メタボ会長の愛車からボーラワンを取り上げ、重量を水増ししたホイールに換装することに成功した私たち編集部。会長のライディングを矯正するフリをした編集長の報復は、まだまだ終わりそうにない。

「アウター禁止!」まだまだ編集長の報復は終わらない。「アウター禁止!」まだまだ編集長の報復は終わらない。 途中の岩蔵温泉郷で休憩をはさみ、再び走り始めた私たち4人。ここまで来れば埼玉県との県境は目と鼻の先だ。

快調に進みながらも相も変わらず編集長の報復は留まるところを知らない。
「ほら~!またアウターに入ってますよ!平地はインナー縛りですよ!」

こんな容赦ない編集長の指摘に対し、メタボ会長もめげずに中指を立てながら言い返す。
「わかってるよ!いまはちょっとだけ休憩中なんだよ!しばらく放っといてくれよ!」

よくよく思い起こせば、今日のメタボ会長は、足廻りの重量だけで740gもの増量を課せられている訳だから、おのずと普段よりは軽いギアで走らざるを得ない状況が生まれている筈である。そんな会長に対し容赦なく指導を継続する編集長。彼の積年の恨みは計り知れないほどの重さを持つことは容易に想像がつく。

東京都を抜け出し、いよいよ埼玉県との県境を越えてゆく東京都を抜け出し、いよいよ埼玉県との県境を越えてゆく 程なく埼玉県内に進入した私たちではあるが、実はこの先には軽い峠越えが3発ほど控えているのだ。10%前後の勾配が2kmほど続く丘越え程度の峠が3か所あるだけなのだが、この坂登りこそはメタボ会長のもっとも嫌いなメニューなのだ。

出発の時に編集長が「ほぼ平坦なコースですからのんびり行きましょう!」と伝えていたのがどうにも気になって仕方がない。
いよいよ峠越えに差し掛かるあたりで、メタボ会長に対し編集長がしれ~っと声をかける。
「ここからちょっとだけ登りが続きますけど、のんびり行きましょう!登りのギアは自由で構いませんから!」
今日の彼は大胆不敵すぎるきらいがある。そんな編集長に恨めしそうな眼差しを投げかけながらオヤジが答える。

「だよな~。東京から秩父方面に抜けるのに、どう考えたって峠を避けるのは無理だろって内心思ってたんだよな。この道って俺がクルマでしょっちゅう走ってる道だもん。この手の峠道はチャリンコで走るべきじゃない道だよ。」

いつもの変な立ちコギで上り坂に立ち向かうメタボ会長いつもの変な立ちコギで上り坂に立ち向かうメタボ会長 そう言いながらも、目前に迫った峠道を登り始めるメタボ会長。こんな姿は1年前の彼からは想像もできないほどの進化だ。
昔の会長であれば、間違いなく此処で引き返し、そのまま会社まで戻っていた筈だ。

「会長、アウタートップでも構いませんから、とにかく体に負荷を掛けずに登りきってください!」
編集長からは、優しいんだか厳しいんだか判らないような檄が飛ぶ。

「わかった!どうせなら苦しい時間は短いほうがイイから一気に行っちゃおうぜ!」
そう言うなり、ギアをアウターに上げると同時に下ハンドルを握りしめ立ち漕ぎで加速していくメタボ会長。

これが私たちには理解不能な行動なのだ。通常、ヒルクライムの場合は軽いギアで上ハンドルを持ちながら回転を維持したくなるものだが、いつもオヤジは全く逆の行動を取る。この辺りが、メタボ会長がいつまでも初級者と呼ばれる所以であろう。

リズミカルなダンシングを見せる編集長に負けじと登るリズミカルなダンシングを見せる編集長に負けじと登る 一方、ド平坦路であれほどインナーに拘りを見せていた編集長が、坂道になった途端に拘りを捨てた理由も私には判りかねる。
本来であれば、登坂路ほど軽いギアでケイデンスを保ちながら走ることが大切なはずなのだが。こんな疑問を編集長に投げると、

「今日一日だけで乗り方全て解決は無理だよ。僕的には会長が平坦で80回転/分あたりを維持できてるだけで上出来だと思うよ。いまの会長に廻しながら登れって言ったら、ヘソが曲がるだけだよ。そもそも会長をイジメてる訳じゃないしね。」

案外冷静で残念な答えが返ってくる。そんな彼のイジメてる訳じゃないと云うフレーズに少し残念な気持ちと共に、チョッピリ安堵感すら覚える私だった。
そんな私の心中をよそに、ヒョイヒョイとリズミカルなダンシングを続ける編集長の横で、グシャングシャンと低回転の立ち漕ぎを披露するメタボ会長との対比が見ていて妙に滑稽である。

途中、この上り坂に重装備のママチャリで挑むツワモノに遭遇し、その逞しさに感心させらながら登坂を続ける。当のメタボ会長も、スマートさには欠けるものの、この程度の登坂であれば難なくこなせるレベルにはなってくれているので同伴の私たちも気は楽である。

やっと3番目の峠頂上が見えてきた。やっと3番目の峠頂上が見えてきた。 下り坂に入るなり、一気にすっ飛んで行く。下り坂に入るなり、一気にすっ飛んで行く。


ほどなく頂上が見えてくる。ここを越えれば、目的地の和菓子屋さんまではずっと下り坂が続く。この長い下り坂を持ち前の体重を利して下り坂をすっ飛んでゆくメタボ会長と追走する編集長。あっという間に私たちは置き去りにされる。

こうして、本日の目的地である和菓子屋さん"四里餅"に到着だ。この店舗の本当の名前は大里屋本店というのだが、地元の人たちは皆このお店を"シリモチ"と呼ぶのだ。創業は明治時代に遡り、ウィキペディアにも登録があるほど結構有名な和菓子屋さんである。私たち編集部も、秩父方面に練習に来た時は必ず立ち寄るお気に入りのお店だ。

目的地の和菓子屋さん目的地の和菓子屋さん"大里本店"に到着 「会長、お疲れさまでした。目的地に到着です。ここで一服していきましょう。」そう呼びかける編集長の言葉を遮るように、オヤジのダミ声が冬空の下に響く。

「なんだよ!和菓子屋さんてシリモチのことかよ!」いきなりなんだよと言われても、私たちにはさっぱり意味が判らない。

「会長も四里餅をご存じだったんですか?私たちは練習がてら秩父方面に来た時は、いつも立ち寄っているんですけどね。」けげんな表情で答える編集長に追い打ちがかかる。

「知ってるも何も、最初の坂の途中にあった"東京バーディ"とか、この先にある"武蔵丘"とか、ここの近くにあるゴルフ場にはよく来るからさ。ゴルフ帰りにはいつもここで四里餅をお土産で買って帰るんだよ。もっとも、こんな山奥までチャリンコで来たのは初めてだけどな。」

「今日みたく昼前に来れば問題ないけど、いつも夕方には売り切れてっから、ゴルフの時は行きに電話予約しとかなきゃ買えないのが厄介なんだよね。」独りでブツブツと文句を垂れながら店内へなだれ込んでゆくメタボ会長。どうやらこの人もこの店の馴染み客だったらしい。

地元では地元では"四里餅"で有名な大里屋本店。ブツブツ文句を言いながら、ワガモノ顔で店内になだれ込んで行くメタボ会長

ヘルメットとサングラスを外しながらメタボ会長が店員さんのひとりに親しそうに話しかける。
「おばちゃん久し振りだね。こしあんとつぶあんを4個づつもらえる?ここで食ってくから包装は要らないよ。」

こんな無礼千万な問いかけに対し、店員さんから笑顔とともに言葉が返ってくる。
「あらあら、変なカッコしてるから誰かと思ったらアテックスの会長さんじゃない。今日はゴルフじゃないの?」

「おばちゃん久し振り!」この人はどこでもずうずうしい。「おばちゃん久し振り!」この人はどこでもずうずうしい。 どうやらメタボ会長とこの店員さんとはかなりの顔見知りの様子だ。ただ、悲しいことに私たちサイクリストのいでたちは、一般の人々の目には変なカッコと映っているらしい。

店内の一角に腰をおろし、4人揃って"シリモチ"を味わっていると、さっきの店員さんが親切にも温かいお茶まで出してくれる。

そもそも店内には飲食用のスペースは設けられていないにも関わらずだから、同席している私たちは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

私もかれこれ10回以上はこの"大里屋本店"を訪れているが、店内に座って食べるのも初めての出来事で、おまけにお茶まで出して頂けたのにはビックリである。メタボ会長の不可思議な人脈?には、ただただ驚かされるばかりだ。

のんびりとお茶を頂いていると、おもむろに編集長が口を開く。
「会長、新しいホイールの感触はいかがですか?多少、重量は増えてますけど剛性不足とか感じますか?」
あらら、余計なことなど聞かなきゃイイのにと思っている私を横目にオヤジが答える。

「剛性は問題ないよ。ボーラワンよりは若干の重さは感じるけどな。ちなみにどれくらい増えてるんだ?」
そんな問いかけに対し編集長が「私は詳しいスペックは把握していません。セットアップしたのは彼ですから。」と、サラリと答える。しかも私を指差しながら!
おぉ編集長!そりゃあんまりと言うもんでっせ!確かに重量を測ったのは私には違いありませんけど・・・。

店内を占領して、シリモチにかぶりつく。店内を占領して、シリモチにかぶりつく。 会長と編集長、2人の上司の視線の先に晒された下っ端の私は、消え入るような声で答えるのが精一杯だった。
「実は740gほど増えてしまいました・・。」

これは間違いなくメタボ会長からのお叱りを受けるに違いないと覚悟を決めた私に対し、会長から意外な言葉が返ってくる。「そんなもんか?問題ない数字だな。」

え"っ?740gが問題ない?普通の感覚の持ち主なら大問題でしょうよ!
「会長、740gですよ!本当に問題ないんですか?」あまりにビックリした私は思わず聞き返してしまった。

「ん?何か問題がなきゃいかんのか?重量増って言っても、たかだか700gだろ?君と俺の体重差を考えてみなよ、30kg差があるんだぜ!700gなんて全く問題ないね!君が常時、小学3年生を背負って走ってる状態が普段の俺だもん、楽勝だよ!確かに反応の鈍さは否めないけど、このホイールって結構堅めだから、ペースの緩急さえ激しくならなきゃボーラワンより走りやすい位だよ。さすが編集長!ナイスなチョイスだ。俺の好みをよく知ってる!」

こんな場所でお茶まで頂いてしまいました。店員さん申し訳ございませんでした。こんな場所でお茶まで頂いてしまいました。店員さん申し訳ございませんでした。 幸せそうな表情で、2つ目の四里餅を頬ばるメタボ会長の横顔を見ていると、言い知れない喪失感とともに、ずどーんと気分が凹んでゆく。

このオヤジこそは、他人の期待を裏切ることに関しては、天賦の才を備えているらしい。
この人みたく、全ての物事をポジティブかつ楽観的に捉えることができれば、どんなに人生が幸せになるのだろうか?

「おばちゃん、ごちそうさま!再来週、武蔵丘でゴルフコンペがあるからまた来るよ。今度はクルマで!」

そう言い残して、意気揚々と店を後にするメタボ会長。私たちはその後ろを何とも言えない喪失感に包まれながら付いて行く。ただ、編集長にとっては、会長のこの反応は想定内だったらしく、その表情には喪失感のカケラすら見えない。

こうして各々が2個づつの"シリ餅"でしっかりと糖分補給を終え、帰路を目指すこととなった私たちであった。


次回ですか?
後はとにかく無事に会社まで戻るだけですね。



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「ポイ捨てはダメだぞ!」「ポイ捨てはダメだぞ!」 メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 87kg→79kg→85kg
自転車歴 : 2年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。