気温6℃の寒空の中、久し振りにメタボ会長のお供にかり出され、ノンビリと多摩湖をサイクリング。抜けるように澄んだ青空は嬉しい限りだが、ここまで寒いと身体が全く暖まってこない。

久し振りに多摩湖をノンビリサイクリング。久し振りに多摩湖をノンビリサイクリング。 前を走るメタボ会長も軽いギアをのんびり廻しながらゆったりモードなのだが、やたらとストレッチを繰り返しながら一向にペースを上げる気配がない。おかげで私の体は芯まで冷えてくる。

こんなペースに延々付き合わされたんじゃ凍死しかねないと感じた私は、それとなく声を掛けてみる。
「会長、またお体の具合が優れない様に見えますが、どうかされましたか?」

こんな私のありきたりな社交辞令に対し、ショボくれた表情でオヤジが答えてくる。

「おぉ、実は去年と一緒で、また自転車で背中の筋肉をやっつけちゃったんだよ。気温が下がると、振動がキツくなる様に感じるんだけど、これって気のせいか?」

そりゃアンタ、気のせいよりも歳のせいでしょ!と思いながらも気遣うフリを続ける私だ。
「気温の低い冬場はなかなか身体が暖まってこないですからね。ウォーミングアップ不足なだけじゃないですか?」

正論を投げる私に、ふくれっ面のオヤジが抵抗してくる。
「アップが足りないって言われてもなぁ。俺が普段走ってるペース考えれば、最初から最後までウォーミングアップみたいなモンだから、問題は俺の身体よりも機材にあるんじゃないか?」

冬場こそストレッチが大切ですよ。冬場こそストレッチが大切ですよ。 お決まりの責任転嫁のスタートだ。とはいえ、案外自分の実力を冷静に分析できているコメントに少しだけホッとさせられる。その後も巡航速度20km/h~25km/hのスローペースで淡々と並走は続く。

いつもと変わらず多摩湖サイクリングロードを2周して編集部へ帰還する私に、何故かメタボ会長が付いてくる。

「会長、会社には戻られないんですか?」迷惑そうに問いかける私に「久し振りにみんなの顔でも見て行くよ。」とポツリと呟く。軽く嵐の予感が...。

編集部に辿り着き、温かいコーヒーのお陰で生き返ったメタボ会長が、いきなり不吉なことを話しかけてくる。

「今、俺が乗ってる社用車のエヴァディオ・ヴィーナスなんだけど、もともと君達の体型に合わせてオーダーしたフレームだから、俺には少し小さいんだよな。そろそろ自分の体型に合ったバイクが欲しいんだけど・・・。」

今日はずっとこんな感じのノロノロモードで走る。今日はずっとこんな感じのノロノロモードで走る。 「欲しいなら適当に買えばいいだけでは?」
その場の誰もが思った筈だが、社内の上下関係に縛られた我々はそんな言葉を吐く勇気など微塵も持ち合わせてはいない。サラリーマンにとっては沈黙こそ保身のための武器なのだ。

気まずい空気が漂う中、メタボ会長の子守役がすっかり板に付いてきた編集長が優しく問いかける。

「会長の中で気になってるバイクとかあるんですか?」
この何気ない一言こそ、編集長が地雷を踏んだ瞬間だった。

この問いかけに、待ってました!とばかりに目を輝かせながらオヤジが答える。

「君達のインプレのロケに潜り込んで色んなバイクに乗ったけど、俺が一番乗りやすかったのはトレック・マドンだな。軽い力でヒョイヒョイ進むし嫌な突き上げ感も無いし。ビジュアルが少しインパクトに欠けるのが気にはなるんだけどな。」もはや言いたい放題。勢いづいた暴走列車は誰にも止められない。

抜けるような青空が眩しい。自転車ってイイモンである。抜けるような青空が眩しい。自転車ってイイモンである。 「明後日の取材に行く予定のバイクプラスさんて、トレック・コンセプトストアだよな? 取材には俺も同行するからヨロシク!」

編集長が何気なく踏んだ地雷は、編集部のスケジュールを熟考したメタボ会長の緻密な計算で巧妙に仕掛けられた恐ろしいトラップだった様子である。

「ちなみにニューバイクを発注する場合は、編集部の予算ってことでいいのかな?」

もちろん、この言葉には編集部全員がシカトを決め込む。この手の話に付き合うとロクな事にならないと、全員が今までの苦い経験からしっかりと学習しているからだ。我々編集部は日々確実に進化を続けているのだ。編集長を除いて・・・。


勢いでバイクを注文!? この暴挙は止められるのか??

迎えた取材当日。残念なことにメタボ会長が本当についてきてしまった。
訪問したのはトレック・コンセプトストアのバイクプラス多摩センター店だ。

午前9時にスタートを切った取材・撮影を淡々と消化してゆく編集部。かなりタイトに組まれたスケジュールをこなすためには、1秒たりとも無駄には出来ない。

そんな我々など意に関せず綺麗な店内をうろつくメタボ会長。陳列されたバイクに跨ってみたり、整備ブースに無断で立ち入ってみたりとやりたい放題なのだが、その表情は少年のごとく光り輝いている。

バイクプラスの佐藤さんの愛車でもあるトレック・マドンを物欲しげに見つめるメタボ会長バイクプラスの佐藤さんの愛車でもあるトレック・マドンを物欲しげに見つめるメタボ会長

「これって、シクロワイアードカラーじゃない?」「これって、シクロワイアードカラーじゃない?」 展示バイクに跨りご満悦。でも怒られますよ。展示バイクに跨りご満悦。でも怒られますよ。


幸いなことに自身の興味を満たすべく動き回っていても、取材活動には支障をきたす事態にはなりそうもないのが、せめてもの救いだ。我々はあくまでも業務で来ているために、オヤジの子守を当バイクプラスの佐藤さんに任せて黙々と取材に励む。

カタログ片手に店内を物色中のメタボ会長カタログ片手に店内を物色中のメタボ会長 「会長は佐藤さんに任せとけば平気だよ。」
こんな編集長の一言で子守役になってしまった佐藤さんには申し訳ない限りではあるが、お陰ですこぶる快調に取材は進む。ちなみに編集長と佐藤さんは15年来の友人でもあるのだとか。

こうして、あっという間に3時間が経過し取材活動も無事ノルマをクリア。問題児を連れ帰るべく店内を見廻すと、佐藤さんを捕まえカウンターで何やら楽しそうに話し込んでいる。そんな二人が見つめるパソコンのモニターには、トレックのオーダーシステム”プロジェクト・ワン”の画面が表示されている。

緊迫した取材から解放され、まったり気の緩んだ編集長が不用意に声を掛ける。
「お待たせしました。二人揃ってずいぶん楽しそうですね。ところで何を見てるんですか?」

立ち入り禁止のメカブースにまで乱入。佐藤さんスミマセン。立ち入り禁止のメカブースにまで乱入。佐藤さんスミマセン。 どうやらウチの編集長は地雷を踏む事が特技の様である...。ウッカリにも程があると言いたい所だが、私の直属の上司なだけに決して口外はできない。これこそが厳しい現実社会を生き延びるサラリーマンには欠かせないスキルなのだ。

「ん?これか? 佐藤さんにニューバイクの相談をしてたんだよ。この画面のヤツってカッコ良くない?」

ニヤリと笑みを浮かべながら振り向くメタボ会長の表情が、我々の背筋に悪寒を走らせる。これこそが今まで何度となく辛酸を舐めさせられた悪魔の表情だ。

「確かに素敵ですね。残念ですけど、そろそろ撤収になりますので散らかしたモノはちゃんと片付けて下さいね。」危険を察知して冷たく投げかけた編集長の言葉を見事にスルーし、悪魔から禁断の暴言が吐かれる。

「じゃ佐藤さん、コレでオーダー掛けといてね! 請求はウチの編集部宛にヨロシク!」

はぁ? アンタ何を勝手に決めちゃってんの?世の中はアナタ中心に周ってる訳じゃないぞ! その場の誰もが思ったはずだ。
編集長が慌てて佐藤さんを店舗の片隅に連れて行き、何やら真顔で説明している。現場に走る緊張感。

お互い旧知の仲ということも手伝ってか、メタボ会長の買い物と編集部の間には何の因果関係も存在しないという事情だけは正確に伝わった様子である。

これこそが悪魔が目覚めた瞬間の表情です。これこそが悪魔が目覚めた瞬間の表情です。 ミニター画面に夢を膨らませるのはイイんですが・・・。ミニター画面に夢を膨らませるのはイイんですが・・・。


「会長さん、このデータはちゃんと保存しておきますから、じっくり考えて正式に発注が決まったら連絡してくださいね。」 
勘のいい佐藤さんの言葉に我々編集部がどれだけ救われた気持ちになれた事か。

そんな空気を微塵も感じること無く、お呑気オヤジの言葉が場を締めくくる。
「じゃ、佐藤さんまた! 今度は自転車に乗って来るね!」

こうして名残惜しそうなメタボ会長を無理矢理クルマに押し込み、そそくさと現地を後にする。

「ニューバイクは会長の私物ですから、本当に買うのであれば当然会長の自腹ですよね!」
取材の疲れと余計な気疲れでドンヨリとした帰路の車内では、編集長の切ない言葉が響き続けるのであった。


次回ですか?
どんな展開になろうとも編集部の予算でメタボ会長のオモチャを購入する事だけは決してあり得ません!





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「ポイ捨てはダメだぞ!」「ポイ捨てはダメだぞ!」 メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 87kg→79kg→85kg
自転車歴 : 20ヶ月目

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。