なら、たった1時間でも濃密なルートを組むことができる。スポーツバイクを愛する者としての田舎暮らし最大のメリットと言えるだろう。

朝食を流し込み、着替えを済ませ、妻と愛犬に見送ってもらって家を出た。さあ、今日はどの峠を目指そうか。




谷間に沿う清流沿いの平坦路で身体を暖め、バイクとの波長が合ってきた頃には、道の左右に聳える尾根と尾根の距離はだいぶ近くなってくる。そんな風景が本格的な峠が近いことを告げていた。

メインルートを右に曲がるとすぐ登坂に取り掛かる。たった2.5kmほどだが、ここは平均勾配10%弱とほどほどパンチの効いた峠だ。息を上げ、針葉樹林の急斜面にしつらえたつづら折れを駆け上がる。天を目指す峠と書いて、天目指(あまめざす)峠。なんともロマンチックな響きも好みだが、序盤の急勾配で追い込みすぎて(文字通り)昇天しないように心がけねば...。

Aethosはフレーム重量600g切りという超軽量マシンだが、だからと言って挙動不安定ではなく、しなやかで、芯の通った、誰でもスキルを問わず楽しめる懐の深さがある。そしてもちろん、軽さを最大限活かせるテンポの早いダンシングは愉悦感すら覚えてしまうほど。

速くなることに躍起になっていた時もあったけれど、今は身体が暖まったときのフィーリングでハンドルの向きを変えるような気軽さがいい。でも、ダラダラと走るのではなく、きちんとスピードに乗せるときは乗せ、心拍を上げる時にはしっかり上げる。Aethosは、そんな気軽さと真剣さの間(はざま)で走らせた時、本当に気持ちがいいのだ。





新型アルテグラのDI2コンポーネントとC36ホイールシステムを選んだのは、少し肩の力を抜いてライドを楽しみたかったから。そしてもちろん、12速化に伴う性能向上も大きな理由だ。ディレイラーの、それもフロント側の変速スピードの向上は前世代と比べて目覚ましいものがあるし、乗り比べるほどにデュラエースとの差は重量や細部処理だけのように感じる。デュラエースでは機能しない"インナーロー"を使えるというのも選択理由の一つだった。

ちなみに、チェーンだけはシルテックコーティングが施されているデュラエースの「CN-M9100」にした。これは安価に走行フィーリングをアップグレードできるカスタマイズだから、アルテグラや105ユーザーならぜひ試してほしいところ。

ホイールは、Aethosの軽さを損なわないようにC50ではなくC36を。タイヤは(ブランドをごちゃ混ぜにしないためにも)もともと気に入っていたスペシャライズド一択だったが、モデルチェンジしたばかりのS-WORKS Turboではなく、Aethosのしなやかさを更に伸ばし、大好物のダウンヒルでの安定感を高めるためにコットンケーシングのTurbo Cotton(28c)にした。これは、あまりにも見た目が真っ黒になるのを防ぐという意味もあったのだけれど。
荒れた舗装林道の下りでも、Aethosは思ったよりも路面に弾かれず、何もなかったかのようにするすると走り抜けてしまう。軽さによるの倒しこみの早さこそあるものの、バンクさせている最中だったり、更に切り込んだ先の安定感が予想以上に高い。Aethosは超軽量バイクが「鋭い」とか、「ピーキー」と表現されていた時代を終わらせてしまった、のかもしれない。

第1章で「Aethosの良さは分かりづらい」と書いたけれど、その理由は、このバイクがあまりにも自然に走るからだ。

軽い挙動に慣れれば(ほんの数km走ればいいだけだ)履き慣れた靴のように馴染み、急かすことも、逆に足を引っ張ることもせず、常に乗り手に寄り添い、その欲求に応えてくれる。スプリントマシンのような硬さも、高速域での目覚ましい伸びもないけれど、距離を重ねるほど、サドルの上の時間が増えれば増えるほど、あるいは、過酷なチャレンジに挑むほどにその魅力がじわじわと見えてくる。





カスタマイズしたい部分もまだまだたくさんある。サイズを確認するために暫定的に組んだアルミハンドルは、ダウンヒルをもっと攻められるように、いずれ下側がフレアしたロヴァールのグラベル用カーボンハンドルに切り替えたい。

リアカセットも11-34Tを入れれば(現状の11-30Tは少し強がってしまった...)、もっと急峻な峠も余裕を持ってクリアできるようになる。巡航スピードを上げたい気持ちもあるので、リアホイールだけC50を入れても面白いだろう。Aethosにビッグプーリーは似合わないけれど、ダリモの超軽量ワイヤー式クランプのシートポストはいつか入れたい憧れの存在だ。
復路を飛ばして戻り、近くに出店していたお気に入りの移動販売カフェ「Las.Fincas」でコーヒーとドーナツを楽しみ、4軒隣(といっても1kmくらい離れている)の友人宅にアポなし訪問して他愛もない言葉を交わす。

マイバイクにAethosを選んで良かった。レースに出なくなった今だからこそ、Aethosの乗り手に寄り添う優しさがいい。今まで無意識に苦しみ、自転車との隔たりを生んでいたストレスは、Aethosに乗ることでだいぶ解消されたように思う。

それは今レースを走らない人間が、レースバイクに乗りたいという足かせを外したからこそ見えた景色だった。頑張り続けるのもいいけれど、たまには気を抜いて走るのもいいじゃないか。

次はどこへ走りにいこうか。一日たっぷり時間を取れるのはいつだろう。ライドを終え、玄関でシューズのダイヤルを緩めたあと、視線の先にあるAethosをぼうっと眺める私がいたのだった。
text:So Isobe
photo:Toshiki Sato
提供:スペシャライズド・ジャパン