クラシックの女王「北の地獄」の異名を持つパリ〜ルーベは、クラッシュの頻発するカオスな展開に。激闘の果てに、史上2人目の意外なオーストラリア人勝者を生み出したレースを振り返る。
コンピエーニュ宮殿前広場のスタートラインは整ったパヴェだ photo:Makoto.AYANO
前夜の北フランス、ノールパドカレ地方には夕方17時頃から4時間ほど少雨が降った。まだ早い春の、冷え込む夜の雨だった。翌日、レース当日は晴れ予報。しかし深い霧がコンピエーニュの街を包んだ。
スタートとなるコンピエーニュ宮殿前に集まった各チーム。石畳を走るレースに備えたユニークな機材に観客たちの熱い視線が注がれる。ロンド・ファン・フラーンデレンではランプレ・メリダがディスクブレーキロードを投入したが、ディレクト・エネルジーもディスク仕様のBH製バイクを投入した。UCI検査官はモータードーピングチェックのためにiPadを片手にすべてのバイクをスキャンして回っていた。
モータードーピングのチェックをするUCIの検査官たち photo:Makoto.AYANO
iPadをかざしてスキャニング検査する photo:Makoto.AYANO
トレック・セガフレードは宮殿からもっとも遠い位置にバスを停めた。バスの駐車位置は早い者勝ちなれど、通常プロコンレベルのチームが遠慮がちに停める場所。もちろんカンチェラーラ・フィーバーによる喧騒を避けるためだろう。カンチェラーラがバスから姿を見せたのはスタート5分前。メディアの取材攻勢を避け、サイン台にももっとも遅く登った。
パリ〜ルーベの出発点、コンピエーニュの街を走り出していく選手たち photo:Makoto.AYANO
10時50分のスタートを迎えても、予報に反し気温は11度ほどと冷え込んだまま。最初のセクター27のパヴェにプロトンが到着するのは午後1時の予想。パヴェは概ね乾きつつも、上がらない気温に随所にウェットな箇所を残していた。
雨上がりのクリアで冷たい空気のなか、スタート直後からアタックが掛かるのは前週のロンド・ファン・フラーンデレンに続く展開の早さ。TVのライブ放送がスタートから開始されるから、あるいはサガンとカンチェラーラの優勝候補の2強を崩すために早めに動いて勝機と活路を見出したいチームが多いからか。
パヴェセクターでのニュートラルサポートに備えるモト・マヴィックチーム photo:Makoto.AYANO
モト・マヴィックの後席にはスペアホイールが並ぶ photo:Makoto.AYANO
パヴェを走り抜けるプロトン。昨夜の雨による湿り気があるため砂塵が舞うことなく、視界はクリア。ドライよりも走りやすい面はあっただろう。しかし随所に泥やぬかるみ、水溜りが待ち構えている。路肩の両サイドには抵抗が少ない土混じりの走りやすいラインが現れるが、同時にリスクも潜んでいる。モトや関係車両はウェットなパヴェでスリップに苦しむことも。
最初のセクター27を先頭を引いて走るヤロスラフ・ポポヴィッチ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
メイン集団はチームスカイが先頭を固めてパヴェセクターに突入する photo:Makoto.AYANO
■落車とスリップでカオスな展開に
75km地点から逃げた16人。ここに優勝することになるマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)が入っていた。逃げに乗ったヤロスラフ・ポポヴィッチ(トレック・セガフレード)は、このパリ〜ルーベを最後に引退を表明していた。前方に待機してカンチェラーラを待つ作戦だ。
最後のパリ〜ルーベを走るファビアン・カンチェラーラ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
逃げ集団に入ったマシュー・ハイマン(オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANO
走れる選手の数を揃えていたのがエティックス・クイックステップだ。トム・ボーネン、ゼネク・スティバル、ニキ・テルプストラ、トニ・マルティンと、パヴェレースに勝てる選手を豪華に取り揃えていた。メイン集団に落車が起こったとき、カンチェラーラとサガンが後方に居る機会をみてマルティンの強力な牽引力を活かしてふたりの優勝候補を後方集団に取り残すことに成功。そしてマルティンは献身的な走りで前方の逃げにボーネンを追いつかせた。
アランベールを抜けるトム・ボーネン(エティックス・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
マーク・カヴェンディッシュ(ディメンションデータ)も良い走りを披露した photo:Makoto.AYANO
メイン集団前方にはペースをコントロールするスカイの姿が目立った。ロンドで5位のルーク・ロウ、そしてイアン・スタナードら5人を集団前方に揃え、リーダーを護りながら走る。カンチェラーラとサガンの入った追走グループは焦りにも似たペースアップを続けていた。タイム差は大きく、数的優位が大きくは生かせないパヴェでは苦戦が明らかに見て取れた。
カンチェラーラを従えて走るペーター・サガン(ティンコフ) photo:Makoto.AYANO
スカイは次々に前方へ選手を送り込み、セクター11のパヴェ、オシュイ=レ=オルシを前にスタナード、ロウ、サルヴァトーレ・プッチォ、ジャンニ・モスコンの4人を先頭集団に揃え、逃げを支配していた。しかしパヴェ区間の中ほど、舗装路と交わる地点の水溜りでモスコンがスリップ、ロウとともに落車してしまう。その後またプッチォが落車し、ロウはなんとか復帰するも闘えるのはスタナードだけになってしまった。
セクター11、雨水と泥で濡れたパヴェを走るチームスカイ。この後2人が落車する photo:Makoto.AYANO
スリップして落車したジャンニ・モスコン(チームスカイ) photo:Makoto.AYANO
セクター10モンサン・ぺヴェルではカンチェラーラがパヴェに積もった泥でスリップして落車、後続を巻き込んでしまう。サガンはミラノ〜サンレモでも見せたバニーホップさながらのスーパーテクニックを披露して落車を回避した。しかしテルプストラらは巻き込まれ、この追走集団の勢いは失われてしまう。カンチェラーラは再び走り続けるも、激い落車によるダメージの大きさから勝利を目指すことは諦めざるを得なかった。
モンサン・ぺヴェルで落車したファビアン・カンチェラーラ(スイス、トレック・セガフレード) photo:Tim de Waele
落車で腕にダメージを負ったファビアン・カンチェラーラ photo:Tim de Waele
フィナーレに向けてボーネンの繰り返すアタック、そしてパヴェ区間で光るファンマルクの独走を経て、ゴールまでの5kmは5人の争いに。果敢に攻め続けたのはボーネン。スプリントの有るボアッソンハーゲンを警戒し、パワフルなスタナードとの最後の勝負になることを嫌って独走に持ち込もうとアタックを繰り返した。
パヴェのコーナーに突っ込むトム・ボーネン(ベルギー、エティックス・クイックステップ) photo:Tim de Waele
牽制など一切ない力と力のぶつかりあいは観るものを魅了した。ボーネンは言う。「5人は誰もが全力を尽くして、誰もが限界だった。誰が勝っても勝利に値しただろう」。
ヘイマンはボーネンのアタックに追従し、さらにアタックで返した。ボーネンを従えてヴェロドロームに入り、先行させると早めのスプリントでボーネンの加速を封じた。ここまでに力を使い果たしている5人の、死力を尽くすスプリントだった。
ヴェロドロームに向かってアタックするトム・ボーネン(ベルギー、エティックス・クイックステップ) photo:Tim de Waele
早めに掛けたマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANO
終盤、5人のなかでボーネンが唯一警戒を怠った存在が優勝したヘイマンだ。ボーネンは言う。「ボアッソンハーゲンは速い、スタナードはパワフル、ファンマルクはパヴェでスムーズ。マット(ヘイマン)は誰もが気にしていなかった。彼はスマートに走って、スプリントすべきタイミングでうまくスプリントした。今まで他の選手のために走ってきて、クラシックの経験もある彼はこの勝利にふさわしい。過去にも彼のような選手がパリルーベに勝ってきた。我々(クイックステップ)もベストを尽くしたし、この結果には満足している」。
マシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)がトム・ボーネンらを下す photo:Makoto.AYANO
ダークホース? サプライズウィナー?
パリ〜ルーベ2016覇者はマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANOベテランのヘイマンは、スタート前の優勝候補にも挙げられていなかった。この日エースナンバーをつけていなかったことからも分かる通り、チームにとってもサプライズな勝利だった。表彰台に立ったときと同じ信じられないといった表情ののままに記者会見に現れたヘイマンは言う。「ただひとつの感情は、勝ったことがまったく信じられないということ。この場にこうして座っていることも超現実的だ」。
勝利を喜びながらチームバスへと向かうマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto.AYANO「パリ〜ルーベは数年ごとにサプライズウィナーを生み出してきた。最近ならヨハン・ヴァンスーメレンにステュアート・オグレディ。彼らは前方で展開してレースを上手く進めた。もしレースの最後にエース級の選手が揃うと彼らの争いになる。今日のレースがそうだったように。そして可能性が生まれる」。
5人になったとき、そのなかで5位になるか、あるいは後方集団に追いつかれるかと思ったというヘイマン。一度遅れてしまった時にマイペースで走り続けたとき、4人は遠ざからなかった。そのとき、皆が疲れていること、それほどは自分を越えた存在ではないということを考え始めたという。フィナーレに向けては、序盤から逃げ続けた自分の脚が意外にももっとも強かった。
チームバスに戻ってきたマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Makoto Ayano
マシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)の駆ったのはエアロロードのスコットFOILだ photo:Makoto.AYANOヘイマンは2000年にラボバンクでプロ入り。4年をチームスカイで過ごした後2014年からオリカ・グリーンエッジに加入。来年までの2年の契約更新をした37歳は、あと2週間で38歳になる。過去の戦績としては2011年にはパリ〜ブルージュで勝利しているが、こちろんこのパリルーベの勝利がキャリア最大のものだ。
オリカ・グリーンエッジのシェーン・バナンGM photo:Makoto.AYANO年齢的にもチームキャプテン的な存在で、普段はマイケル・マシューズやサイモン・ゲランスをアシストすることに喜びを感じている。自分のためのレースを走ることはほとんどないが、北のクラシック、なかでもこの石畳のレースは自身が好きなレースとして目標とし、自分のために走ってきた。過去に15回出場し、トップ10入りが2度、そして15回すべてのパリ〜ルーベで完走している。
ヘイマンは5週間前のオムループ・ヘットニューズブラッドで落車し、腕を骨折していた。そのため負傷してからのトレーニングはもっぱらガレージ内でのローラー台だったという。
「ローラー台を1日2セッション、自分の小さな”ヴァーチャルワールド”でトレーニングをしていた。クラシックに備えてトレーニングを開始したのが昨年の10月。上げた調子を失いたくなくて、一刻も早いカムバックを目指してインドアトレーニングを続けた。先週はGPミゲルインディラインなど小さなレースに2つ出場することができた。しかしこのクラシックで勝負ができるとは思っていなかったから、これはボーナスみたいなもの。ストレス無しで臨んだのも良かった。
記者会見の後、オリカのバスに息子を抱いて戻ったヘイマンはチームメイトやスタッフとともに喜びを分かちあった。狂喜乱舞というわけでなく、静かな口調でチーム皆に感謝の気持ちを表していた。
チーム創設者シェーン・バナンGMは言う。「彼のラスト15kmの走りは知性と経験を本当に上手く使ったと思う。彼の動きには自信がみなぎっていた。すべての状況を掌握していた。重量級の闘いだった。凄いレースで、観ていても凄く、美しかった」。
■2度めの落車で最後のルーベを締めくくったカンチェラーラ
スタジアムに駆けつけたファンクラブに挨拶するファビアン・カンチェラーラ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
落車で勝負を諦め、ヴェロドロームに帰ってきたカンチェラーラは、スタンドに詰めかけたファンたちのもとに立ち寄り、スイス国旗を受け取って走りだしてすぐ旗が何かに引っかかり、バランスを崩して転倒した。転がり落ちたバンクを、シューズを脱いでよじ登り、ファンたちと抱擁した。2006、2010、2013に続く4つ目の歴史更新は無し。3勝とロンドでの3勝で北のクラシックの石畳レースを締めくくった。右腕には血が滲み、激しく打撲した跡があった。
自身の引退はまだ先だが、この日で一足先に引退するポポヴィッチに、今までの感謝の気持ちを表した。レース後の夜はカンチェラーラの提案でポポのサプライズパーティが企画されているとのことで、ポポ本人はまだ知らない。日本でも人気のあるポポは少し休んだ後ジロ・デ・イタリアから監督としてチームで活動するという。
ヴェロドロームを去るファビアン・カンチェラーラ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
負傷したファビアン・カンチェラーラ(トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
■ボーネンは来年も走る
アランベールを抜けるトム・ボーネン(エティックス・クイックステップ) photo:Makoto.AYANOパリ〜ルーベ5勝目という歴史の更新はならなかったが、ボーネンの走りにパトリック・ルフェーブルGMはレース内容自体には満足気だ。ボーネンは昨年10月のアブダビツアーで落車し、側頭骨骨折からのリカバリーを図った。パリ〜ルーベにはギリギリピークをもってきた。医師からはちょうど今日がバイクライドを再開できる予定日だったというメッセージを受けとっているという。
さばさばした表情で復活を喜ぶトム・ボーネン(エティックス・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO「トムが負けたことはとくに悲しい。彼はアスリートだ。彼は5勝に値する。そのために彼はできることをすべてしてきた。カムバックにはここまでの毎日が必要だった。悲しいことに誰かが強かっただけだ」。
「パリ〜ルーベに勝つには、戦略よりもでかいタマをもっていることだ」と言い放ったルフェーブルGM。レース後、「彼らはタマを持っていた」とチームの走りを評価した。
過去の栄光に比べ、ここまでの成績不振に引き際について語られることが多くなったボーネン。「来年もパリルーベを走るか?」の問に応える。
まずはカムバックの日々について「まず数日は休む。ここまでの4ヶ月間にしてきたことすべてを見直す時間をしっかりとる必要はある。調子をつくるのに、今日まで急ぎ過ぎたから。今言えるのは、来年このレースに戻らない理由が無いということ。そして2位は嬉しいけれど、もう一度トライしたい」。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk/Belgium

前夜の北フランス、ノールパドカレ地方には夕方17時頃から4時間ほど少雨が降った。まだ早い春の、冷え込む夜の雨だった。翌日、レース当日は晴れ予報。しかし深い霧がコンピエーニュの街を包んだ。
スタートとなるコンピエーニュ宮殿前に集まった各チーム。石畳を走るレースに備えたユニークな機材に観客たちの熱い視線が注がれる。ロンド・ファン・フラーンデレンではランプレ・メリダがディスクブレーキロードを投入したが、ディレクト・エネルジーもディスク仕様のBH製バイクを投入した。UCI検査官はモータードーピングチェックのためにiPadを片手にすべてのバイクをスキャンして回っていた。


トレック・セガフレードは宮殿からもっとも遠い位置にバスを停めた。バスの駐車位置は早い者勝ちなれど、通常プロコンレベルのチームが遠慮がちに停める場所。もちろんカンチェラーラ・フィーバーによる喧騒を避けるためだろう。カンチェラーラがバスから姿を見せたのはスタート5分前。メディアの取材攻勢を避け、サイン台にももっとも遅く登った。

10時50分のスタートを迎えても、予報に反し気温は11度ほどと冷え込んだまま。最初のセクター27のパヴェにプロトンが到着するのは午後1時の予想。パヴェは概ね乾きつつも、上がらない気温に随所にウェットな箇所を残していた。
雨上がりのクリアで冷たい空気のなか、スタート直後からアタックが掛かるのは前週のロンド・ファン・フラーンデレンに続く展開の早さ。TVのライブ放送がスタートから開始されるから、あるいはサガンとカンチェラーラの優勝候補の2強を崩すために早めに動いて勝機と活路を見出したいチームが多いからか。


パヴェを走り抜けるプロトン。昨夜の雨による湿り気があるため砂塵が舞うことなく、視界はクリア。ドライよりも走りやすい面はあっただろう。しかし随所に泥やぬかるみ、水溜りが待ち構えている。路肩の両サイドには抵抗が少ない土混じりの走りやすいラインが現れるが、同時にリスクも潜んでいる。モトや関係車両はウェットなパヴェでスリップに苦しむことも。


■落車とスリップでカオスな展開に
75km地点から逃げた16人。ここに優勝することになるマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)が入っていた。逃げに乗ったヤロスラフ・ポポヴィッチ(トレック・セガフレード)は、このパリ〜ルーベを最後に引退を表明していた。前方に待機してカンチェラーラを待つ作戦だ。


走れる選手の数を揃えていたのがエティックス・クイックステップだ。トム・ボーネン、ゼネク・スティバル、ニキ・テルプストラ、トニ・マルティンと、パヴェレースに勝てる選手を豪華に取り揃えていた。メイン集団に落車が起こったとき、カンチェラーラとサガンが後方に居る機会をみてマルティンの強力な牽引力を活かしてふたりの優勝候補を後方集団に取り残すことに成功。そしてマルティンは献身的な走りで前方の逃げにボーネンを追いつかせた。


メイン集団前方にはペースをコントロールするスカイの姿が目立った。ロンドで5位のルーク・ロウ、そしてイアン・スタナードら5人を集団前方に揃え、リーダーを護りながら走る。カンチェラーラとサガンの入った追走グループは焦りにも似たペースアップを続けていた。タイム差は大きく、数的優位が大きくは生かせないパヴェでは苦戦が明らかに見て取れた。

スカイは次々に前方へ選手を送り込み、セクター11のパヴェ、オシュイ=レ=オルシを前にスタナード、ロウ、サルヴァトーレ・プッチォ、ジャンニ・モスコンの4人を先頭集団に揃え、逃げを支配していた。しかしパヴェ区間の中ほど、舗装路と交わる地点の水溜りでモスコンがスリップ、ロウとともに落車してしまう。その後またプッチォが落車し、ロウはなんとか復帰するも闘えるのはスタナードだけになってしまった。


セクター10モンサン・ぺヴェルではカンチェラーラがパヴェに積もった泥でスリップして落車、後続を巻き込んでしまう。サガンはミラノ〜サンレモでも見せたバニーホップさながらのスーパーテクニックを披露して落車を回避した。しかしテルプストラらは巻き込まれ、この追走集団の勢いは失われてしまう。カンチェラーラは再び走り続けるも、激い落車によるダメージの大きさから勝利を目指すことは諦めざるを得なかった。


フィナーレに向けてボーネンの繰り返すアタック、そしてパヴェ区間で光るファンマルクの独走を経て、ゴールまでの5kmは5人の争いに。果敢に攻め続けたのはボーネン。スプリントの有るボアッソンハーゲンを警戒し、パワフルなスタナードとの最後の勝負になることを嫌って独走に持ち込もうとアタックを繰り返した。

牽制など一切ない力と力のぶつかりあいは観るものを魅了した。ボーネンは言う。「5人は誰もが全力を尽くして、誰もが限界だった。誰が勝っても勝利に値しただろう」。
ヘイマンはボーネンのアタックに追従し、さらにアタックで返した。ボーネンを従えてヴェロドロームに入り、先行させると早めのスプリントでボーネンの加速を封じた。ここまでに力を使い果たしている5人の、死力を尽くすスプリントだった。


終盤、5人のなかでボーネンが唯一警戒を怠った存在が優勝したヘイマンだ。ボーネンは言う。「ボアッソンハーゲンは速い、スタナードはパワフル、ファンマルクはパヴェでスムーズ。マット(ヘイマン)は誰もが気にしていなかった。彼はスマートに走って、スプリントすべきタイミングでうまくスプリントした。今まで他の選手のために走ってきて、クラシックの経験もある彼はこの勝利にふさわしい。過去にも彼のような選手がパリルーベに勝ってきた。我々(クイックステップ)もベストを尽くしたし、この結果には満足している」。

ダークホース? サプライズウィナー?


5人になったとき、そのなかで5位になるか、あるいは後方集団に追いつかれるかと思ったというヘイマン。一度遅れてしまった時にマイペースで走り続けたとき、4人は遠ざからなかった。そのとき、皆が疲れていること、それほどは自分を越えた存在ではないということを考え始めたという。フィナーレに向けては、序盤から逃げ続けた自分の脚が意外にももっとも強かった。



ヘイマンは5週間前のオムループ・ヘットニューズブラッドで落車し、腕を骨折していた。そのため負傷してからのトレーニングはもっぱらガレージ内でのローラー台だったという。
「ローラー台を1日2セッション、自分の小さな”ヴァーチャルワールド”でトレーニングをしていた。クラシックに備えてトレーニングを開始したのが昨年の10月。上げた調子を失いたくなくて、一刻も早いカムバックを目指してインドアトレーニングを続けた。先週はGPミゲルインディラインなど小さなレースに2つ出場することができた。しかしこのクラシックで勝負ができるとは思っていなかったから、これはボーナスみたいなもの。ストレス無しで臨んだのも良かった。
記者会見の後、オリカのバスに息子を抱いて戻ったヘイマンはチームメイトやスタッフとともに喜びを分かちあった。狂喜乱舞というわけでなく、静かな口調でチーム皆に感謝の気持ちを表していた。
チーム創設者シェーン・バナンGMは言う。「彼のラスト15kmの走りは知性と経験を本当に上手く使ったと思う。彼の動きには自信がみなぎっていた。すべての状況を掌握していた。重量級の闘いだった。凄いレースで、観ていても凄く、美しかった」。
■2度めの落車で最後のルーベを締めくくったカンチェラーラ

落車で勝負を諦め、ヴェロドロームに帰ってきたカンチェラーラは、スタンドに詰めかけたファンたちのもとに立ち寄り、スイス国旗を受け取って走りだしてすぐ旗が何かに引っかかり、バランスを崩して転倒した。転がり落ちたバンクを、シューズを脱いでよじ登り、ファンたちと抱擁した。2006、2010、2013に続く4つ目の歴史更新は無し。3勝とロンドでの3勝で北のクラシックの石畳レースを締めくくった。右腕には血が滲み、激しく打撲した跡があった。
自身の引退はまだ先だが、この日で一足先に引退するポポヴィッチに、今までの感謝の気持ちを表した。レース後の夜はカンチェラーラの提案でポポのサプライズパーティが企画されているとのことで、ポポ本人はまだ知らない。日本でも人気のあるポポは少し休んだ後ジロ・デ・イタリアから監督としてチームで活動するという。


■ボーネンは来年も走る


「パリ〜ルーベに勝つには、戦略よりもでかいタマをもっていることだ」と言い放ったルフェーブルGM。レース後、「彼らはタマを持っていた」とチームの走りを評価した。
過去の栄光に比べ、ここまでの成績不振に引き際について語られることが多くなったボーネン。「来年もパリルーベを走るか?」の問に応える。
まずはカムバックの日々について「まず数日は休む。ここまでの4ヶ月間にしてきたことすべてを見直す時間をしっかりとる必要はある。調子をつくるのに、今日まで急ぎ過ぎたから。今言えるのは、来年このレースに戻らない理由が無いということ。そして2位は嬉しいけれど、もう一度トライしたい」。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk/Belgium
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