ついにこの瞬間がやってきた。西谷泰治(愛三工業)が集団スプリントを制しステージ優勝。盛一大の完璧なリードアウトに完璧なスプリントで応えた西谷。歓喜の勝利の瞬間を、現地からレポートします。

ゴールスプリントの瞬間カウントダウン

残り300m。望遠レンズの奥に大集団を捉えた瞬間、青いジャージの選手が大きく集団の右に飛び出すのが見えた。盛一大だ。すでに形成されていた集団のラインから思い切って外れたが、左で展開する大集団の選手の誰よりも盛は速かった。

残り300m。一番右端の2粒が盛一大と西谷泰治(愛三工業)残り300m。一番右端の2粒が盛一大と西谷泰治(愛三工業) photo:Yufta Omata

盛の青いジャージの後ろに、ぽつんとひとつだけ白い点がついていく。西谷だ。盛と西谷が、ただ2人だけで大集団から飛び出し、自らのラインでスプリントを仕掛けたのだ。

それはロングスプリントだった。フットオン・セルヴェットやISD・ネーリの強豪チームのトレインに乗っかるのではなく、盛が自らの脚力で勝負をした。盛が残り150mで西谷を解き放つ。この時、区間2勝のマイケル・マシューズや、スプリント賞ジャージを着るアヌアル・マナンといった優れたスプリンターはその嗅覚でどの選手の後ろに付くべきかを察知し、西谷の後ろにつけた。

盛に解き放たれた西谷泰治(愛三工業)がスプリントを開始する盛に解き放たれた西谷泰治(愛三工業)がスプリントを開始する photo:Yufta Omata

だが西谷はずっと先頭のまま、誰にも先頭を譲らないまま、誰よりも速くゴールを駆け抜けた。白い日本チャンピオンジャージはずっとカメラマンのスイートスポット、集団の先頭にいた。高潔で気品すら感じさせるホワイトジャージがレンズの中でだんだんと大きくなる。

盛一大(愛三工業)が先に手を上げる!盛一大(愛三工業)が先に手を上げる! photo:Yufta Omata

レンズの中の出来事はたった一瞬だったはずなのに、コマ送りで思い出せるほどにはっきりと見えた。盛が手を上げる。青いジャージが動いたな、と思った刹那、西谷がハンドルから手を離し、画面にジャージの白が満ちる。

西谷泰治(愛三工業)が遂にステージ優勝を遂げる西谷泰治(愛三工業)が遂にステージ優勝を遂げる photo:Yufta Omata

昨年の全日本選手権で見せたのと同じ西谷のガッツポーズ。勝利の重さをしっかりと受け止めるようなガッツポーズだ。西谷の雄叫びが響き、はっとファインダーから目を離すと、猛スピードの選手たちはすでにはるか後方に通り過ぎていた。

これが、ゴールのカメラマンエリアでレンズを構えていた僕が見た一部始終だ。西谷が勝った。完璧なスプリント勝利で西谷が勝った。続々とチームカーがゴールに入ってくる慌ただしさの中、僕は選手たちの元へと走った。

優勝の西谷泰治(愛三工業)をリードアウトした盛一大も4位に優勝の西谷泰治(愛三工業)をリードアウトした盛一大も4位に photo:Yufta Omata




昨日のステージは、明らかな敗戦だった。途中までのレース運びは良かったが、最後のスプリントで西谷が行けない。万全の態勢でスプリントするまでの難しさを選手たちは痛感していた。西谷のスプリント力は、チームの誰もが信じている。でもそれが出せない。

一夜明けた今日の朝、田中監督にチームの状況を聞いた。

田中監督 「昨日は盛が10位だったので…『だったら』の話をしてもしょうがないですが、スプリントの態勢が整えば、というところはあります。今日からのステージも、集団は1人か2人での逃げしか行かせてくれないでしょうから、ウチとしてはあんまり集団からの逃げを狙うのは得策でない。必然的に集団スプリントに持ち込む展開になるでしょうね。今日は昨日みたいな感じでなく、讃え合って終われるようにがんばります」

この時、『讃え合って』という言葉がとても美しく聞こえた。何か少し、いい流れを呼び込むような言葉だな、そんな風に思ったのだった。果たしてそれが言葉だけの美しさではなく、ロードレースの本質的な、あるいは人間的な美しさであることを、この5時間後に僕は知ることになる。

レース序盤は動きのある展開。鈴木謙一(愛三工業)が前で走るレース序盤は動きのある展開。鈴木謙一(愛三工業)が前で走る photo:Yufta Omata今日はモト(バイク)に乗って集団を追いかける。メディアカーだとゴールシーンしか撮れないけれど、モトなら写真を撮るチャンスはぐんと増える。ただ、モトに乗れば写真が撮り放題かと言えばそうではなく、撮るタイミングを精選し、またそれを確実にモノにする技術も必要で、そこが難しいところ。

一度集団の後ろについてしまうと、集団を抜ける広い道に出るまではずっと集団の後ろで選手たちと同じ速度で走り続けることになる。写真が撮れないのはもどかしいけれど、これはこれで、レースがしっかり見られるので悪くはない。特に平坦ステージの前半はひっきりなしにアタックがかかるので、見る分には申し分無い。

逃げたアリ・ファラニー(マレーシアチーム)と、シルヴェール・アッカーマン(スイス、フォアアールベルク・コラテック)逃げたアリ・ファラニー(マレーシアチーム)と、シルヴェール・アッカーマン(スイス、フォアアールベルク・コラテック) photo:Yufta Omata今日はマレー半島を横断するルートだから、熱帯林の中に取られた内陸の道路がコースとなる。
この道がかなり細かいアップダウンで、曲者。目の前でアタックを繰り広げる選手たちも、うまくリズムをとるのに苦労している模様。逃げはなかなか決まらない。

集団の最後尾付近を走っている愛三のジャージは綾部勇成。今朝も第2ステージの落車で負った足首のねんざを気にしていたが、その影響があるのだろうか。序盤のアタック合戦で、集団の前でチャンスをうかがっている鈴木謙一以外の愛三のメンバーは、今日は集団の中ほどで静かな立ち上がりだ。


果物売り場でのワンカット果物売り場でのワンカット photo:Yufta Omata

田中監督の読み通り、今日容認されたのも2人の逃げだった。

アリ・ファラニー(マレーシアチーム)とシルヴェール・アッカーマン(スイス、フォアアールベルク・コラテック)のアジア人とヨーロッパ人のコンビ。ファラニーは2つのスプリントポイントを先頭通過する頑張りを見せ、母国開催の大会と、チームに花を添えた。

やがてファラニーがちぎれ、単独になったアッカーマンはそれでも力強い走りを見せたが、逃げ切りにナーバスなチームたち、とりわけフットオン・セルヴェットとISD・ネーリといったビッグチームの懸命の走りの前に潰されてしまった。これらのチームもスプリント勝負に持ち込むために必死だ。愛三としては狙い通りの展開。ここからどう戦うか、前3ステージの経験を生かす時は今。

別府匠と西谷泰治(愛三工業)が話しながら走る別府匠と西谷泰治(愛三工業)が話しながら走る photo:Yufta Omata西谷泰治の周りには愛三工業のチームメイトが常に位置する西谷泰治の周りには愛三工業のチームメイトが常に位置する photo:Yufta Omata


ゴールまでモトを急がせる。あとは選手がゴールにやってくるまで、どんな結果が待つかはわからない。ひしめくカメラマンたちの頭の間から望遠レンズを突き出し、それを覗きながら選手を待つ。そして現れた集団から勢い良く飛び出したのは青と白の愛三ジャージだった。

「やっと勝てた」 安堵感ある勝利

愛三のチームメイトが西谷の勝利を祝福する。どうしても欲しかった1勝。しかしそれは、「信じられない」驚きに満ちたものではなく、「やっと結果が出た」という安堵感を含んだ勝利だった。
愛三の選手たちは死力を尽くした。それが自分のためだと知るエース西谷は、チームメイトの働きぶりを讃える。チームメイトは、重圧を克服したエースを讃える。

西谷の勝利を喜ぶ盛、別府、品川、赤星マッサー西谷の勝利を喜ぶ盛、別府、品川、赤星マッサー photo:Yufta Omata

愛三の選手たちに今日のレースを振り返ってもらった。最高の結果が出た今、選手は何を思うのか。

品川「レースの流れは決まっていたので、前半は抑えて、後半にみんな足を残してスプリントに備えました。それがうまく型にはまって勝てたので、ほんとにもう最高ですね!」

「昨日の失敗を生かしてラインをしっかり組んでいきました。でも途中で切れてしまって中に埋もれてしまったんですが、最後の300mくらいから僕と西谷さんで切り出したロングスパートがうまく決まり、一番いいところで発射できたので、いい結果が出ました」

集団で西谷を支える品川真寛(愛三工業)集団で西谷を支える品川真寛(愛三工業) photo:Yufta Omata序盤は集団後方で走る盛一大と鈴木謙一(愛三工業)序盤は集団後方で走る盛一大と鈴木謙一(愛三工業) photo:Yufta Omata


鈴木「昨日の夜からスプリントについていろいろとみんなで話しました。そこで明日はみんなでスプリントをする、ということになりました。
普段はあまりしないんですが、昨日の夜にゴール前のコースプロフィールをずっと一人で暗記して、備えました。最後、自分は上手くできたとは思ってないんですが、エースが決めてくれてすごく勉強にもなりましたし、今後のレースに気合いが入ります」

別府「最後の2km〜1.5kmまでは2列目で集団を引いて、あとは勝負を託しました。最後の50mくらいのところで白いジャージが見えたので、西谷か!?と思ったら、放送で"アイサン"って言ったので、よし勝ったな、と思いました。西谷は昨日までスプリントに絡めずに自信を無くしていたので、この勝利でまた次につながります」

綾部「走ってみて落車のケガもだいぶ回復しているのを感じたので、今日は何かできるぞと思ってました。途中離れる場面もあったんですが、みんなで列車を組んで集団をリードして、そして西谷が勝ったのでチームとしていい形ができたと思います。明日も最終ステージも平坦なので、もうひとつステージを狙ってチームが一丸となれればいいと思います」

綾部勇成に守られて走る西谷泰治(愛三工業)綾部勇成に守られて走る西谷泰治(愛三工業) photo:Yufta Omata西谷の勝利に力を尽くした愛三の選手たち西谷の勝利に力を尽くした愛三の選手たち photo:Yufta Omata


田中監督にとっても目標を達成する1勝となった田中監督にとっても目標を達成する1勝となった photo:Yufta Omataスプリントで勝つにはチームがひとつにならねばならない。そのことを如実に感じさせるこれまでのステージと、今日のステージだった。

たった3日しかチームに帯同していない僕でも、チームに苛立ちや焦燥、無力感が募るのを目にしていただけに、この勝利には胸が熱くなった。

田中監督「選手たちは今日に来るまでの3ステージの失敗を、うまく修正して結果につなげてくれたと思います。ステージ優勝を果たしたのでこれからは2勝目、3勝目を狙います。1勝したから終わり、というわけにはいきません。また明日からステージ優勝目指して頑張りたいと思います」

毎日のレース後、選手たちは着替えながら互いに話し合っていた。あのライン取りはどうだったか、どのように走るべきだったか等々。特に盛は毎日ライン取りを模索しており、それが今回の早めの仕掛けにつながった。敗北には意味がある。ただそれをネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかでその意味が変わってくる。

この現地レポートの最後はもちろん、勝者の言葉で締めくくりたい。表彰台横で開かれる優勝者会見での西谷のコメントだ。

記者会見に笑顔で臨む西谷泰治(愛三工業)記者会見に笑顔で臨む西谷泰治(愛三工業) photo:Yufta Omata

西谷「このレースはチームにとっても重要なレースで、自分としてもすごく大事で、絶対に1勝を挙げてやろうという気持ちでいました。あまり仕上がりは良くなく、ホントのところ今日もレース前半に体の重さを感じていました。今シーズン初のレースということもあって、なかなかスプリントに絡んでいけなかったんですが、今日はうまくチームと連携でき、それが結果になりました。(ゴール前にカーブが多い)今日のコースはウチのチームにはぴったりだったと思います。

(アジアの選手のレベルが上がっていることについて)日本人選手にはツール・ド・フランスを走る新城君や別府史之君がいるので、アジアの代表として、日本のチャンピオンとしてこの舞台で下手な真似はできないと思いながら頑張りました。

昨日の時点で、自分たちの目標はあくまでステージ優勝を狙うことでした。でも自分のスプリントの調子が上がらないのと、ポジション取りができないのとでチームメイトにすごく迷惑をかけた。少人数での逃げでステージ優勝を狙う作戦にしようとも思ったのですが、一番可能性が高いのは僕が集団でスプリントすることだったし、それが目標だったので、実現できたことを嬉しく思います」

会見が終わった後、ドーピングコントロールを待つ西谷に無理を言って話を聞いた。最後のスプリントはどう展開したのか。

チームメイトに喜びを表す西谷泰治(愛三工業)チームメイトに喜びを表す西谷泰治(愛三工業) photo:Yufta Omata西谷「チームメイトのみんながスプリントに備えていい形を作ってくれました。残り1kmでみんなとはぐれてしまったけれど、盛くんだけが残っていたのでラスト500mが勝負だな、と。そしてその辺りから盛くんが一気に飛び出して逆サイドまで出切ってくれたので、あとはもう踏み倒すだけでした。ここまでみんなを待たせてしまいましたが、なんとか1勝という目標を達成することができてよかったです」

"ついに"とも"ようやく"とも感じられる西谷の1勝。集団スプリントという形にこだわり、その中で結果を出したことは大きな意味を持つ。今大会のスプリントで無敵のマシューズをねじ伏せたことで、明日以降のステージにも大きな展望が開けた。

その分、明日からは愛三工業と西谷泰治はマークされる存在になる。レースは常に動いている。昨日と同じことをやっても勝つことのできない世界。しかし前ステージの反省を生かし結果に結びつけた愛三の柔軟さは、今後のレースにおいても大きな武器だ。

重圧から解放されたエースと愛三工業レーシングチーム。明日からはまた新たな戦い、新たなレースの始まりだ。だけど、今夜は勝利を誇ろう。
いちメディアとしてマレーシアに来た僕としても、プレスセンターで各国のメディアに質問攻めと祝福を受けながら、このレポートを書けることが幸せだ。

マレーシアの夜はひどく蒸す。だけど今夜は心に爽やかな一陣の風が吹く。

愛三工業レーシングチームのホームページ内にツール・ド・ランカウイ2010特集サイトが特設されています。愛三の選手の戦いぶりはこちらでもご覧ください。

text&photo:Yufta Omata