バイオロジカル・パスポートの数値変動においてドーピングを疑われ、2年の暗闇の歳月を過ごしたロマン・クロイツィゲル。ティンコフ・サクソにおいてクロイツィゲルの専任マッサーをつとめる中野喜文さんが意見を寄せてくれた。

ティンコフ・サクソの中野喜文マッサーティンコフ・サクソの中野喜文マッサー photo:Makoto.AYANO先日、CAS(スポーツ仲裁裁判所)において争われる予定だったローマン・クロイツィゲルのバイオロジカル・パスポートの案件において、UCIとWADAが上告を取り下げ、昨年9月22日のチェコ五輪委員会の判決が確定し、クロイツィゲル側の勝訴が決まりました。

今回の問題点となったのは、クロイツィゲル選手の2011年と2012年における血液データ変動値です。以下に一連の経緯を改めて記します。

2013年6月 UCIがクロイツィゲルに、2011、2012年における血液データの変動値に対する説明を要求。

2013年10月 潔白を主張するクロイツィゲルが第三者機関による分析結果をUCIに提出。

2014年5月30日 UCIがクロイツィゲルの分析結果を説明不十分と判断し、再度の説明を要請(時期的にクロイツィゲル側のツール・ド・フランス参加前の回答が不可能なタイミングでした)

2014年6月30日 クロイツィゲルとチームとの話し合いのうえで、ツール・ド・フランス参加を自粛すると決定。理由はUCIがツール期間中に本件を発表する可能性があることに憂慮したため(ドーピングスキャンダルとなればマスコミ対応をツール参加期間中のチームが行うことは不可能であるため)

2014年8月 クロイツィゲルはツール・ド・ポローニュの出走予定も、レース開始24時間前の段階でUCIから「血液データが今後において陽性に準ずる可能性がある」ことから暫定出場停止処分を受ける。UCIへの不服申し立て猶予において不可能な競技24時間前の通達ルールが守らなれなかったこと、科学的根拠抜きで出場停止処分を下したことの2つについて、チームは批判した。

2014年9月22日 チェコ五輪委員会が、クロイツィゲルの無罪を裁定

2014年10月23日 UCIはチェコ五輪委員会の裁定を不服とし、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に上告

2014年11月 クロイツィゲルがこの件についてのWebサイト「クロイツゲル・ケース」を立ち上げ、血液データなど全ての関連データを公表する 

2015年2月〜4月 UCIの裁判延期要求を2度受託。最終的に要求された5月8日(ジロ開幕前日にあたる)への延期を、クロイツィゲル側が拒否

2015年6月3日 公聴会の日程が6月11日、裁定が7月11日に決定。

2015年6月6日 UCIとWADAはクロイツィゲルへの上告取り下げを発表

バイオロジカル・パスポートは有効だが、疑われると潔白を証明する方法が見つからない

アスタナ所属時代の2011年ジロ・デ・イタリア ロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)にサコッシュを渡す中野喜文マッサーアスタナ所属時代の2011年ジロ・デ・イタリア ロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)にサコッシュを渡す中野喜文マッサー photo:Kei Tsuji従来の検査では検出できない違反行為検出が可能であり、違反行為の抑止力としても機能しているバイオロジカル・パスポート。ただ、このシステムの問題点は、違反を疑って調査のきっかけにすることには機能しますが、疑われた場合に、潔白を証明する方法が実に乏しいということです。
そのような状況の中、クロイツィゲルと彼の家族は約2年に渡り翻弄され続けました。

私は専門家ではないので、血液変動データについてコメントする立場にはありません。ただ、リクイガスがアンチ・ドーピングの考えに基づいた新世代選手の育成のために19歳でクロイツィゲルをプロ入りさせたこと、そして徹底したアンチ・ドーピングの教育を行ってきたこと、そしてなによりクロイツィゲル自身のアンチ・ドーピングに対して真摯に取り組む人間性などを、私は知る立場にあります。
ですから私も、当初から彼の潔白を支持する者として、非常に憂慮する時間を過ごしてきました。

チームが彼の主張と潔白を全面的に支持したことにより、これだけの問題を抱えながらも、今シーズンをここまで走ってきたことは、他のドーピングスキャンダルと一線を画すレアなケースとも言えます。

そして酷い精神ストレスのなかでトレーニングに集中してきたクロイツィゲルに、私もただ敬意の念をもつばかりです。

クロイツィゲルは「この状況にあっても精神をコントロールすることができるのは、自分自身がただ真実を貫いているから」と、私に説明したことがありました。「仮に私が嘘をついているのなら、普通の精神状態でいられるはずはない」と。強い男だと思います。
疑惑が晴れたことをただ嬉しく思います。

ただ、同時に彼がこの2年において被った競技者としての価値損失、受けた社会的な制裁、精神的そして金銭的な負担などを思うと、複雑な思いをただ拭い去ることができません。

科学的根拠を示さないままにクロイツィゲルの案件に固執したUCIの行動には、人権侵害を犯すレベルの過失があったことは事実と言わざるをえません。本来は選手を守るための競技連盟が、無実の可能性が多く残る選手を貶めることになってしまった今回の事案。今後において、二度と同じような事が起こらないことを、ただ祈るのみです。

ティンコフ・サクソ/中野喜文



中野喜文マッサー(サクソ・ティンコフ)中野喜文マッサー(サクソ・ティンコフ) photo:Makoto.Ayano
中野喜文 (なかのよしふみ)さん略歴
1970年4月5日生
鍼灸按摩マッサージ指圧師
ティンコフ・サクソ専属マッサー
エンネ スポーツマッサージ治療院 経営 
経歴:1998年よりイタリアのプロチーム「リーゾスコッティ」で欧州プロチームのマッサーとしての活動をスタート。日本人のマッサージ師として初めてジロ・ディ・イタリア、ツール・ド・フランスに帯同。
1999年カンティーナ・トッロ、2000~2005年:ファッサボルトロ、2006~2010年:リクイガス、2011〜2012年:アスタナ、2013年より現ティンコフ・サクソに所属。自身の「エンネ スポーツマッサージ治療院」を経営しつつ、レースプログラムに応じて欧州で活動する。

edit:Makoto.AYANO
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