魔の山モンヴァントゥーを2回登る史上例を見ない過酷な難関山岳ステージで魅せたワウト・ファンアールトの独走劇。シクロクロス、スプリント、クライミング、タイムトライアルをこなすマルチな走り。もはや残されたのはグランツールで総合を狙うことだけだ。



観客の声援に応えるクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション)。ランニングで有名だが2013年のモンヴァントゥー覇者だ観客の声援に応えるクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション)。ランニングで有名だが2013年のモンヴァントゥー覇者だ photo:Makoto AYANO
今ツールにおいて主催者が用意した最高のスペクタクルが「魔の山」モンヴァントゥーを2回登るという常識を打ち破るステージ。数々の名勝負の舞台となってきたこの禿山は「プロヴァンスの巨人」とも呼ばれ、ツールの歴史上語ることを避けて通れない存在だ。

総合2位のベン・オコーナー(オーストラリア、アージェードゥーゼール・シトロエン)総合2位のベン・オコーナー(オーストラリア、アージェードゥーゼール・シトロエン) photo:Makoto AYANOゲラント・トーマス(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)が観客の声援に応えるゲラント・トーマス(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)が観客の声援に応える photo:Makoto AYANO


ドリアン・ゴドン(フランス、アージェードゥーゼール・シトロエン)の応援に駆けつけた家族ドリアン・ゴドン(フランス、アージェードゥーゼール・シトロエン)の応援に駆けつけた家族 photo:Makoto AYANO
前日の雨と嵐のような天候は収まりを見せ、朝から日差しが降り注いだ。南仏特有のねっとりした暑さにセミの声が響き渡る、突如として訪れた真夏日。5年前に登場した際には強風が吹き荒れたために中腹の森林限界のシャレ・レナールでのフィニッシュに急遽切り替えられ、レースが山頂に達することはなかった。しかし今年は登り方を変えながら2回の登攀で標高1,910mの山頂を通過するという破天荒な設定。

魔の山モンヴァントゥーに深い霧がかかる魔の山モンヴァントゥーに深い霧がかかる photo:Makoto AYANO
白い瓦礫の独立峰の頂上には電波塔。この地域一帯のどこからでもその特有の山容を望めるモンヴァントゥー。風や太陽から身を守る樹木が存在しない死の山はこの日穏やかな天候でプロトンを迎えた。観客たちの立ち入りは禁止されず、しかし車両の乗り入れは禁止されたため徒歩で、あるいは自転車で山頂まで登って観戦するファンたち。

5年前、レース短縮で山頂に登った観客たちが麓に圧縮されて密度が限界を超えて高まったことで、あの事故が起きた(そしてフルームがランニングすることに)。今回はそれまでの年に見られたおびただしい観客数から観れば「疎」であり、風物詩的な存在だった道路沿いに連なるキャンピングカーの垣根が無くなったのが近代ツール史上では見慣れない光景だ。ちなみに前々回の2013年にはマイヨジョーヌを着たフルームが自転車に乗って走り優勝している。

頂上付近にあるトム・シンプソンの石碑頂上付近にあるトム・シンプソンの石碑 photo:Makoto AYANO
1回めのモンヴァントゥーを登るメイン集団1回めのモンヴァントゥーを登るメイン集団 photo:Makoto AYANO
遠方からその山容を仰ぐことができる単独峰のモンヴァントゥーを2回登っては下るを繰り返す。しかもレース前半から2つの4級山岳と1級山岳ラ・リギエール峠を越えてからの2回登坂。登攀力とスタミナ以上に生命力を試されるかのような過酷なステージだ。

歴史に残ることが確実なステージで戦いの火蓋を切ったのは世界王者のジュリアン・アラフィリップだった。逃げ切りを狙うとともに、チームメイトのカヴェンディッシュが着るマイヨヴェールを確実なものにするために中間スプリントポイントもトップ通過するというチームプレーにも徹した。

1回目のモンヴァントゥーを登るアラフィリップらを含む逃げグループ1回目のモンヴァントゥーを登るアラフィリップらを含む逃げグループ photo:Makoto AYANO
逃げ集団を絞り込み、積極的に攻め続けるアラフィリップは1回目&ツール史上17回目のモンヴァントゥー山頂を先頭通過し、大部分がフランス人ファンで占められた山頂を沸かせた。しかしアラフィリップにとっても2回のモンヴァントゥーはちょっと過酷すぎた。

カメラに向かっておどけながら2回目のモンヴァントゥー山頂を通過するジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)カメラに向かっておどけながら2回目のモンヴァントゥー山頂を通過するジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
「逃げを狙って開始直後から積極的に仕掛けた。今日は楽しくベストを尽くすことができたけど、コースが一周多すぎたようだね。だけどアルカンシェルを着てモンヴァントゥーの山頂に先頭でたどり着く喜びは大きかった。誰もが知っている神話に出てくるような特別な山岳を、先頭で登った時の気持ちは言葉では言い表せないほどだったよ」。

2回めのモンヴァントゥー山頂へ逃げ切るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)2回めのモンヴァントゥー山頂へ逃げ切るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
アラフィリップのペースアップに一度遅れたバウケ・モレマが合流し、トレック・セガフレードは逃げの8人中3人を占める有利な態勢を築きステージを狙う。フルームの伝説的なジロ・デ・イタリアの大逆転劇となった第19ステージでフルームの最終発射台となったケニー・エリッソンド(当時チームスカイ)と、日本でもNHKの放送でお馴染み、1987年のモンヴァントゥーでの山岳個人TTを制したジャン・フランソワ・ベルナールの息子のジュリアンがモレマを支えた。

そして前日「モンヴァントゥーでベルギー人ファンに会えることを楽しみにしている」と話していたワウト・ファンアールトもこの逃げに強い意志を持って加わった。沿道にはその言葉通りバカンスで観戦にやってきたベルギーのファンたちが目立った。

モンヴァントゥー山頂を通過するプロトンモンヴァントゥー山頂を通過するプロトン photo:Makoto AYANO
マイヨジョーヌを含む集団はイネオス・グレナディアースがコントロール。後方には分断しながらも人数を揃えた中規模なグルペットがまとまって走る。皆の関心事はタイムアウト失格。風を避け、協力しあってペースを保つ。

決して最後尾ではないグルペットで、他とは違う美しいまとまりを見せていたのがカヴェンディッシュを含む5人のドゥクーニンク・クイックステップが先頭を牽くグループ。登りでも「トラクター」ティム・デクレルクが風を切り、4人でカヴを囲んで守りながらいいペースを保つ。

2回めのモンヴァントゥー山頂へ逃げ切るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)2回めのモンヴァントゥー山頂へ逃げ切るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
山頂付近以上に厳しい急勾配が延々と続く麓の村ベドワンからの登り。ワウトの存在を恐れるエリッソンドは早めのアタックで逃げ、ワウトに追わせることでモレマを休める作戦をとったが、ワウトはモレマもアラフィリップも振り切ると、エリッソンドに追いつき、山頂まで10km以上を残して独走に持ち込んだ。

バウケ・モレマとケニー・エリッソンド(トレック・セガフレード)がファンアールトを追うバウケ・モレマとケニー・エリッソンド(トレック・セガフレード)がファンアールトを追う photo:Makoto AYANO
2回めの山頂を一人で越えるとテクニカルな22kmの下り。スーパータック禁止規則にぎりぎり抵触しないよう巧みなエアロポジションを取りながら攻めるワウトに後続が追いつく要素は無かった。

ワウトにとっては狙っていた勝利だった。「言葉がないよ。開幕した時、まさかステージ優勝できるとは思わなかった。だが昨日、勝てると思いチームに逃げると伝えたんだ。ロードレースにおいて最も象徴的な登りであるモンヴァントゥーでの勝利。キャリア最大の勝利かもしれない。できると信じていれば全て可能だと思っていた。自分が成し遂げたことを誇りに思う」。

独走でフィニッシュまで逃げ切ったワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)独走でフィニッシュまで逃げ切ったワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Luca Bettini
昨2020年ツールでの大活躍からワウトへの今ツールでの期待値は大きなものだっった。しかし5月には盲腸の摘出手術をして、それまでの好調とトレーニングを中断せねばならない期間が生じた。ツール直前のベルギー選手権ロードを制してベルギーチャンピオンジャージを着てツールに乗り込んだが、まだ体調は最高潮のピークにはない状態だった。

最初の個人タイムトライアルでは勝てず、一時留まった総合2位からも脱落。しかし昨日のスプリントではカヴェンディッシュに次いで2位だった。今日は難関山岳ステージでの逃げ切り勝利。ここへきて調子が上がっている。スプリント、タイムトライアル、そしてこの山岳での走りと、何でもできるそのパフォーマンスで再び驚かせてくれたワウト。

「このツールはもちろんパリまで行く。最初からそういうつもりだし、僕はいまだ調子を上げている最中。毎日毎日徐々に良くなっているし、調子が上がってきていて、開幕時よりはるかに調子がいい」と話す。

表彰式で勝利を喜ぶワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)表彰式で勝利を喜ぶワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
シクロクロスの世界チャンピオンにしてスプリント、クライミング、タイムトライアル、石畳クラシック。どれでも勝てるそのマルチタレントぶり。唯一まだ達成できていないものがあるとすればグランツールでの総合成績。昨年も出た期待が今年もまた繰り返し高まる。「パリでマイヨジョーヌを着ることができるのでは?」

昨年は「グランツールで3週間勝負するためには体重をもっと落とさなくてはならない。そうすれば僕の得意とするクラシックや他のレースが走れなくなってしまうから、その優先度は高くないんだ」と言っていたワウト。葛藤はまだ続きそうだが、次のステップに進む日は近そうだ。

このツールでは東京五輪のことを考えに入れつつ、ヨナス・ヴィンゲゴーのアシストをこなしながら次のステージ優勝のチャンスに賭ける。何でも勝てるマルチぶりからすべてのステージが対象になりそうだが、東京五輪ではロードレースと個TTの両種目に出場するワウト。ロードはパリの6日後、個人TTは10日後だ。ツール第20ステージの個人TTは五輪の結果を占う上でもとくに重要。ツールの残り日程が東京へ向けての良い調整になるからと、切り上げて帰るつもりが無いことを示した。

ポガチャルを引き離してモンヴァントゥー山頂を通過するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ)ポガチャルを引き離してモンヴァントゥー山頂を通過するヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
チーム力も総動員してモレマで勝負を挑んだトレック・セガフレードはワウトのパワーの前に屈した。総合2位につけていたベン・オコーナーの脱落で、例年通りの安定感を見せるリゴベルト・ウランが総合2位に。ウランとリチャル・カラパスのコロンビア=エクアドル南米コンビのクライマー2人はうまく協調している様子だ。

2回めのモンヴァントゥー山頂を通過するタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)2回めのモンヴァントゥー山頂を通過するタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
ヴィンゲゴーの果敢なアタックはタディ・ポガチャルの「小さなクラック」を引き起こした。ポガチャルは無理をしなかったのか、できなかったのか。頭を下げ、苦しそうに電波塔下のKOMポイントを通過した。ともかく今までに見せたことがなかった弱さを、少しだけ見せた。

ポガチャルは言う。「登りを通してペースはとても速く、ヴィンゲゴーのアタックについていくことができなかった。だが平静を保ち、頂上までそれほど距離がないとわかっていた。ダウンヒルで踏めるだけの力は残っていたので、集中して下れば追いつくと思っていた。」

その言葉通り、下りでヴィンゲゴーを捕まえると最後にはきっちりスプリントも披露。上位争いのライバルたちには少しのタイム差も与えなかった。

遅れたベン・オコーナー(オーストラリア、アージェードゥーゼール・シトロエン)とマイケル・ウッズ(カナダ、イスラエル・スタートアップネイション)が2回めのモンヴァントゥーを通過遅れたベン・オコーナー(オーストラリア、アージェードゥーゼール・シトロエン)とマイケル・ウッズ(カナダ、イスラエル・スタートアップネイション)が2回めのモンヴァントゥーを通過 photo:Makoto AYANO
脱落を喫したティーニュの覇者・総合2位ベン・オコーナーはステージ15位&総合5位に沈んだ。ステージを期待されていたマイケル・ウッズともに山頂を越えた。

「ここまで力を振り絞ったのは、体調不良のなか走った昨年のジロ以来。今日はいままでで一番辛いレースだった。僕が苦しんでいたのは誰の目にも明らかだったろう。だが総合タイムを失わないようベストを尽くした。この後待ち受けるどんな山岳も、今日のモンヴァントゥーよりはマシだろう」とオコーナー。

モンヴァントゥーを登るクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション)モンヴァントゥーを登るクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
フランスの期待を集めたダヴィド ・ゴデュ(グルパマFDJ)が遅れるフランスの期待を集めたダヴィド ・ゴデュ(グルパマFDJ)が遅れる photo:Makoto AYANO
そしてプロトン最後尾付近ではタイムアウト失格との戦いが繰り広げられた。優勝者ワウトがフィニッシュした時、カヴェンディッシュは残り26.8kmを平均時速34.4kmで走れば間に合うという計算。

4人のチームメイトにサポートされてモンヴァントゥーを登るマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ)4人のチームメイトにサポートされてモンヴァントゥーを登るマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
ティム・デクレルク、ミケル・モルコフ、ドリス・デヴェナインス、ダヴィデ・バッレリーニの4人にエスコートされ、フィニッシュにたどり着いたカヴ。トップから40分40秒遅れのタイムはこの日設定されたタイムの47分39秒遅れ(ステージ優勝者+15%)に十分間に合うものだった。

カヴは感謝の気持ちとツールを続けることができる喜びを饒舌に語った。
「日曜(ティーニュ)のようなタイムリミットギリギリにはならないことは知っていた。それでも一日中気を緩めることはなく、集中した。僕のチームメイトはいつもそばにいてくれて、山を登るときも下るときも助けてくれたよ。

とても疲れた。ツールは何回も走っているけどこれが絶対もっともハードなやつだった。ここにいるのはクールだ。前夜、プリュドム氏(総合ディレクター)に僕がどれだけツールを愛しているか話したんだ。僕には二言はない。僕は絶対に止めないよ。力の限り走り続ける」。

懸念されたモンヴァントゥー2回ステージを乗り越えたカヴに用意される翌日のステージは、かつてスプリントで勝ったことのあるニームにフィニッシュする。再びの縁起の良い南仏の街で、メルクスの記録に並ぶことができるか。

2回めのモンヴァントゥーを下る選手たち2回めのモンヴァントゥーを下る選手たち photo:Makoto AYANO
タイムアウト失格を喫したルーク・ロウ(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)タイムアウト失格を喫したルーク・ロウ(イギリス、イネオス・グレナディアーズ) photo:Makoto AYANO

text&photo:Makoto.AYANO in FRANCE