第100回記念大会の開幕ステージはとんでもないカオスなステージになった。オリカ・グリーンエッジのバスの屋根がゴール地点のバナーアーチに接触してスタックしたところからゴール寸前の混乱劇が始まった。

全日本チャンピオンジャージを初披露した新城幸也(ユーロップカー)全日本チャンピオンジャージを初披露した新城幸也(ユーロップカー) photo:Makoto.Ayano

ポルトヴェッキオでの準備の日々を経て、いよいよ迎えた開幕ステージ。我々日本人にとっても新城幸也の日本チャンピオンジャージのツールでのお披露目という、おめでたい日だ。

カナダのルイガノ社から、チームメイトのダヴィ・ヴェイユーの彼女のお父さんが運び役をつとめて昨日の夕方に届けられたというそのジャージは、上下真っ白な生地に、お腹の部分に真っ赤に日の丸があしらわれるというシンプルデザイン。ダークグリーンとブラックがトレードカラーのチームにあって、コントラストが強烈で余計に目立つ。赤いテンプルのカブトのサングラスをかけると更に決まっている。

油圧ブレーキのSRAMを使用するマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、オメガファーマ・クイックステップ)油圧ブレーキのSRAMを使用するマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Makoto.Ayano当初、各国のナショナルチャンピオンジャージを着た選手たちが最前列に並んでスタートするという話も出回っていたようなのだが、とくにそういったオーガナイズはなく11時45分のスタートセレモニーを迎える。

絶対優勝候補のマーク・カヴェンディッシュもイギリスチャンピオンジャージに身を包んで現れた。彼の行くところ大勢のメディアが追いかけ回すので、カヴはのらりくらりと交わして対応を避ける。

驚くことにグリーンをあしらった彼のCVNDSHバイクには、スラムの油圧ブレーキが装着されていた。油圧メカが仕込まれたブレーキレバーは大きくせり上がり、すぐに見分けがつく。スラムにとってのニュープロダクツのアピールの場として、勝利すればこれ以上の話題性はない。

クラシックなヘアスタイルのマルセル・キッテル(ドイツ、アルゴス・シマノ)クラシックなヘアスタイルのマルセル・キッテル(ドイツ、アルゴス・シマノ) photo:Makoto.Ayanoペーター・サガン(スロバキア、キャノンデールプロサイクリング)のバイクに描かれたハルクの絵ペーター・サガン(スロバキア、キャノンデールプロサイクリング)のバイクに描かれたハルクの絵 photo:Makoto.Ayano


マルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)はヘルメットをかぶることが前提とは思えないヘアスタイルに、ちょい悪なティアドロップ型サングラスをかけて登場。若さが売りなのに、巨体とあわせド迫力だ。

サガンの「超人ハルク」のバイクはチームバスの前にうやうやしくディスプレイされ、道行く観客たちの目を楽しませた。このフレームのペイントワークは蓄光塗装になっているようで、暗い所で光るのだとか。

15回目のツールを迎えた中野喜文マッサー(サクソ・ティンコフ)15回目のツールを迎えた中野喜文マッサー(サクソ・ティンコフ) photo:Makoto.Ayanoスタート前には中野喜文マッサー(サクソ・ティンコフ)にも会えた。98年のツール・ド・フランスに初めて帯同してから活動15年目にあたるツールだ。普段はクロイツィゲルの専属マッサーとして動く中野さん。今年はコンタドールを擁する体制でのツール参戦だ。

トリコロールと、グランデパールとトリコロールと、グランデパールと photo:Makoto.Ayano中野さん「普段はクロイツィゲルを専門にみていますが、契約はチームとしているのでレースでの仕事は彼のマッサージだけではありません。ベンナーティと彼の2人のマッサージを担当し、ゴール地点の選手誘導なども担当します。マイヨ・ジョーヌを狙うチームでのツール参戦は僕にとっても初めての経験で、今までと全てが違います。チームすべてがコンタドールのために動いています」。と、ちょっぴり緊張感が漂っている。

コルシカ島の急斜面に据え付けられた美しい街並みコルシカ島の急斜面に据え付けられた美しい街並み photo:Makoto.Ayano昨日のユキヤのインタビューにもでたとおり、翌日以降のチームカーの順位を上げるために初日のスプリントで上位に入ることはどのチームにとっても重要なこと。コンタドール一本勝負のサクソ・ティンコフもスプリントを狙う選手がいない(※)にもかかわらず、ゴール順位ではなるべく上位につけておくことが重要だと話す。(※ベンナーティも平坦区間でのアシストに専念する)
「今やどのチームも同じ事を考えるので、第1ステージのゴールは余計に危険になっていますね」と中野さん。

桟橋を渡って上陸するギャラリーや関係者たち桟橋を渡って上陸するギャラリーや関係者たち photo:Makoto.Ayanoスタートセレモニーは港の少し先の坂の上。フランスのアクロバット航空機チームが編隊を組んで飛び、青・白・赤のトリコロールの煙幕でツール100回記念大会を表現する。テープカットの式はシンプルすぎて冴えず、100回記念のセレモニーとしては物足りない感じがしたが、ともかくツールはコルシカ島を舞台に走りだす。ちなみに関係者ミーティングで説明を受けたショーアッププランはゴールのシャンゼリゼでたっぷりと用意されている。

コルシカでの3ステージは島の数少ない道を使うため、コースを先回りしたりショートカットする迂回路がほとんどない。そのため関係車両やプレスはすべてゴールに直行・先行。選手たちが一度南下している間にゴールに向けて北上するというプラン。ただし移動車両が多いので混乱は避けられない。グリーンエッジのバスは人混みに阻まれてスタート地点からの離脱が遅れたようだ。

ゴール地点のスペースの問題で、我々フォトグラファーたちもバスティアの港に車両を停め、そこから中型のボートに乗り合わせてゴール地点の脇の浜辺に渡るという、なんとも島のレースならではの体験をさせてもらった。

ゴール地点のフォトグラファースペースに設置されたエスカリエ(階段席)に陣取り、プロトンの到達を待つ。レースが残り13kmにさしかかり、緊張度が高まってくるそのタイミングで事件は起きた。

グリーンエッジのバスがゴール地点にやってきて、(普通はここを通らない)、フィニッシュライン上に設置してあるアーチバナーに屋根を接触させ、スタックしたのだ。その一部始終を、見通しのいいエスカリエから観ることになった。

グリーンエッジのバスの屋根がゴール地点のバナーアーチに接触。白い煙を吹き出すグリーンエッジのバスの屋根がゴール地点のバナーアーチに接触。白い煙を吹き出す photo:Makoto.Ayanoフォークリフトなど支援車両がかけつけるが、ゴール地点は混乱フォークリフトなど支援車両がかけつけるが、ゴール地点は混乱 photo:Makoto.Ayano


「ゴール地点は元通り」の知らせに慌てて走るカメラマン「ゴール地点は元通り」の知らせに慌てて走るカメラマン photo:Makoto.Ayanoバスが抜け、バックして退避に成功した。このとき選手たちのゴールは間近に迫るバスが抜け、バックして退避に成功した。このとき選手たちのゴールは間近に迫る photo:Makoto.Ayano


ガシッっという金属の擦れ合う音と同時に、吹き出すエアコンのガスと思われる煙。バスはアーチをくぐるにはただ背が高すぎた。通常、バスはゴール手前4km地点でコースから外れ、ゴール地点の駐車場にはコース以外から到達するはず。しかし現地警察のコースの誘導が甘く、ゴール地点に紛れこんでしまったのだ。

初上陸のツールに慣れない地元警察。本部からの誘導指示を十分に理解していなかったのかもしれない。私自身も、プレスが行けないはずの直行コースに入り込んでしまい、「行けるのは良いが後で厄介なことになると困る」と思い、バックして引き返して遠回りを選んだ。そのときの誘導はあいまいで、明快な指示がなかった。おそらく原因はそこにあるだろう(ただし未確認)。

グリーンエッジのバスが立ち往生したとき、笑いも起きていたが、関係者たちがどうやらバスが簡単に抜けないことに気づいた頃には残り9kmのアナウンス。バスはサスのエアを抜いたのか、異様に低く車高を下げたが、そのまま抜けることも、後ろに下がることもできない。

残り7kmになって、ゴール地点がラスト3kmに変更になった。カメラマンたちも「どうする?走るか?いや、無理だ」目を見合わせるが、走りだしたカメラマンも。スタックしたバスがなんとか脱出に成功し、後戻りを始める。そして、コース脇からバリアの外へ。「ゴール地点はもとの場所に」という情報が伝えられる。次に「落車!」の叫び声。大量に選手が転ぶシーンがスクリーンに映る。慌てて元のポジションに走って戻るカメラマンたち。まさにカオスだった。

ゴール手前で起こった集団落車ゴール手前で起こった集団落車 photo:Cor.Vos救護を受けるイアン・スタナード(イギリス、スカイプロサイクリング)救護を受けるイアン・スタナード(イギリス、スカイプロサイクリング) photo:Cor.Vos


豪快なゴールスプリントを決めたマルセル・キッテル(ドイツ、アルゴス・シマノ)豪快なゴールスプリントを決めたマルセル・キッテル(ドイツ、アルゴス・シマノ) photo:Makoto.Ayano

キッテルの豪快なゴールシーン。しかしカヴェンディッシュもサガンもそこにはいなかった。遅れてゴールするアルゴス・シマノの選手たちも、自らのチームの快挙を祝福している。その感動的な姿のずいぶんあとに、カヴは無表情にゴールした。続いてユキヤは無傷にみえた。

そして続々と傷ついた選手たちが帰ってくる。コンタドールはジャージの肩とパンツの左腿部分を破っているものの軽傷に見える。昨年新人賞のティージェイ・ヴァンガーデレン(BMCレーシングチーム)も少し流血があるが軽傷。アンドレアス・クレーデン(レディオシャック・レオパード)は肩、膝に負傷、テッド・キング(キャノンデール)、ゲラント・トーマス(スカイ)も軽傷に見えるが、顔を歪めながら帰ってきた。

落車して傷ついたアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソ・ティンコフ)落車して傷ついたアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソ・ティンコフ) photo:Makoto.Ayano落車に巻き込まれたアンドレアス・クレーデン(ドイツ、レディオシャック・レオパード)落車に巻き込まれたアンドレアス・クレーデン(ドイツ、レディオシャック・レオパード) photo:Makoto.Ayano


大きな怪我を負ったトニ・マルティン(ドイツ、オメガファーマ・クイックステップ)大きな怪我を負ったトニ・マルティン(ドイツ、オメガファーマ・クイックステップ) photo:Makoto.Ayano

そしてもっとも深刻に見えたのがトニ・マルティン(オメガファーマ・クイックステップ)だ。ジャージがひどく破れ、全身に渡り流血。チームバスまでは自走で帰ってきたが、2度気を失うほどだったという。鎖骨だけでなく肩の骨を折ったという情報も飛び交った。

アージェードゥーゼルのヴァンサン・ラブニュ-監督とレース審判たちが深刻な表情で対応を話し合うアージェードゥーゼルのヴァンサン・ラブニュ-監督とレース審判たちが深刻な表情で対応を話し合う photo:Makoto.Ayano危険がいっぱいと誰もが予測していたのコルシカ島の3日間のレース。そのなかではコースが直線的で難しくはなかったが、ツールの開幕ステージならではの落車の危険は、やはり避ける事ができなかった。タイム差こそつかなかったのは幸い。

バスが引き起こしたパニックは、レースが成立しない事態になることもあり得た。運営面のオーガナイズが華麗なほどに完璧なツール・ド・フランスなのに、とんでもないボロを出した感じだ。

FDJのマディオ監督などは激怒を隠さない。「完璧に馬鹿馬鹿しい話だ。我々選手やチームはルールを破ると罰金を払う。一度ゴール地点を変えたのになぜまた変えたんだ。で落車だ。レース審判は莫大な罰金を払え。誰だか知らないが、スペイン人の審判長はとっとと荷物をまとめて家に帰れ!」


photo&text:Makoto.AYANO