2024/12/14(土) - 06:30
サイパンで行われたヘル・オブ・マリアナを史上最速の走りで優勝した井上亮(Magellan Systems Japan)の参戦レポートをお届けします。まずはツール・ド・おきなわのレース中止で最大の目標を失って暴飲暴食に身を落とすなか、急遽参加を決めてから出発にこぎつけるまでのストーリーから。
今年もほぼツール・ド・おきなわ市民200kmのみに絞ってトレーニングを積み、これまでで1番良いと思われる仕上がりでレースの日を迎えることができた。しかしご存知の通り沖縄北部を襲った豪雨災害によりレースはキャンセルに。大会開催に向けて最後まで尽力していただいた大会主催者の方々には本当に感謝でしたが、自然のことなので仕方ないとはいえ、数ヶ月間はおきなわに向けて全てを捧げて本気で準備してきたので、レースが無くなった虚無感は大きいものがあった。
このレースに向けて本気になっていた多くの方々もそうだと思うが、私にとってもツール・ド・おきなわは非常に大きな存在だ。40歳を迎え、おそらく競技者として自分の人生におけるトップレベルのコンディションを維持できるのも長くてあと数年ということを考えると、連覇の可能性のある1回を失ったのは非常に残念であった。
まあ過ぎたことを考えても仕方がなく、次に向かっていかねばならない。今シーズンが終わったのは事実なので、とりあえず今はレース後にしたいと思っていたことをするか!と、家族と沖縄観光をして、好きな物を好きなだけ食べ、いつも通りの堕落したオフシーズンに突入していた。
そんな折、Xで見かけたサンブレイブ藤田涼平君の投稿。サイパンで行われるヘル・オブ・マリアナのレースがまだエントリーできるらしい。優勝賞金が出るようで、1000$と。勝てれば旅費など全てペイバックされるのでは?
ヘル・オブ・マリアナのことは、以前にシクロワイアードでの中村龍太郎君のレポートや兼松大和さんのブログで知っていて、面白そうだなとは思っていた。ツール・ド・おきなわを100kmに凝縮したようなコーストとのこと。ただ、自分が出ようと考えたことはまったく無かったが。
何となく妻に「こんなレースがあるらしい」と話してみたら「出てきたら?」と。マジかよ。「これだけ頑張ってやってきたのだからこのままいつもの堕落したシーズンに入るより行ってきた方がその後もうまくいくんちゃう?」と。何て妻だ。
おきなわへ向けて己の極みまで鍛え上げたものの、解き放たれる場を失い途方に暮れていた我が肉体と精神が疼き始めた。おきなわ後数日ですでにジャンクフードにより蝕まれ、5kg増えた我が身体。お前はまだ戦えるのか?と、翌日から暴食はやめて再び身体との対話を始めた。
トレーニングを再開したが浮腫みで身体が酷い状態になっており、数日でこんなに落ちるのかというほどパフォーマンスは低下していた。しかしお前との付き合いも長い私は知っている。この程度の短期間の不摂生なら比較的すぐに戻ることを。
まだレースに参加することを決めかねていたが、ありがたいことに職場でも快く送り出してくれそうで本当に感謝である。問題は私自身の問題である。本気になれば十分身体は戻せる気はしたが、一度はオフシーズンに入って完全に途切れたモチベーションはなかなかすぐに戻せない。トレーニングへの集中力もおきなわ前ほどはなく、節制もできずにいた。
おきなわに向けて集中してきたので当然ではあるのだが、あまりに走れない状態で色々準備してお金をかけて南国まで走りに行く意味はあるのだろうか?と自問自答した。優勝賞金を当てにするとか取らぬ狸の皮算用としか言いようがないのでは? もう今年のおきなわは終わって戻ってこないのだ。
素直にオフシーズンに入るべきなんじゃなかろうか、と。それに加え超絶ものぐさな私は色々と海外遠征の準備を整えるのがシンプルにめんどくさいなあと思っていた。パスポートも期限切れで取得しなければならないし、サイパンへの航空券を取得したりするのもやらねばならない…。準備するのめんどくさいし、今からまたしばらく集中し直してトレーニングするのしんどいし、やっぱ行くのやめようかなあと思い始めていた。
こんな状態で迷いながらもトレーニングをぼちぼち再開していたら、少しずつ戻りつつあるのを感じていた。Xでこのレースのことをポストしたらシクロワイアードの綾野さんからも連絡をいただき、色々と情報を教えていただいた。
どうしようか迷いながら2週間ほど経過し、とある平日朝のローラーのトレーニングでそれなりの数値が出て手応えを感じれたら行くことに決めた。結果は体重増のおかげとは言え、1時間値のベストを更新。もうやるしかない。
確かに、めんどくさがりな私はこの機会を失ったら、ほぼ間違いなく一生サイパンでサイクリングをすることなんてないだろうなと思っていた。せっかく種々の都合がつけられて、運良く単独で南国へサイクリングに行けるという超贅沢な経験ができる機会を得たのだ。人生は一度しかなく、元気に自転車に乗れるのもあとどれぐらいあるかわからない。
決意してからは早速、ものぐさな私ではあるが重い腰を上げ種々の準備をし始めた。まずはパスポートである。市のパスポートセンターへ行ったら出来上がってくるのは出発の前日であるとのこと。早めに来ておいてよかった(いやすでに全く早めではないのだが(^^;))。
今年も参加するというサンブレイブの藤田君からも連絡をもらい、色々チームでサポートできるとのことで、本当にありがたかった。昨年の藤田君や過去の兼松さんや龍太郎君のレポートを熟読すると、サイパンの道は荒れているうえに路面がかなり滑りやすく、雨が降るとさらに酷くなるっぽい。亜熱帯気候のサイパンでは12月は乾季に入っているようだが、それでもしばしばスコールで大雨になったりするようである。
おきなわで決戦用に使用しているコンチネンタルGP5000TTTRタイヤ(28C)をそのまま使用するのはかなりリスクが高いと思われ、カーボンスポークのCADEX ULTRA50ホイールも飛行機輪行で壊れるリスクを考えるとあまり持っていきたくない。考えた結果スペアホイールで眠らせていたZIPP303にSTRをF:28C・R:30Cで運用してみることにした。
トレーニングは寒くなってきた影響もあり、ローラーでベストを出してからはなかなかうまく行かなかった。暑いのは苦手だが嫌いではない。が、寒いのは苦手なうえに嫌いだ(すいません貧弱なだけです)。レースまで3回ほどある週末に200km超のロングライドを何度かこなして身体を絞りつつ調子を取り戻そうと計画していたが、体調が悪化したりと十分にこなせなかった。
またいったんオフシーズンに入った影響で食欲を抑えることができず、練習量もこなせなかったため、増えた体重を戻すことに苦しんだ。それでもこの時期としては例年ならば十分合格点と言える練習は積んである程度は維持できたし、最後にようやく体調と食欲を抑えることができるようになり、何とか+2kg程度にまで持ってくることができた。
常夏のサイパン(平均28-30℃ぐらい?)の環境で走れるように、暖房MAX(30℃)でローラーでのヒートトレーニングを数回ほどこなしてある程度対応できるように試みた。
レース前日にパスポートを無事受け取り、直ちにG-CNMI ETAを申請。これはマリアナ諸島に入国する際に必要な無料の電子渡航認証なのだが、今年の12月1日から必要になったらしい(以前は機内で書類に記入するだけでOKだったぽい)。
実はこいつが最大の懸念点で、手続きを済ませてないと入国できない可能性もあった。出発5日前までにせよと書いてあることに2週間ほど前に気付き、パスポートがないため前日まで入力できないことが判明。これは詰んだかもしれん、と相当焦ったが、調べてみるともしこっちがダメでもESTAで入国することができ、ESTAはどうやらほとんどの場合申請して数時間以内には承認されるとのこと。まあ何とかなるやろ、といつもの如く楽観的に過ごし、パスポート受け取り後、直ちにG-CNMI ETAに申請してみたところ10分程度でステータスがapprovedになって一安心した。
もう一つの懸念事項は、シーコンでの輪行で重量がオーバーしないかということだった。どうやらサイパンまでのユナイテッド航空は23kgまでなら無料で預けれるようだが、先日の沖縄への遠征の際は万全を期すために予備の機材や食べ物などを大量に持参したため40kgを超えていた(^^;) 。今回は万一トラブったら現地で何とかするつもりで衣類なども最小限に抑えた。出発当日朝に梱包して体重計に乗って計量した限りは大丈夫そうだった。
木曜に伊丹から成田へ向かった。何故かANAで1番安かったのがプレミアムシートだったので初めてだったのだが、たった1時間程度のフライトで機内食が出てきたので感動した(持ち帰りできてサイパンへのフライト中で食べたがかなり美味しかった)。
成田で無事バイクを預け(重量とか全く検査されなかった気が…)、入国審査もトラブルなく進んだ。サンブレイブの皆さんとも合流でき、無事サイパンへと飛んだ。
1ヶ月前の自分に「お前それだけ頑張って練習してきたけど、今年のおきなわ中止になってその1ヶ月後にはサイパンでレースすることになってるで」と伝えられたとしても信じてもらえなかっただろう。人生とは面白いものだな、と考えながらサイパンへのフライトでこのレポートを書いた。さて、サイパンではどんなドラマが待ち受けているだろうか。
サイパン到着から試走へ
木曜の22:00頃にサイパンに無事到着。空港から外に出た瞬間、南国特有の甘いココナッツの香り?の暖かい風に包まれ、もうそれだけで幸せな気分になった。
宿は昨年の藤田君のレポートを見て、Himawari Hotel(ヒマワリホテル)という日本人経営のホテルが安心そうで、かつ安かったのでここに決めていた。送迎に来てくれるとのことで、あらかじめ連絡はしておいたものの、バイクが乗せれるか心配ではあったが、デカめの送迎車何台かで来てくれたので全く問題なかった。
同乗した方は年に何度もこのホテルに宿泊されているリピーターらしく、色々と教えてくれた。
宿に到着、建物は古いものの部屋は広く快適だった。周囲を散策してみたい気持ちに駆られたが、夜も遅かったので部屋で大人しくしておいた。
翌朝は9:00にサンブレイブの選手達と集合してコース試走の予定。ヒマワリホテルの1Fはスーパーになっており、朝6:15からオープンしているため階段を降りてみると事前の情報通り日本的なものが何でも売っていた。食料品とベーカリーがあり、奥の方はまさに日本のダイソーである。お祝い金を包む封筒まで売っていたが、サイパンの人も使ったりするのだろうか?
さらに食料品売り場には私のソウルフードであるフルグラ(シリアル)まで陳列されていたが、値段は日本の倍以上だったので持ち込んで正解だった。きっとサイパンでは日本の高級シリアルとして認識されているのだろう。手頃な価格で気軽にフルグラを食べることが出来る我々は感謝せねばならない。
朝ごはんに半額になっていた「SIOPAO」と書いてるずっしりと重いパンを買って早速食してみたら、肉まんのようでなかなか美味しかった。後で調べてみたら、やはりSIOPAO(焼包)は肉まんのことらしい。
9:00にサンブレイブの選手達と集合して北部方面のコース試走へ。今回のレースでサポートしていただく現地のダイビングショップ AQUA GATE SAIPANを経営している若杉さんや、マリアナ政府観光局の原田さん、cyclowiredのフォトグラファー加藤さんにも車でついてきていただいた。
ところで今回のヘル・オブ・マリアナのコースに関しては、これまでのレースレポートを読んだりStravaのログからダウンロードして予めしっかりと予習しておいた。レースは100kmちょい、獲得標高1500m程度のコースで、ちょうどツール・ド・おきなわを凝縮したようなプロフィールとのことだ。
このコースで最長の登りは後半67km地点あたりに出現するRader Towerという旧軍事施設?のレーダー塔跡へと登るヒルクライムで、平均8%を10分程度のようである。
コースは数年ごとにマイナーチェンジがある模様。コロナ禍前の大会ではスタートしてすぐにこのレーダー塔へのヒルクライムが始まり、ここで一気に人数が減ったようであるが、昨年度の大会からコースの変更があって序盤は南部の平坦+アップダウンをこなし、レーダー塔は後半に組み込まれるようになったようである。
コースは日本であまり見ない、ヒルクライムルートを往復しながらサイパンを一周するようになっている。見た目的にサイパンの形が淡路島っぽいので同じぐらいの大きさなのかと最初思ったが、ヒルクライムしながら1周して100km程度であることからわかる通り淡路島よりかなり小さく、小豆島ぐらいの大きさらしい。
スタートすると南下し、Capital hillという場所周辺へ5分程度の登りを含んだアップダウンをこなし、北上して67km地点ぐらいからのレーダー塔への登りを迎える。レーダー塔を下ってからは北部の西海岸線周囲を走り、かつて太平洋戦争末期に敗色濃厚となった日本軍や民間人が投身して自決したという歴史のあるスーサイドクリフへの登りをこなす。その後も3箇所ほど往復ルートをこなしてからスタート地点へ戻りゴールする。
後半にも厳しそうな登りが控えているものの、レーダー塔まで集団が残っていたならばそこで勝負は決する(というか自分が決めに行く)のではないかと予想していた。
ちなみにコロナ禍以前はヨーロッパのプロレベルの選手も来ていて、かなりレベルが高い年もあったようだが、昨年の4年ぶりに開催されたレースではセグメントのタイムを見る限り出場者が減ってかなり易化したようである(後で知ったことだが、サイパンはコロナ禍の際に完全な鎖国政策となったらしく、全く人が来なくなり悲惨だったとのこと)。年によってかなりレベルに差があり、今年がどうなのかは全く不明であるので走ってみなければわからなかった。
あらかじめStravaから昨年のルートをダウンロードしてガーミンのサイコン(Edge530)に入れておいた。レースの際はルートをスタートさせてClimb pro機能をonにしておくと、主要な登り区間の勾配変化や、あとどのぐらいの距離で出現するかを示してくれるので非常に助けになる。今回のようなあまり知らないコースでは言わずもがな、私は熟知しているおきなわ市民200kmでもルートを表示させている。登りもそうだし、この先にどのぐらいのRのカーブがあるかなどについても役に立つからだ。たぶんやっている方も多いと思う。
コースの懸念点として、路面がかなりスリッピーで、道も悪く、雨が降る(ほとんどの場合降るっぽい)と沖縄の比ではないほど滑るとのこと。落車やパンクしないかが心配であった。
そのため前述のように、できるだけパンクリスクを低くしつつ、グリップも考えてコンチネンタルGP5000STRの28Cと30Cを低圧で運用することにした。とりあえず前後4.0bar程度にして慎重に走ってみたところ問題なさそうだったので、後は当日の天候をみてもう少し下げることも考慮しておいた。
集合していざコース試走へ。まず走り始めてガーミンのマップがズレていることに気付いた。最初、遠くまで飛んだ影響でそのうちGPSで修正されるだろうと思っていたのだが、修正されず。後で調べてわかったことだが、どうも海外で正確に地図表示させるにはその地域のマップを購入してダウンロードしなければならないらしい。当然私のは日本の地図しか入ってないから仕方ないわけだ。ただ、ガーミンに入れておいたルートはStravaからダウンロードしたものであり、GPS自体は正確なのでルート機能は使うことができた。
ガラパン市街から少し北上してレーダー塔への登りへ。少しペースを上げて走ってみたものの、思ったよりは勾配もキツくなくて問題なさそうと感じた。下りは路面を確認しつつ慎重に下った。
この後はスーサイドクリフへの登りなどを確認。どこも非常に美しい景色で、コースを確認しながら日常から離れた南国の風景をサイクリングしていることに感動していた。
コース的にはバードアイランドへ向かう道はところどころ陥没や隆起で非常に荒れており、これを知らずに突っ込んだら惨事になりそうだったので、事前に教えてもらい確認できて良かった。
後半部分をトータル50km程度走り試走は終了。レース前日なので控えめにしておいたつもりだったが、久々の暑さと日差しで日焼けしてしまい、思ったより疲労感があった。
ホテルに戻ってからは1Fのスーパーで昼飯を買い、休んでから近くのクラウンプラザホテルへ受付へ行った。身分証明書が必要と言われていたが、全く確認されなかった。
荷物は最小限にしたが、もはやレース前のカーボアップの必需品と化しているフルグラ糖質offだけは持参し、それなりに摂取しておいた。100kmしかないのでそこまでカーボを入れ過ぎるよりは、控えめ(と言ってもたぶん普通の選手よりは多い)の方がいいと思われた。
翌日は6:15スタートと早いので21:30頃に就寝した。そういえば時差がほとんど無いのは助かった。
(レース編へ続く)
photo&text :井上亮(Magellan Systems Japan)
今年もほぼツール・ド・おきなわ市民200kmのみに絞ってトレーニングを積み、これまでで1番良いと思われる仕上がりでレースの日を迎えることができた。しかしご存知の通り沖縄北部を襲った豪雨災害によりレースはキャンセルに。大会開催に向けて最後まで尽力していただいた大会主催者の方々には本当に感謝でしたが、自然のことなので仕方ないとはいえ、数ヶ月間はおきなわに向けて全てを捧げて本気で準備してきたので、レースが無くなった虚無感は大きいものがあった。
このレースに向けて本気になっていた多くの方々もそうだと思うが、私にとってもツール・ド・おきなわは非常に大きな存在だ。40歳を迎え、おそらく競技者として自分の人生におけるトップレベルのコンディションを維持できるのも長くてあと数年ということを考えると、連覇の可能性のある1回を失ったのは非常に残念であった。
まあ過ぎたことを考えても仕方がなく、次に向かっていかねばならない。今シーズンが終わったのは事実なので、とりあえず今はレース後にしたいと思っていたことをするか!と、家族と沖縄観光をして、好きな物を好きなだけ食べ、いつも通りの堕落したオフシーズンに突入していた。
そんな折、Xで見かけたサンブレイブ藤田涼平君の投稿。サイパンで行われるヘル・オブ・マリアナのレースがまだエントリーできるらしい。優勝賞金が出るようで、1000$と。勝てれば旅費など全てペイバックされるのでは?
ヘル・オブ・マリアナのことは、以前にシクロワイアードでの中村龍太郎君のレポートや兼松大和さんのブログで知っていて、面白そうだなとは思っていた。ツール・ド・おきなわを100kmに凝縮したようなコーストとのこと。ただ、自分が出ようと考えたことはまったく無かったが。
何となく妻に「こんなレースがあるらしい」と話してみたら「出てきたら?」と。マジかよ。「これだけ頑張ってやってきたのだからこのままいつもの堕落したシーズンに入るより行ってきた方がその後もうまくいくんちゃう?」と。何て妻だ。
おきなわへ向けて己の極みまで鍛え上げたものの、解き放たれる場を失い途方に暮れていた我が肉体と精神が疼き始めた。おきなわ後数日ですでにジャンクフードにより蝕まれ、5kg増えた我が身体。お前はまだ戦えるのか?と、翌日から暴食はやめて再び身体との対話を始めた。
トレーニングを再開したが浮腫みで身体が酷い状態になっており、数日でこんなに落ちるのかというほどパフォーマンスは低下していた。しかしお前との付き合いも長い私は知っている。この程度の短期間の不摂生なら比較的すぐに戻ることを。
まだレースに参加することを決めかねていたが、ありがたいことに職場でも快く送り出してくれそうで本当に感謝である。問題は私自身の問題である。本気になれば十分身体は戻せる気はしたが、一度はオフシーズンに入って完全に途切れたモチベーションはなかなかすぐに戻せない。トレーニングへの集中力もおきなわ前ほどはなく、節制もできずにいた。
おきなわに向けて集中してきたので当然ではあるのだが、あまりに走れない状態で色々準備してお金をかけて南国まで走りに行く意味はあるのだろうか?と自問自答した。優勝賞金を当てにするとか取らぬ狸の皮算用としか言いようがないのでは? もう今年のおきなわは終わって戻ってこないのだ。
素直にオフシーズンに入るべきなんじゃなかろうか、と。それに加え超絶ものぐさな私は色々と海外遠征の準備を整えるのがシンプルにめんどくさいなあと思っていた。パスポートも期限切れで取得しなければならないし、サイパンへの航空券を取得したりするのもやらねばならない…。準備するのめんどくさいし、今からまたしばらく集中し直してトレーニングするのしんどいし、やっぱ行くのやめようかなあと思い始めていた。
こんな状態で迷いながらもトレーニングをぼちぼち再開していたら、少しずつ戻りつつあるのを感じていた。Xでこのレースのことをポストしたらシクロワイアードの綾野さんからも連絡をいただき、色々と情報を教えていただいた。
どうしようか迷いながら2週間ほど経過し、とある平日朝のローラーのトレーニングでそれなりの数値が出て手応えを感じれたら行くことに決めた。結果は体重増のおかげとは言え、1時間値のベストを更新。もうやるしかない。
確かに、めんどくさがりな私はこの機会を失ったら、ほぼ間違いなく一生サイパンでサイクリングをすることなんてないだろうなと思っていた。せっかく種々の都合がつけられて、運良く単独で南国へサイクリングに行けるという超贅沢な経験ができる機会を得たのだ。人生は一度しかなく、元気に自転車に乗れるのもあとどれぐらいあるかわからない。
決意してからは早速、ものぐさな私ではあるが重い腰を上げ種々の準備をし始めた。まずはパスポートである。市のパスポートセンターへ行ったら出来上がってくるのは出発の前日であるとのこと。早めに来ておいてよかった(いやすでに全く早めではないのだが(^^;))。
今年も参加するというサンブレイブの藤田君からも連絡をもらい、色々チームでサポートできるとのことで、本当にありがたかった。昨年の藤田君や過去の兼松さんや龍太郎君のレポートを熟読すると、サイパンの道は荒れているうえに路面がかなり滑りやすく、雨が降るとさらに酷くなるっぽい。亜熱帯気候のサイパンでは12月は乾季に入っているようだが、それでもしばしばスコールで大雨になったりするようである。
おきなわで決戦用に使用しているコンチネンタルGP5000TTTRタイヤ(28C)をそのまま使用するのはかなりリスクが高いと思われ、カーボンスポークのCADEX ULTRA50ホイールも飛行機輪行で壊れるリスクを考えるとあまり持っていきたくない。考えた結果スペアホイールで眠らせていたZIPP303にSTRをF:28C・R:30Cで運用してみることにした。
トレーニングは寒くなってきた影響もあり、ローラーでベストを出してからはなかなかうまく行かなかった。暑いのは苦手だが嫌いではない。が、寒いのは苦手なうえに嫌いだ(すいません貧弱なだけです)。レースまで3回ほどある週末に200km超のロングライドを何度かこなして身体を絞りつつ調子を取り戻そうと計画していたが、体調が悪化したりと十分にこなせなかった。
またいったんオフシーズンに入った影響で食欲を抑えることができず、練習量もこなせなかったため、増えた体重を戻すことに苦しんだ。それでもこの時期としては例年ならば十分合格点と言える練習は積んである程度は維持できたし、最後にようやく体調と食欲を抑えることができるようになり、何とか+2kg程度にまで持ってくることができた。
常夏のサイパン(平均28-30℃ぐらい?)の環境で走れるように、暖房MAX(30℃)でローラーでのヒートトレーニングを数回ほどこなしてある程度対応できるように試みた。
レース前日にパスポートを無事受け取り、直ちにG-CNMI ETAを申請。これはマリアナ諸島に入国する際に必要な無料の電子渡航認証なのだが、今年の12月1日から必要になったらしい(以前は機内で書類に記入するだけでOKだったぽい)。
実はこいつが最大の懸念点で、手続きを済ませてないと入国できない可能性もあった。出発5日前までにせよと書いてあることに2週間ほど前に気付き、パスポートがないため前日まで入力できないことが判明。これは詰んだかもしれん、と相当焦ったが、調べてみるともしこっちがダメでもESTAで入国することができ、ESTAはどうやらほとんどの場合申請して数時間以内には承認されるとのこと。まあ何とかなるやろ、といつもの如く楽観的に過ごし、パスポート受け取り後、直ちにG-CNMI ETAに申請してみたところ10分程度でステータスがapprovedになって一安心した。
もう一つの懸念事項は、シーコンでの輪行で重量がオーバーしないかということだった。どうやらサイパンまでのユナイテッド航空は23kgまでなら無料で預けれるようだが、先日の沖縄への遠征の際は万全を期すために予備の機材や食べ物などを大量に持参したため40kgを超えていた(^^;) 。今回は万一トラブったら現地で何とかするつもりで衣類なども最小限に抑えた。出発当日朝に梱包して体重計に乗って計量した限りは大丈夫そうだった。
木曜に伊丹から成田へ向かった。何故かANAで1番安かったのがプレミアムシートだったので初めてだったのだが、たった1時間程度のフライトで機内食が出てきたので感動した(持ち帰りできてサイパンへのフライト中で食べたがかなり美味しかった)。
成田で無事バイクを預け(重量とか全く検査されなかった気が…)、入国審査もトラブルなく進んだ。サンブレイブの皆さんとも合流でき、無事サイパンへと飛んだ。
1ヶ月前の自分に「お前それだけ頑張って練習してきたけど、今年のおきなわ中止になってその1ヶ月後にはサイパンでレースすることになってるで」と伝えられたとしても信じてもらえなかっただろう。人生とは面白いものだな、と考えながらサイパンへのフライトでこのレポートを書いた。さて、サイパンではどんなドラマが待ち受けているだろうか。
サイパン到着から試走へ
木曜の22:00頃にサイパンに無事到着。空港から外に出た瞬間、南国特有の甘いココナッツの香り?の暖かい風に包まれ、もうそれだけで幸せな気分になった。
宿は昨年の藤田君のレポートを見て、Himawari Hotel(ヒマワリホテル)という日本人経営のホテルが安心そうで、かつ安かったのでここに決めていた。送迎に来てくれるとのことで、あらかじめ連絡はしておいたものの、バイクが乗せれるか心配ではあったが、デカめの送迎車何台かで来てくれたので全く問題なかった。
同乗した方は年に何度もこのホテルに宿泊されているリピーターらしく、色々と教えてくれた。
宿に到着、建物は古いものの部屋は広く快適だった。周囲を散策してみたい気持ちに駆られたが、夜も遅かったので部屋で大人しくしておいた。
翌朝は9:00にサンブレイブの選手達と集合してコース試走の予定。ヒマワリホテルの1Fはスーパーになっており、朝6:15からオープンしているため階段を降りてみると事前の情報通り日本的なものが何でも売っていた。食料品とベーカリーがあり、奥の方はまさに日本のダイソーである。お祝い金を包む封筒まで売っていたが、サイパンの人も使ったりするのだろうか?
さらに食料品売り場には私のソウルフードであるフルグラ(シリアル)まで陳列されていたが、値段は日本の倍以上だったので持ち込んで正解だった。きっとサイパンでは日本の高級シリアルとして認識されているのだろう。手頃な価格で気軽にフルグラを食べることが出来る我々は感謝せねばならない。
朝ごはんに半額になっていた「SIOPAO」と書いてるずっしりと重いパンを買って早速食してみたら、肉まんのようでなかなか美味しかった。後で調べてみたら、やはりSIOPAO(焼包)は肉まんのことらしい。
9:00にサンブレイブの選手達と集合して北部方面のコース試走へ。今回のレースでサポートしていただく現地のダイビングショップ AQUA GATE SAIPANを経営している若杉さんや、マリアナ政府観光局の原田さん、cyclowiredのフォトグラファー加藤さんにも車でついてきていただいた。
ところで今回のヘル・オブ・マリアナのコースに関しては、これまでのレースレポートを読んだりStravaのログからダウンロードして予めしっかりと予習しておいた。レースは100kmちょい、獲得標高1500m程度のコースで、ちょうどツール・ド・おきなわを凝縮したようなプロフィールとのことだ。
このコースで最長の登りは後半67km地点あたりに出現するRader Towerという旧軍事施設?のレーダー塔跡へと登るヒルクライムで、平均8%を10分程度のようである。
コースは数年ごとにマイナーチェンジがある模様。コロナ禍前の大会ではスタートしてすぐにこのレーダー塔へのヒルクライムが始まり、ここで一気に人数が減ったようであるが、昨年度の大会からコースの変更があって序盤は南部の平坦+アップダウンをこなし、レーダー塔は後半に組み込まれるようになったようである。
コースは日本であまり見ない、ヒルクライムルートを往復しながらサイパンを一周するようになっている。見た目的にサイパンの形が淡路島っぽいので同じぐらいの大きさなのかと最初思ったが、ヒルクライムしながら1周して100km程度であることからわかる通り淡路島よりかなり小さく、小豆島ぐらいの大きさらしい。
スタートすると南下し、Capital hillという場所周辺へ5分程度の登りを含んだアップダウンをこなし、北上して67km地点ぐらいからのレーダー塔への登りを迎える。レーダー塔を下ってからは北部の西海岸線周囲を走り、かつて太平洋戦争末期に敗色濃厚となった日本軍や民間人が投身して自決したという歴史のあるスーサイドクリフへの登りをこなす。その後も3箇所ほど往復ルートをこなしてからスタート地点へ戻りゴールする。
後半にも厳しそうな登りが控えているものの、レーダー塔まで集団が残っていたならばそこで勝負は決する(というか自分が決めに行く)のではないかと予想していた。
ちなみにコロナ禍以前はヨーロッパのプロレベルの選手も来ていて、かなりレベルが高い年もあったようだが、昨年の4年ぶりに開催されたレースではセグメントのタイムを見る限り出場者が減ってかなり易化したようである(後で知ったことだが、サイパンはコロナ禍の際に完全な鎖国政策となったらしく、全く人が来なくなり悲惨だったとのこと)。年によってかなりレベルに差があり、今年がどうなのかは全く不明であるので走ってみなければわからなかった。
あらかじめStravaから昨年のルートをダウンロードしてガーミンのサイコン(Edge530)に入れておいた。レースの際はルートをスタートさせてClimb pro機能をonにしておくと、主要な登り区間の勾配変化や、あとどのぐらいの距離で出現するかを示してくれるので非常に助けになる。今回のようなあまり知らないコースでは言わずもがな、私は熟知しているおきなわ市民200kmでもルートを表示させている。登りもそうだし、この先にどのぐらいのRのカーブがあるかなどについても役に立つからだ。たぶんやっている方も多いと思う。
コースの懸念点として、路面がかなりスリッピーで、道も悪く、雨が降る(ほとんどの場合降るっぽい)と沖縄の比ではないほど滑るとのこと。落車やパンクしないかが心配であった。
そのため前述のように、できるだけパンクリスクを低くしつつ、グリップも考えてコンチネンタルGP5000STRの28Cと30Cを低圧で運用することにした。とりあえず前後4.0bar程度にして慎重に走ってみたところ問題なさそうだったので、後は当日の天候をみてもう少し下げることも考慮しておいた。
集合していざコース試走へ。まず走り始めてガーミンのマップがズレていることに気付いた。最初、遠くまで飛んだ影響でそのうちGPSで修正されるだろうと思っていたのだが、修正されず。後で調べてわかったことだが、どうも海外で正確に地図表示させるにはその地域のマップを購入してダウンロードしなければならないらしい。当然私のは日本の地図しか入ってないから仕方ないわけだ。ただ、ガーミンに入れておいたルートはStravaからダウンロードしたものであり、GPS自体は正確なのでルート機能は使うことができた。
ガラパン市街から少し北上してレーダー塔への登りへ。少しペースを上げて走ってみたものの、思ったよりは勾配もキツくなくて問題なさそうと感じた。下りは路面を確認しつつ慎重に下った。
この後はスーサイドクリフへの登りなどを確認。どこも非常に美しい景色で、コースを確認しながら日常から離れた南国の風景をサイクリングしていることに感動していた。
コース的にはバードアイランドへ向かう道はところどころ陥没や隆起で非常に荒れており、これを知らずに突っ込んだら惨事になりそうだったので、事前に教えてもらい確認できて良かった。
後半部分をトータル50km程度走り試走は終了。レース前日なので控えめにしておいたつもりだったが、久々の暑さと日差しで日焼けしてしまい、思ったより疲労感があった。
ホテルに戻ってからは1Fのスーパーで昼飯を買い、休んでから近くのクラウンプラザホテルへ受付へ行った。身分証明書が必要と言われていたが、全く確認されなかった。
荷物は最小限にしたが、もはやレース前のカーボアップの必需品と化しているフルグラ糖質offだけは持参し、それなりに摂取しておいた。100kmしかないのでそこまでカーボを入れ過ぎるよりは、控えめ(と言ってもたぶん普通の選手よりは多い)の方がいいと思われた。
翌日は6:15スタートと早いので21:30頃に就寝した。そういえば時差がほとんど無いのは助かった。
(レース編へ続く)
photo&text :井上亮(Magellan Systems Japan)
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