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前章でテクノロジーを掘り下げたジップの新生303 Firecrest Discをフィールドテスト。エアロホイールのパイオニアであり、長きに渡りエアロホイールのベンチマークとして君臨してきた「303」のスタンダードモデルは如何に走りを、そのキャラクターを変えてきたのか。

新生303 Firecrest Discをインプレッション

吉本司氏、そしてCW編集スタッフの磯部が新旧303 Firecrest Discを比較した吉本司氏、そしてCW編集スタッフの磯部が新旧303 Firecrest Discを比較した photo:Makoto.AYANO
今回テストライダーを務めるのは、元サイクルスポーツ誌編集長の吉本司氏と、CW編集スタッフにして、普段404 Firecrest Discを常用する磯部の2名。ジップの走りを知る二人から見た、生まれ変わった303 Firecrest Discの走りとは?推奨タイヤであるジップのTangente Speed RT28 Tubeless(28c)をセットし、先代303 Firecrest Discと乗り比べた上で試した。

磯部:さて吉本さん、第一印象はどうでしょう?

吉本:前作と比べてがらりと変わりましたね。303といえばジップの売れ筋モデルで、軽量リムで走るような分かりやすい加速のキレの良さがあって、重量も軽いから上りもいける。過去このモデルの走りに魅了されたサイクリストも多かったでしょう。ジップはエアロホイールのパイオニアであり、中でも303はエアロホイールのベンチマークの一つにもなっている存在なので、それをフルモデルチェンジさせるというのは、ジップにとってビジネス、アイデンティティともに大きな挑戦のはずです。

控えめになったジップ伝統のディンプル。ワイドタイヤを装着を踏まえて空力を突き詰めた結果だという控えめになったジップ伝統のディンプル。ワイドタイヤを装着を踏まえて空力を突き詰めた結果だという photo: So.Isobeストレートスポークやパラレルフランジといった機構を取りやめているストレートスポークやパラレルフランジといった機構を取りやめている photo: So.Isobe

新旧303 Firecrest Discのリム形状比較新旧303 Firecrest Discのリム形状比較 photo: So.Isobe
磯部:見た目はだいぶあっさりとした印象へと変わりましたね。これはとても意外でした。

吉本:そうですね。ジップはストレートプルスポークやパラレルフランジ、ワイドリムをいち早く取り入れて、リム表面のディンプル加工で空力を高めるような、前衛的なホイール作りをしてきました。それが今回はJベンドのスポークにトラディショナルなフランジのハブ。リムこそワイドでディンプル加工されていますが、作りはとてもオーソドックスですね。一瞬、あれ、これジップ?と思ったほどです。

磯部:さて走りに関してはいかがでしょうか?私は新世代に入ったな、というイメージを強く受けました。チューブレスはもちろんなのですが、ホイール自体もかなり性格を変えてきていることに驚きました。

「高負荷域でトルクを掛けやすい」

「上りやダンシングの加速といった高負荷のペダリングを必要とする場面で、すごくトルクをかけやすい」「上りやダンシングの加速といった高負荷のペダリングを必要とする場面で、すごくトルクをかけやすい」 photo:Makoto.AYANO
吉本:今回は比較用として前作の303にも乗ってみましたが、パッと乗った時の剛性は前作の方が高いような印象。それ故に初期の踏み出しの軽さだけなら前作の方が良いかもしれません。新作の踏み出しの軽さはもちろん高いレベルにあると思うのですが、ちょっとニュアンスが違うように思います。旧型は尖った軽さだけど、新作はフワッと軽く転がるような感覚。そして新型は上りやダンシングの加速といった高負荷のペダリングを必要とする場面で、すごくトルクをかけやすくて、路面をホイールがしっかりと捉えている感触が強い。

磯部:トルクバンドがとても広い印象を受けます。前作の303はカン!といった出だしの軽さがある。ペダリングの1〜3時が踏み心地のスイートスポットで、以降はちょっとホイールがよれるような印象があります。だからそこに合わせて踏むと良く進むキャラクターを持つのですが、新作は良い意味でそれが無い。踏みしろが増えたような印象が強いですね。

吉本:新作はポジティブな意味でのたわみが少々加えられていますね。フレームにしてもホイールにしても、「たわみ」をネガティブにとる人も多いのですが、たわみとその戻りが的確に作用すると推進力に繋げられるんです。前作はパン、パンというような短い踏み込みでトルクをかけて、きれいに縦方向に踏み込むようなイメージを強くした方が良く進む。これに対して新作は、ペダリングの3時以降もトルクを乗せられているような感覚があります。つまりトルクをかけられる時間が長い。上りのダンシングで脚がいっぱいいっぱいになるような場面でも、新作は踏み抜けちゃうような懐の深さがある。

「「"良いホイール"に共通する転がるフィーリングが強い。」 photo:Makoto.AYANO
「トルクをかけられる時間が長く、先代よりも苦しい場面で助けてくれる」「トルクをかけられる時間が長く、先代よりも苦しい場面で助けてくれる」 photo:Makoto.AYANO磯部:それ、すごく思い当たる節がありました。今回、私がよく走るコースで両者を乗り比べてみたのですが、細かなアップダウンがあるコースの上りの最後、高低差1mくらいのところを、いつも最後は〝よっこらせ〟って越える感覚なのですが、新作はトルクが広いから何気なくクリアしてしまった。うねる路面で繋がりのいい走りができたことに驚きました。

やはり注目はJベンド仕様のスポークとトラディショナルなハブに変化しましたが、この部分も影響しているのでしょうかね。

吉本:高剛性化による衝撃吸収性の悪さとトラクションの低下を補正し、制動時のフィーリングを高めるという狙いで、Jベンドスポークのオーソドックスなハブ周りの仕様にしたのではないかと、個人的には推察します。

磯部:ホイールが硬すぎるとペダリングに踏みにくさが出てしまうし、ピーキーな挙動になって扱いにくいですよね。スイートスポットが少ないのでペダリングにも気を遣う。そういった意味で新作のペダリングフィールが良い、と感じたのかと思います。

吉本:ハンドリングもとてもナチュラルになっていますね。レーシングホイールとしての鋭さは十分だけど、それが行き過ぎない。前作はホイール剛性の高さが作用してハンドリングは鋭いため、ダンシングなどで少しハンドルの動きを補正するような動作を入れたくなる。しかし新作はそうした動きを必要としないので、無駄な力を使わずダンシングができますね。

磯部:確かにそう思えます。ニュートラルな新作はあらゆるフレームと相性が良さそうです。

吉本:確かに。フレームの硬さに悩んでいたり、ちょっと走りが安定しにくい軽量車などセットすると、それらのネガティブな部分を緩和してくれそうですね。前作は性能をレーダーチャートで表すと加速性能が突出した一点突破型でしたが、新作はそれがきれいな形になっているバランス型で、しかも個々のレベルは高い。私は新作の方が好きですね。ただ両モデルをちょい乗りで比べてしまうと、加速のごく初期段階は前作の方が良く感じることもあるので、新作は少し時間をかけて乗ると本当の良さが分かります。加速の中後半、高負荷でトルクをかける局面では新型の方が走りの力強さが断然ありますね。

磯部:その感覚ってタイヤの影響もあるのではないでしょうか。リムのエアロとか説明がつかないような転がり感の良さ、失速しない感じがあって、どんな路面を問わず速度の維持がしやすいです。

吉本:良いホイールって転がりの強さや失速感がないですよね。ワイドリムとチューブレスの組み合わせは確かにあるでしょうし、あとはホイールが嫌な変形をしないで転がるので剛性レベルとかも関係していそうです。新作303は良く転がるからエネルギーロスが少ないですね。

「繋がりが良いので、ごく低速域のヒルクライムでもスムーズに走れた」「繋がりが良いので、ごく低速域のヒルクライムでもスムーズに走れた」 photo:Makoto.AYANO
磯部:低速でも転がりが良いので、信号で止まる時などブレーキングのタイミングがごく僅かレベルですが狂うんです。こうした低速域での転がりの良さはヒルクライムなどでも効果的でしょうね。今回はジップ純正のチューブレスレディタイヤを組み合わせたので、これが他社製品に替えたときどうなるかは興味ふかいところ。

吉本:フレームを筆頭にトータルインテグレーションが高度になっていて、ホイールとタイヤのセット化はもういくつかのブランドで始まっています。今回のジップにしても結局、自社のタイヤをベースにしてホイールの開発をやっているはずで、そのタイヤ以外をセットするのはデチューンになってしまうかもしれない。まあ、そもそもフックレス形状なので純正タイヤのセットアップが前提なのですが。

磯部:ジップのタイヤはあまりメジャーではないので、他のタイヤを履いたら性能がどうかはユーザー目線だと気になりますね。

吉本:その気持ちは分かります。とはいえチューブレスレディタイヤの効果もあるかもしれませんが、乗り心地は圧倒的に前作に比べると良いですね。これはタイヤのみならずホイール自体の効果も結構あるのではないでしょうか。Jベンドスポークの衝撃吸収の良さに加えて、リム自体も減衰が聞いているような印象があります。前作の303はちょっと荒れた路面で弾かれるような動きも見せますが、新作はそういう危うさがありません。なので乗り心地だけでなく操作性も優れています。

「見た目の派手さは失われたが、それ以上に得たものが多い」「見た目の派手さは失われたが、それ以上に得たものが多い」 photo:Makoto.AYANO
磯部:真っ直ぐ走る感覚が強いですよね。ハブやリムのところで僅かな動き、しなりがあるんですが、それが変なぶれに繋がらず、真っ直ぐホイールが走る。

吉本:RTMのカーボンフレームみたいな、カーボン繊維とレジンの摩擦で振動を減衰させちゃうような衝撃のいなしがあって、バイクに安定感が出る。ダウンヒルでとても安定しているし、コーナリングでバイクをしっかり路面に押せるのでグリップ感も高くて安心できますね。

磯部:結局、危うくないし、安定性も良いし、速くて疲れない。レースだけじゃなく幅広く使えると思いますよ。303Sも含めて今までカーボンホイールに手を出さなかった非レース派にもお薦めできます。グラベルにも使えそうですよね。

吉本:454NSWみたいな派手さが無いので、初めて現物を見たときは「あれ、ジップ大丈夫か……(汗)」と心配したのですが、乗ってみるとこれは満足度高いですよ。最新のディスクブレーキロードの性能をしっかり発揮できるようにバランス型の方向に進化して、価格も見直して前作よりも抑えられている。見た目の派手さはないですけど実利をしっかり追求した今回のモデルチェンジは、とても評価できると感じました。
提供:インターマックス 制作:シクロワイアード編集部