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トレックの新型Domane特集最終回は、開発の陣頭指揮を取った本社スタッフのジョーダン・ロージン氏へのインタビュー。より万能性を高めたDomaneの開発には、一般ユーザーの走り方が変化していることが大きく影響したのだという。重量のこと、タイヤクリアランスのこと、プロチームとの協力体制のこと、そしてDomaneに託した思いを聞いた。

プロダクトディレクターにDomaneについて聞く

「ユーザーの走り方の変化に合わせてDomaneも進化した」

ロードプロダクトディレクターを務めるジョーダン・ロージン氏。今回のDomaneでも陣頭指揮をとったロードプロダクトディレクターを務めるジョーダン・ロージン氏。今回のDomaneでも陣頭指揮をとった photo:So.Isobe
今回話を聞いたのは、トレック本社でロードプロダクト・ディレクターを務めるジョーダン・ロージン氏だ。エンジニアを取りまとめ、プロダクトの方向性を決定づける重要職に就く彼に話を聞くのは昨年の新型Madoneのプレゼンテーション以来1年ぶりのことだった。1時間以上にも及んだインタビューを要約して紹介したい。

― 今回は招待ありがとうございました。1日フル通しのテストライドで進化した乗り味を堪能できました。万能性や拡張性の高さ、そして空力改善など進化していますが、開発のメインターゲットは何だったのでしょうか。

開発を推し進める一番の後押しとなったのは、一般ユーザーの走り方が変わってきていること。従来よりもグラベルを交えた"エピック"なライドだったり、より長距離にチャレンジしたり、それでいてより速くと、ここ近年走り方の幅は大きく変化しています。

速さについては空力を改善し、乗り心地は従来のDomaneで十分と言える値を出してはいましたが、Madoneに投入した調整式トップチューブIsoSpeedをカスタマイズして使うことでアップデート。38c対応のタイヤクリアランスが一番ユニークな点だと思いますが、これはやはりグラベルムーブメントや、通勤用にワイドタイヤとフェンダーを組み合わせても対応できるようにするため。世界的視点で見ればDomaneを使うほとんどのユーザーは舗装路中心で使うはずですが、我々はキャパシティを持たせたかった。Domaneなら、もしグラベルを走りたくなってもタイヤさえ換えれば問題なく走れてしまうよ、という余裕をね。ロードが中心だけど、たまにグラベルも走りたいという方なら、新型Domaneさえあればグラベルロードを買い足す必要はありません。

グループを先頭固定で牽くジョーダン氏。トレック社内最速の脚を誇るグループを先頭固定で牽くジョーダン氏。トレック社内最速の脚を誇る (c)TREK
新型Domaneのダウンチューブ内はストレージとして活用される。脱着はレバー一本新型Domaneのダウンチューブ内はストレージとして活用される。脱着はレバー一本 photo:So.Isobeチューブとパンク修理キットをダウンチューブ内に収納するための「BITS(Integrated Tool System)バッグ」チューブとパンク修理キットをダウンチューブ内に収納するための「BITS(Integrated Tool System)バッグ」 (c)TREK


そして、その上でアピールしたいのがダウンチューブストレージです。おそらくライド中に感じてもらったと思いますが、重量物であるスペアチューブや工具を内装できるのは、サドルバッグを使うより遥かに低重心で、収納時もストレスフリー。我々トレック開発陣は、製品をリリースした直後から市場の動向や、一般ユーザーの走り方のスタイルに目を配ってきました。一般ユーザーに最もフィットするDomaneはそれを具現化した最たる例と言えるでしょう。

― 新型Domaneはロードバイクですか?グラベルバイクですか?

ハイパフォーマンスエンデュランスロードというDomaneの定義は何も変わっていません。タイヤの太さは走りを劇的に変える要素ではありますが、ジオメトリー的にも、あるいはロードバイクらしい機敏な運動性能も、Domaneはレースバイクです。リアルなグラベルバイクであれば45cタイヤまで入るCheckpointがありますが、先ほど述べた通りDomaneには誰がどんな用途にも使えるようなキャパシティを持たせたかったのです。

― Domaneはパリ〜ルーベ用のレース機材としての顔も持ち合わせていますが、開発にあたってトレック・セガフレードの意見は取り込んだのでしょうか?

Domaneの根本はレースバイクであり、我々は全てのレースバイクに対してプロチームからのフィードバックを取り込んでいます。その協力体制の密接さや、開発上の重要度はかなりのもので、今回に関してはカーボン積層の異なる5、6台のプロトタイプをチームに渡し、その中から一番良い反応を得たモデルを市販化することにしました。

「チームにはカーボン積層の異なる複数台のプロトタイプを渡しブラインドテストをしてもらった」「チームにはカーボン積層の異なる複数台のプロトタイプを渡しブラインドテストをしてもらった」 (c)TREK
一般にはあまり理解されていないのですが、例えバイクの金型が同じで、重量が一緒でもカーボン積層を変えるだけでバイクの乗り味は劇的に変化します。解析技術が進んだ現在ではシミュレーション上でどんな走り味になるか判断できますが、最終的な判断は実際に乗ってどうかに委ねるようにしています。剛性の要であるダウンチューブに大きな開口部を設けていますが、フレーム全体のねじり剛性は先代と同じです。

― フレームとしては先代から200gの重量増がありますが...。

「実際の重量よりも走りの軽さや利便性を追求した」「実際の重量よりも走りの軽さや利便性を追求した」 photo:So.Isobe複雑なトップチューブIsoSpeedや内蔵ストレージを設けたことで重量が増したのは事実です。重量値は誰もが気にすることの一つですが、 Domaneを開発する上で重視したのは「いかに優れたもの」であるかということ。私たちは軽量化だけがライド体験を高めるとは考えていません。

例えばBB90よりもT47の方が若干重いものの整備性は優れているし、内蔵ストレージもサドルバッグを省けることを考えればトータルで軽くなり、低重心化によって走りの質は向上します。また、完成車の場合は振動吸収性に優れたハンドルバー、34Tのスプロケット、32cのワイドタイヤ、ワイドリムホイールなど、パーツの多くは「重量よりもライド体験」という意思を持って選択されています。グランツールの山岳ステージで勝負するならÉmondaですが、多くのホビーライダーにとってはDomaneこそが最適です。Émondaがあるからこそ、ここまでホビーライダーのライド体験にフォーカスしたバイクが作れるのです。実際の重量よりも走りはずっと軽いですし、実際にDomaneを所有し、走らせる上でよりライド体験を高められることを想定して取捨選択を行いました。

― フレームのフォルムはMadoneにも近くなりましたが、コックピットは専用品を開発していません。これはなぜでしょうか?

メンテナンス性を第一に考えたからです。もちろんMadoneのようなフル内装コックピットシステムを投入すればより空力は改善されますが、どうしても整備の手間が増えるし、ステムやハンドルの選択肢も狭まってしまう。現在トレックのロードバイクで最も"ユーザーに寄り添った"Domaneの場合それではいけません。なので一般的なハンドルとステムの組み合わせを採用しながら、ケーブル類を可能な限りステム下側に添わせ空力に影響しないよう設計しています。ヘッドチューブ内にフロントIsoSpeedが用意されているため、スペース的に厳しかったことも大きな理由の一つでした。

― 2年前のEmonda、昨年のMadone、そして今回のDomaneと3年でロード3本柱を全て試乗させてもらいましたが、その全て、あるいはそれ以前からずっと共通している、荒い路面でも滑るように走る"トレックらしい走り"はどこから来るのか不思議なのです。他ブランドでは感じない特有のものですし、シクロクロスバイクやMTBにも共通するあの走行感は何なのでしょう?

我々はトレックのバイクしか乗れないのでそういう意見は貴重ですね。恐らくそれは、トレックの設計哲学のブレのなさを表しているのではないでしょうか。我々は剛性や柔軟性を含めてバイクがどう走るべきかという信念を持って設計を行っていますから。

我々が重きを置いているのはペダリング効率と快適性。ペダリング効率は他社でも多くアピールに使われる項目ですが、ペダリング時の素直さ、そして機敏さは徹底的に突き詰め、快適性に関してはDomaneとMadoneにはIsoSpeedがあり、軽量化を突き詰めたEmondaですらシートマストによって他の軽量バイクに対して乗り心地は一つ抜けています。競合他社のライバル製品を頻繁にテストするのでこれは本当です。もちろんペダリング時のBBのしなり方も研究していますし、それも含めて快適性も重視しているのはトレックの特徴で、それが走りのキャラクターを決めていると想像できますね。

先頭集団から遅れた筆者に付き合ってくれたジョーダン氏先頭集団から遅れた筆者に付き合ってくれたジョーダン氏 (c)TREK
― 個人的なDomaneの印象を教えてもらえますか?

すごく気に入っていますね。開発陣一丸となって情熱を注ぎ込んだものですし、完成度の高い素晴らしいロードバイクになったと自負しています。自分はもともとMadoneが好きで、平均45km/hにもなるトレックの"ランチライド"ではMadone一択ですが、今回のモデルチェンジでDomaneに乗る時間がすごく増えました。"走ること"を楽しむためには最も優れているバイクだと思いますね。きっと日本のユーザーにも理解してもらえる進化だと信じています。

ジョーダン・ロージン氏プロフィール

photo:So.Isobeトレック本社でロードバイクとプロジェクトワンのディレクターを務める、本社スタッフ最速の男。大学時代にはエンジニアリングデザインを専攻し、2008年にトレック加入。2015年まではプロチームとの橋渡し役である「テクニカルディレクター」を務め、レーススタッフとして駆り出されたパリ〜ルーベでは目の前でパンクしたファビアン・カンチェラーラのホイール交換中に他選手に突っ込まれ、顔面骨折で救急車搬送された逸話も持つ。


提供:トレック・ジャパン text&photo:So.Isobe