ヨーロッパ中、世界中にその名を轟かす「魔の山」アングリルは、アストゥリアスの山の中にある。ロードレースファンなら誰もが一度は聞いたことのある峠だが、グーグルマップで探しても見つけるのが難しいほど細い峠だ。

霧に包まれたアングリル頂上霧に包まれたアングリル頂上 photo:Kei Tsujiプレスセンターが置かれた谷間の村リオサを抜け、ラ・ベガの集落を通り過ぎると、コースは霧の中へと向かう。あたりは“リトル・スイス”と呼ばれ、牧歌的な山岳風景が広がる。標高300mの麓の気温は15度。標高1575mのアングリル頂上は9度という。

常に霧がかかっているような山間部なので、山の様子を伺うのは難しい。レース当日も地元の人曰く“アストゥリアスらしい天気”、つまり曇りだ。山肌はゴツゴツとした岩に覆われ、年間を通した湿度の高さからシダ植物が地面を覆う。

登りのコースプロフィールを見る限り、アングリルはTOJ(ツアー・オブ・ジャパン)名物の富士山ステージ、つまりあざみラインに近い。ジロ・デ・イタリア名物のモンテ・ゾンコラン、プラン・デ・コロネスにも近い。

アングリル:登坂距離12.2km・高低差1245m・平均勾配10.2%・最大勾配23.5%
ゾンコラン:登坂距離10.1km・高低差1200m・平均勾配11.9%・最大勾配22%
プラン・デ・コロネス:登坂距離12.9km・高低差1096m・平均勾配8.4%・最大勾配24%
あざみライン:登坂距離11.4km・高低差1126m・平均勾配10.5%・最大勾配22%

豪快にワインを飲む豪快にワインを飲む photo:Kei Tsujiどの登りが一番キツいとかいうレベルではなく、どの登りもとにかくキツい。だがやはり「ロードレースのオリンポス(神々が住む最高峰)」「エル・インフェルノ(地獄)」と呼ばれるアングリルは特別だ。

アングリルの前半は比較的“普通”の登り。8%ほどの勾配が5kmにわたって続く。しかし中腹にある平坦に近い区間を通過すると、登りの様相はがらっと変わる。中腹から頂上までの平均勾配は15%まで跳ね上がる。

時折霧が晴れ、眼下に登りが広がる時折霧が晴れ、眼下に登りが広がる photo:Kei Tsujiゴールの6km手前にある「山羊ゾーン(山羊にしか登れないという意味)」で、最大勾配は23.5%に達し、その他にもコンスタントに勾配は20%を超える。アングリルは20%オーバーの激坂が休む間もなく現れる印象だ。

アングリルがブエルタに登場するのは5回目。前回の2008年はアルベルト・コンタドール(スペイン、当時アスタナ)がステージ優勝を飾っている。

失速したマイヨロホのブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)失速したマイヨロホのブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ) photo:Kei Tsuji当時、プレス関係者用のシャトルバスは、観客の多さと勾配のきつさによって頂上までたどり着けなかった。その失敗を踏まえ、今年は朝11時にシャトルバスが出発する。レースがスタートするころには、すでにアングリルの頂上に着いている。頂上で5時間も待つ計算・・・。

土井雪広(スキル・シマノ)はこの日のためにコンパクトクランクを用意。フロント36T・リア最大28Tというローギアで挑む。他チームのスタッフに聞いたところ、他の選手もコンパクトクランクがメインで、36Tx32T、36Tx29Tというアングリル仕様のバイクばかり。ブラドレー・ウィギンズ(イギリス、チームスカイ)はノーマルクランクの38Tx32Tというギアレシオ。

観客の多くはマウンテンバイクを使用。ロードバイクに乗った観客は、苦痛の表情を浮かべながら蛇行する。頂上付近は午前中から常に霧がかかった状態で、一時的に視界は20mほどまで落ちた。冷たい風が霧を運び、温度計は8度を指す。午後になると徐々に霧が押しやられ、登り部分は時折下界が望めるほどに回復した。
急勾配の登りを進む急勾配の登りを進む photo:Kei Tsuji

あまりの勾配に蛇行する選手も多いあまりの勾配に蛇行する選手も多い photo:Kei Tsuji登りの途中には「ありがとう!サム!」というペイントがされた岩がある。これは会場にほど近いオビエド出身のサムエル・サンチェス(スペイン、エウスカルテル)を讃えるペイント。今大会には出場していないが、アストゥリアス出身ながらバスクチームに所属するサンチェスは地元の英雄だ。

頂上到着から5時間が経過し、ようやく遠くからヘリの音が聞こえてきた(霧が濃いのでヘリは見えないが)。

深い霧の中から選手が現れる深い霧の中から選手が現れる photo:Kei Tsujiリクイガス・キャノンデールやエウスカルテルの攻勢が競技無線を通じて伝えられる。そして総合4位、ファンホセ・コーボ(スペイン、ジェオックス・TMC)が飛び出したと伝える。

勾配のキツさと道の細さから、個人タイムトライアルのように選手たちが登ってくる。コーボは特段苦しい表情を見せるわけではなく、シッティングメインで淡々と急勾配区間を進む。その先に待っていたのは、ホセマリア・ヒメネス、ジルベルト・シモーニ、ロベルト・エラス、アルベルト・コンタドールに続くアングリル制覇の栄光、そしてマイヨロホだった。

ピム・リヒハルト(ヴァカンソレイユ・DCM)の背中に何かが刺さっているピム・リヒハルト(ヴァカンソレイユ・DCM)の背中に何かが刺さっている photo:Kei Tsujiコーボは2008年ツール・ド・フランスの超級山岳オタカムでステージ優勝という成績を残しているが、これはチームメイトのレオナルド・ピエポリ(イタリア)がドーピングで失格となったため。グランツールの頂上ゴールでガッツポーズを見せたのはこれが初めて。グランツールのリーダージャージもこれが初めて。

マイヨロホのウィギンズは眉を八の字に曲げ、長くて細い脚を懸命に振り下ろす。チームメイトのクリス・フルーム(イギリス、チームスカイ)にも付いていけない。

アングリルを登る土井雪広(スキル・シマノ)18分57秒遅れのステージ116位アングリルを登る土井雪広(スキル・シマノ)18分57秒遅れのステージ116位 photo:Kei Tsuji総合ワンツー体制を築いていたチームスカイは、アングリルで総合ツースリーに落ちた。コーボとのタイム差はフルームが20秒、ウィギンズが46秒。コーボがステージ優勝で手にしたボーナスタイム20秒が効いている。

チームスカイはまだグランツール総合優勝を諦めない。登坂距離は短いものの、第17ステージの超級山岳ペーニャ・カバルガ頂上ゴールでレースを動かすだろう。その後のバスクステージもコースプロフィール以上に難易度が高いと言われており、まだ総合逆転の可能性を秘めている。

土井雪広はアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD)のすぐ後ろで頂上を目指していた。ゴール38km手前で落車し、前後のホイールを交換したが、1級山岳までにメイン集団に復帰したという。「今まで経験した登りの中でダントツでキツかった」と語る土井雪広のコメントは、休息日のインタビュー記事にて詳しく。

とにかくブエルタは最大の山場を越えた。翌日は2回目の休息日。マドリードまで残り6ステージだ。

text&photo:Kei Tsuji in Angliru, Spain