スペシャライズドがトレイルビルダーを応援するワールドワイドなスポンサーシッププログラム「ソイルサーチング」。その一つに選ばれた南アルプスでの活動についてのレポートをお届けします。



トレイル作りは、家族みんなが同じ気持ちで楽しめる、レクリエーションになった。トレイル作りは、家族みんなが同じ気持ちで楽しめる、レクリエーションになった。 photo:Koichiro Nakamura
作ることは簡単だが、残すことはとても難しい。MTBトレイルは、作り始めてしまえば1時間半で作れる。しかし残せるようになるまで、作らせてもらえるまでには8年の歳月がかかった。

山梨県南アルプス市にある櫛形山では今、日本のマウンテンバイク界の指針となるような出来事が起こっている。地域の過疎化を押し止め、日本が観光立国となるためのツールとして、『自転車活用推進計画』の一部として、国策に入り込み始めているのだ。

トレイルを作りだしての1時間半、そして作れるようになるまでの8年間。1つの根っこから生まれた、山梨県南アルプス市でのマウンテンバイクを取り巻く2つの状況を、前編後編、2つの視点から伝えていく。



スペシャライズドがトレイルを作る人にスポンサーする世界プログラム《ソイルサーチング》

この日の参加者とスタッフの集合写真。これだけの数がいれば、トレイル作りなんてあっという間だ。この日の参加者とスタッフの集合写真。これだけの数がいれば、トレイル作りなんてあっという間だ。 photo:Koichiro Nakamura
前編は、トレイルを作った方の話である。2021年5月23日、山梨県アルプス市にある山、櫛形山の中腹にある県民の森にて、トレイルを作るイベント『ソイルサーチングディグデイ2021』が行われた。

このイベントの冠である『ソイルサーチング』とは、スペシャライズドが2018年から世界的に展開する、トレイルビルダーを支援するプログラムだ。トレイルビルダー、すなわちMTBが走れるトレイルを作る原動力となる人、そして実際に手を動かしているコミュニティーを積極的に支援していくものだ。

土を掘るのは、みんなが同じ目的と気持ちを共有できる大事な時間になる。土を掘るのは、みんなが同じ目的と気持ちを共有できる大事な時間になる。 photo:Koichiro Nakamura
「自然の中で、乗れる場所が欲しい。その気持ちをもとに立ち上がっている人、そのコミュニティー(集まり)に注目し、支持していこうというのがこの《ソイルサーチング》プログラムの主旨です」とオーガナイザーであるスペシャライズド・ジャパン社の板垣響さん。

「IMBA(国際マウンテンバイク協会)のような大きな団体ではなく、地元に根付いたコミュニティ、現場で実際に手を動かしている人々の集まりに着目しています」。

SoilSearching ソイルサーチングについて >スペシャライズドの公式ページ

トレイル作りは、家族で楽しめるイベントだったのがわかった

南アルプスマウンテンバイク愛好会の発起人であり代表の弭間亮さん。南アルプスマウンテンバイク愛好会の発起人であり代表の弭間亮さん。 photo:Koichiro Nakamura
トレイルの作り手にスポットライトを当てる、参加者が実際にトレイル作りを行うイベントがこの『ディグデイ』だ。コースやトレイルを作る作業のことを多くのMTB乗りは『ディグ』と呼ぶが、この日もその名の通り地面を掘ってトレイルを作り、できたトレイルをその日に乗る。これまで世界中で、200回以上開催されてきた。

このプログラムがグローバルアンバサダー/世界的なアンバサダーとしてサポートしているのが、南アルプス市・櫛形山で活動を続ける弭間(はずま)亮さん。そして彼を代表とするMTB団体、『南アルプスマウンテンバイク愛好会』(以下、愛好会と略す)だ。

愛好会の発足と、現在行う活動も大変興味深いものだが、これは後編に譲るとして、まずはこのディグデイの事をお伝えする。つまり、結局子供たちは土いじりが大好きで、トレイル造りは家族みんなで楽しめるレジャーなのがわかったこと、である。

参加者の多くが地元の家族だったのには、理由がある

小学生クラスの参加模様。午前中はライド技術のスクールを中心に行った。小学生クラスの参加模様。午前中はライド技術のスクールを中心に行った。 photo:Koichiro Nakamura
この日の参加者は40名ほどだった。その大半が地元南アルプス市の櫛形山周辺の小学校とその家族たちだった。というのも、今回のイベントの告知は、1ヵ月ほど前からまず地域の小学校に向けて行われていたからだ。定員の多くはそこで埋まり、余った枠を開催1週間前にスペシャライズドとして募集をかけた。

参加者をサポートするスタッフは30名以上。その大半が愛好会の会員である。午前中のライドをサポートし、スクールを行い、そして午後のディグでは、その活動経験でイベント参加者たちをリードした。

子供たちへMTBの乗り方を教えるときのコツ

中上級者クラスのライドでは、途中、スペシャライズド・ジャパンのサポートライダー金子さんによるテクニックの講座も行われた。中上級者クラスのライドでは、途中、スペシャライズド・ジャパンのサポートライダー金子さんによるテクニックの講座も行われた。 photo:Koichiro Nakamura
午前に行われたライドでは、愛好会の会員たちが作った、櫛形山のトレイルを走るライドである。全参加者を小学生、初中級者、中上級者の3クラスに分けてのライドとなった。中上級者には、スペシャライズドのレンタルeMTBでのライドもあった。

3つのクラスにはそれぞれ、スペシャライズド・ジャパンのアンバサダー/サポートライダーが、参加し、それぞれスクーリングを行った。

中でも今回の主役である小学生以下のクラスでは、MTBツアーガイドを通して長く初級者と子供にライド技術を伝え教えてきた丸山八智代さんが講師を担当した。飽きやすく注意がそらされがちな子供へ、効果的に乗る技術を教えるコツを、丸山さんに聞いた。

小学生のクラスで行われたスクーリング。立ち漕ぎを学び(写真左)、一本橋でバランスの練習(写真右)。小学生のクラスで行われたスクーリング。立ち漕ぎを学び(写真左)、一本橋でバランスの練習(写真右)。 photo: Shinsuke Imanaka
「より効率的に、怖がらなくて済む教え方のコツは、最初からあまり伝えすぎないことです。子供に届くよう、言葉もすごくシンプルにして。言い過ぎず、伝えたことを何回もやってもらいます。

でも同じことやりすぎると子供は飽きやすいから、マウンテンバイク楽しい、もっと乗りたいって思ってもらえるように、ゲーム性を持たせた講座にしています」

小学生クラスの先生を担当した松本駿さん(左)と、丸山八智代さん(中)。そしてオーガナイズをした板垣響さん(右)。スペシャライズドを通してMTBの普及に携わる3名だ。小学生クラスの先生を担当した松本駿さん(左)と、丸山八智代さん(中)。そしてオーガナイズをした板垣響さん(右)。スペシャライズドを通してMTBの普及に携わる3名だ。 photo:Koichiro Nakamura
「まず知ってもらいたい、右と左のブレーキの違い、サドルから腰を上げて乗る基本ポジションを平地で練習します。そして、今学んだその技術を存分に使える、『丸の中から出てはいけない、足をついてはいけない、しかも丸がどんどん小さくなる』という生き残りゲームをしました。ゲームにすることで、子供たちは『次もやりたい!』となるんですね」(丸山さん)

走りたくてウズウズする小学生たち。実は大人はもっと走りたいのだ。走りたくてウズウズする小学生たち。実は大人はもっと走りたいのだ。 photo:Koichiro Nakamura
子供たちと初中級者は、愛好会が作った初級者用トレイルを走り、中上級者は山頂のあたりから、会が最初に作ったトレイルから派生したトレイルを走る。これらトレイルは会員であれば、ホームページの入山届と下山届を送信すれば走れる。

走りながら路面を細かく見ていくと、走りやすいようにそして崩れやすい所には手が入り、並々ならぬ努力と経験が積み重なっているのが感じ取れる。

トレイルをきちんと繋げるよう、要所に置かれる矢印。トレイルをきちんと繋げるよう、要所に置かれる矢印。 photo:Koichiro Nakamura
愛好会が、2021年7月までに作ってきたトレイルのネットワークは、下記から参照できる。

>南アルプスマウンテンバイク愛好会 トレイル網のページ
https://www.minamialpsmtb.com/trailnetwork

今回のディグで使ったスコップやツルハシは、愛好会が用意してくれた。今回のディグで使ったスコップやツルハシは、愛好会が用意してくれた。 photo:Koichiro Nakamura
今日のディグは、2021年9月オープン予定の『無料・一般・初級者向け・MTBパーク』になるコースのひとつ

ライド後の昼食では、地元パン屋と地元惣菜店のメンチカツで作られた特別なサンドイッチを振る舞われ、いよいよメインとであるトレイル造りへ。

作るのはコース長170メートル、コーナーが3つのもの。事前に弭間さんが大まかに切ったコースレイアウトを元に、トレイルを地面から彫り出すイメージだ。

今日のトレイル作りは、現在作成を許されている7ヘクタールほどのエリアに作る予定の初心者用のコースを全8本のうちの1本。この8つの初級者用トレイルは、2021年9月に予定されている完成時には、会員だけでなく広く一般に無料開放できるMTBパークとなる予定だ。

つまり、これから作るトレイルは目の前の一つに過ぎないが、作業自体は、壮大な、『無料・一般開放・初級者用・MTBパーク』作成の一環なのだ。

ディグ作業が始まる。慣れた人は面出しを、そうでない人は土掘りを行う。ディグ作業が始まる。慣れた人は面出しを、そうでない人は土掘りを行う。 photo:Koichiro Nakamura
さて実際の作業だ。愛好会が用意したスコップやツルハシを手に、各箇所で7名ほどのグループに分かれる。そのグループごとに担当箇所をディグをしていく。地面に先に置かれた目印に沿って、まずツルハシとクワで大まかに土を掘り返して柔らかくする。

スコップですくえるようになった土を、コーナーの外側を高く盛りながら、コース幅分を平らにならしていく。この作業を担当区間分繰り返す。外側を高く盛るのは、コーナー外に飛び出さないよう軽く壁を作る、一般にバームと呼ばれる箇所作るためだ。大まかに形ができたら、経験者が平たいスコップでコースとバームの形を削り出す。

家族みんなでMTBを楽しむための最適解が、トレイル作りだった。

コーナーの外側を少し高めに盛って、遠心力の受けにする。これが『バーム』だ。コーナーの外側を少し高めに盛って、遠心力の受けにする。これが『バーム』だ。 photo:Koichiro Nakamura
一番大変な作業は、土を掘り返すところ。簡単な作業なのだが、ここで力を使い、汗をかく。

同じ区間を担当したスペシャライズドのサポートライダー・金子匠さんが言うには「細かな面出し(形どり)は、経験者が一人二人いればすぐにできるし、路面も乗り固めるのが一番。本当に大切な作業は土の掘り返しや移動。経験や技術ではなく、熱意なんですね。ですから1日の作業に多くのひとがいるほど、トレイル作りのペースは信じられないぐらい速くできます」

とにかく、皆楽しそうに土を掘っている。はしゃいでいるのは、当たり前だが小学生たちである。スコップを握って、土を掘って、別のところに移す。それを子供はやっぱり土いじりが好きなのだ。

周りは同年代の子供だらけだ。気持ちが上がらないわけがない。大人だってその単純な作業こそが本当に楽しい。彼らを連れてきている『マウンテンバイクなんていう自転車に土の上で乗るのは初めてなので遠慮したい』お母さんたちも、スコップで土を掘るという作業には、積極的に参加してくれる。

疲れがちな女の子に声をかけ、飽きさせないようにするのが得意な丸山さん(左)。疲れがちな女の子に声をかけ、飽きさせないようにするのが得意な丸山さん(左)。 photo:Koichiro Nakamura
楽しいマウンテンバイクのつまらないところは、乗る人の技術によって走れる速さや場所が変わってしまうところだ。だがこのディグのトレイル造りは、やる事はみな変わらず同じである。みんなで同じことをしながら、共同で作り上げていく作業は、それ自体が楽しい。

家族みんながひとつになって、知らない者同士が力を合わせて、同じことを行える。トレイル作りは、作業に関わるすべての人を平等にする。ライドだけでは体験できないトレイル作りが、ボランティア精神を超えたイベントとして成り立っているのは、実際にやってみないとわからない、この楽しさがあるからなのだ。

1時間半ほどで完成したトレイルで、さあお待ちかねの乗り固めタイム!1時間半ほどで完成したトレイルで、さあお待ちかねの乗り固めタイム! photo:Koichiro Nakamura
できあがった170mのトレイルは、その後参加者とスタッフ全員の合計70名ほどで何度も乗って、乗り固めた。ただ楽しく乗っているように見えるだろう。そうではない、何人もが、何度も走って乗り固めることこそが、トレイルを硬く締め、長持ちさせるための最初のステップなのだ。

しかしこんな理屈は、子供には、そして初めてマウンテンバイクに乗ったご家族の方は知らない。ただただ何度も繰り返して乗りたくなるぐらい、それぐらい楽しく乗れるトレイルを、乗り固めた。

70名ほどが、それぞれ5回ほど乗れば、路面は驚くほど固まる。70名ほどが、それぞれ5回ほど乗れば、路面は驚くほど固まる。 photo:Koichiro Nakamura
トレイルを作って乗った子供たちの声

やっぱり子供は土遊びが大好きだった。乗らない人だって土掘りなら楽しめる。土を掘るのはセラピーになるからだと言う説もある。乗るのが大好きなお父さん、乗るのは初めてのお母さん、乗るのも土遊びも大好きな子供たち。もうおしまいだよと言われるまで、みんなはこのコースを乗って乗り倒した。

自分が作ったものは、それがどうあれ、愛おしい。それが楽しければ、もっと嬉しい。あなたが走って一番楽しいトレイルはきっと、あなたが作ったトレイルである。参加した子供たちに聞いてみよう。

写真左から:佐々木牧子さん(左)とつばささん(6才)。牧子さんは愛好会の会員ということでの参加。写真左から:佐々木牧子さん(左)とつばささん(6才)。牧子さんは愛好会の会員ということでの参加。 photo:Koichiro Nakamura
千葉県から来た佐々木つばささんと母親の牧子さん。普段はキックバイクに乗っているつばささんを、母親の牧子さんが「どうしても山を走らせたくて」と今回の参加に。つばささんは初めてきた。「山を走れて楽しかった。土の上は柔らかくて、グネグネしてるところを走るのは楽しかった。地面を掘るのも、大変だったけど楽しかったよ」(つばささん)

写真左から:飛松将広さん(10才)と、父親の巌さん写真左から:飛松将広さん(10才)と、父親の巌さん photo:Koichiro Nakamura
飛松将広さんと、ご自身も長野県上田市でMTBのトレイルガイドしている父親の巌さん。「パパの作ったコースを走るのが好き!」と将広さん、恥ずかしげな巌さん。この日のディグではトラバースの部分を作ったそう。「コースを作るのも、山を掘るのが大変だけど好き!」

写真左から:父親の黒澤晋太郎さん、歩莉(あゆり)さん(8才)、母親の玲那さん。写真左から:父親の黒澤晋太郎さん、歩莉(あゆり)さん(8才)、母親の玲那さん。 photo:Koichiro Nakamura
地元のご家族、黒澤歩莉(あゆり)さん、ご両親の玲那さんと晋太郎さん。「自転車に乗るのは好きだけど、マウンテンバイクに乗るのは初めて。曲がるコースが面白かった! 土堀りは大変だった、道具が重かったから。でも重かったから、たくさん掘れた!」。

父の晋太郎さんが勤める企業が、愛好会の賛助会員で、そのツテで参加したそう。「この活動を知ったのは一年ほど前でしたが、ようやく参加できました」(晋太郎さん)

写真左から:石澤樂(らく)さん(5才)と、今回は見学だけだったお母さん。写真左から:石澤樂(らく)さん(5才)と、今回は見学だけだったお母さん。 photo:Koichiro Nakamura
石澤樂(らく)さんとそのお母さん。「マウンテンバイクには、1日2回乗っています」と樂さん。「崖みたいなところとか、急カーブを乗るのが好き。今日参加したのは、自分でコースを作るのが夢だから!」

写真左から:穂坂美絵さん、美緒さん(7才)、泰輔さん(11才)写真左から:穂坂美絵さん、美緒さん(7才)、泰輔さん(11才) photo:Koichiro Nakamura
小学校での告知と、地元のつながりから参加された穂坂泰輔さんと美緒さん、そして母親の美絵さん。「道路しか走ったことがない子供たちに、こういうところで思いっきり走らせてあげたいなという気持ちでした」(美絵さん)

「カーブが楽しかったし、コース作りは楽しかった。自分で作れたのが楽しかった」(泰輔さん)。「立ち漕ぎを教えてもらって、できるようになって、自転車乗るのが楽しくなった」(美緒さん)

スペシャライズド・ジャパンがサポートするチーム、RIDE MASHUNの松本一家。写真左から:松本ゆみさん、璃奈さん、駿さん。スペシャライズド・ジャパンがサポートするチーム、RIDE MASHUNの松本一家。写真左から:松本ゆみさん、璃奈さん、駿さん。 photo:Koichiro Nakamura
前編の最後に、家族MTBチーム「RIDE MASHUN」こと松本一家の父である松本駿さんに、家族でマウンテンバイクに乗る秘訣を聞いてみた。家族での円満なマウンテンバイクライフに役立てて欲しい。

「ひとりで乗りに行くんじゃなくて、みんなで行こうぜって仕向けていければ、いいと思うんですよね。一番いいのは、子供がちっちゃい頃から、みんなで一緒になって楽しもうよ、っていうスタイルを楽しんで、大きくしていくことですね。

キャンプの延長上がそういう感じですよね。キャンプがあるからお母さんも行きたいっていう形になります。子供と走りたいなら、パークに連れていったり、楽しいトレイルを走って、苦しいところはとにかく避ける。

そこから徐々に、一緒に行けるなら行こうか、あのトレイルは面白いから行こうよ、と誘って。もっと走れるようになってきたら、じゃあもう一段階高い所に行けるね、と褒めながら連れ出したりとか。こういったことの積み重ねだと思います」



後編では南アルプスマウンテンバイク愛好会の代表である弭間さんから聞いた話を中心に構成する。この会の運営組織を法人化したこと。そしてその結果、現在の国策である『自転車活用推進計画に愛好会の活動が実例として取り上げられ文中に記載されてることについてお伝えする。

マウンテンバイクのトレイルを作りたい、という弭間さんの想いは、8年後に、国策へと繋がっていく。

text&photo:Koichiro Nakmura