ツールは3ステージを終え、ヴァンデ県とペイ・ド・ラ・ロワールを舞台とする「グランデパール」はひとまず成功。フランス国内だけで完結(一部スペインを通過するが)する今年のツールの走り出しは純フランス風にツールの価値観を描き出した。3日間を振り返ってみた。



ヴァンデ県の旗を振ってグランデパールを応援ヴァンデ県の旗を振ってグランデパールを応援 photo:Makoto.AYANO
我々観客が、ツール・ド・フランスのグランデパールにイメージするもの。それは熱心な地域の歓迎ぶりだ。用意された華やかなステージに、創意工夫の凝らされた壮大なプレゼンテーション。それらがイメージされるものだが、今年のグランデパールに限ってはそうではなかった。そういった「華」を期待していたならば、一抹の寂しさを感じるほど。昨年のドイツ・デュッセルドルフ開幕などこの近年の海外都市での(盛大な)グランデパールの印象をもっていれば、なおさら。

まず開幕2日間のホスト、ヴァンデ県ではこれまでの25年で、じつに5回ものグランデパールが開催されてきた、つまりは「グランデパールの盛んな県」なのだ。同地域圏に広げるとグランデパールは史上9回目。それでは、いつもと違う、今年ならではの演出とは何だったのだろう?

ラ・ロシュ・シュル・ヨンの大会本部に集まったサイクリストの子どもたちラ・ロシュ・シュル・ヨンの大会本部に集まったサイクリストの子どもたち photo:Makoto.AYANO
ラ・ロシュ・シュル・ヨンでのチームプレゼン

開幕前からのペルマナンス(大会本部)が置かれたのヴァンデ県の県庁所在地ラ・ロシュ・シュル・ヨンのスタジアムと複合施設。地元のサイクリストの子どもたちが地元をPRする黄色いシャツを着て大集結。市街中心部、チームプレゼンの開催されたナポレオン広場周辺にはツールをモチーフとした壁画が街なかのいたるところに描かれ、「ツールへの愛」がメッセージとして添えられた。その言葉通りツールへの愛を感じさせる街の演出だ。

ヴァンデ県、ペイ・ド・ラ・ロワール地方のグランデパール開催委員がプレゼンテーションを締めくくったヴァンデ県、ペイ・ド・ラ・ロワール地方のグランデパール開催委員がプレゼンテーションを締めくくった photo:Makoto.AYANO
ラ・ロシュ・シュル・ヨンでグランデパールグッズを配布する地元ボランティアラ・ロシュ・シュル・ヨンでグランデパールグッズを配布する地元ボランティア photo:Makoto.AYANOチームプレゼンテーションを迎えたラ・ロッシュ=シュル=ヨンの町チームプレゼンテーションを迎えたラ・ロッシュ=シュル=ヨンの町 photo:Kei Tsuji

ヴァンデ県の名産物の塩キャラメルをアピールヴァンデ県の名産物の塩キャラメルをアピール photo:Makoto.AYANOヴァンデ県議長イヴ・オイネ氏ヴァンデ県議長イヴ・オイネ氏 photo:Makoto.AYANO


自然の豊かな田舎の地方一帯であるヴァンデ県。各地名産の農産物やお菓子、ハムやサラミなど食肉加工品が並んだブースは素朴な地域の魅力をアピール。海に向けて拓けていることもあり、かつては船乗りのための土地だったとも言う。

ヴァンデ県はフランスでももっとも自転車競技熱の盛んな地域のひとつと言われる。「子供から大人、エリート選手まで、育成から選手まで自転車競技のピラミッドが形成されている。あるいは生涯スポーツとして楽しむ人ももちろん多い。年間通せば、県内の何処かで毎日1レースは開催されている計算。一般住民はレースに携わるボランティアも経験している。ツールの価値観は、ヴァンデの価値観だ」と、ヴァンデ県議長イヴ・オイネ氏は言う。

ディレクトエネルジーのジャージで揃えたパン屋の店員たちディレクトエネルジーのジャージで揃えたパン屋の店員たち photo:Makoto.AYANO
そしてヴァンデ県は言うまでもなくUCIプロコンチネンタルチームのディレクトエネルジーのお膝元である。このプロチームは古くはボンジュール、ブリオッシュラブランジェール、そして新城幸也が所属したチーム ブイグテレコムであり、ユーロップカーであった。新城は今もチームの拠点があるレゼサールにほど近いベルヴィルという街に住んでいる。ラ・ロシュ・シュル・ヨンからも8km。

現ディレクトエネルジーのこのチームは、25年前にこの地出身のジョンルネ・ベルノドー氏が自転車競技チームの構想をもって立ち上げた「ヴァンデU」がベースにある。ベルノドー氏は1979年のツールでマイヨ・ブランを獲得した元選手で、現在は同チームのゼネラルマネジャーとしてチームを切り盛りしている。ユキヤをチームに引き入れたのも彼だ。

ディレクトエネルジーのジョンルネ・ベルノドーGMディレクトエネルジーのジョンルネ・ベルノドーGM photo:Makoto.AYANOツール・ド・フランスのアンバサダーに就任したトマ・ヴォクレールツール・ド・フランスのアンバサダーに就任したトマ・ヴォクレール photo:Makoto.AYANO


ヴァンデUチームの成功から、地元そしてナショナル企業のスポンサーに恵まれてチームをプロチームとして拡大、順調に継続してきた。ツールへのワイルドカード枠招待もほぼ決まったことのように続き、ツールの出場チームとしてASO(アモリ・スポル・オルガニザシオン)との関係も良好だ。1993年、この地域2度めのグランデパールのル・ピュイドフー開催時は、ベルノドー氏が大きな働きを担った。

これが最後のツールになる? シルヴァン・シャヴァネル(ディレクトエネルジー)これが最後のツールになる? シルヴァン・シャヴァネル(ディレクトエネルジー) photo:Makoto.AYANOその地で運営するチームで、トマ・ヴォクレールとシルヴァン・シャバネルという愛すべきツールのヒーローを生み出し、今はリリアン・カルメジャーヌをフランス人リーダーとして立てる。昨年引退してASOのアンバサダーとなったヴォクレールは、この地元に根を下ろしたチームで走ることにこだわり、ヴォクレールが居るからこそのチームの存続につながった面もある。今ツールではヴァンデ県の魅力とツールをつなぐ役割として奔走している。

「離れ小島」ノワールムーティエでのスタート

グランデパールのスタートには残念なことがひとつあった。大西洋に浮かぶノワールムティエ島をスタートする計画は、当初は名物「パサージュ・デュ・ゴワ」を通過する予定だったが、サッカーFIFAワールドカップとの日程重複を避けるため例年よりも1週間開幕が遅らされた結果、潮の満ち引きの関係で名物の「干潟の道」がコースから外されてしまうことに。

「離れ小島」ノワールムーティエでのグランデパール「離れ小島」ノワールムーティエでのグランデパール photo:Makoto.AYANO
「当初の予定では、ツールは6月30日に開幕し、パサージュ・デュ・ゴワを通過して0km地点へ向かう予定だった しかしサッカーとの視聴率争いはお互いメリットはなく、むしろツールには不利。日程を1週間ずらすと、その頃には満潮で海の中で....。自然が舞台のツール、自然には逆らえない。

2011年ツールのグランデパール。干潮で現れた道パッサージュ・デュ・ゴアを走りぬける集団2011年ツールのグランデパール。干潮で現れた道パッサージュ・デュ・ゴアを走りぬける集団 photo:Makoto Ayano
パサージュ・デュ・ゴワ開幕は2011年にも採用されたが、当時はトマ・ヴォクレールがマイヨジョーヌを10日間着用するという幸運があった。干潟の道とは縁がなかった今年、フランス人選手に幸運は訪れるだろうか。

それでスタート地点は「ノワールムティエ島」となったわけだが、ヴァンデ県議長イヴ・オイネ氏曰く、プリュドム氏との話し合いのなかで「かつてほとんど足を向けてこなかった場所はどこだ?」という言葉で、選ばれたのがノワールムティエ島というわけだ。そして我々はヴァンデ県のありとあらゆるところ(主要なところだけでなく)を訪れるべきという結論に達した」と話す。それが一都市集約型でないグランデパールのコンセプトだった。

ノワールムーティエを発ったプロトンが島を走り抜けるノワールムーティエを発ったプロトンが島を走り抜ける photo:Makoto.AYANO
レ・ゼルビエの街を通過するプロトンレ・ゼルビエの街を通過するプロトン photo:Makoto.AYANO
しかしこの島は海岸線からさらに伸びる小島の先ということで、地元の人でもなかなか行くのが難しい上に、会場となる地点へ通じる道は1本。そこへ向かうには、パサージュ・デュ・ゴワの代わりに通る橋の通過時刻が午前8:15までと制限され、それ以降の通過は認められないことに。チームの宿泊するホテルも県内に広く分散していたため、つまり内陸の県内主要部に泊まっていれば、朝6時台に出発しなければ到達できないという僻地。

地域一帯をグランデパールのコンセプトとしていただけに、観客の集まりも悪かった。そして小さな島だけに「グランデパールのセレモニーを観てからでは島から抜け出せず、ゴール地点に間に合わない」という噂話のような注意喚起が出回り、おそらくは近年で史上もっとも注目されないセレモニーとなってしまった。興行的には失敗と批判されそうなものだが、一向にそんな声は挙がらないのがツールなのだ。その理由とは。

2日目は「もっとも小さな自治体」から

ムイユロン=サンジェルマンをスタートしていくプロトンムイユロン=サンジェルマンをスタートしていくプロトン photo:Makoto.AYANO
2日め第2ステージのステージのスタート地点も驚くほど小さかった。この日のコースは195kmのコースのうち実に110kmが海沿いの道を走ることで、ヴァンデ県の主要海水浴場をリレーしてつないでいくコース。そしてスタート地点のムイユロン=サンジェルマンの村は、今回のツールで訪れるなかで「もっとも小さな自治体」の一つ。そんな田舎町で、なぜ?

メイン集団がこの地方独特の赤・黒の飾り付けの通りを行くメイン集団がこの地方独特の赤・黒の飾り付けの通りを行く photo:Makoto.AYANO
ひとり逃げを続けるシルヴァン・シャヴァネル(フランス、ディレクトエネルジー)ひとり逃げを続けるシルヴァン・シャヴァネル(フランス、ディレクトエネルジー) photo:Makoto.AYANO
「7月8日は私の誕生日。ムイユロン=サンジェルマンの郵便番号は85390。ここがスタート地点として登場するなんて最高だよ!」とベルノドーGMは言う。通常、街や自治体によるスタートやフィニッシュ地点の招致には多額の金が必要だが、ときにツールはこんなにも粋なはからいをする。そして、この日はお約束のようにシルヴァン・シャヴァネルのショーとなった。地元ヴァンデ県、そしてジャンルネへの最高のバースデープレゼント。170kmに渡って逃げ続けた。

シャヴァネルの18回ツールへの挑戦

シルヴァン・シャヴァネルのツール・ド・フランス出場回数は今年で18回目。今までのツール最多出場記録はジョージ・ヒンカピー(アメリカ)、イェンス・フォイクト(ドイツ)、そしてシャヴァネルの3選手が17回で並んでいたが、シャヴァネルが更新。そしてステージ出場日数においてはヨープ・ズートメルク(オランダ)がもつ通算出場365ステージの史上最多記録を18ステージ時点で塗り替えることになる。

ひとり逃げを続けるシルヴァン・シャヴァネル(フランス、ディレクトエネルジー)ひとり逃げを続けるシルヴァン・シャヴァネル(フランス、ディレクトエネルジー) photo:Makoto.AYANO
「ミモザ」や「マシン」の愛称をもつシャヴァネルは2000年にプロのキャリアをスタート。ツールにはステージ3勝し、マイヨジョーヌも着た。2008年と2010年の2度スーパー敢闘賞を受賞した愛されるアタッカー。ブエルタでのステージ優勝と6回のフランスナショナルチャンピオンとTTタイトル、デパン3日間レースの2度のチャンピオン。

「今年が最後のツールになるだろう。選手は来年も続けるけれど、20回、21回と出場回数の更新を狙うことになんか興味はない。ツールはそれ自体どれだけ過酷かを知っているし、ツールに出るには多くの犠牲を伴うから」。

ヴァンデ県での逃げは自分を支援する地域とベルノドー氏への最高のプレゼントだったが、シャヴァネルの最後のパナシュのひとつとして記憶されるだろう。

ヴァンデ県を離れ、ペイ・ド・ラ・ロワール地方へ

第3ステージのチームTTの舞台となったショレは、2011年にもチームTTが開催された街。カヴェンディッシュの30勝目がマークされた街でもある。1936年にツールが初開催されてから、長い期間に渡ってツールのホスト都市として頻繁に登場する。

スポーツとツールの街ショレで快走を見せたBMCレーシングスポーツとツールの街ショレで快走を見せたBMCレーシング photo:Kei Tsuji
1972、2007、2014に「もっともスポーツの盛んな地域」に選出されているほどスポーツと縁が深いのもあるが、1995年からショレの市長を務めるジル・ブルドゥレックス氏は大会ディレクターを務めるクリスティアン・プリュドム氏の義理の兄弟であり、そのこともあってショレの街は10年に1度の頻度でツールに登場している。

しかしショレにはツールの歴史上暗い事件が連続して起こってきた地でもある。1998年には「フェスティナ事件」が勃発した場所で、組織的ドーピングに関与したブルーノ・ルセル監督とエリック・リッカールト医師の2名の逮捕者が出た地であり、プレスセンターが置かれたスケート場はまさにその事件の起こった場所だった。それからの10年のプロ自転車レース界は暗黒の時代となる。2008年のショレでのステージ優勝者はその後ドーピングで失格処分を受けるステファン・シューマッハーで、リカルド・リッコの陽性反応が検出された場所でもある。つまりツールの歴史上はあまり縁起の良い街ではない。

プレスセンターが設置された施設はアイススケートリンクで、氷の上にカーペットを敷いてしつらえられた涼しい場所。炎天下の一日に室内にいればジャケットを着こむほどに寒い環境だった。グランデパールの締め日に、頭を冷やす機会が提供された?

、BMCレーシングが勝利。マイヨジョーヌはグレッグ・ヴァンアーヴェルマート(ベルギー)、BMCレーシングが勝利。マイヨジョーヌはグレッグ・ヴァンアーヴェルマート(ベルギー) photo:Makoto.AYANO3年ぶりに復活したチームタイムトライアルはBMCレーシングが制し、マイヨジョーヌもグレッグ・ヴァンアーヴェルマート(ベルギー)の元へ。同チームで今年こそマイヨを狙うリッチー・ポートは1年前のこの日、2017年7月9日にはモンデュシャの下りでコースアウトして落車し、負傷。路上に横たわっていた。「その日を思えば、落車して地面に寝転がっていた1年前と比べると雲泥の差だよ」と話した。

ヴァンデ県とペイ・ド・ラ・ロワールを舞台とするグランデパールは華やかさこそなかったものの、自転車競技の本陣とも言える地域の様々な場所へといざなってくれた。まさに原点に回帰して、ツールが描こうとする価値観をもう一度再認識させてくれるような機会だった。

第4ステージのスタート地点であるラ・ボルで、グランデパールの幕は降ろされる。「大西洋岸の真珠」と呼ばれる美しい8kmに渡る海岸線、19世紀末から人気の廃れない海水浴場の脇をツールのプロトンが通過する光景は、どんな映像となってこの地の魅力を伝えるのだろうか。

text:Makoto AYANO
photo:Makoto AYANO, Kei Tsuji in La Roche-sur-Yon, France
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