沿道には多くのメキシコ国旗が掲げられ、初出場の22歳の背中を押した。その声援に応えるように、ポガチャルに導かれながらフィニッシュ手前の緩斜面を駆け上がっての勝利。猛暑のレースとなったツール第2ステージを現地レポートでお届けします。

アラフィリップの名前が呼ばれると、一際大きな歓声が上がる photo:Sotaro.Arakawa

スターの風格を漂わせるファンデルプール photo:Sotaro.Arakawa 
観客には老若男問わず、日傘をさしている人が目立った photo:Sotaro.Arakawa

バルセロナから南西へ100kmほどにある港町タラゴナ photo:Sotaro.Arakawa
ようやく太陽の国スペインに来たという感じ。この日のスタート地点であるタラゴナに到着し、車のドアを開けた瞬間、35度近い外の熱気が一気に流れ込んできた。しかし風には涼しさもあり、日陰に入れば心地よいのは、昨日より湿度が低いから。前日は60%前後だった湿度も、この日は40〜45%で推移した。
タラゴナは「タラコの考古遺跡群」として2000年にユネスコ世界遺産に登録された場所だ。しかしローマ円形劇場も水道橋も、旧市街もこの日は堪能することはできず。チームプレゼンテーションとスタート地点となったのは、市街地の内陸側にある、新しいマンション群に囲まれた大きな駐車場。そこにヴィラージュが設置され、観客席のある舞台では、選手が登場する度に大きな歓声が上がった。
ここがあくまでスペインではなくカタルーニャだからなのか、地元とも言っていいカハルラルやモビスターが登場しても拍手はまばら。それよりもヨン・イザギレ個人の方が歓声は大きく、フアン・アユソがそれを上回る。体感では、ヴィンゲゴーよりもポガチャルへの声援の方が大きく、ファンデルプールがトップタイといったところだろうか。

1人だけマスク姿で表れたヴィンゲゴー photo:Sotaro.Arakawa
チームプレゼンを撮るべく、ステージ下に集まっていたフォトグラファーの目を奪ったのは、チームの中で1人マスク姿で表れたヴィンゲゴーだった。しかもコロナ禍を思い出させる、ヨーロッパ規格(EN規格)に適合した微粒子用のFFP2マスク。外して登壇かと思いきや、マイヨジョーヌはマスク姿のまま上がり、壇上で名前が呼ばれてようやく外す徹底ぶり。その理由は病気ではなく、あくまでも予防。ヴィンゲゴーは昨年のブエルタ・ア・エスパーニャや今年ジロ・デ・イタリアで体調不良に悩まされていた、という情報もあるが、約3年ぶりに着用したマイヨジョーヌ、そしてライバルから総合タイムを失わないための、チームスカイ時代のマージナルゲインを思い出させる施策だ。
なお、他の選手たちはもちろんマスク未着用だった。
そしてタラゴナを出発し、真っ青な美しい地中海沿岸を進み、約3時間後に選手たちは再びバルセロナに戻ってきた。

沿道で目立ったメキシコ国旗 photo:Sotaro.Arakawa

モンジュイックの丘で選手たちを待つファン。ちなみに選手たちがやってきたのはこれから2時間ほど後 photo:Sotaro.Arakawa 
各国の旗が入り乱れる、混沌としたモンジュイックの丘 photo:Sotaro.Arakawa

モンジュイックの丘を登っていくプロトン photo:Sotaro.Arakawa
勝利したイサーク・デルトロ(メキシコ、UAEチームエミレーツXRG)が「まるでホームレースのよう」と語るように、沿道では所々にメキシコ国旗が掲げられ、サッカーのメキシコ代表のユニホームを着ているファンも多くいた。勝利直後には国旗を振りながら「イサーク!イサーク!イサーク!」と叫び、走り回る恰幅のよいオジさまの姿も。
人口171万人のバルセロナには5千人弱のメキシコ人が暮らしているとのことなので、国旗やユニホーム姿の多さにも納得。「どこにでもいる」でお馴染みコロンビア人ファンと比べ、同様かそれ以上の数がプロトンで唯一のメキシカン、デルトロの背中を後押ししていたのだ。しかしコロンビアンのようにフェンス最前列で国旗を垂らし、何時間前から選手の通過を待ち受けるのではなく、国旗を手に常に移動しながらベストポジションを探し歩く姿が多かった。まだ自転車ロードレースの応援文化が根付いていない証拠なのではと邪推したくなる、その対比もおもしろかった。
そしてフランス人記者が「F1のようなコーナリングだった」と表現するように、最終コーナーでスケルモースを抜いたデルトロは、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)とワンツーフィニッシュ。その直後、すぐにヴィンゲゴーに勝利を称える握手を返したデルトロは、バイクから降りて倒れ込むと、チームスタッフから手渡された水をぶちまけ、喜びを爆発させる。
そして間違いなく今大会のハイライトの1つとなるであろう、マイヨアポワを着たポガチャルが、デルトロを高く抱き上げるシーンへと繋がっていく。

ポガチャルに持ち上げられ、拳を突き上げたイサーク・デルトロ(メキシコ、UAEチームエミレーツXRG) photo:CorVos

「イサーク!イサーク!イサーク!」と叫びながら国旗を振り回し、フィニッシュ地点に向かってダッシュ photo:Sotaro.Arakawa 
デルトロ勝利に歓喜するメキシコ人ファン。皆国旗とサッカーの代表ユニフォームはセット photo:Sotaro.Arakawa
顔にはまだ幼さすら残るデルトロだが、記者会見での受け答えは、もはやスターの片鱗を見せるものだった。この日の夜に行われる、サッカーメキシコ代表のW杯の試合について何度聞かれても、嫌な顔1つせず、また毎回言葉を変えて「心から応援している」と繰り返す。なかでも印象的だったのは、記者からのスペイン語での質問にも、英語の方が記者の多くが理解できると思ってか、英語で答える配慮を見せたことだ。
そしてこの勝利に違う視点を与えたのは、猛追によって3位に入ったレムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)の存在だ。
ヴィンゲゴーがフィニッシュ手前の緩い左コーナーの外側に膨らんだポガチャルの背後を取った一方、精鋭集団の中ほどから一気に番手を上げたエヴェネプールは、最短距離であるインサイドから猛追。ヴィンゲゴーを抜き、ステージ3位でフィニッシュしたのだ。
レース後の囲み取材で「勝利の可能性があったか」という問いに「そう思う」と答えたエヴェネプール。「最後に彼ら(デルトロとポガチャル)がスピードを緩めていたら、勝ったのは背後から飛び出した僕だったかもしれない。また、彼らの背後についていれば、勝てたかもしれない」と語る。そして最終コーナーの前に番手を下げたのを「あえて先頭と距離を空けるという作戦を取った。小さな賭けと言っていい」と語り、フィニッシュ手前の猛追は作戦だったのだと明かした。「だが、彼らは最後まで踏みを緩めることはしなかった」と最後の展開を振り返った。
しかし「周回コースに入った瞬間から彼らのチームが主導権を握っていた。だからUAEにふさわしい勝利。幸い、50m後方からではなく、僕はそれを最前列で見ることができた」とジョークを交え、今大会最初のロードレースを振り返った。
そして翌日で開幕地スペインともお別れ。第3ステージはいよいよフランスに入国する195.9kmの山岳ステージだ。しかし、フィニッシュ地点であるレ・ザングルで山火事が発生。700名以上の消防士が動員される事態となり、ツール主催者であるA.S.O.は、フランス入国後の沿道を無観客にすることを発表。記念すべきフランス初日ながら、静かな戦いになりそうだ。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Barcelona, Spain




ようやく太陽の国スペインに来たという感じ。この日のスタート地点であるタラゴナに到着し、車のドアを開けた瞬間、35度近い外の熱気が一気に流れ込んできた。しかし風には涼しさもあり、日陰に入れば心地よいのは、昨日より湿度が低いから。前日は60%前後だった湿度も、この日は40〜45%で推移した。
タラゴナは「タラコの考古遺跡群」として2000年にユネスコ世界遺産に登録された場所だ。しかしローマ円形劇場も水道橋も、旧市街もこの日は堪能することはできず。チームプレゼンテーションとスタート地点となったのは、市街地の内陸側にある、新しいマンション群に囲まれた大きな駐車場。そこにヴィラージュが設置され、観客席のある舞台では、選手が登場する度に大きな歓声が上がった。
ここがあくまでスペインではなくカタルーニャだからなのか、地元とも言っていいカハルラルやモビスターが登場しても拍手はまばら。それよりもヨン・イザギレ個人の方が歓声は大きく、フアン・アユソがそれを上回る。体感では、ヴィンゲゴーよりもポガチャルへの声援の方が大きく、ファンデルプールがトップタイといったところだろうか。

チームプレゼンを撮るべく、ステージ下に集まっていたフォトグラファーの目を奪ったのは、チームの中で1人マスク姿で表れたヴィンゲゴーだった。しかもコロナ禍を思い出させる、ヨーロッパ規格(EN規格)に適合した微粒子用のFFP2マスク。外して登壇かと思いきや、マイヨジョーヌはマスク姿のまま上がり、壇上で名前が呼ばれてようやく外す徹底ぶり。その理由は病気ではなく、あくまでも予防。ヴィンゲゴーは昨年のブエルタ・ア・エスパーニャや今年ジロ・デ・イタリアで体調不良に悩まされていた、という情報もあるが、約3年ぶりに着用したマイヨジョーヌ、そしてライバルから総合タイムを失わないための、チームスカイ時代のマージナルゲインを思い出させる施策だ。
なお、他の選手たちはもちろんマスク未着用だった。
そしてタラゴナを出発し、真っ青な美しい地中海沿岸を進み、約3時間後に選手たちは再びバルセロナに戻ってきた。




勝利したイサーク・デルトロ(メキシコ、UAEチームエミレーツXRG)が「まるでホームレースのよう」と語るように、沿道では所々にメキシコ国旗が掲げられ、サッカーのメキシコ代表のユニホームを着ているファンも多くいた。勝利直後には国旗を振りながら「イサーク!イサーク!イサーク!」と叫び、走り回る恰幅のよいオジさまの姿も。
人口171万人のバルセロナには5千人弱のメキシコ人が暮らしているとのことなので、国旗やユニホーム姿の多さにも納得。「どこにでもいる」でお馴染みコロンビア人ファンと比べ、同様かそれ以上の数がプロトンで唯一のメキシカン、デルトロの背中を後押ししていたのだ。しかしコロンビアンのようにフェンス最前列で国旗を垂らし、何時間前から選手の通過を待ち受けるのではなく、国旗を手に常に移動しながらベストポジションを探し歩く姿が多かった。まだ自転車ロードレースの応援文化が根付いていない証拠なのではと邪推したくなる、その対比もおもしろかった。
そしてフランス人記者が「F1のようなコーナリングだった」と表現するように、最終コーナーでスケルモースを抜いたデルトロは、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)とワンツーフィニッシュ。その直後、すぐにヴィンゲゴーに勝利を称える握手を返したデルトロは、バイクから降りて倒れ込むと、チームスタッフから手渡された水をぶちまけ、喜びを爆発させる。
そして間違いなく今大会のハイライトの1つとなるであろう、マイヨアポワを着たポガチャルが、デルトロを高く抱き上げるシーンへと繋がっていく。



顔にはまだ幼さすら残るデルトロだが、記者会見での受け答えは、もはやスターの片鱗を見せるものだった。この日の夜に行われる、サッカーメキシコ代表のW杯の試合について何度聞かれても、嫌な顔1つせず、また毎回言葉を変えて「心から応援している」と繰り返す。なかでも印象的だったのは、記者からのスペイン語での質問にも、英語の方が記者の多くが理解できると思ってか、英語で答える配慮を見せたことだ。
そしてこの勝利に違う視点を与えたのは、猛追によって3位に入ったレムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)の存在だ。
ヴィンゲゴーがフィニッシュ手前の緩い左コーナーの外側に膨らんだポガチャルの背後を取った一方、精鋭集団の中ほどから一気に番手を上げたエヴェネプールは、最短距離であるインサイドから猛追。ヴィンゲゴーを抜き、ステージ3位でフィニッシュしたのだ。
レース後の囲み取材で「勝利の可能性があったか」という問いに「そう思う」と答えたエヴェネプール。「最後に彼ら(デルトロとポガチャル)がスピードを緩めていたら、勝ったのは背後から飛び出した僕だったかもしれない。また、彼らの背後についていれば、勝てたかもしれない」と語る。そして最終コーナーの前に番手を下げたのを「あえて先頭と距離を空けるという作戦を取った。小さな賭けと言っていい」と語り、フィニッシュ手前の猛追は作戦だったのだと明かした。「だが、彼らは最後まで踏みを緩めることはしなかった」と最後の展開を振り返った。
しかし「周回コースに入った瞬間から彼らのチームが主導権を握っていた。だからUAEにふさわしい勝利。幸い、50m後方からではなく、僕はそれを最前列で見ることができた」とジョークを交え、今大会最初のロードレースを振り返った。
そして翌日で開幕地スペインともお別れ。第3ステージはいよいよフランスに入国する195.9kmの山岳ステージだ。しかし、フィニッシュ地点であるレ・ザングルで山火事が発生。700名以上の消防士が動員される事態となり、ツール主催者であるA.S.O.は、フランス入国後の沿道を無観客にすることを発表。記念すべきフランス初日ながら、静かな戦いになりそうだ。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Barcelona, Spain
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