首都クアラルンプールから車で1時間。道幅のある山道を進んでいくと、遥か山の上に巨大なホテル群が見えてくる。標高1700mのゲンティンハイランドに向かうカテゴリー超級の登りこそ、2014年ツール・ド・ランカウイ最大の、そして唯一の山岳決戦だ。



ヒンドゥー教の聖地であるバトゥ洞窟の前を通過ヒンドゥー教の聖地であるバトゥ洞窟の前を通過 photo:Kei Tsuji
スタート前にストレッチする平塚吉光(愛三工業レーシング)スタート前にストレッチする平塚吉光(愛三工業レーシング) photo:Kei Tsuji国内線が発着するスバン空港の横をスタート国内線が発着するスバン空港の横をスタート photo:Kei Tsuji


ツール・ド・ランカウイ2014第4ステージツール・ド・ランカウイ2014第4ステージ image:Tour de Langkawiツール・ド・ランカウイ第4ステージは、主に国内線が就航しているクアラルンプール第二の空港、スバン空港の真横でスタートが切られた。大会スポンサーの一つであるマレーシア航空の計らいで、2機の航空機がわざわざスタートエリアに横付け。なかなか間近で見る機会が少ないジェット機に、選手やチームスタッフがカメラを向ける。

マレーシア航空の旅客機が選手たちの上を通過マレーシア航空の旅客機が選手たちの上を通過 photo:Kei Tsuji第4ステージのコースレイアウトは至ってシンプル。クアラルンプールを発って超級山岳ゲンティンハイランドに向かう110.3km。10ステージの中で唯一の山岳ステージであり、例年ここで総合順位にシャッフルがかかる。

クアラルンプール近郊に広がる丘陵地帯を行くクアラルンプール近郊に広がる丘陵地帯を行く photo:Kei Tsujiリーダージャージを着て出走サインに現れたドゥベル・キンテロ(コロンビア、コロンビア)は、「総合首位を守る準備は出来ているよ」と笑う。それが自分なのかチームメイトなのか明言は避けたが、リラックスした様子でスタートラインの横に座り込んだ。

レース前半、スピードの上がった集団の後方で走る福田真平(愛三工業レーシング)レース前半、スピードの上がった集団の後方で走る福田真平(愛三工業レーシング) photo:Kei Tsujiスタート後しばらく続くクアラルンプール郊外の"ジェットコースターのような"アップダウン路でアタックが続く。10km地点で集団が割れる形となり、31名の巨大なグループが先行。そのままメイン集団を引き離し始めた。

ゲンティンハイランドに照準を合わせていた平塚吉光(愛三工業レーシング)は「他のチームが3人でアタックしていた中に1人で加わって一時的に先行したんですが、それが捕まってその次に飛び出した集団が行ってしまった」と悔やむ。平塚はティンコフ・サクソやユーロップカーが牽引するメイン集団の中で超級山岳ゲンティンハイランドに向かった。

先頭グループを積極的に率いたのは、ペトル・イグナテンコ(ロシア)を送り込んだカチューシャと、エスデバン・シャベス(コロンビア)を送り込んだオリカ・グリーンエッジ、そしてステフェン・クルイスウィク(オランダ)を送り込んだベルキンの3チーム。

UCIプロチームとしての格を見せつけるように、パヴェル・ブラット(ロシア、カチューシャ)やブレット・ランカスター(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)、ジャック・ボブリッジ(オーストラリア、ベルキン)が長時間の引きを見せ、リードを保ったまま超級山岳ゲンティンハイランドに差し掛かる。

ティンコフ・サクソとユーロップカーが率いるメイン集団は3分遅れでゲンティンハイランドの登りに差し掛かった。



平塚吉光をエスコートする西谷泰治(愛三工業レーシング)平塚吉光をエスコートする西谷泰治(愛三工業レーシング) photo:Kei Tsujiオリカ・グリーンエッジやカチューシャが積極的に先頭グループを引くオリカ・グリーンエッジやカチューシャが積極的に先頭グループを引く photo:Kei Tsuji
歩道橋の上でレースを観戦歩道橋の上でレースを観戦 photo:Kei Tsuji
パヴェル・ブラット(ロシア、カチューシャ)が積極的に先頭グループを引くパヴェル・ブラット(ロシア、カチューシャ)が積極的に先頭グループを引く photo:Kei Tsujiジャック・ボブリッジ(オーストラリア、ベルキン)が献身的に先頭グループをリードジャック・ボブリッジ(オーストラリア、ベルキン)が献身的に先頭グループをリード photo:Kei Tsuji


メイン集団から飛び出したミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)とメルハウィ・クドゥス(エリトリア、MTNキュベカ)メイン集団から飛び出したミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)とメルハウィ・クドゥス(エリトリア、MTNキュベカ) photo:Kei Tsujiゲンティンハイランドとツール・ド・ランカウイは切っても切れない関係だ。1960年代に建設が始まり、現在ではカジノを始めとするエンターテイメント施設や巨大なリゾートホテルが標高1600〜1700mの高地にひしめくように立ち並ぶ。おそらく日本人全員が度肝を抜かれる異様な光景が頂上に広がっている。

メイン集団から脱落した平塚吉光(愛三工業レーシング)メイン集団から脱落した平塚吉光(愛三工業レーシング) photo:Kei Tsuji2016年の大改装に向けて現在も拡張中であり、数年のうちに映画会社の20世紀フォックスが手がける巨大テーマパークがオープン予定。マレーシア国内のみならず、海外からも多くの観光客が訪れる。下界が35度の暑さに苦しむ中でも、ゲンティンハイランドの気温は一年を通して20度と涼しい。

先頭でゲンティンハイランドを登るイサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア)先頭でゲンティンハイランドを登るイサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア) photo:Kei Tsuji直前の1級山岳を含めると、24kmかけて高低差1000mを登るゲンティンハイランドの登坂。中盤に下り区間を含むため、実質的な平均勾配は8%オーバー。後半にかけて斜度が増していき、残り2kmで最大勾配15%に達する。フィニッシュラインが引かれているのはゲンティンハイランドの入り口付近、標高1625mの地点だ。

ジャック・ヤンセファンレンズバーグ(南アフリカ、MTNキュベカ)が精鋭グループを牽引ジャック・ヤンセファンレンズバーグ(南アフリカ、MTNキュベカ)が精鋭グループを牽引 photo:Kei Tsuji本格的な登りが始まると先頭グループ&メイン集団ともに見る見るうちに人数を減らしていった。メイン集団からはミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)とメルハウィ・クドゥス(エリトリア、MTNキュベカ)の2人が飛び出すも、UCIプロチームライダーは誰も反応しない。

ポルセイェディゴラコールとクドゥスの2人は協力して3分差を詰め、そのまま先頭グループ合流に成功する。後方ではナタエル・ベルハネ(エリトリア、ユーロップカー)やピーター・ウェーニング(オランダ、オリカ・グリーンエッジ)が懸命にペースを作ったものの、先頭グループとのタイム差が縮まらない。

ポルセイェディゴラコールとクドゥスを除いて、メイン集団は最後までタイム差を詰めることが出来ず、先頭から2分50秒遅れでウェーニングを先頭にフィニッシュしている。

逃げ切りが濃厚になった先頭グループからは、残り4kmでイサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア)がアタック。しかしジャック・ヤンセファンレンズバーグ(南アフリカ、MTNキュベカ)の献身的なリードによってボリバルは残り2kmで捉えられる。

ボリバルとシャベス、イグナテンコに、後方から合流したポルセイェディゴラコールとクドゥスを加えた5名が先行して残り1km。アタックは決まらず、急勾配の最終ストレートでライバルを渾身の力で引き離したポルセイェディゴラコールが先着した。



ゲンティンハイランド名物の門の前を通過するミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)ゲンティンハイランド名物の門の前を通過するミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル) photo:Kei Tsujiゲンティンハイランドを登るエスデバン・シャベス(コロンビア、オリカ・グリーンエッジ)ゲンティンハイランドを登るエスデバン・シャベス(コロンビア、オリカ・グリーンエッジ) photo:Kei Tsuji
残り1kmで先頭グループを形成するペトル・イグナテンコ(ロシア、カチューシャ)ら5名残り1kmで先頭グループを形成するペトル・イグナテンコ(ロシア、カチューシャ)ら5名 photo:Kei Tsuji


ライバルを振り切ってゲンティンハイランドの山頂にフィニッシュするミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)ライバルを振り切ってゲンティンハイランドの山頂にフィニッシュするミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル) photo:Kei Tsujiアジア人選手によるゲンティンハイランド制覇はこれが初めて。ポルセイェディゴラコールは歴史的なステージ優勝と同時に、リーダージャージ獲得に成功している。この日のステージ順位がそのまま総合トップ10の成績に反映される結果となった。

ゲンティンハイランドを制したミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)ゲンティンハイランドを制したミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル) photo:Kei Tsuji「アジア人選手として初めてこのステージを制したことを誇りに思うよ」と、ポルセイェディゴラコールはチームスタッフの翻訳を介して話す。

総合首位に立ったミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)総合首位に立ったミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル) photo:Kei Tsujiポルセイェディゴラコールは2011年のゲンティンハイランドで3位に入っているが、その年にEPO(エリスロポエチン)の陽性で2年間の出場停止処分。2013年に復帰し、中国の高地で行なわれるツアー・オブ・チンハイレイク(UCI2.HC)で総合優勝を飾っている。

「クライミングを磨くのに最適な山がイランには沢山ある。このレースに向けてイランで厳しいトレーニングを積んだんだ。このジャージをチームとして最後まで守りたい。チームには経験豊かな選手が揃っているので、残る6ステージで総合リードを守りきる自信はあるよ」。

ポルセイェディゴラコールの総合リードは僅かに8秒。翌日からUCIプロチームやMTNキュベカ、ユナイテッドヘルスケアがタブリスペトロケミカルに対して総攻撃を仕掛けてくるだろう。

「(ゲンティンハイランドに)集団内で登り始めました。勾配が増す登りの後半を見据えて、前半はペースを刻んで走った。もっと後半の勾配がきついと思っていたので、前半に我慢していればもう少し前でゴール出来ていたと思います。こんな成績を残しておいて言うのも何ですが、思ったより楽でした」と、ゲンティンハイランド初挑戦を振り返る平塚は、ステージ32位・9分28秒遅れ。参考までに、同じ集団内で登り始めたウェーニングからは約6分半遅れている。

翌日以降のステージを見据える西谷泰治(愛三工業レーシング)はステージ80位。日を重ねる毎に落車の傷の痛みを感じなくなってきたと言う福田真平(愛三工業レーシング)は、ステージ117位でゲンティンハイランドの頂上にたどり着いている。

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ステージ32位に入った平塚吉光(愛三工業レーシング)ステージ32位に入った平塚吉光(愛三工業レーシング) photo:Kei Tsujiゴール後に話す平塚吉光(愛三工業レーシング)と別府匠監督ゴール後に話す平塚吉光(愛三工業レーシング)と別府匠監督 photo:Kei Tsuji


ツール・ド・ランカウイ2014第4ステージ結果
1位 ミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)  2h54'44"
2位 メルハウィ・クドゥス(エリトリア、MTNキュベカ)               +04"
3位 イサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア)           +05"
4位 エスデバン・シャベス(コロンビア、オリカ・グリーンエッジ)          +10"
5位 ペトル・イグナテンコ(ロシア、カチューシャ)                 +26"
6位 ジャック・ヤンセファンレンズバーグ(南アフリカ、MTNキュベカ)        +34"
7位 ステフェン・クルイスウィク(オランダ、ベルキン)               +46"
8位 ジャンフランコ・ジリオーリ(イタリア、アンドローニ・ベネズエラ)       +59"
9位 ガファリ・ヴァヒド(イラン、タブリスペトロケミカル)            +1'17"
10位 カルロス・キンテロ(コロンビア、コロンビア)               +1'36"
32位 平塚吉光(日本、愛三工業レーシング)                   +9'28"
80位 西谷泰治(日本、愛三工業レーシング)                  +21'02"
117位 福田真平(日本、愛三工業レーシング)                 +25'52"

個人総合成績
1位 ミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)  12h09'21"
2位 メルハウィ・クドゥス(エリトリア、MTNキュベカ)               +08"
3位 イサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア)           +11"
4位 エスデバン・シャベス(コロンビア、オリカ・グリーンエッジ)          +20"
5位 ペトル・イグナテンコ(ロシア、カチューシャ)                 +36"
6位 ジャック・ヤンセファンレンズバーグ(南アフリカ、MTNキュベカ)        +40"
7位 ステフェン・クルイスウィク(オランダ、ベルキン)               +52"
8位 ジャンフランコ・ジリオーリ(イタリア、アンドローニ・ベネズエラ)      +1'09"
9位 ガファリ・ヴァヒド(イラン、タブリスペトロケミカル)            +1'27"
10位 カルロス・キンテロ(コロンビア、コロンビア)               +1'46"

アジアンライダー賞
1位 ミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)  12h09'21"
2位 ガファリ・ヴァヒド(イラン、タブリスペトロケミカル)            +1'27"
3位 アミール・コラドザグ(イラン、タブリスペトロケミカル)           +2'48"

スプリント賞
1位 マット・ブラマイヤー(アイルランド、シナジーバクサイクリング)      40pts
2位 ドゥベル・キンテロ(コロンビア、コロンビア)               30pts
3位 アイディス・クルオピス(リトアニア、オリカ・グリーンエッジ)       30pts

山岳賞
1位 マット・ブラマイヤー(アイルランド、シナジーバクサイクリング)       32pts
2位 イサーク・ボリバル(コロンビア、ユナイテッドヘルスケア)          31pts
3位 ミルサマ・ポルセイェディゴラコール(イラン、タブリスペトロケミカル)    25pts

チーム総合成績
1位 MTNキュベカ                              36h32'01"
2位 タブリスペトロケミカル                           +27"
3位 アンドローニ・ベネズエラ                          +7'41"

text&photo:Kei Tsuji in Genting Highlands, Malaysia