自転車競技に関わるスタッフの活動範囲は広い。マッサージ師も、単に選手の体をメンテナンスするばかりでなく、補給の準備、チームジャージや車両内設備の管理など、さまざまな「後方支援」に携わる。

ロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)にサコッシュを渡す中野喜文マッサーロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)にサコッシュを渡す中野喜文マッサー photo:Kei Tsuji

レースの間、マッサージ師はどのように動いているのだろう。中野さんの解説を聞くと、マッサージ師はマネージャー的な役割も担うため、シーズン中は寝る暇があるのかと思うほどの忙しさだ。以下、中野さんにマッサーの仕事に含まれる雑務を挙げてもらった


1. レース中の前方・後方支援(補給、ゴール地点への先回りと選手回収の準備)
選手へのレース中の食料・飲料補給をするばかりでなく、ゴール地点へ先回りし、少しでも早く選手を回収してホテルで休養させる。そのために、マッサージ師は補給班と回収班の二手に分かれる。

2. ホテルへの先回りと滞在先ホテルへの事前連絡
レースの1週間前には宿泊先のホテルへ、大型車両が使用する電源の確保、マッサージに必要なシーツやタオルの補充要請、食事メニューのチェックなどをFAXで送り、確認する。この確認は前日にも行う。

3. 補給食の買い出し、管理、制作。ボトルの準備
レース中に選手に渡す飲料のボトルと補給食の準備を行う。

4. レースに帯同する車両内備品の管理
監督等、他のスタッフと兼任する場合もあるが、レースに帯同する車両内の備品管理もマッサージ師の担当だ。ボトルや補給食、スペアジャージ、シューズ、医療品といった小物雑貨の補給管理だけでなく、洗濯機や乾燥機といった大型備品も管理する。たとえば、選手のジャージを入れて洗濯機を回すのはマッサージ師。中身を入れ替えたり、乾燥機に入れるのは監督という分担で行う場合がある。

5. マッサージ施術とトレーナー活動
1から3までの仕事が終わってから、本業のマッサージ師としての活動ができる。選手の施術は、多くの場合、一人1時間半ほどかかる。

無線で連絡をとりあってゴール後の選手を表彰式などに迅速に誘導するのも役割だ(ファッサボルトロ時代)無線で連絡をとりあってゴール後の選手を表彰式などに迅速に誘導するのも役割だ(ファッサボルトロ時代) (c)Makoto.AYANOロマン・クロイツィゲル(アスタナ)のスタート前の準備を手伝うロマン・クロイツィゲル(アスタナ)のスタート前の準備を手伝う (c)Makoto.AYANOゴール後の選手たちのヘルメットを回収し、チームバスへと誘導するゴール後の選手たちのヘルメットを回収し、チームバスへと誘導する (c)Makoto.AYANO

中野さん 「スタジアムやコートなどの拠点があるスポーツと違って、自転車レースは移動しながら戦うという特徴があります。そのため、僕たちスタッフもつねに移動にかかる時間や手間を考えて動くのですが、限られた時間で効率よく動くには、綿密な計画と周到な準備、スタッフ、選手も含めての相互理解と連携が非常に大切です。当たり前に思うかもしれませんが、これができているチームは、トッププロでも本当に少ない。とくに最近は、選手もスタッフも多国籍化し、言葉や価値観の違いが壁となり、チーム運営が難しくなってきています」


ファッサボルトロのゼネラルマネジャーだったジャンカルロ・フェレッティ氏ファッサボルトロのゼネラルマネジャーだったジャンカルロ・フェレッティ氏 完璧だったファッサボルトロのシステマチックな運営体制

中野さんがこれまで働いてきたチームの中で、もっとも思い出深いのは、2000~2005年まで在籍したファッサボルトロだという。名将ジャンカルロ・フェレッティ監督の下、ミケーレ・バルトリやアレッサンドロ・ペタッキなど名選手を擁し、世界最強と謳われたファッサボルトロの強さの秘密は、「緻密でシステマチックなチーム運営にもあった」と中野さんは言う。

中野さんが見せてくれたファッサボルトロのチーム拠点の写真には、その秘密が写っていた。

右側に個人用ロッカー、左側に他の部屋に通じるドアがある広い倉庫内部。よく整理整頓されていることが一目で分かる倉庫だが、質素で目立つポスターや張り紙もなく、何に使われる場所かまったく分からない。しかし、こここそが、ファッサボルトロの心臓部とも言うべき倉庫だった。

自転車競技における倉庫は、単にモノを保管する場所ではない。メカニックには自転車を整備し、管理する場所、マッサージ師にとっては、マッサージルームにつながる場所であり、さまざまな備品の管理をする場所でもある。
「何の変哲もない倉庫に見えますけど、僕とメカニックの永井孝樹君(現サイクルショップ ポジティーボ代表)にとっては、青春が詰まった場所です」

ファッサボルトロのチーム拠点のガレージ 広くて整然とした作業空間を確保していたファッサボルトロのチーム拠点のガレージ 広くて整然とした作業空間を確保していた 中野喜文さん提供

ファッサボルトロの倉庫は、トラックなどを含め、チームカーをすべて収納できる広さがあった。シーズン中は、ひっきりなしにチームカーが倉庫を出入りする。スタッフは、次のレースに向けて、補給食や飲料、医療品、チームジャージなどの備品を入れ替え、自転車はもちろん、チームカーも整備しなければならない。1レースが終わってから次のレースの準備を始めるというスケジュールなら余裕もあるが、プロレースでは選手が複数に分かれ、ほぼ同時期に別の場所でのレースに参加する場合もある。ファッサボルトロの場合は、チームは3つに分かれ、レースに参加していた。

「フェレッティ監督のすごいところは、たとえば、個人用ロッカーを用意して、スペアジャージなどの選手用の備品をそれぞれのロッカーに保管させていたことです。それも、管理は選手ではなく、僕たちマッサージ師の担当。チームジャージはオーダーメイドなので、他の選手との共有ができません。

以前のチームであれば、一人の選手に必要な備品をあちこちの場所から持ち出して揃え、チームカーに積むだけでひと仕事でしたが、ファッサボルトロではロッカーに揃えられているので、僕たちは余裕のあるときに準備しておいて、レース直前に積み込むだけでいい。このロッカーがあるだけでも、スタッフの負担はかなり軽くなったんです」
 
小型のミニバンとはいえ自転車とトランクが最大限積載できるように工夫されていた小型のミニバンとはいえ自転車とトランクが最大限積載できるように工夫されていた 中野喜文さん提供フェレッティ監督は、その他にもチームカーやチームトラックの設計にも当時としては斬新なアイデアを盛り込んだ。その一つがチームカーのトランク部分の改造だ。上部に自転車を吊り下げ、下部にスーツケースを並べられるようにした。チームトラックの仕切りや間取りも工夫した。今では多くのチームが"フェレッティ・スタイル"のチームカーを使っているという。

「ファッサボルトロは予算の豊かなチームでしたが、フェレッティ監督は締めるところは締めて、決して贅沢はしませんでした。でも、勝利に関わるところにはしっかり使っていた。その好例がチームジャージです」

チームジャージは、スポンサーの入れ替えによってデザインが毎年変わるため、翌シーズン用がいつできあがるかは、チームの台所事情と深く関わる。小規模のスポンサーが多いチームであれば、ギリギリまでスポンサーすべてが確定せず、チームジャージの仕上がりが遅れることもある。

12月には完成して届いたチームジャージを選手ごとに仕分ける。新体制でのスタートを実感する瞬間だ12月には完成して届いたチームジャージを選手ごとに仕分ける。新体制でのスタートを実感する瞬間だ しかし、ファッサボルトロは、毎年12月1日にはチームジャージが揃っていた。

「フェレッティ監督の信念として、シーズンへの準備として12月1日にはチームジャージが揃っていなければいけないという考えだったんですね。『最大限に準備を整え、ベストの状態でシーズン初日を迎えなければ勝てない』というフェレッティ監督の意気込みが、チームジャージには現れていました」

12月1日にすべてのジャージを揃えるには、体制が整った大手メーカーに依頼しなければならない。ファッサボルトロはナリーニにジャージ製作を依頼していた。ナリーニは生地も縫製もよく、納期も守るが、スポンサー料は出さないという方針の会社だ。メーカーによっては、スポンサー料は気前よく払うが、縫製が悪かったり、納期を守らなかったりということもある。

「ジャージの納期が遅れれば、それだけシーズン間近になってから仕分け作業をすることになり、スタッフの負担が増える。選手の士気にも影響します。フェレッティ監督はチームの団結や勝利に影響することには妥協しなかった。選手やスタッフがどうしたら働きやすいか、効率よく動けるか、つねに考えてくれていたので、すごく働きやすかったです」
 
リクイガス時代、ステファノ・ザナッタ監督とダニーロ・ディルーカのジロ総合優勝を喜ぶ中野喜文さんリクイガス時代、ステファノ・ザナッタ監督とダニーロ・ディルーカのジロ総合優勝を喜ぶ中野喜文さん (c)Makoto.AYANOその後、中野さんはリクイガスに移ったが、フェレッティ監督のシステマチックなチーム運営は、リクイガスに受け継がれているという。
というのも、リクイガスのステファノ・ザナッタ監督は、ファッサボルトロでフェレッティ監督の下で働いていたからだ。

中野さんは、リクイガスに移籍する際、ザナッタ監督から「リクイガスをファッサボルトロのようなチームに育てたい。そのために力を貸して欲しい」と頼まれたそうだ。

「ファッサボルトロのような隅々にまで統制のとれたチームにするのは、やはり難しいですね。ファッサボルトロが優れたチーム運営を長年継続できたのは、カリスマ性のあるフェレッティが監督だったからです。リクイガスでは、なかなかうまくいかなくて、苦労もありました」











Profile
中野喜文さん中野喜文さん 中野喜文 (なかのよしふみ)
1970年4月5日生

鍼灸按摩マッサージ指圧師
テカール・ジャパン・アドバイザー
アスタナ・プロチーム(カザフスタン)専属マッサー

経歴
:日本鍼灸理療専門学校本科卒業
1995年~1998年:小守スポーツマッサージ療院所属、日本舗道レーシングチーム、世界ジュニア自転車選手権日本代表
1998年:イタリア、プロサイクルロードチーム、リーゾ・スコッティに研修生として渡欧。
日本人のマッサージ師として初めてジロ・ディ・イタリア、ツール・ド・フランスに帯同
1999年:カンティーナ・トッロチームと契約。この年からイタリアを拠点とした活動を本格スタート
2000~2005年:ファッサボルトロ所属。
自転車競技界の重鎮フェレッティ氏の元、世界トップクラスのスタッフに囲まれトレーナー活動、チーム運営のノウハウを学ぶ。(2001年、2003年UCI世界ランキング1位チーム)
2006~2010年:リクイガス所属。
ダニーロ・ディルーカの専属マッサージ師として2007年ジロ・ディ・イタリア総合優勝をサポート。その後は新世代のサイクルロード運営を目指し、世代交代に力を入れたチーム運営に関わる。
2009年世界自転車選手権チェコ代表マッサー。
2010年UCI世界チームランキング2位
2011年:13年間在住したイタリアを離れ、日本を拠点とし活動をスタート。
テカール・ジャパンのアドバイザーに就任。
アスタナチーム(カザフスタン)専属マッサージ師

中野喜文 オフィシャルサイト

text:Naoko.TSUNODA
photo:Makoto.AYANO

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