早朝に都心を抜け出し、通勤ラッシュの郊外を突っ切り、心拍を上げて峠道を駆け上がる。「いつもの」ライドを、特別なものに変える魅力をAethosは秘めている。都心発、峠行き。A Day with Aethos。Aethosの在る一日を追いかけた。

text:So Isobe
photo:Toshiki Sato




あまりにも普通で、あまりにも斬新。昨秋デビューしたスペシャライズドのAethosを、戸惑いをもって受け入れた方も少なくないだろう。レースユースを考えず、ホビーユーザーのためを謳うハイエンドモデルの登場は、プロモデルを頂点にするスポーツバイク界において衝撃をもたらした。

事実、Aethosデビュー当初のセールスは、その3ヶ月前に刷新されたTarmacとは比べるべくもなかったという。しかしそこから半年を過ぎた今、メーカーでは品切れ状態が続いている。それは紛れもなくAethosの勝利だ、と思った。ホビーライダーに「レースバイクに乗る意味」を問う投げかけの。

仕事に向かう人。学校に向かう人。休日を過ごしにいく人。慌ただしく人とクルマが行き来する間を縫って、早朝の都心を出発した。薄青い影の中はまだ冷たいけれど、時おり差し込むオレンジの光は春のそれ。ペダルを回すたび、フラッシュのごとく連続する陰陽に、目を細めてビル群の谷間を駆け抜ける。

高架の高速道路に沿って連続する信号ですら、軽やかなダンシングでスピードを乗せるAethosの前では疎ましさが鈍るようだ。次第に増えていく緑と、次第に流れていく道。都会、つまり日常を後方へ置き去りにするたびに、湧き立つ高揚感を禁じ得ない。今日は二つの峠に挑む予定だ。





淡いピンクに彩られた、エアロも、Roubaixのようなギミックも、あるいは大きなロゴもない、Aethosの清廉な佇まい。スペシャライズドにとって600g以下という重量は、開発上の難問でこそあれど、上質な走りをユーザーに届けるための一要素に過ぎなかった。UCIルールに縛られないホビーライダーには、UCIルールに縛られないバイクがあって良い。Aethosは、そんな当然でありながら、忘れられていた気づきをもたらす存在となった。
緩やかなアプローチを抜けると、本格的な峠の入り口が見えてきた。信号ダッシュや高速巡行もさることながら、峠のダンシングこそAethosの真価が発揮される場所だ。シンプルであることを極めて生まれたシンプルな乗り味に、ワット数やペダリングがどうとか、ギアをここで変えなければいけないとか、そんな概念から解き放たれていくように思う。

テンポを上げ、心拍数が上がってくると、周りの全てが消え、人とバイクが一つになる。視界に捉えているのはまだ見ぬ頂上だけ。今日は過去の自分に勝てるだろうか。

このバイクならずっとダンシングで駆け上がりたい。いや、駆け上がれるのかもしれない。Aethosは、純粋で、どこまでもピュアで、ライダーを高ぶらせてくれる一台だ。





Aethosという名は、Ethics(論理)の語源になった「いつもの場所」、転じて習慣を意味する古代ギリシア語。開発モットーはもとより、ロードライドはこうあるべき、という、Aethos登場以前の概念をあえて意識させる名付けと言えるだろう。Simply, for the love of riding。ただひたすらに、ロードライドの愛のために。いつものライドを、特別なものに変える魅力をAethosは秘めている。

つづら折れを一つ、また一つと曲がると、山の稜線がだいぶ近づいてきた。峠の頂上は、もうすぐだ。
text:So Isobe
photo:Toshiki Sato
提供:スペシャライズド・ジャパン