ツール・ド・フランスでヨナス・ヴィンゲゴーが総合優勝を挙げ、マッズ・ピーダスンらが活躍する北欧の国デンマーク。人口僅か580万の小国から、なぜ次々に有力選手が輩出されるのか。ジャパンカップに出場した前U23TT世界王者ヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス)に、デンマークの育成システムについて聞いた。



「(デンマークの)選手たちは競い合うだけではなく、盛んに情報共有を行っている。ワールドツアーを走る選手たちも若手にトレーニング方法や栄養管理について伝えるんだ。今日(こんにち)の成功は、その蓄積が実を結んだ結果だと思う」。

10月16日に宇都宮で開催された2022年ジャパンカップ。シクロワイアードはバーレーン・ヴィクトリアスの一員として出場し、集団牽引に尽力してレースを終えたヨハン・プリースパイタースン(デンマーク、バーレーン・ヴィクトリアス)と話す機会を得た。

ジャパンカップでは好アシストを披露したヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス)ジャパンカップでは好アシストを披露したヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス) photo:Kei Tsuji
プリースパイタースンはデンマーク・コペンハーゲン出身の23歳。ヨナス・ヴィンゲゴーと同じ育成チーム、コロクイックでキャリアをスタートさせ、2年間のウノエックス・プロサイクリングチーム在籍を経て今年バーレーン・ヴィクトリアスへ加入した。

197cmの体躯から繰り出されるスピードを持ち味にし、2019年&2021年にヨーロッパ選手権U23個人タイムトライアルで優勝し、2021年には世界選手権U23個人タイムトライアルチャンピオンに。ミッケル・ビョーグ(UAEチームエミレーツ)に続いてアルカンシエルを獲得したデンマーク期待の若手選手だ。

―デンマークは今年のツール・ド・フランスを制したヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)を筆頭に、元世界王者のマッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード)など数多くのトップ選手を輩出しています。その理由はどこにあるのでしょうか?

自転車協会をはじめとした人たちの努力がここにきて実を結んでいるからだろう。また、1人のとても強い選手が現れると全体の底上げに繋がるんだ。その存在によって全員の士気が上がる感覚といえばいいかな。

僕たちの国が小さいことも強さの要因になっていると思う。デンマーク人選手はいつも同じ国内レースを走っていて、そこでは競い合うだけでなく、情報共有が盛んに行われているんだ。どういう風にレースを走ればいいか、どうすれば改善できるか、実際に向上に繋がった成功体験などについても話し合っている。その蓄積が皆をより良い選手へと導いている。

レース後にもかかわらず真摯にインタビューに答えてくれたレース後にもかかわらず真摯にインタビューに答えてくれた photo:So Isobe―その情報共有はどのように行われているのでしょうか?

トレーニング中の会話だよ。最近はプロが(他国ではなく)デンマークに住むことが多くなっているんだ。プロ選手たちがコンチネンタルチームの選手らとトレーニングを行い、ワールドチームの練習方法などを伝えている。選手たちはその言葉に耳を傾け、そのトレーニングや栄養学の知識を自分に取り入れようと努力する。だからこそデンマークではとても良い情報共有のコミュニティが構築されているんだ。選手全員がより良い選手を目指し、情報を欲し、それをまた他者に伝えている。

―コーチではなく選手同士の情報共有という点が面白いですね。あなたにメンター(師匠)と呼べる選手はいますか?

僕にそのような選手(やコーチ)はおらず、他の選手と共に成長した過程が僕を強くしてくれた。またジュニア時代を共に過ごしたトレック・セガフレードのマティアス・スケルモースと何度も練習したのは成長に繋がった要因の1つ。彼とは当時から何か新しいことを発見する度に教え合う仲だった。マッズ(ピーダスン)と一緒に練習したことはないが、友人が彼と一緒に練習しているので「マッズはこれとこれをしている」という情報は自然と入ってくるんだ。

―素晴らしい環境ですね。

そうだね。皆がトップ選手が持つ情報に触れることができる。また選手個々人が発見したことを他者に伝えたいという意思がある。なんたってデンマーク(の自転車界)は「自分の友だちがプロ選手になる可能性がある」という環境だからね。

ジャパンカップで集団を牽引するヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス)ジャパンカップで集団を牽引するヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス) photo:Kei Tsuji
―共有される情報はどんなものがあるのでしょうか?

トレーニングや補給の方法、空気抵抗など様々なマージナルゲインについての事柄だ。特にデンマークは空力についての取り組みが他国に比べかなり早かった。その理由とは、あるエンジニアがデンマークの国内TT選手権で何度か優勝し*、その方法を選手たちに積極的に伝えたんだ。

*2016〜18年の3連覇

―その選手の名前は?

彼の名はマーティン・タフト。選手活動をしながら今はバーレーン・ヴィクトリアスの下部チームでコーチとしても働いている。彼がデンマークのタイムトライアル向上に重要な役割を果たしたんだ。

―あなたはU23のTT世界選手権(2021年)で優勝していますが、それも彼の指導の賜物なのでしょうか?

僕は彼から直接教わってはいない。だが彼のバイクを見るだけでどんな考えがその背景にあるのかがわかる。特に僕とミッケル・ビョーグ(UAEチームエミレーツ)、マティアス・ノルスゴー(モビスター)はU23時代、彼の影響を受けながら共にタイムトライアル能力の向上に取り組んでいたんだ。

もし自分よりも優れた選手たちの知識に触れる機会がなかったら、(TT世界選手権で)優勝なんかできなかっただろう。だからこそ、情報共有は僕たちの国にとって大切な意識なんだ。

2021年ロード世界選手権U23個人タイムトライアルで優勝したヨハン・プリースパイタースン(デンマーク)2021年ロード世界選手権U23個人タイムトライアルで優勝したヨハン・プリースパイタースン(デンマーク) photo:CorVos
―U23カテゴリーを終えたあなたも、若い選手たちに情報を伝えていますか?

もちろんだ。次の世代に僕が蓄えた知識を受け継いでもらわなくてはならないからね。

―そういった情報共有が盛んに行われるようになった理由は何だと思いますか?

デンマークという国の地理的、また人口統計的な要因が大きいだろうね。僕たちは小さな国で人口も550万人ほどしかいない。また先程も言った通り、より多くのプロ選手たちがデンマーク国内に住みはじめたとこも大きな要因だろう。

10年前はもちろん、5年前でさえそんな状況ではなかった。みんなデンマークよりも南の国(フランスやスペイン)に住んでいたからね。でもここ数年で多くのプロ選手たちがデンマーク国内に留まるようになった。

―それはデンマークでも強くなれるということがわかったからでしょうか?

いや、自転車競技以外の”普通の生活”を求めた結果だろうね。もしスペインなどに居を構えれば生活は一変する。まるでずっとトレーニング合宿をしている感覚だ。だがデンマークにいれば気軽に家族と会うことができる。ガールフレンドの家族とかも含めてね。一緒にクリスマスを祝ったりと、”普通の生活”を送ることができるんだ。

―あなたもデンマークに住んでいますか?

ああ。(デンマークの首都である)コペンハーゲンに住んでいるよ。家族と一緒にね。

路面のJOHANの応援書き込みに喜ぶヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス)路面のJOHANの応援書き込みに喜ぶヨハン・プリースパイタースン(バーレーン・ヴィクトリアス) photo:Makoto AYANO
―今年のツール・ド・フランス開幕戦でも明らかだったように、デンマークには山岳があまりないですよね。

もちろん。見渡す限りの平地が広がっているよ(笑)。

―であれば、登坂時間が1時間を超えるようなトレーニングはどこで行っているのですか?

パワーメーターによる出力コントロールである程度は鍛えることができる。また、いまの時代はスペインなどへ簡単に赴くことができる。例えば半日かけてスペインまで飛び、そこの山々で1週間半ほどトレーニングを行うことができる。世界はかつてほど大きくはなくなっている。だから理想のトレーニング地までひとっ飛びさ。

―今日のレースはどうでしたか?特に登りは?

とっても辛かった(笑)。特に登りがね。スーパーハードだったよ。

―今後の目標や、目指しているレースなどがあれば教えて下さい。

「より良い選手になりたい」というのが目標かな。

―失礼ですが、漠然としているようにも聞こえます。

どんな選手になるかは身体のファンクション(機能)と密接に関わってくる。ある特定の何かに注力して成長し続ければ、いつの日かそのレースで勝つことができるようになるかもしれない。だが、僕はそれよりも単純に、「自分の能力を向上させたい」と考えているんだ。特定の何か、という目標を掲げるのは僕の好むやり方ではない。いま自分が発揮できるパフォーマンスに集中して、それが僕をどこに導いてくれるのかが見てみたい。

長身揃いのヨーロッパのプロトンでも一際目立つ197cmのプリースパイタースン長身揃いのヨーロッパのプロトンでも一際目立つ197cmのプリースパイタースン photo:So Isobe
―それはデンマーク人選手の、特にあなたたち世代のトレンドのような考え方なのでしょうか?

どうだろうね。もしかしたらトレンドなのかもしれないが、もっと具体的に「このレースで勝ちたい」という目標がある選手もいることは事実だよ。

text:Sotaro.Arakawa
edit&photo:So.Isobe