”グランフォンド軽井沢2012”の実走取材を2日後に控えた編集部には暗雲が立ち込めていた。大会当日の天気予報は降水確率80%。ほぼ雨に降られるのは間違いない。そうなると追走車両の運転手が足りなくなるのだ。

晴天が約束されていれば自転車オンリーの実走取材で何ら問題はないのだが、天気予報が優れない以上は、取材班を追走する車両が必須となる。何故なら撮影機材は雨に弱いため、実走取材中に雨が落ちてきた場合は、速やかに撮影機材を車両に収容し、続く撮影を車内からに切り替える必要があるからだ。

横着を決め込んで、はなからクルマで並走しながら撮影を済ませてしまえば、取材自体は楽チンこの上無いのだが、参加者さんと並走しながら、参加者目線で撮影をし、自分の脚でコースを感じないと肝心の記事が死んでしまうと云うのがウチの編集長の一貫した考えなのだ。結局、この日は結論に至らなかったものの、メタボカメラ担当の私が運転手に抜擢されるのはほぼ確実である。

当日のスタート地点。やはり今日は雨か?当日のスタート地点。やはり今日は雨か? こうして迎えた"グランフォンド軽井沢"当日の朝。天気予報は降水確率80%で変わらず、スタート前の会場は辛うじて雨は落ちてこないものの、今にも泣き出しそうな空模様だ。参加者の皆さんも総じて雨の覚悟はできている様子だ。

私たち編集部も雨天取材の覚悟を決め、着々と雨対策を講じる。そんな私たちに近づいてきたメタボ会長から意外な言葉が発せられる。

初お目見えとなる白糸ハイランドウェイへのアプローチ初お目見えとなる白糸ハイランドウェイへのアプローチ 「残念だけどやっぱり雨っぽいな。君たちの立場では取材を最優先すべきなのは当たり前だから、今回は俺が運転手してやるよ。去年はたっぷりフルコース走らせてもらったからな。」
今回の会長が昨年のリベンジの為にわざわざ電動アルテグラを導入してまで、軽井沢に臨んでいる事を知っていただけに、これには正直びっくりである。

この言葉に、社内では”仕事の鬼”と呼ばれる理由を垣間見た気さえする。そんな尊敬に値する素晴らしい人格者から言葉が続く。

「ぶっちゃけ雨の中をフルコース走り切る自信も無いし、そもそも雨じゃヤル気が出ねえよ。万が一、天気が持ちそうだったらバラキ湖辺りで運転変わってくれよ!」
この一言で、私が懐いた尊敬の念が跡形もなく吹き飛んでしまった事は言うまでも無い。

分厚い曇り空の下、次々とコースに踊り出て行く健脚自慢の面々。スタートから5kmで今大会の目玉のひとつ"白糸ハイランドウェイ"に差し掛かる。普段は自動車専用の有料道路のため、自転車が走るのは開通以来初めての快挙だ。有料道路入口の看板から、いきなりの激坂が待ち構える。12%から16%の勾配が2km程続く初お目見えの激坂区間に参加者さんの多くは戸惑っている。入口から自転車を降りて歩く人もチラホラ見受けられるほどだ。

いきなりの急勾配に戸惑う参加者さんたちいきなりの急勾配に戸惑う参加者さんたち 恐るべし白糸ハイランドウェイの登り坂恐るべし白糸ハイランドウェイの登り坂


編集長はヒョイヒョイとこの区間を行ったり来たりしながら撮影を繰り返しているが、同行する私にとってこの斜度は拷問に等しい。上ハンドルにしがみつき、ひたすらペダルを廻すことしかできない。そんな私を追い抜いて行くハイエースの運転席から声がかかる。

「今回のコースはなおさら強烈になってるな!先のエイドで待ってるから取材がんばれよ。君たちには悪いけど自動車は楽チンだぞ!あ~走れなくて残念!俺も一緒に苦しみたかったな~。(笑)」
鼻歌交じりのオヤジの態度が妙に腹立たしい。

撮影のために行ったり来たりの編集長撮影のために行ったり来たりの編集長 実走レポート担当の磯部がひょっこり合流実走レポート担当の磯部がひょっこり合流


何とか"白糸ハイランドウェイ"を抜けだした編集長と私。ここから嬬恋村への約20kmは5%平均の下りが続くため、じっくりと体力回復に努める。高原の新緑を楽しみながらの下り区間もあっという間に終わり、いよいよ今大会最大の難所を迎える。嬬恋村からバラキ湖エイドステーションまでの約10kmがひたすら登り放しで、ガッツリと体力を削られる区間なのだ。

編集長のペースに全くついて行く事が出来ず放置された私が自分との闘いに没頭していると、対向車線を一気に下ってくる編集長とすれ違う。いくら撮影のためとは云え、私にとってこの行為は”勿体無い愚行”としか感じられない。やっとの思いで獲得した標高をあっさりと放棄し、再び同じ坂道を登り直すという愚かな行為を、常識ある人々は決して選択しないはずだ。

半ば呆れながら、常識人の私が再び自分との闘いを続けていると、今度は磯部が対向車線を下ってきた。どうやらウチの二人は”いくらか頭がおかしい”としか考えられない。

撮影をこなす編集長。実走取材はけっこうハードなんです。撮影をこなす編集長。実走取材はけっこうハードなんです。 さすがの編集長もバラキ湖でグロッキー?さすがの編集長もバラキ湖でグロッキー?


バラキ湖エイドで昼食を終えた編集長が、暗い空を見上げながら私に呟く。
「多分、今日は降られずに済むんじゃないかな。いままで会長と一緒に来た取材で雨に降られた事って一度も無いからね。会長も走る気満々だし、今回は磯部が実走レポート担当だから、悪いけど運転手頼めるかな?」
悪いけど? いえいえ編集長、とんでもございません。ヘロヘロになった私には、こんな有難い指示をくれた編集長が救世主に見えます。

いよいよ此処から疲労ゼロのメタボ会長がコースに躍り出る。追走車両という文明の利器を手に入れた私の心は軽い。ここバラキ湖から真田エイドまでの区間は見晴らしの良い景観が広がるリゾートライド区間だ。途中に長野県と群馬県境の鳥居峠越えがあるものの比較的疲労度が低い区間である。

さっそうとコースに飛び出すメタボ会長さっそうとコースに飛び出すメタボ会長 高原の景観を楽しめるリゾートライド区間高原の景観を楽しめるリゾートライド区間


体力満タンのメタボ会長が鳥居峠越えに差し掛かる頃には、あろうことかうっすらと薄日が差し始める。今朝の天気予報が表示していた雨マークと降水確率80%は何だったんだろうか?
「あと3kmくらいだから頑張って!」 峠越えに苦戦する参加者さんに声をかけながら次々と抜いて行くメタボ会長。疲労の色を隠せない皆さんに比べてやたら元気なのは当たり前である。

鳥居峠を越え15kmほどのダウンヒルをこなしたオヤジが真田エイドに転がり込む。もちろん彼に疲労の色は欠片も見られない。いつも通り参加者さんにチョッカイを出しながら補給のバナナを腹に流し込むその表情は、抜群の輝きを放っている。

鳥居峠へのアプローチ。薄日が差し始める鳥居峠へのアプローチ。薄日が差し始める 峠頂上で撮影に応える。ただのオヤジが記念になりますか?峠頂上で撮影に応える。ただのオヤジが記念になりますか?

「ダンナに用は無いから!」 全く失礼な男である。「ダンナに用は無いから!」 全く失礼な男である。 バナナと女性が大好き! これじゃ単なるエロゴリラだ。バナナと女性が大好き! これじゃ単なるエロゴリラだ。


殿城山のアップダウンを抜け、東部湯の丸IC辺りから再びダラダラと登りが続く。この区間では雨の心配こそ無くなったものの、予想外に強い向かい風が皆さんを苦しめる。ただ、ウェイトに恵まれるメタボ会長に向かい風は大きな影響にならない様子だ。菱野の交差点を左折し風下の山裏に入ると向かい風の影響も小さくなる。交通量も一気に減りほぼ貸切状態で走行できるものの、相変わらずの傾斜は続く。

皆さんに混じって殿城山の登りをこなす皆さんに混じって殿城山の登りをこなす 登り坂にはやたら弱いが、向かい風にはめっぽう強い登り坂にはやたら弱いが、向かい風にはめっぽう強い


あと500mほど我慢すれば今行程の全ての登坂が終了となる菱野温泉郷”常盤館”に差し掛かった所で激坂が登場。これにはメタボ会長もガッカリのご様子だ。たった200mほどの坂道だが最大傾斜は20%に迫る勢いだ。ここまで8%平均の登坂を8kmほど続けてきたオヤジの身体にはかなり堪えるらしい。

「何なんだ、こりゃ!この角度はあり得ねぇぞ!」半ば呆れながらも激坂に取り組むメタボ会長の苦痛に歪む表情が、私には嬉しくてたまらない。そんな私は、憂さ晴らしついでに声をかけておいた。
「会長がんばってください!白糸ハイランドウェイに比べりゃ、こんなところは全然楽勝ですから!」

ダラダラと登り続ける。だって山岳ライドですから。ダラダラと登り続ける。だって山岳ライドですから。 常盤館前の激坂区間に突入。常盤館前の激坂区間に突入。

「何なんだ、こりゃ!この角度はあり得ねぇぞ!」「何なんだ、こりゃ!この角度はあり得ねぇぞ!」 「白糸ハイランドウェイに比べりゃ、楽勝ですからね!」「白糸ハイランドウェイに比べりゃ、楽勝ですからね!」


ここからゴールまではほぼ平坦路が25kmほど続く。山間を縫うように進む林道は新緑のトンネルが続き、私たち専用の自転車道と化している。勾配も緩く延々と続く一本道の林道。走りやすい路面と高原ならではの長閑な景色はここまで頑張ってきた参加者へのご褒美だ。

高原で放牧される馬に出くわす。「けっこうデカイな。」高原で放牧される馬に出くわす。「けっこうデカイな。」 のどかな林道をのんびりサイクリングのどかな林道をのんびりサイクリング

貸切状態の自転車道と化した林道貸切状態の自転車道と化した林道 磯部を風よけ係にラストスパート磯部を風よけ係にラストスパート


ゴールまで5kmを残す辺りまで辿り着いた私たちが信号待ちをしていると、沿道で参加者に声援を送ってくれていた地元の高校生らしき男子集団から驚きの声が飛んでくる。
「あれ?本物の会長じゃね?」 「ホントだ!リアルにメタボ会長だよ、超ウケる!会長がんばれ~!」
そんな好奇に満ちた声援に対しご機嫌のオヤジが応える。「ありがと~!君たちも勉強がんばれよ~!」

イベント参加者さんの中ではメタボ会長の知名度は侮れない高さがあるものの、沿道から名指しで声援が掛かる事は珍しい。ましてやその声援の主が、自転車を連想させない制服を来た高校生の集団だったことには驚かされた。私自身が業務に携わっていながらも、当サイトの影響力の凄まじさをひしひしと感じる出来事であった。

こうして、地元の高校生たちのお陰でとても気持ち良くなったメタボ会長がゴールを迎える。

磯部と共にゴール!同じポーズを取ると体幅の違いがよく判る!磯部と共にゴール!同じポーズを取ると体幅の違いがよく判る! この豚汁ウドンが最高にありがたいんです。この豚汁ウドンが最高にありがたいんです。


「たった60kmしか走ってないけど、十分ご馳走様って感じだよ!やっぱり、グランフォンドは厳しいな。”健脚自慢を飽きさせないコース設定”を主催者さんが謳うだけの事はあるレイアウトだよ。今回でコースは全て把握できたから、やっぱ来年はフルコースに挑戦するぞ!」 ゴール後に振る舞われる”豚汁ウドン”を頬張りながら、早くも来年の出走宣言をするメタボ会長の表情は晴れやかだ。無事に走り終えた周囲の皆さんの表情も、みな達成感に満ち溢れている。やっぱり、自転車イベントってイイもんである。

こうして、奇跡の天気に支えられてゴールを迎えた"グランフォンド軽井沢2012"。結果、一日を通して雨が落ちてくる事は無かった。社内的には"メタボ会長の晴れ男説"は誰もが知る所ではあるが、改めてオヤジの晴れ男っぷりに感心しながら後片付けに勤しむ私たちだった。


今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"グランフォンド軽井沢2012"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。    編集部一同。



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「ポイ捨てはダメだぞ!」「ポイ捨てはダメだぞ!」 メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 3年弱

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。