日に日に疑念を強めながら、プロトンがスタートしていく。大会1週目を終える段階でCOVID-19の陽性によりレースを去る選手がちらほら現れ始め、UCIは2回目の休息日前日に全選手を対象としたPCR検査を敢行。翌日、7月11日の休息日に出されたプレスリリースには、全選手が陰性であることが記されていた。しかし事態はそう穏やかではなかった。



チームバスから出てきたクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・プレミアテック)をファンが囲むチームバスから出てきたクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・プレミアテック)をファンが囲む photo:Yufta Omata
7月12日、休息日明けの第10ステージのスタート前に、UAEチームエミレーツのジョージ・ベネット(ニュージーランド)の陽性と未出走が発覚。さらにバイクエクスチェンジ・ジェイコのルーク・ダーブリッジの陽性も報じられた。いまや、休息日に発表された全選手陰性のリリースは、安堵よりも疑念を呼び起こす。さらに同じくUAEチームのラファウ・マイカ(ポーランド)に関しては、陽性反応が出ていたにも関わらず、無症状かつウィルス量が微小であることから、UCIのメディカルチームの許可を受けた上でこの日のステージをスタートしている。

出走を断念する選手がいる中で、出走を敢行する選手もいる。はたしてこの状況はフェアなのだろうか。第9ステージでCOVID-19陽性のためツールを去ったギヨーム・マルタン(フランス、コフィディス)が、いみじくも7月11日付のレキップ紙にてUCIのコロナ関連プロトコルの脆弱性を指摘していた。

記事によると、マルタンは金曜日の夜に喉に軽い違和感を覚え、念のためチームドクターに抗原検査を依頼し、陰性の結果を得た。翌日の夜も同様の症状が続いたので、レース後にホテルに戻りながら検査を行ったところ陽性反応を検出。確認のため2度目の検査を行いこちらも陽性が出て確信したという。UCIのプロトコルと、ドクターの指示に従って出走を取りやめた。しかし、そもそも自ら検査を申し出なければ、今もレースを続行できていたこと、そしてUCIのプロトロルは線引きが不明瞭であり、解釈によっては無症状者であれば陽性であってもレースを続けることが可能であることを批判していた。

陽性反応が出ても、即時にレースから除外されない体制をマルタンは問題視している。そして正直者だけが馬鹿を見る状況は、フェアではないとも。

COVID-19陽性となったが、無症状でありウィルス量が微量ということでUCIはラファウ・マイカ(ポーランド)の第10ステージの出場を許可した(写真は第7ステージ)COVID-19陽性となったが、無症状でありウィルス量が微量ということでUCIはラファウ・マイカ(ポーランド)の第10ステージの出場を許可した(写真は第7ステージ) photo:Makoto AYANO
その翌日にマイカのケースが生じたことで、マルタンの指摘は正しかったと言わざるをえない。誰もが休息日にUCIが行ったPCR検査の実効性に信頼を置けなくなっている。はたして誰が陽性で、誰が陽性でないのか。その線引きをどこに置くべきか。2020年代になってなお、誠実さと不正とのせめぎあいがプロトンを支配しつつある。これはかつてのドーピング問題を思わせもする問題だ。ロードレースという競技は常にクリーンさを問うものであるかのようだ。

マルタンは同記事内で、プロトンの中で広まっている噂についても触れている。あの選手は陽性らしい、あのチームにはスタッフに陽性が出たらしい……、云々。さらにこのツールにおいて、明らかに通常のパフォーマンスを発揮できていない選手がいることの意味についても。

僅かなタイム差でレナード・ケムナ(ドイツ、ボーラハンスグローエ)からマイヨ・ジョーヌを守った第10ステージを終え、タデイ・ポガチャルには当然のようにチームのCOVID-19対策についての質問が記者から飛んだ。UAEチームエミレーツはベネットの他、すでにヴェガールステイク・ラエンゲン(ノルウェー)もCOVID-19陽性でレースを去っている。マイカの陽性も含め、今ツールで最も感染者を出したチームのエースがツール絶対王者であるという危うさ。ポガチャルはこのツール期間中、常に隔離状態にあることを強調する。そしてコース上で熱い応援をするファンたちについて、その雰囲気は僕の好きなものだけど、と前置きをした上で、脅威に感じている、とも語った。

2年ぶりに観客の戻ってきたツールだが、それゆえの問題も顕在化しつつある2年ぶりに観客の戻ってきたツールだが、それゆえの問題も顕在化しつつある photo:Yufta Omata
実際にUAEチームエミレーツは、出場選手たちにホテルの個室を与え、選手感の接触を極力避けるようにしているという。ツール出場選手であってもふつうは相部屋のところ、リスクを極力軽減するためにチームもできる限りのことは行っている。ちなみにユンボ・ヴィスマも同様に個室を選手にあてがっているとのことだ。

ベネットの未出走が報じられた第10ステージがスタートして早々に、ASOはメディアのパドックへの立ち入りを翌日以降から禁止する通達を行った。これは過去2年と同じ措置となる。今年はチームバスの停まるパドックへメディアや関係者が入れるようになったことで、「いつものツールが戻ってきた」と喜ぶ声もあっただけに、また逆戻りしたという印象が強い。

大会期間中には選手の取材時にはマスクの着用と、録音機器に「ポール」を使用することがメディアに対して通告されたが、必ずしも守られているとはいえない

大会期間中には選手の取材時にはマスクの着用と、録音機器に「ポール」を使用することがメディアに対して通告されたが、必ずしも守られているとはいえない大会期間中には選手の取材時にはマスクの着用と、録音機器に「ポール」を使用することがメディアに対して通告されたが、必ずしも守られているとはいえない photo:Yufta Omata
メディアが入れる最後の機会となったこの日のパドックで、選手やチーム関係者の振る舞いを注視したが、全選手・全関係者のマスク着用が徹底されているとは思えなかった。また、招待客にとっては選手の健康よりも、自らと選手とのセルフィーが大事なようで、この措置もやむを得ないとは感じる。

だが、陽性反応の出た選手がレースを走っている以上、感染源をチームの外に求めるのも無理があるというものだ。陽性であれば即撤退というような、より厳格なプロトコルの適用が、レースの真正性を保つ上でも必要だ。

観客もツールの一部といわれる。華やかな沿道がパリまで続くだろうか観客もツールの一部といわれる。華やかな沿道がパリまで続くだろうか photo:Yufta Omata
また、この先も陽性者が続出し、選手たちが沿道の観客を危険視する声が強まれば、無観客という措置が取られる可能性もある。2年ぶりに沿道に観客が溢れたツール・ド・フランス。現地を取材する中で、彼らの熱狂と歓迎に触れてみると、無観客のレースになった時に、ツールが失うものは消して小さくないと思わされる。

text&photo:Yufta Omata in France

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