中級の山が連続する厳しくも難しい中央山塊一帯に入ったツール。逃げ続けたデヘントの強さ、そしてマイヨジョーヌ奪回をかけたアラフィリップと、その先の総合争いを見据えたピノのフランス人2人のアタックに全仏が沸いた。ステージ序盤の沿道では家族3人でツールを観戦する別府史之にも出会った。



パトリック・ルフェーブルGMがアラフィリップのマイヨジョーヌ奪回のプランを話すパトリック・ルフェーブルGMがアラフィリップのマイヨジョーヌ奪回のプランを話す photo:Makoto.AYANOジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード)はマイヨジョーヌを守れるのかジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード)はマイヨジョーヌを守れるのか photo:Makoto.AYANO

ディラン・トゥーンスらバーレーン・メリダとのチームメイトが揃うディラン・トゥーンスらバーレーン・メリダとのチームメイトが揃う photo:Makoto.AYANOマイケル・マシューズ(オーストラリア、サンウェブ)マイケル・マシューズ(オーストラリア、サンウェブ) photo:Makoto.AYANO


ヴォージュ山地から舞台を移し中央山塊に入る第8ステージ。この2日間は連続する険しい地形がレースを厳しくする。スタートの街マコンでの話題はジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)がマイヨジョーヌ奪回に向けて必ずアタックするだろう、ということ。

マイヨジョーヌを着たジュリオ・チッコーネ(イタリア、トレック・セガフレード)との差は6秒。今日の第8、そして第9ステージでの山岳ポイントに用意されたボーナスポイント争いで、アラフィリップがマイヨジョーヌを取り返す攻撃を仕掛けてくることは十分に予測できた。

マイヨジョーヌを着て登場したジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード)マイヨジョーヌを着て登場したジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
ドゥクーニンク・クイックステップのパトリック・ルフェーブルGMは「トレック・セガフレードはリッチー(ポート)の総合争いも考えなければいけないから、アシスト全員をこのステージで使い切るわけにいかないだろうね。全力では戦えないはず。でも我がドゥクーニンク・クイックステップは失うものは無いからフルガスでいける。マイヨジョーヌを取り返してフランス革命記念日を迎えることができたら、最高じゃないかな。今日と明日、チャンスは2日間ある。ルルは必ず魅せてくれるよ。フランスの観客もそれを望んでいるだろうね」と、すでにアラフィリップのアタックのシナリオが予定されているかのように、自信満々に不敵な笑みを浮かべる。

その風貌から「アブルッツォのヤモリ」のあだ名がある24歳のチッコーネ。3日前のエペルネーで見せつけられたアラフィリップのアタックを前に、「6秒は無いに等しい」と、自身のリードが今日のステージでは少なすぎることを認識していた。しかし「マイヨジョーヌを守るために走る」と決意は硬い。ジロの山岳賞に次ぐこのツールでの活躍で、トレック・セガフレードとは2021年までの契約更新を発表したばかり。チームはヴィンチェンツォ・ニーバリを迎えることが(非公式に)決まっているから、来季は2人のイタリア人スターの師弟関係が構築されることになる。

ティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)がスタートに向かうティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)がスタートに向かう photo:Makoto.AYANO
ティボー・ピノ(グルパマFDJ)はスタート前には神経質そうに準備に時間をかけていた。決戦に臨む並々ならぬオーラを感じさせながら。バイクにはわざわざ旧型のデュラエースのホイールをチョイスし、スペアバイクも同じ状態で用意していた。決戦を前にすると、こうしたこだわりは変えることができないのだろう。

中央山塊のアペリフィフはボジョレー地方の丘陵地帯。序盤のスプリントポイントのすぐ先、ボジョレーの丘が見渡せる丘で撮影しようとクルマを停めると、少し先から聞き慣れた声に呼ばれた。

手を振る黄色いジャージを着た日本人は、誰かと思えば別府史之(トレック・セガフレード)。奥さんと子供との3人でツールを観戦中。自宅からは30kmぐらい距離があるが、近くに車を停めて歩いて観に来たとのこと。集団が来るまで、つかの間のおしゃべりの時間を楽しんだ。それにしてもフミの肩車から観戦する娘さんの可愛いこと。「今日のステージはハンパなく厳しいですよ」と、フミはコースの難しさを教えてくれた。

ツール・ド・フランスの通過を見守る別府史之(トレック・セガフレード)一家ツール・ド・フランスの通過を見守る別府史之(トレック・セガフレード)一家 photo:Makoto.AYANO
ツールの通過を応援する別府史之(トレック・セガフレード)一家ツールの通過を応援する別府史之(トレック・セガフレード)一家 photo:Makoto.AYANO
すでに4人の逃げが決まったタイミングで、トレック・セガフレードはチッコーネのマイヨジョーヌを守って走りながらも、沿道のフミに気づいたチームメイトが合図を送りながら通り過ぎる。2009年のスキル・シマノ時代の初出場以来フミのツール出場は遠ざかっているが、また次のチャンスに期待したい。

「ツールには毎年、こんな慌ただしいステージがある。アップダウンが連続し、カーブが終わったらまたカーブになる」とはステフェン・クライスヴァイク(ユンボ・ヴィズマ)の言葉。坂とカーブの連続する厳しくも難しいコースでのハイペースに、まずはスプリンターたちは続々と脱落。絞り込まれた集団でのスプリントフィニッシュに勝機をかけるペテル・サガンのボーラ・ハンスグローエやマイケル・マシューズのチームサンウェブ。しかしコントロールしようにも機関車トーマスのごとく逃げるデヘントには追いつかなかった。

ボジョレーの葡萄畑を走り抜けていくツール・ド・フランスボジョレーの葡萄畑を走り抜けていくツール・ド・フランス photo:Makoto.AYANO
プロトンいちの「逃げ屋」デヘントは、逃げる4人のスピードをコントロールしながら、連続する山岳ポイントはすべて先頭通過。チームメイトのティム・ウェレンス(ベルギー、ロット・スーダル)のマイヨアポワを守るという目的で他の3人に話をつけた可能性もあるが、デヘントはアタックするわけでもなく、山岳ポイントへ向けてじわりとスピードを上げると、もはや3人は横に並ぶこともできない。フォームは変わらないが、山岳ポイント手前のスピードは後方の集団含め誰よりも速い、と感じた。

そして淡々と逃げるなかにも、巧みなペース配分を盛り込む。勝負をかけた後半は「何度か落車しそうになった」と言うほどギリギリまでリスクを負ってコーナーを攻めた。デマルキを切り離して独りになっても、集団もデヘントの独走力を十分に分かっていながら、数で対抗しても敵わなかった。

デヘントの今までのプロレースでの15勝は、すべてが長い逃げで掴んだ勝利。ツールでの勝利は3年前のモンヴァントゥー(強風で距離が短縮され、中腹でのフィニッシュ地点に変更)での逃げ切り勝利。そのときは落車したクリス・フルームが自転車を捨ててランニングしたことで話題はそちらに持っていかれたが。

山岳賞ポイントは先頭で通過するトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・スーダル)山岳賞ポイントは先頭で通過するトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・スーダル) photo:Makoto.AYANO
デヘントの勝利はティム・ウェレンスのマイヨアポアを守ることにも成功。そして自身も山岳賞2位に浮上した。今後はウェレンスとデヘントのコンビでマイヨアポアを維持することができそうだ。

先のジロ・デ・イタリア終了後にはウェレンスとバイクパッキングスタイルの自走でベルギーの自宅まで帰ったほど、デヘントとウェレンスのふたりは仲良し。そしてデヘントの今のTwitterアイコンはウェレンスをおんぶしている写真だ。

寡黙で渋さを感じさせるデヘントだが、その男臭いルックスからは意外にもお茶目な一面がある。このツール中のtwitter更新は、毎日の豪華なチームの夕食を見せびらかす「ディナーツィート」だ。チームには専属シェフが帯同し、料理は最高級ホテル並みのようだ。そしてこの日の勝利の喜びも、とくにレース内容や勝利の喜びには触れず、サーモンサラダとカプレーゼのピッツァ、ボロネーゼ風リングイネそして「たくさんのシャンパン」と、料理の内容だけで、さも日常と変わらないかのごとく淡々と表現している。



常にストレートではなく、どこか斜に構えて噛み潰したような笑いを誘うデヘント。それも狙い所なのだろう。そんなツィッター界で人気のデヘントだから、この日の走りに対しては選手たちからも称賛ツィートがいくつも投稿された。

ステージ優勝を挙げるというロット・スーダルのチーム目標の達成で先を越されたカレブ・ユアンは「もう絶対的なレジェンドだね。信じられないライド」と祝福。

このツールには出場していないロリー・スザーランド(UAEエミレーツ)は、デヘントらが逃げている最中から「今年のパリ〜ニースでこの2人(デヘントとデマルキ)と逃げたんだけど二度とゴメンだね…。山を越えるたびに死ぬかと思ったよ」と皮肉な祝福ツィート。

自身が狙いたかったステージをとられたマッテオ・トレンティン(ミッチェルトン・スコット)は「今夜は逃げるデヘントを集団全員で追っても追いつけない悪夢を見るだろう。なんという凄いライド。脱帽だよ!」。

山岳賞ポイントは先頭で通過するトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・スーダル)山岳賞ポイントは先頭で通過するトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・スーダル) photo:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌ擁するメイン集団がボジョレーの丘陵地帯を行くマイヨジョーヌ擁するメイン集団がボジョレーの丘陵地帯を行く photo:Makoto.AYANO
昨年までの元チームメイトのアンドレ・グライペル(アルケア・サムシック)は「デヘントは地上で最もクレバーな最強ライダー」と絶賛しつつも、「彼は今夜マッサージを受けずにM&M's(のチョコレート)を一袋あけて食べちゃうだろうね」と、デヘントの癖を暴露するツィートで祝福した。

無精髭を蓄えた男臭いキャラクターで、どちらかというと華の無い選手のデヘントだが、しかしベルギー国内では人気は急上昇中で、ロット・スーダルの今季のチームバスの後部には「振り向きデヘント」の写真が大きくあしらわれている。これは「俺に(ついてこられるなら)、ついてこいよ」と言わんばかりに。チームのスタッフに聞けば、これはつまりアメリカ映画「Catch Me If You Can」「できるもんなら捕まえてみろ」をもじっているとのこと。「追いかけっこしてもデヘントは捕まらないぞ」というメッセージなのだとか。

この、ちょっと不思議で難解で味わい深いデヘント人気は、今後世界中に伝播していくのだろうか。

ティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)とジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)が6秒遅れてフィニッシュティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)とジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)が6秒遅れてフィニッシュ photo:Makoto.AYANO
ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANOデヘントらを捉えるために集団のペースは上がり続けるデヘントらを捉えるために集団のペースは上がり続ける photo:Makoto.AYANO


デヘントのステージ勝利以上にフランスが湧いたのは、アラフィリップとピノの2人のフランス人の逃げ。JU JU(ジュジュ)のアタック、そしてピノとふたりフランス人スターが揃っての逃げは、フィニッシュ地点に詰めかけた観客も割れんばかりの歓声に沸いた。デヘントの3年ぶりのツールの勝利はまたしても、ほとんどの話題をそちらに持っていかれた感じだ。

マイヨジョーヌを奪回する十分な差を確認すると、おそらくは共に逃げた紳士協定によりピノに2位の先着と6秒のボーナスタイム獲得を許したアラフィリップ。総合争いのライバルたちに28秒のタイム差を稼ぎ出したピノ。落車したゲラント・トーマスには19秒の差をつけることになった。このツールでベルナール・イノー以来のフランス人の総合優勝を期待されるピノの走りは、何よりアラフィリップのスピードあるアタックに着いていけたことが絶好調の証。

しかし同時に、アタックからフィニッシュに向けての走りをみて、3週間あるグランツールの、まだ序盤では「やってはいけないリスクある走り」という声も挙がっている。グランツールでは勝てるところでも体力をセーブし、先を見ながら省エネして走り続けなければならないことは、終盤に失速したいくつものケースが証明している。

29分遅れでフィニッシュするヨアン・オフルド(フランス、ワンティ・グループゴベール)とラルスイティング・バク(デンマーク、ディメンションデータ)29分遅れでフィニッシュするヨアン・オフルド(フランス、ワンティ・グループゴベール)とラルスイティング・バク(デンマーク、ディメンションデータ) photo:Luca Bettini29分遅れでフィニッシュした、ヨアン・オフルド(フランス、ワンティ・グループゴベール)29分遅れでフィニッシュした、ヨアン・オフルド(フランス、ワンティ・グループゴベール) photo:Makoto.AYANO


この日、29分遅れでフィニッシュにたどり着いたのはヨアン・オフルド(フランス、ワンティ・グループゴベール)とラルスイティング・バク(デンマーク、ディメンションデータ)のふたり。前日の果敢な逃げでドサル・ルージュ=赤い敢闘賞ゼッケンを着けて走ったオフルドは、力を使い果たし、フィニッシュ後には動くことができないほど消耗した様子で、うずくまって涙を流した。

落車によって危険にさらされたのはゲラント・トーマス(チームイネオス)。クウィアトコウスキーがバイクのチェーン外れを直し、チーム全員のサポートを受けてすばやく集団追走を開始でき、最悪の事態は免れた。

しかしアラフィリップのアタックするタイミングに集団に戻ることができたものの、アタックに着いていくことができなかったトーマスはフラストレーションを表した。「何もなく(落車せず)そこに居れば、違った展開になったかもしれない」。つまりアタックには反応すべきだった、と。

落車したゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス)を送り出すチームメイトたち落車したゲラント・トーマス(イギリス、チームイネオス)を送り出すチームメイトたち photo:CorVos
言われていた以上に絶好調のピノ。そして再びマイヨジョーヌを着たアラフィリップ。7月14日、翌日の革命記念日に向けてフランスでのツールが盛り上がる要素が揃った。マイヨジョーヌをフランス人選手が着てバスティーユ・デイを迎えるのは8年前の2011年のトマ・ヴォクレール以来。ヴォクレールは2004年にも初出場のツールでそれを達成している。

そして一度奪われたマイヨジョーヌの奪回に成功したフランス人としては、シルヴァン・シャバネルが
2010年に第2ステージで獲得したマイヨを一度失い、第7ステージで取り返している。そのときシャヴァネルは両ステージでステージ優勝を遂げている。明日もまたアラフィリップ向きのステージで、マイヨジョーヌを守りやすい(山岳の厳しい)プロフィールだ。

text&photo:Makoto.AYANO in in Saint-Étienne, France

マイヨジョーヌ奪回に成功したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)マイヨジョーヌ奪回に成功したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO

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