山火事による異例の規制が敷かれたツール・ド・フランス第3ステージ。静まり返るはずだったフランス側には予想外の歓声が響き、フィニッシュ後にはマイヨジョーヌを纏ったポガチャルがユーモアのある受け答えで笑いを誘った。フランス入国初日に見た、不思議な1日をレポート。



沿道から配られるグッズを欲するのは、子どもたちだけではない photo:Sotaro.Arakawa

山火事による影響の一報が入ってきたのは、第2ステージがフィニッシュする数時間前のことだった。第3ステージのフィニッシュ地点であるレ・ザングルから、車で70kmほどの所にあるトレヴィヤックで大規模な山火事が発生したのだ。それもツールの関係車両の通るルートになっていたため、レース主催者であるA.S.O.は迂回ルートを設定。さらにフランス領内の終盤約40kmではキャラバン隊を中止し、無観客とする旨を発表した。

ちなみに決断を下したのはA.S.O.ではなく、ピレネー=オリアンタル県の知事。無観客に踏み切った理由はコース付近で山火事が差し迫っていたからではなく、レースに必要な警察などの人員を火災対応に充て、必要な道路を確保するためだ。フランスに入国する記念すべき日となるはずだったのに、味気ない一日になると思っていたが、これが思わぬ好機を与えてくれることになる。

カタルーニャの旗を持ち、選手たちの登場を待つマダム photo:Sotaro.Arakawa
前日の開幕地タラゴナよりも、グラノリェースの方がカタルーニャの旗が目立った photo:Sotaro.Arakawa


ヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク)以下、4賞ジャージがスタートライン最前列に並ぶ photo:CorVos

大会3日目のスタート地点はスペイン・グラノリェース。バルセロナの市街地から車で40分ほどの所にあるベッドタウンだ。町は栄えており、歩いているとうどん屋など、何軒か日本食レストランに出会うぐらい。一方で中世からの街並みを受け継ぐためか、道は狭く、建物もバルセロナに比べれば低い。どことなく可愛さを持った街、という印象だ。

また、F1ファンならばバルセロナ・カタルーニャGPの舞台であるカタロニア・サーキットが目と鼻の先にある。F1との親和性のあるツールだが、今回は立ち寄ることなく、スタートした選手たちは一路、北にあるフランスとの国境を目指した。

この日はなかなか逃げが決まらなかった。今大会で2番目に長い195.9kmコースをたっぷり使い、形成されたのは18名によるエスケープ。その中にはマイヨヴェール獲得を目指し、中間スプリントを狙いに来たマッズ・ピーダスン(デンマーク、リドル・トレック)も入った。ちなみに昨年のマイヨヴェール獲得者であるジョナタン・ミラン(イタリア)ではなく、リドル・トレックがピーダスンを選んだのは、集団スプリントが予想されるステージが少ないから。また総合優勝者、例えばポガチャルにマイヨヴェールを取られたくないレース主催者の思惑か、確かにピーダスンのような登坂もこなせるスプリンターでないと、今大会の緑色ジャージ獲得は難しそう。

一方その頃、プロトンではUAEチームエミレーツXRGが牽引を始めていた。逃げ切りを許すこともできた展開でありながら、勝利を狙う意思を隠さない動きだった。

キャンピングカーの列。まだこれはスペイン側 photo:Sotaro.Arakawa

スペインを離れてフランスに入国。カタルーニャ州の旗が翻る photo:CorVos
ウジェーヌ・ドラクロワによる民衆を導く自由の女神の像が、唯一と言っていいフランス入国のサインとなった photo:Sotaro.Arakawa


国境を越え、筆者が乗る車がスペインからフランスに入ると、無観客のお達しがあったため、フランス側にひと気はなし。いるのは、こちらを睨みつけ、フロントガラスに貼ってある関係車両であることを示すステッカーを凝視する憲兵隊ぐらい。しかしそんな憲兵隊もどこか暇そうで、制服の上からでも分かる筋肉を持て余しているように見えた。

マテマール湖を迂回し、たどり着いたのはレ・ザングルというピレネー山脈にある小さな街だ。典型的なスキーリゾートの様相で、夏はマウンテンバイクやモトクロスも盛んなのも納得なロケーション。早速フィニッシュに向かって歩いていると、フォトグラファーの辻啓氏と合流できたので、共にリフトでフィニッシュ地点へ。そこはマテマール湖を上から望む絶景。傾斜の厳しく長く見える登りでも、3級山岳なのかと軽い驚きを得た。

レ・ザングルのフィニッシュ地点。ツール関係者以外はいないエリア photo:Sotaro.Arakawa

ファンを下山させた憲兵隊。ただ笑顔は素敵だった photo:Sotaro.Arakawa

フィニッシュ周辺はレース関係者以外の立ち入りを禁止しており、例外として認められたのは、現地に住んでいることを証明できる人のみ。しかし、その厳格な規制もラスト1kmからだけなのか、下からは地響きのような大声援が聞こえてきた。その後映像で確認したが、「無観客レース」の定義があやふやになるほど多くの観客がコースフェンスを叩きながら応援。おかげで登ってくる選手の位置を正確に把握することができた。

そして、無観客の恩恵はフィニッシュラインから最も近い位置で撮影できたこと。初めてのフィニッシュフォトが撮れ、さらに表彰式もコースを挟んだ最前線で撮ることができた。

タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:Sotaro.Arakawa

今大会1勝目を手に入れたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:Sotaro.Arakawa

そのフィニッシュラインに真っ先に飛び込んできたのは、アルカンシエルを纏ったポガチャルだった。レース後、ポガチャルは「逃げ切りを許すこともできたのに、それだけ勝利に飢えていたのか?」と問われると、「いいや、お腹は空いていないよ。30分ごとに補給のジェルを摂っているからね(笑)」とはぐらかしながらも、「チームとしてチャンスがあれば狙っていかなければならない」と語る。

とてもハングリーだったのは、デルトロの勝利に触発されたポガチャルか。はたまたハングリー、いやグリーディー(貪欲)なのはチームの首脳陣なのか。

開幕3日間でヴィンゲゴー、デルトロ、そしてポガチャルと、開幕前の総合優勝候補たちが、それぞれ見せ場を作ったことに。しかし少々急ぎ過ぎて、この後食傷気味にならないかと早くも不安になってしまう。

体調不良を抱えたまま走り、リタイアを喫したアルノー・ドゥリー(ベルギー、ロット・アンテルマルシェ) photo:CorVos

最後にアルノー・ドゥリー(ベルギー、ロット・アンテルマルシェ)のことにも触れておきたい。初日となったチームタイムトライアルは試走に未参加。しかし第1、第2ステージと完走を果たし、3日目もバプティスト・ヴェイストロフェールのアシストを受けながらフィニッシュを目指した。しかし結果は途中棄権。フィニッシュまで残り数km、最終登坂を目前で、早くもドゥリーのツールが幕を閉じた。

その原因は開幕直前に患った胃腸の感染症だという。初日から登坂があるチームTTから始まり、丘を3回登る第2ステージ、そしてこの日の1級山岳からの3級山岳フィニッシュ。レース主催者による「序盤から飽きさせないレース展開を」という意図が伝わってくるレイアウトが、結果的にドゥリーにとってあまりにも厳しいものとなってしまった。

text&photo:Sotaro.Arakawa in Font-Romeu-Odeillo-Via, France