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フルモデルチェンジを遂げたシマノのグラベルコンポーネント、GRX。本章ではアメリカの発表会でプレゼンターを務めたシマノのキーマン、松本裕司さんへのインタビューを紹介する。ディープな開発ストーリーをもとに、新型GRXを深く、深く掘り下げたいと思う。

新型GRXのウラ側を、開発者に聞く

松本裕司さん(シマノ企画部商品企画)

松本裕司さん。シマノの企画部商品企画に努め、GRXやDURA-ACEの企画立案を行うキーパーソンだ photo:So Isobe

満を辞して発表された新型GRX。その開発にキーマンとして関わったのがシマノの企画部商品企画に所属する松本裕司さんだ。

松本さんは2015年以前にグラベルカルチャーの隆盛を捉えてアメリカに渡り、そこで感じ取ったグラベルコンポーネントの必要性をベースに、開発チームと共に精魂込めて初代GRXを作りこんだ。北米を中心に世界各地のグラベルカルチャー経験を重ね、2022年(200マイル)、そして2023年(100マイル)にアンバウンドグラベル出場・走破を成し遂げたホビーサイクリストだ。

各国のメディアを前にプレゼンテーションを行う松本さん photo:SHIMANO
松本さんはシマノ本社スタッフの一人として今回の発表会に参加し、グラベルのマーケットリーダー的な存在であるニック・レーガン(シマノ・ノースアメリカ)らと共に、世界各国のメディアに対して新型GRXのアピールに努め、そして共にライドを楽しんだ。

「僕の仕事は、ユーザーが困ってること、もっと改善するべきことを可視化し、価値のあるモノを作ること」と松本さんは言う。ブランドやコンポーネントそのものの企画に携わる、まさにシマノのブレインの一人と言うべき人。筆者は松本さんへのインタビューを行い、いかにして新型GRXは企画され、形になったのかを聞くことができたので以下に紹介する次第だ。

なお、シマノの本社スタッフのインタビューを記事掲載できるようになったのは、実は最近のこと。製品ストーリーを積極的に伝えるべきという意志を持つ島野泰三氏が2020年に代表取締役社長となったことで、メディアに対して、言うなれば、シマノはすごく柔軟になった。今回も非常にオープンな、好感度の高い発表会だったことに心を動かされたのだった。

アメリカを視察し、体感し、形になった初代GRX

CW:今回は素晴らしい環境の中で新型GRXを楽しむことができました。松本さんは初代からGRXに携わっていると聞いていますが、そもそもどのようにして初代GRXは生まれたのでしょうか?

松本裕司さん(企画部商品企画):グラベルカテゴリーは2015年から取り組んだプロジェクトです。一番最初は、アメリカで夏なのにシクロクロスバイクのセールスが伸びているという事情を聞いて視察に行ったんです。それが始まりでした。

2022年にはアンバウンドグラベルの200マイル(320km)完走を果たした。まさに自分の脚による実地調査だ photo:Makoto AYANO

アメリカのサイクリストがグラベルを走り始めたのは、舗装路で車との事故が増えていて、それを避けるように未舗装路を走るようになったこと。2015年は初代のディスクブレーキコンポを出した後のタイミングだったし、ディスク化が先行していたCXバイクは彼らにとって当時最良の選択肢でした。でも、本来CXバイクはコーナリングや担ぎやすさを重視したもの。だからグラベルバイクと専用コンポーネントを開発し、届けることが僕たちシマノに必要だと感じました。

その中で気づいたのが、R785(初代のDI2/油圧変速用STIレバー)を気に入ってオフロードユースする人が意外といたこと。それは高いブラケットによってすっぽ抜けが少ないという理由によるものでした。僕自身、試しにDURA-ACEのDI2用STIレバーでオフロードを走ったら親指が抜けてしまうけれど、大きな機械式のブラケットだとそれがなかった。

だからGRXはDI2、機械式共にそれをベースにブラケットを作ってみよう、と。機械式には親指が抜けないようなリブをフードにつけて、さらに気温5度以下の雨の時に走った経験をもとに滑りにくい加工をレバーに施しました。

松本さんはフレア20度のPRO ディスカバーハンドルを装備。今にも受け継がれるレバーフードのテクスチャは、松本さんたちのテストによって導き出された photo:So Isobe

PROがラインナップするディスカバーフレームバッグを装備 photo:So Isobe
バックの中からはアンバウンドグラベルの思い出が出土 photo:So Isobe



CW:やはりオンロード用とはタッチポイントに求められるものが違うということですね。

変速やブレーキは既存のロード用が流用できましたから、やはり重要なタッチポイントをオフロードユースに特化させたということですね。お客さんの困っていることを吸い上げて、そして自ら体験し、それに対して一つ一つソリューションを見つけて改善していく。全てのシマノ製品がそうですが、GRXもそういう中で生まれ、そして今回第2世代になったものなのです。

ギア比に関しても同じです。例えばアンバウンドでも「ザ・ジャッジ」という激坂があるんですよ。しかも後半の体力がなくなった状態でやってくる。製品を生み出す過程ってライダーの体力が100%である前提で進みがちなんですが、めちゃくちゃ疲れている状態だと製品に求めるものも違ってくるじゃないですか。12速のGRXはもうちょっと、そういう辛い状況に寄り添うことを意識しました。「だったらもう一枚軽いギアを増やそうか」、というふうに。

12速化がGRXにもたらしたもの

松本さんの愛車はフロントシングル仕様。たくさんのこだわりが込められているという photo:So Isobe

CW:12速化がGRXの設計コンセプトに与えた変化はどのようなことがありましたか?

どうしてもワイドカセットが求められるグラベルコンポですから、12速化はすごく大きな意味がありました。11速のままローギアの歯数を大きくしただけだと各スプロケット間が飛んでしまうし、1枚増えた上でローギアを使えるということは設計側としても良かった。

ギア構成は開発チーム内でも議論を重ねましたが、やはり、シマノのグラベルコンポーネントですから、グラベルユーザーのマジョリティに受け入れられるものにしなければいけません。マジョリティのど真ん中とは、セルフチャレンジとしてグラベルレースに出場して、ぎりぎり完走できるかできないか、という層だと考えています。そういう人たちが「GRXがあって良かった、あったから完走できた」と言ってもらえるような、手助けしてくれるコンポーネントであることを意識しています。

CW:ダブル用のカセットが1T刻みになったのも12速化がもたらしたメリットでしょうか。

そうです。11速のフロントダブル用カセットである11-34Tはトップ側が11T-13Tと2T飛ばしでした。これはスピードレンジが遅い方にとってはベストフィットでしたが、スピードが上がった時にはちょっとギクシャクして使いにくかった。でも12速化した11-34Tカセットは、ロー側とトップ側こそ同じ歯数ですが、トップ側が15Tまで11-12-13-14と1T刻みのクロスレシオになりました。「11-34T」という表記は同じですが、中身が変わっている。これは12速化がもたらした良い例だと思いますね。

ダブル用カセット(11-34T)。表記丁数そのものは同じだが、トップ側が1T刻みに変わり細かなスピード変化に対応できるようになった photo:SHIMANO

もちろん難しいMTBトレイルをGRXで走る人もいるでしょうし、アンバウンドで先頭を走るようなアウター50Tが必要な人もいるでしょう。でも、GRXはなるべく大多数の人にマッチするように作ったもの。ロードコンポとの互換性を持たせているのは、そういう人が、たとえばアルテグラやデュラエースのクランクセットを組み合わせることができるように、という思いからです。

これって、実はDURA-ACEとは全く違ったコンセプトなんですよ。DURA-ACEはギアもブレーキも完全体で使って頂かないと我々の意図した性能が出せないし、ユーザーのパフォーマンスも引き出せない完全なタキシード(正装)なんですね。でもGRXは互換性の範囲内ならどの製品をどう組み合わせて使ってもいいし、アンバウンドで勝ちを狙う選手が、チェーンのバタ付きを抑えるためにDURA-ACEの中にGRXのリアディレイラーを組み込んでもいい。これは走り方のスタイルが様々であることと同じですね。

知られざる、ディスクブレーキローターの話

CW:ブレーキローターもロードと同じくCLシリーズになりましたが、グラベルでの必要性はあったのでしょうか?

音鳴りを防ぐために改善された新しいディスクローター「CLシリーズ」。現行ロードコンポ用として生まれ、GRXにも波及した photo:SHIMANO

そもそもディスクローターがCLシリーズに進化したのは、ブレーキタッチから生まれる音鳴りを防ぐためです。MTBのダウンヒルも含めて、スポーツバイクで一番ブレーキに厳しい条件は、たとえばアルプスの20kmに及ぶようなダウンヒルでずっと当て効きを続けている場面。ローターの放熱性に関しては研究を繰り返し、競合他社が絶対に追いつけないレベルに到達しているのですが、その背反としてローターが振れてブレーキパッドに接触してしまうというものがありました。それが絶対に起こらないようにしたのがCLシリーズのローターです。

具体的に言うと、ローターのアームとディスク部分がそれぞれ逆方向に反って、結果的に中心位置を維持するというもの。実際音鳴りによるロスは関係無いレベルでしたが、やっぱりストレスを生みますよね。正直に言えばグラベルでのブレーキへの負荷は大したことないのですが、そういうシチュエーションが無いとも言えません。間隔を10%広げたキャリパーを組み合わせることで、滅多なことでは鳴らないよね、というレベルを実現することができています。

CW:細かい話になりますが、ブレーキタッチが起こる原因はどこにあるのでしょうか。

ディスクローターはステンレスでアルミの母材を挟んだ構造ですが、左右のステンレスの厚さってそもそも均等じゃないんです。均等だと、もし万が一摩耗でステンレスを使い切った時にアルミが座屈して事故になってしまう。だからステンレスが片側に残って、最悪でも事故に繋がらないように設計しているんですが、それ故に触れが出るんです。それを抑制するためにアーム側で保持するようにしています。

世界最大のグラベルレースとなったアンバウンド・グラベル。世界中から熱心なレーサーが集う photo:Makoto AYANO

CW:RX820はULTEGRA、RX610は105相当ですが、DURA-ACEグレードのGRXがない理由とは?

それは、DURA-ACEグレードのGRXのコンセプトが決まりきっていないからなんです。アメリカの本職グラベルレーサーだったらDURA-ACEやULTEGRAを使うし、個人的にはそれがベストだと考えている。私の中に感じているものはありますが、まだ開発チームの中でも議論している最中。でも単に軽いとか速いとか、そういうものでもないんじゃないかなあ、と思いを巡らせている最中なんです。これはユーザーの声を吸い上げる部分でもありますから、積極的に耳を傾けて製品に活かしたいと考えています。たとえばGRXを使ったライドが「面白かった」「安心して走れた」「次も走りたい」になるか、とか。そういうことはすごく重視しています。

「グラベルは、ワクワクする自転車遊び」

日本からはシマノスタッフと3メディアが参加。垣根を越えて楽しい時間を過ごした photo:SHIMANO
シマノスタッフも世界中から集った。ヨーロッパ、日本、そしてアメリカ photo:SHIMANO


グラベルマーケットのリーダー的な存在であるニック・レーガン。グローブには楽しげなメッセージ photo:SHIMANO

今回のライドでも舗装路を集団でダーッと下った場面があったじゃないですか。もしあの時僕らがMTBに乗っていたら軽快感はなかったかもしれないし、ロードだったらそもそもどこも楽しく走れてない。言ってしまえばグラベルって中途半端かもしれないけれど、スーパーユーティリティ。タイヤ選択だってすごく幅があるし、走る場所を下調べして、装備やギアは、タイヤはどうしようかなって悩む工程すらワクワクして面白いですよね。自転車を買う前に、カタログを見比べてワクワクしているのと同じ楽しさが、他のどんな自転車遊びよりもあると思うんです。

ただ、本当に僕たちシマノが込めているのは、「GRXを買う」のではなくて、GRXで、あるいはグラベルで遊んだという経験を自分の糧にしたり、仲間と共有してほしいという思いです。だからグラベル遊びはどうやって遊ぶか、何を体験してどう考えたのかが大事だと思いますよ。GRXはそういうのをサポートできるコンポーネントでありたいと考えています。

シマノの、グラベルのキーパーソンたち

GRXを生み出して育てるシマノには、松本さんの他にもたくさんのグラベルを、自転車を愛する人たちがいる。本特集の最後に紹介するのは発表会で共に走り、楽しんだシマノUSAのキーマンたち。様々な経歴をもつ人たちが一つ「グラベル」という名のもとに集う様は、まさにGRXのキーワード「United in Gravel」を体現するものだった。

ニック&クリステン・レーガン(シマノUSA)

ニックとクリステン・レーガン。共にアンバサダーからシマノ入りしたグラベル夫婦 photo:So Isobe

世界一のグラベル夫婦といったら、それはきっとこの二人。ニックはジャーナリストを経てシマノのグラベルアンバサダーとして活躍。「GRAVEL CYCLING」 (2017年刊)などの発行を経てシマノ入りを請われ、妻のクリステンもジャーナリストからシマノのグラベルアンバサダーとなり、今年はアンバウンドのXL(350マイル)を26時間で優勝した超実力者だ。

「レースも楽しいけれど、ちょっと友達と競り合ったりしながら、でも休憩をたっぷり挟みながら走るグラベルライドは最高」と言うのはニック。クリステンはもっとレース派であるものの「ロードやシクロクロスのようにライバルと肘を突き合わせるんじゃなくて、グラベルレース派自分との戦いだから好き」と言う。

今年のアンバウンドグラベルXL(350マイル)で優勝したクリステンをニックが迎える

二人が乗るのはコロラド州ボルダーのハンドメイドビルダー、モザイクサイクルズが作るチタンバイク。ニックは少しアップライトなジオメトリーにラウフのサスペンションフォークを組み合わせ、クリステンは以前乗り込んでいたシクロクロスバイクと同じジオメトリーで反応性にこだわったオーダーなんだとか。二人ともフロントダブルだが、タイヤはニックは45mm、クリステンは42mm。ニックは「夫婦だけど、二人でバイクに求めるものが違うのは面白いよね。まあ、僕はもう年だしレースよりもバイクキャンプを楽しみたいから」と笑う。

今回のテストライドでメディア陣を引っ張り、ケアしてくれた二人。クリステンは「グラベルで面白いのは走る場所が違えば環境が全く違うこと。アメリカの中でも当然違うし、ヨーロッパも、日本も違うでしょう?そうすると機材も走るライダーの経験値も違ってきて、どこかで一緒に走る機会があれば、すごく新しくて新鮮な交流が生まれる。それってアスファルトの上を走るロードとは全く違ってすごく楽しい」と話してくれた。

メラディス・ミラー(シマノUSA)

元プロ選手のメラディス・ミラー。シマノUSAでスポーツマーケティングを務める photo:So Isobe

ラファなどを渡り歩き、2年半前に元プロMTB選手としての経歴を買われてシマノ入りしたのがこの人。オフロードの下地はあったものの、試しに出場したグラインデューロの楽しさに感銘を受けてグラベルの世界に浸かり込んだと言う。

「新しい場所、新しい人々、楽しいコース。刺激を求めるのが好きなので、すごくフィットした」とはメラディス。「もちろん選手時代ほどではないけど、トレーニングをして、心拍数を上げるのが好き。選手活動が長すぎると燃え尽きてしまって自転車に触りたくないと言う人もいるけれど、私はそうなりたくなかったので早めに引退して趣味と仕事にした。夫や友達、仕事、コミュニティも含めて、私の全てが自転車と関わっているから、それを止めることなんて考えられない」とも。

彼女が乗るのもモザイクサイクルズのハンドメイドバイクだ。カラーリングも美しいこのバイクは2台目かつ自身初のチタンモデルで、新型GRXに合わせて再オーダーしたもの。「今までは2xだったけど、12速になったので1xも良いかなと思って選んでみた。前42T、後ろ10-51Tの組み合わせはどこでも走れてすごく良い感じ」と言う。
提供:シマノ/text&photo:So Isobe