オーストラリアでUCIワールドツアー開幕戦のツアー・ダウンアンダーとカデルエヴァンス・グレートオーシャン・ロードレースが終了。現地取材したフォトグラファーの辻啓が、南半球最大級のレースをいくつかのトピックに分けて振り返る。



進む若年化とEスポーツ出身者の台頭

3年ぶりの開催に国内外から集った多くのファンがレース観戦のために集った photo:Kei Tsuji

中止されていた3年で更に勢力を増したオーストラリア勢が活躍 photo:Kei Tsuji

新型コロナウイルスの影響で2020年を最後に2年間開催されなかったツアー・ダウンアンダー(以下ダウンアンダー)とカデルエヴァンス・グレートオーシャン・ロードレース(以下カデルレース)が復活。ヨーロッパからほぼ地球の真裏にあたるオーストラリア(ダウンアンダー自体が『真裏』を意味する)に、3年ぶりにUCIワールドチームが集まった。

ダウンアンダーに出場したのは18ある全てのUCIワールドツアーと、UCIプロチームに降格したイスラエル・プレミアテック、そして同じく降格したロット・デスティニー所属のカレブ・ユアン(オーストラリア)擁するUniSAオーストラリアを加えた合計20チーム。

印象的だったのは、近年のロードレースの傾向にそのまま乗っかる形で、出場選手の平均年齢が下がったこと。このことはProCyclingStatsのグラフを見ていただくとわかりやすい。過去10年間のダウンアンダー出場選手の年齢別グラフ(濃い緑)を見ると、21歳あたりからなだらかに人数が増え、23歳で上昇が落ち着いて29歳をピークに減衰していく。一方、2023年大会の年齢別グラフ(黄緑)を見ると、19歳と20歳が4人ずつ出場し、21歳から24歳までがボリュームゾーンになっている。

2023年ツアー・ダウンアンダーに出場した選手の年齢別グラフ image: procyclingstats.com

参考までに、2023年1月1日の時点で20歳に達していないUCIワールドチーム所属選手は合計11人いる。これはもちろん2005年のUCIプロツアー発足以来最多の数。2018年まで20歳未満の選手の数は0人が続き、2019年に1人(エヴェネプール)、2020年に4人、2021年に6人、2022年に6人、そして2023年に一気に増えて11人。プロトンの平均年齢が年々下がっている。同時に、30歳を待たずして引退を迎える選手たちも増えている。若くしてプロになり、若くして引退する波が来ている。

ダウンアンダーでは、安定した走りを披露したジェイ・ヴァイン(オーストラリア、UAEチームエミレーツ)がサイモン・イェーツ(イギリス、ジェイコ・アルウラー)をおさえて総合優勝した。ズイフトアカデミー出身の、いわば今風のキャリアを歩んできたヴァイン。昨年ブエルタ・ア・エスパーニャの山岳ステージで2勝を飾ったことがまだ記憶に新しいが、決して登坂力一辺倒のパワー頼りの走りではなく、下りもスムーズで、横風が吹いた平坦ステージでは率先して集団先頭でローテーションを回していた。

男女共にワールドツアー初戦から激しい戦いが繰り広げられたツアー・ダウンアンダー photo:Kei Tsuji

昨年のブエルタ区間優勝を皮切りに、二足とびで成長を見せ続けているジェイ・ヴァイン(オーストラリア、UAEチームエミレーツ) photo:Kei Tsuji
女子ツアー・ダウンアンダーで総合優勝に輝いたグレース・ブラウン(オーストラリア、FDJ・スエズ・フチュロスコープ) photo:Kei Tsuji


女子カデルレースを制したEスポーツ出身ルース・アドヘースツ(オランダ、FDJ・スエズ・フチュロスコープ) photo:Kei Tsuji

アルペシンから屈強なUAEチームエミレーツ移籍したヴァインは、ダウンアンダー直前のオーストラリア選手権タイムトライアルで優勝。今季はジロに初挑戦する予定で、レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)やプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)、ゲラント・トーマス(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)とマリアローザを争うことになる。と言いながらチームからはジョアン・アルメイダ(ポルトガル)も出場予定であり、豊富な人材が揃うUAEチームエミレーツ内のリーダー争いも加熱することになりそうだ。

ヴァインに続いて、翌週のカデルレースの女子レースでは、Eスポーツ出身者であり、ヴァインと同じく2022年のUCI・Eスポーツ世界選手権を制したルース・アドヘースツ(オランダ、FDJ・スエズ・フチュロスコープ)が優勝。すでにダウンアンダーで最も登れていることを証明していたアマンダ・スプラット(オーストラリア、トレック・セガフレード)をスプリントで蹴散らした。

アドヘースツは今季UCIウィメンズワールドチームのFDJ・スエズ・フチュロスコープに加入したての26歳。FDJ・スエズ・フチュロスコープはダウンアンダーでグレース・ブラウン(オーストラリア)を総合優勝に導いており、オーストラリア色の強いベストメンバーで挑んだジェイコ・アルウラーとトレック・セガフレードの鼻をへし折ってみせた。なお、チームのタイトルスポンサーの一つであるスエズ社は水や廃棄物の処理を扱うフランスに環境企業であり、アデレードに現地法人があるため街中でそのロゴを見ることができる。

UCIルール変更と理不尽な失格

ツアー・ダウンアンダーのプロローグで話題になったペリョ・ビルバオ(スペイン、バーレーン・ヴィクトリアス)のハの字ハンドル photo:Kei Tsuji

2021年4月のUCIルール改定によってハンドル上部に手首(前腕)を乗せる『パピー・パウズ(子犬の手)』ポジションが禁止されてからというもの、選手たちは文字通りあの手この手でエアロポジションを追求してきた。ルール上、手でハンドルバーもしくはブレーキブラケットを握らなければならない。昨年10月にはマリアンヌ・フォス(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)がレース中に数秒間だけ『パピー・パウズ』をしたため失格になっている。先日アルゼンチンで閉幕したブエルタ・ア・サンフアンでは、総合2位に入ったフィリッポ・ガンナ(イタリア、イネオス・グレナディアーズ)がエアロポジションを追求するあまりハンドル上部に手首を置いてドロップ部分を内側から握って走行したためペナルティを受けている。

全チームがTTバイクを持ち込みにくいオーストラリアという土地柄、ダウンアンダー初日のプロローグの使用機材はロードバイクに限定された。後輪にディスクホイールを投入するチームが多い中、異彩を放ったのがペリョ・ビルバオ(スペイン、バーレーン・ヴィクトリアス)のポジションだった。ブレーキブラケットを極端に内側に倒し込み、ハンドル上部に手首を置いてほぼTTバイクのようなポジションで走ったビルバオ。ブレーキブラケットを握っているためもちろんお咎めはなかった。

タコ・ファンデルホールン(オランダ、アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)など逃げ屋を中心にブラケットを内側に倒しこむスタイルが広がりつつある photo:Kei Tsuji

カデルレースで単独逃げを試みたタコ・ファンデルホールン(オランダ、アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)をはじめ、賛否両論はあれど、ブラケットを内側に倒しこむスタイルがプロトンの中で市民権を得つつある。なお、近年狭まりつつあるハンドル幅に待ったをかけるようにUCIは2023年1月1日にルールを改訂。これまでハンドルの最大幅は500mmと決められていたが、新たに最小幅が350mmに規定されている。

加えて、ダウンアンダー第1ステージで物議を醸したのがジェームス・ノックス(イギリス、スーダル・クイックステップ)の失格だった。ステージ後半、60km/hを超えるハイスピード走行中に落車して地面に投げ出されたノックスに医療スタッフが駆けつける。頭部を地面に打ち付けていたため、時間をかけて脳震盪のチェックが行われた。

簡易的な脳震盪検査を受けるジェームス・ノックス(イギリス、スーダル・クイックステップ) photo:Kei Tsuji

落車した他の選手たちが再スタートして集団復帰を目指す中、規定によりすぐに再スタートできず、数分後にようやく医療スタッフのGOサインが出てバイクに跨ったノックス。遥か前方を高速巡航するメイン集団への復帰を目指し、チームカーの車列を縫いながら追いかけたものの、車両のスリップストリームを利用したとしてコミセールに失格を言い渡された。

後日、本人に聞くと「あとでSTRAVAで見ると、止まっていたのは3分前後だった。ルールはルールだから仕方がない。今回の一件が何か変化の糸口になれば」と言う。確かに脳震盪には然るべき対処がされるべきであり、チェックに時間がかかることは避けられない。しかし現行のルールでは再スタート後の扱いは通常通り。タイムリミットの延長などの特別措置を求める声が選手たちの中では上がっている。

医療的な話題で言うと、レース現場において、マスクを含めてコロナ対策なんてもう何も見当たらないです。

南半球レースの利点と欠点

選手たちを苦しめるほどの厳しい暑さではなかったツアー・ダウンアンダー photo:Kei Tsuji

ダウンアンダーとカデルレースは兄弟レースのようなもの。しかし開催地は異なり、前者が南オーストラリア州(アデレード)で、後者がヴィクトリア州(ジーロング)である。招待チームのヨーロッパからの渡航費用は2レースの主催者で「割り勘」。アデレードからジーロングまでの移動費用はカデルレースが負担している。ダウンアンダー終了後すぐに、バイクを含めた機材はカデルレースが手配した大型トレーラーで陸路移動。選手たちはアデレードからメルボルンまでチャーター機で飛び、そこからバスでジーロング入りした。

このシクロワイアードでも散々繰り返しているが、ダウンアンダーは非常に良くオーガナイズされたイベントであり、一都市に滞在しながら温暖な気候の中でトレーニングキャンプを兼ねた数週間を過ごすことができる。チームにとっても早めの現地入り&UCIワールドツアーレースという組み合わせは魅力的で、選手たちからの評判もすこぶる良い。これは観客にも同じことが言える。毎年大勢のサイクリストがレース観戦とライドを楽しむために国内外からアデレードに駆けつける。

基本的には牧歌的な雰囲気のなか進められたオーストラリア2連戦 photo:Kei Tsuji

骨盤骨折したロベルト・ヘーシンク(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)などツアー・ダウンアンダーでは落車が続出した photo:Kei Tsuji

一方のカデルレースはワンデーレースのためにどうしても効率が悪くなる。以前はダウンアンダーとカデルレースの間の木曜日にメルボルンやトーキーでクリテリウムを開催していたが、2023年は女子レースがUCIウィメンズワールドツアーレース入りしたことも影響して週末のワンデーレースのみ。さらに同じ週末にアルゼンチンだけでなくスペインとフランスでレースが開催され、翌日からはサウジツアーを皮切りに中東レースもスタート。そのため多くのチームがカデルレースに出場することなくダウンアンダーを最後にオーストラリア遠征を切り上げて帰国した。

同じUCIワールドツアーレースであっても、2016年以降にUCIワールドツアーカレンダー入りした新しいレースへのUCIワールドチームの出場は任意である。例えばカデルレースだけでなくUAEツアーやストラーデビアンケ、ドワルス・ドール・フラーンデレンなどが「新しいレース」にあたり、UCIワールドチームはスキップすることができる。そのためカデルレースに出場したUCIワールドツアーチームは11チームにとどまった。

ワールドツアーのワンデーレース開幕戦という責務を3年ぶりに果たしたカデルエヴァンス・グレートオーシャン・ロードレース photo:Kei Tsuji

それでもやはりダウンアンダーとカデルレースの開催はコロナ禍を脱したノーマルシーズン復活の象徴。ロードレースの注目はオーストラリアから中東、そしてヨーロッパへと移っていく。合計35戦が開催予定の2023年UCIワールドツアーが始まった。

text&photo:Kei Tsuji in Geelong, Australia

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