カリフォルニア州サンタクルズ。Tarmacのいち早いお披露目会の招待状を手に、訪れたのは海辺のサーフハウス。気取らないロッジには、世界じゅうからコアなサイクリングメディアのジャーナリストたちが集まっていた。

アットホームそのものの雰囲気で始まったメディア向けのシークレット・プレゼンテーションアットホームそのものの雰囲気で始まったメディア向けのシークレット・プレゼンテーション
リビングでビールを片手に、家族的な雰囲気のなかプレゼンが始まった。生まれ変わったTarmacについて説明するのはスペシャライズドの開発スタッフたち。彼らも「バイクファナティック」の名に恥じない走り屋たちだ。

リビングに持ち込まれた新Tarmacは、すでにプロレースの現場やスクープ写真において見ていたため大きな驚きはなかった。しかも外観上、SL4と大きな差異や形状変更はなく、マイナーチェンジか、ともすれば変わり映えのしない新モデルなのではないかと思っていた(おそらく世界中のファンがそう思っていたはずだ)。

開発にあたったサム・ピックマン氏。自身の体験から新Tarmacの開発の方向性を考案した開発にあたったサム・ピックマン氏。自身の体験から新Tarmacの開発の方向性を考案した 新Tarmacを手にとってサイズごとの差を確かめる新Tarmacを手にとってサイズごとの差を確かめる

オーソドックな外観に隠されたコンセプト

コンセプトのみでは把握しづらいかと思うので、まずは新Tarmacのハードウェアの、SL4からの目立った変更点をいくつか挙げてゆこう。

まずはシートポスト固定方式が内蔵の臼(ウス)式となった。これはシートクランプバンドの省略およびシートチューブの短縮につながっている。トップチューブのシート付近には無骨な穴が空き、アーレンキーを差し込んで固定する。ちなみに固定は簡単で固定力も高く、確実だった。この構造を採用することで、シートポストが3.5cm長くなるのと同じ効果をもたらしている。新しいシートポストとともに、よりヴァーティカル・コンプライアンス(縦方向の柔軟性)を生み出すことに成功しているのだ。

手前が49、奥が61サイズの新ターマックのフレーム。サイズごとにとくにダウンチューブの太さの差が顕著に分かる手前が49、奥が61サイズの新ターマックのフレーム。サイズごとにとくにダウンチューブの太さの差が顕著に分かる (c)Makoto.AYANO
フロントフォークはほぼストレートで、VENGEのエアロフォークをややおとなしくしたようなハーフエアロ形状となっている。
BBからチェーンステイにかけてはモノコックによる一体成型で、もっともペダリング応力のかかる部分にジョイント(接合)部が生じることを避けている。しかもリアエンド取付部にかけてまでも一体成型されているのだ。これらが全サイズで成し遂げているパワー伝達効率の向上に大きく寄与していると思われる。

61サイズと49サイズのフレームのヘッド部を比較する。ベアリング口径もサイズにより異なる61サイズと49サイズのフレームのヘッド部を比較する。ベアリング口径もサイズにより異なる (c)Makoto.AYANOセラミックスピード製ベアリングがプレインストールされたBB部セラミックスピード製ベアリングがプレインストールされたBB部 (c)Makoto.AYANO

丸みを帯びた曲線形状が特徴的だったSL4からやや直線的な形状になった丸みを帯びた曲線形状が特徴的だったSL4からやや直線的な形状になった (c)Makoto.AYANOフレームを構成するカーボン素材はFACT 11rであり、名目上の変化は無い。そしてジオメトリーはSL4と共通のものである。オーバーサイズBBにはCeramic Speed製セラミックベアリングがプレインストールされるのも変わりない。BB内部にはアルミスリーブがインサートされる。

フォルムとしてはSL4の世代で顕著だった弓なり状の曲線を描くチューブ形状から、やや直線的なものとなった。フレームサイズごとに各チューブの太さは異なり、とくに最小49サイズと最大64サイズではダウンチューブの太さは驚くほど大きく違う。

テーパードヘッドチューブの上下のベアリングも、大サイズのフレームでは下側ベアリング口径が大きくなるという。印象として、全体的な外観上のインパクトはややおとなしくなったと言えそうだ。

画期的なのはディスクブレーキモデルも同時発表されたこと。エンデュランスバイクでなくレースジオメトリーのトップモデルがノーマル&ディスクの両バージョンで発表されるのは初めてのことだ。日本での展開は来季からが検討されているというから、今しばらく待ちたい。

「ライダー・ファースト・エンジニアード」という新設計手法の裏側

今回の新ターマックが掲げる「ライダー・ファースト・エンジニアード」という開発コンセプトはいったいどこから来たものなのだろう。

スペシャライズドが開発パートナーとするマクラーレン社からインスピレーションを受けたというその手法は、ドライバーの声に耳を傾け、実走テストで得られたデータ&フィードバックを重視し、マシンを開発するというもの。コーナーでスリップする挙動があるなら、その原因を徹底的に解析し、軌道修正していく。
新ターマックでは49から64まで7つのフレームサイズそれぞれに最適な性能の目標値が設定され、それが個別に追求された。

その新しい開発の発想となったのは、体格の異なる2人のエンジニア、クリス・ダルージオ氏(開発部門のチーフ)と、サム・ピックマン氏がライドに一緒に出かけた時、同じSL4であるのにコーナリングの挙動やフィーリングが異なることに気づいたことがきっかけだった。

大柄のライダーとダウンヒルをこなすダルージオ氏。サイズによるバイクの挙動の違いに気がついた大柄のライダーとダウンヒルをこなすダルージオ氏。サイズによるバイクの挙動の違いに気がついた ベテラン開発者のクリス・ダルージオ氏。ピックマン氏とのライドが開発の方向性を見出したベテラン開発者のクリス・ダルージオ氏。ピックマン氏とのライドが開発の方向性を見出した

ダルージオ氏は52、ピックマン氏は61サイズのフレームに乗っていた。ともにスペシャライズドの社員のなかでも典型的な”バイクファナティック”と形容されるような熱心なサイクリストである両氏。一緒に走っていて、急なワインディングの続くダウンヒルで、バンピーなコーナーで、同じバイク(SL4)に乗っているにもかかわらず、バイクが違った挙動を示すことに気がついた。

開発を見守ったスペシャライズド創業者・会長 マイク・シンヤード氏(64歳)もまたバイクファナティック開発を見守ったスペシャライズド創業者・会長 マイク・シンヤード氏(64歳)もまたバイクファナティック (c)Makoto.AYANOバイクに対する印象(インプレッション)が、2人の間で異なっている。コーナーで「膨らむ」あるいは「切れ込む」、路面の凹凸に「跳ねる」あるいは「撓む」といった差があるように感じたのだ。

52サイズに乗るダルージオ氏はダウンヒルのバンピーな急コーナーで、バイクが跳ねることが気になった。ピックマン氏は逆に、コーナーでやや膨らむバイクを抑えこまなくてはならないと感じだ。
パワースプリント、クライミング、ハイスピードコーナリング。あらゆるシチュエーションにおいても、「同じモデルならサイズが異なっても当然同じ性能を保ているべきだ」ー それが出発点だった。

こうして、サイズごとのフィーリングやライドパフォーマンスの違いを徹底的にリサーチすることから新Tarmacの開発は始まった。

実走テストによるデータに基づいたパフォーマンスターゲットの設定

小型ライダーのコンタドール、中型のニーバリ、大型のボーネンを例にサイズごとに得たバイク特性が説明された小型ライダーのコンタドール、中型のニーバリ、大型のボーネンを例にサイズごとに得たバイク特性が説明された (c)Makoto.AYANOもちろんコンタドールやボーネン、ニーバリといったトップライダーからもフィードバックは受けたが、対象はプロライダーからばかりではない。新Tarmacをデザインする前に、開発チームはまず多くの体格のライダーの実走データを収集し、49から64まですべてのサイズのフレームについて解析することから始めた。

まずスペシャライズド本社には300人の(バイクファナティックという)従業員がいる。そしてその仲間たちや、アマチュアのサポートチームのメンバーたちなどの協力を仰いだ。彼らのなかで大柄な者、小柄な者が2人のエンジニアたちと同じような経験をしたかをリサーチしたのだ。

カリフォルニア郊外の公道のテストコースにおいて、フレームに歪みゲージなどのセンサーを取り付け、実走テストを繰り返す。そこでのフィーリングを裏付ける数値としてデータを収集した。
それらの計測値をもとに、7つのサイズごとに、フレーム各部の剛性、パワー伝達効率、コーナリング特性、路面追従性など、設計の目標となる「パフォーマンス・ターゲット」がそれぞれ設定された。それが開発上の製品のゴールとされたのだ。

ライドクオリティのバラつきをなくし、性能を底上げする

社有の風洞実験棟を造ったことも時間無制限でテストできるメリット。レンタル施設ではそうはいかない社有の風洞実験棟を造ったことも時間無制限でテストできるメリット。レンタル施設ではそうはいかない (c)Makoto.AYANO新Tarmacでは小さなサイズのフレームでは今までのSL4より重量的に軽く仕上がったが、61サイズでは81グラムほど重くなっている。それは”ライドクオリティを重視した結果だ”という。しかし81g重くなってなお、UCIの6.8kg規定を軽々と突破してしまう軽量フレームだ。

ダルージオ氏は言う。「今、我々はバイクフレームがどれだけ硬く、あるいはソフトであるべきかが分かっている。そして例えば、どの部分にどれだけの剛性が必要か、そのためにはどうすれば良いかを知っている。そして今回、どのフレームサイズもそれぞれを最適化できた。

(単純化した言い方をするけれど、と断って)小さなサイズのフレームは以前(SL4)より剛性を落としたぶん快適性が増し、ややソフトになった。大きなサイズのフレームではとくにフロント周りの剛性を大きく増したが、リア周りは逆にやや剛性を落としている。こういったことは、今までどのメーカーもほぼ『あてずっぽう』でフレームを造っていたんだ」。

ブランド広報担当のクリス・リエカート氏は「今回の開発は、今までの開発方法とは根本的に異なるもの。今までとは比べ物にならないぐらい大掛かりなものだった。結果として、新Tarmacはそれぞれのバイクが同じ乗り味、性能、特性を持っている。新Tarmacはそれひとつではなく、言わばサイズごとの”7つの新Tarmac” なんだ」と語ってくれた。

ダルージオ氏は付け加える。「どの体格のライダーも、新Tarmacに乗れば同じライディングクオリティを体感するはずだ。それはプロダクツとしてシンプルに”良くなった”ということ。言うのは簡単だけど、その開発には3年間フルでかかっているんだ」。

ディスクブレーキ版新Tarmacの開発

新Tarmacには、ディスクブレーキモデルも同時ラインナップされた。マスプロのレーシングバイクのトップモデルとしてはおそらく初のことだと言えるだろう。ディスク版の新Tarmacの特長は、Tarmacの名に恥じず「レースで使えるフレーム」であるということだ。

新Tarmac DISC はディスクロードの最先端を行くことになる新Tarmac DISC はディスクロードの最先端を行くことになる
新Tarmacディスクのリアセクションは、リムブレーキ版のTarmacのショートチェーンステイはそのままでありながら、ディスク専用のディレイラーハンガーを設計・採用することで、135mm幅でありながら短いチェーンステイのままでディスクブレーキ用リアホイールを装着することを可能としている。
リアホイールは135mm幅でありながら130mmと同じ位置にフリーがくるように設計されたハブを使うことで、上記のショートチェーンステイ設計を実現している。

チェーン&シートステイ内側にも設けられたブレーキ本体取り付け台座チェーン&シートステイ内側にも設けられたブレーキ本体取り付け台座 (c)Makoto.AYANOディスクブレーキモデルはノーマルブレーキモデルのブレーキブリッヂにあたるチューブの形状が異るディスクブレーキモデルはノーマルブレーキモデルのブレーキブリッヂにあたるチューブの形状が異る (c)Makoto.AYANO

また、ハードブレーキング時にズレやすいフロントホイールにおいては、フロントエンドにスルーアクスル方式を採用せず、ノーマルなクイックリリース式だ。同時開発のディスク版ROVALホイールは、フロントハブ軸両脇のエンド接触部分の面積を大きくとることで十分な固定力を生み出すことに成功しているのだ。

ディスクモデルの新ROVALホイール。新Tarmacとベストマッチなホイールと言えるだろうディスクモデルの新ROVALホイール。新Tarmacとベストマッチなホイールと言えるだろう (c)Makoto.AYANOスルーアクスルを採用せず、ノーマルクイックレリーズ式としたフロントエンド周りスルーアクスルを採用せず、ノーマルクイックレリーズ式としたフロントエンド周り (c)Makoto.AYANO

他社がフロントにスルーアクスル方式を採用したロードバイクをリリースし、評価されるなか、ダルージオ氏は言い切る。
「ホイール交換に手間取り、重量増加にもつながるスルーアクスル方式ににメリットは無い。なぜ他のメーカーが安易にそれを採用するのか、我々には理解できない」。

2016年からはUCI(世界自転車競技連合)がロードレースにおけるディスクブレーキの使用を解禁しようとしていると言われている。新Tarmacは、この先ディスクブレーキがレースシーンで使われる可能性も十分考慮しながら開発された初のレーシングモデルなのだ。

ディスク仕様の新ROVALホイール クリンチャーバージョンをテストライドで使用したディスク仕様の新ROVALホイール クリンチャーバージョンをテストライドで使用した (c)Makoto.AYANO
フロントハブのサイドキャップを大きく設計してエンドとの接触面を確保したフロントハブのサイドキャップを大きく設計してエンドとの接触面を確保した (c)Makoto.AYANOフロントハブのエンドキャップを大きく設計し、接触面を増したことでスルーアクスルを採用せずとも固定力を確保したフロントハブのエンドキャップを大きく設計し、接触面を増したことでスルーアクスルを採用せずとも固定力を確保した (c)Makoto.AYANO


次項では新Tarmacをカリフォルニアの公道で2日間フルに乗ったインプレッションをお届けする。
提供:スペシャライズド・ジャパン 取材・レポート:綾野 真(シクロワイアード編集部)、photo:Alex.Chiu