標高2757mの峠には冷たい風が吹く。暖かな太陽が隠れると気温は4度まで急降下。真っ白な雪の反射と熱い観客のサポートを受けて、157名が頂上まで登りきった。最も印象的だったのは、1ポイント差でマリアロッサを失ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ)の表情だ。

チームネットアップのバイクには「ジロを走ることを誇りに思います」のメッセージがチームネットアップのバイクには「ジロを走ることを誇りに思います」のメッセージが photo:Kei Tsuji最難関山岳ステージ、タッポーネ、クイーンステージ…。今日の第20ステージを表現する方法は様々。今年のジロの中で最も厳しいステージが姿を現した。ジロだけではなく、今年のグランツールの中で最も厳しいはずだ。

一日の獲得標高差は5800mオーバー。いま話題の東京スカイツリーのベースから先端まで9回登るのと同じぐらい。ちなみに、去年コネリアーノからガルデッチャ/ヴァル・ディ・ファッサまでの230kmで行なわれたジロ第15ステージの獲得標高差は6320m。気が遠くなるような数字だ。

黄色い声に包まれる黄色い声に包まれる photo:Kei Tsuji物理的に「5800」は「6320」より少ない。でも決してそれが簡単なステージを意味しているわけではない。昨日の第19ステージと合計すると獲得標高差は11000mにおよぶ。しかもジロの中でも難関山岳として知られるモルティローロとステルヴィオが組み合わされている。

モルティローロは登坂距離11.4km・平均勾配10.5%で、「ムーロ(壁)」と呼ばれる勾配が22%に達する箇所もある。景色が良い登りとは言えず、狭くて樹々に覆われた急斜面が延々と続いている感じ。別名「パンターニの山」。

テクニカルなアプリカの下りをこなすプロトンテクニカルなアプリカの下りをこなすプロトン photo:Kei Tsuji

壮大な景色が広がるパッソ・デッロ・ステルヴィオ(写真はレースの反対側)壮大な景色が広がるパッソ・デッロ・ステルヴィオ(写真はレースの反対側) photo:Kei Tsuji一方のステルヴィオは、登坂距離22.4km・平均勾配6.9%というスペック。標高2757mの峠は、標高2770mのイズラン峠に次ぐアルプス第二の高さを誇る。

ステルヴィオ峠の開通は1826年。見上げた稜線の向こうはスイス。頂上付近は思いのほか開けていて、5月下旬にもかかわらずスキー場が営業中。実際に確認は出来なかったが、1956年大会で初めてこの峠を先頭通過した英雄ファウスト・コッピの記念碑が頂上に建っているという。正真正銘の「チーマコッピ」だ。

ゴール地点で肉を焼くゴール地点で肉を焼く photo:Kei Tsuji東側も西側も、石積みのヘアピンカーブの連続で、これぞまさに九十九折りと言った風格ある峠。今回は西側ボルミオからの登坂だったが、「九十九折りの美しさ」に観点から言うと、東側プラート・アッロ・ステルヴィオからのアプローチが美しい。

登りの長さや勾配、そして頂上の標高など、ステルヴィオ峠は乗鞍に近い。乗鞍は頂上の畳平が標高2720m。長野側が登坂距離20.5km・平均6.2%・標高差1260m、岐阜側が登坂距離18.8km・平均勾配7.2%・高低差1342mだ。

牽制しながらスカルポーニを追うライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)とホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)牽制しながらスカルポーニを追うライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)とホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ) photo:Kei Tsujiさすがに標高2757mの頂上付近は寒く、自走で登ってきた観客たちは震えながらレースを待つ。太陽が出ていると暖かいが、実際の気温は4度前後まで下がっていたそう。

前述した昨年のジロ第15ステージで優勝したミケル・ニエベ(スペイン、エウスカルテル)は、2年連続クイーンステージ制覇を目指して逃げた。「ニエベ」はスペイン語で「雪」。スペイン人フォトグラファーが「雪っていう名前の選手が雪の積もったステージで勝つんだ!」と意気揚々と「雪っぽい」撮影場所を探している。

先行するミケーレ・スカルポーニ(イタリア、ランプレ・ISD)、追走するホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)、自分のペースを保つライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ)先行するミケーレ・スカルポーニ(イタリア、ランプレ・ISD)、追走するホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ)、自分のペースを保つライダー・ヘジダル(カナダ、ガーミン・バラクーダ) photo:Kei Tsujiしかしそんなスペイン勢の目論みを、トーマス・デヘント(ベルギー、ヴァカンソレイユ・DCM)が断つ。総合で5分40秒遅れでありながら、メイン集団に対して5分35秒までリードを広げたデヘントが、失速の兆しを見せないままステルヴィオを登る。

「総合8位を守るための走りだった」と言うが、この動きはガーミン・バラクーダを大いに困らせた。デヘントとのタイム差を詰めると同時に、ヘジダルはスカルポーニらのアタックに目を配らなければならない。ヘジダルにとって大会最大の窮地だった。

標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオを登る標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオを登る photo:Kei Tsuji結果、ロドリゲスに対して3分22秒差でゴールしたデヘントが総合4位にジャンプアップした。ダークホースという言葉は選手に失礼なのであまり使わないが、デヘントこそダークホースだった。ここまでの山岳ステージの結果を見てみると、第7ステージ・ロッカディカンビオ28位、第8ステージ・ラーゴラチェーノ4位、第14ステージ・チェルヴィニア8位、第15ステージ・レッコ15位、第17ステージ・コルティーナダンペッツォ9位、第19ステージ・パンペアーゴ11位。

静かに、そして確実に山岳ステージで上位に入っていたデヘント。マリアローザを堅守したロドリゲスから、デヘントは総合で2分18秒遅れ。総合3位スカルポーニから27秒しか離れていない。

1位 ホアキン・ロドリゲス
2位 ライダー・ヘジダル   +31"
3位 ミケーレ・スカルポーニ +1'51"
4位 トーマス・デヘント   +2'18"
5位 イヴァン・バッソ    +3'18"

標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオを登る標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオを登る photo:Kei Tsujiデヘントは昨年ツール・ド・フランスの最終個人タイムトライアルで4位という好成績を残した。当時のコースは登りを含む42.5km。コンディションやモチベーションに違いがあるので単純に比較はできないが、デヘントはカンチェラーラより13秒、バッソより2分18秒、そしてヘジダルより3分27秒も速いタイムを出している。

30kmのフラットなミラノのコースはヘジダルに味方すると見られているし、31秒リードしているロドリゲスも「奇跡が起これば」という発言。となれば実質的な総合争いはヘジダルvsデヘントか。

僅か1ポイント差でマリアロッサを失い、肩を落とすマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ)僅か1ポイント差でマリアロッサを失い、肩を落とすマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ) photo:Kei Tsujiジロの「Fight for Pink」というキャッチフレーズが、最終日を前にようやく形になった。ミラノの個人タイムトライアルは文字通りピンクジャージを懸けた闘いになる。秒差で総合優勝の行方が決まるような展開も充分有りだ。

マリアロッサを着るカヴェンディッシュは46分遅れのグルペットでゴール(タイムリミットは1時間2分)し、ジロ完走を決定づけた。しかし、第19ステージを終えた時点で、ポイント賞1位カヴとポイント賞2位ロドリゲスの差は13ポイント。この日、ステージ4位のロドリゲスは14ポイントを獲得した。

46分40秒遅れでゴールに向かう別府史之(オリカ・グリーンエッジ)46分40秒遅れでゴールに向かう別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji僅か1ポイント差のポイント賞逆転。当然ロドリゲスはポイント賞を狙うためにゴール前でスカルポーニをパスしたわけではない。ゴールラインを切った時はポイント賞のことなんて頭に無かったはず。

3週間かけて積み重ねたものが、最終日を前にスルリとカヴの手から離れた。ゴール後、ベルンハルト・アイゼル(オーストリア)やダリオダヴィデ・チオーニ監督に付き添われ、無表情でチームカーへと戻るカヴ。観客からは暖かい拍手が送られた。

標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオにゴールした別府史之(オリカ・グリーンエッジ)標高2757mのパッソ・デッロ・ステルヴィオにゴールした別府史之(オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji「標高のある山岳が得意ではない」と話す別府史之(オリカ・グリーンエッジ)は、喘ぎながらグルペットの最後尾でゴールにやってきた。ゴール後、チームスタッフから清涼飲料水を受け取ってからも、少し朦朧とした表情を浮かべる。

2年連続ジロ完走をほぼ確定させたフミは、眩しい西日の中、主催者が用意した暖かいシャワーに向かって歩き出す。どの選手にも表情が無い。3週間という長い闘いが終わりに近づいている。そんなことをぼんやり考えながら、グルペットでゴールした選手たちがシャワーの列に並ぶ。

選手もスタッフも、その日のうちに終着地ミラノまで3時間かけて移動。いよいよミラノで運命のグランドフィナーレを迎える。

text&photo:Kei Tsuji in Passo dello Stelvio
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