ロンド・ファン・フラーンデレン・シクロに続き、翌週の市民レース「パリ〜ルーベチャレンジ」に挑戦した宇賀神善之さん。「北の地獄」「クラシックの女王」の市民レースは、果たして過酷なのか? 果敢に挑んだ実走レポートをお届けします。



北の地獄へと挑んだパリ~ルーベチャレンジ北の地獄へと挑んだパリ~ルーベチャレンジ
フランドルでのライドと幾つかのレース観戦など、日々満喫して過ごしてきたが、そろそろルーベに気持ちを切り替える。私はルーベを甘く見ていたかもしれない。そう思うと胸がざわついた。

ロンド・ファン・フラーンデレン・シクロの際、CWの綾野さんからは「フランドルと違ってルーベはパヴェの荒れ方が酷く、難しいコースだ。」とアドバイス頂いた。一方、共に走ったオリビエさんからは「気がつくと手首が腫れ上がり、手のひらの皮は剥けてしまっていた。」と言う。

ロンドを終えスイスへと帰った彼は私のFBタイムラインに「Good Luck」というメッセージとともに、道の現況が確認できる「Paris-Roubaix on Twitter」を投稿してくれた。降雨直後のその画像は、どう見ても荒れ果てた廃道だ。ここを走るのか! 衝撃だった。

逃げ場の路肩には思わぬ落とし穴逃げ場の路肩には思わぬ落とし穴 近くのバルには歴代優勝者のパネル。先日お会いしたジモンディさんは1966年の優勝者。50年前だ。近くのバルには歴代優勝者のパネル。先日お会いしたジモンディさんは1966年の優勝者。50年前だ。


車掌さんは「東洋」のバイクに夢中だ車掌さんは「東洋」のバイクに夢中だ


パリ〜ルーベチャレンジを前日に控え、試走とゼッケンナンバーを貰いにベルギーからルーベに向かう。電車に乗れば30分程で国境を越え、フランスのルーベ駅に到着する。ただ、この日はどうしたことか乗る電車を間違えてしまった。気持ちに余裕が無かったせいかもしれない。ハーレルベケ駅で一旦降り、折り返しを待つ。電車が来てバイクを乗せる場所を探すと、デラックスな1両まるごとのバイク車両があった。

レオナルド、ルカ、ルシャーノのイタリア人トリオとレオナルド、ルカ、ルシャーノのイタリア人トリオと バーテープの上にバーテープを巻いてもらうバーテープの上にバーテープを巻いてもらう カントのついたベロドロームカントのついたベロドローム ベルギーの鉄道は改札口がないかわりに車内検札がある。バイクと共に乗り込むと、車掌さんが来てくれ切符にスタンプすると声をかけてくれた。「このバイクは君の?日本人? ロンドは見たかい? これからどこ行くの? 僕もライダーなんだ。」と、仕事そっちのけだ。

「明日ルーベを走るのですがとても心配です。」と話すと、「なーに大丈夫。君はサムライだろう!」と言う。嬉しい。思わぬ激励に不思議と力が湧いて来た。

ルーベ駅からベロドロームへ。地図を確認していると「ミ・スクージ! ベロドロームはどこですか?」とイタリアン3人組。旅は道連れ、4人で向かう。彼らのバイクを見ると2人がキャノンデール・シナプスだった。ルーベには初めて来たという彼ら、バーテープがもの凄く太い。二重に巻いて間にはゲルパッドを挟み込んできたそうだ。そこまでするのか、と驚く。

ベロドロームに着くと、100年の歴史を持つ空気を思い切り吸い込んだ。カントのついたトラックを一周する。今までここにたどり着いた全ての選手達にリスペクトを込めて。

受付を済ませ明日のゼッケンナンバーを貰うと、メカニックサービスに行く。念のため簡単にでも見てもらいたかった。メカニシャンは「バイクはオーライだけど、バーテープを重ねて巻くべきだ。」と勧めてくれた。もちろんその場でお願いする。

ラファのモバイルサイクルクラブでコーヒーを頂き、イタリアントリオとお別れ。いよいよパヴェの試走だ。明日のコースの逆をなぞり、Willems à Hemへ。ルーべのパヴェとの初対面だ。躊躇せず突っ込む。「ガガガガガッ」と突き上げる振動に包まれる。「星2つのパヴェだ、そんなにはキツくないだろう」と思っていた。

ペダルを踏みつける。しかし曲がりくねった道に終わりが見えない。距離が長過ぎる。逃げ場になる路肩も酷い有様だ。私はセクター途中で息が上がってしまった。フランドルとは全く異質の石畳。なんだこれは! ペース配分の予想もつかない。



始発の電車でルーベに向かう始発の電車でルーベに向かう ガーミンとジャンクションをビニールテープで固定する。ガーミンとジャンクションをビニールテープで固定する。

いよいよスタートだいよいよスタートだ
そして遂に来た。私のクラシック第2戦。パリ〜ルーベチャレンジ。始発の電車でルーベ駅まで輪行する。ベロドロームに着いたのは8時。スタートは7時から始まっているので、既にライダー達は少ない。とにかく慌てずマイペースで行こう。天気は良さそうだ。これだけでも一安心。

ルーベ競技場前を通り、街中を抜ける。まもなく田園風景となった。フラットな舗装路をアランヴェール目指して走る。50km先にあるそこが本当のスタート地点と言っていいだろう。それまでは足慣らしだ。しかしいきなり最初のセクターがアランヴェールとは。

ルーベ競技場前を通過するルーベ競技場前を通過する いざアランヴェールに突入いざアランヴェールに突入

ライダー達は真剣そのものだ。ライダー達は真剣そのものだ。
不規則な石に泥を塗り込んだようなパヴェ不規則な石に泥を塗り込んだようなパヴェ 脱落者は柵外を走る脱落者は柵外を走る


パリ〜ルーベで最も有名、いや悪名高い破壊力のあるセクターがアランヴェールだ。森に包まれた真っすぐに伸びる石畳道の荘厳さに身も心も震える。今日のライドはここが全てと言っていいだろう。遂にここまで来たかと、しばし立ち尽す。そして、えいやっ! とパヴェに飛び込んだ。

即席のパヴェ対策即席のパヴェ対策 タンデムで挑戦だタンデムで挑戦だ なんとかアランヴェール制覇なんとかアランヴェール制覇 突入したとたんバイクが跳ね上がる。暴れ馬に跨がったかのようだ。とにかく進行方向すら定まらない。前輪が一つの石畳を超える度に、ハンドルバーが斜め斜めに取られてしまう。激しい振動を受けながら走りやすそうなラインを探す。フランドルに倣って道端に寄る。とたんにタイヤが滑りだす。土だ。湿った土が泥土となり目地に詰まっている。逃げ場の路肩は鉄柵で塞がれ、行きようがない。フランドルの経験はここでは全く役にたたなかった。

前にはまるで千鳥足の酔っぱらいのように左へ右へとよろけ、落車するライダーたち。彼らを避けるのも大変だ。巻き込まれたら大怪我しかねないので、危なそうな人には後ろから声をかける。「ビハインド!」「パススルー!」

落車の淘汰により人数が減り、路面が見やすくなった。荒れ放題の石畳の中央に、スッと真っすぐな線が見える。何度も見たレース映像を思い出す。そうだ、ここはど真ん中を一列棒状で突き抜けるんだった。一本の筋に生き残ったライダーが集中する。この光景を写真に収めたいと思ったが、走ることに徹した。ここを乗り切れたら生まれ変われるかもしれない。そう思わせるほどのパヴェだった。最後まで突き抜けたい。

踏んでも踏んでも出口は遠い。少しでも脚を休めると、あっという間に失速する。それどころか糸を緩めた凧のようになってしまい、バランスを失って転んでしまいそうだ。痺れで指の感覚はもう無い。ブラケットから上ハンに手を移したいが、手を離す一瞬が恐い。振動でカラダの内容物がガンガンと下がってくる感じで、気を抜くと大も小も漏れてしまいそうだ。たちまち乳酸で脚が痛み出す。何もかもが極限で、ここでは自転車に乗る快適さの全てが無い。

「北の地獄を思い知れ!」パヴェが耳元で囁いた。私に出来る事は死にもの狂いでクランクを回し続けることだけだ。
 
やっとの思いでこの超級石畳を走りきる。2.4kmがこんなに長いとは。頭の中は真っ白だったが、無事だったという安堵感に一息つく。しかしまだ最初のセクター。ゴールまであと90km以上ある。まだまだこれから先たっぷり楽しめる。「やれやれ」、が正直な感想だ。

最初にアランヴェールをやっつけたせいか、パヴェを楽しむ余裕が出来てきた。周りを見るとあちらこちらにパンクが多い。空気圧が高いと跳ねて進まないが、低すぎてもリム打ちが恐い。最低でも2本の予備チューブにパッチセットと言われていたが、私は幸運にも一度もパンクしなかった。32cのグラベルキングに感謝。

チューブを体に巻き付けて装備するチューブを体に巻き付けて装備する パンクは日常の風景となるパンクは日常の風景となる


メカトラでバイクサービスに長い列ができるメカトラでバイクサービスに長い列ができる 手の皮が擦り剥ける手の皮が擦り剥ける


これでもかなり快適なパヴェこれでもかなり快適なパヴェ 医療スタッフが怪我の治療にあたる医療スタッフが怪我の治療にあたる


パヴェでは落車に巻き込まれるのが恐いため、自分しか信用できないが、セクター間をつなぐ舗装では脚の揃うライダーを見つけてローテーションを協力しあう。ひたすら真っ平らなこの地は、風を遮るものが何も無い。自然発生的に小集団が生まれ、名も知らぬ仲間が出来る。それだけのことだが私は嬉しかった。

三つ目のエイドでの挨拶は皆「ベロドロームでまた会いましょう!」だ。最後の五つ星パヴェ、カルフール・ド・ラルブルを耐えきるとゴールは近い。そうなると、もう少し走っていたい。パヴェよもっと続いてくれ。

あれほど苦しめられた石畳が愛おしくなる。街に入り競技場へ、右に曲がる。もう胸がいっぱいだ。怪我も無く走りきり、無事このベロドロームへ帰って来た。これまでの全てに感謝して、フィニッシュラインを突き抜けた。

感動のゴール感動のゴール
伝説のシャワールームへ伝説のシャワールームへ ゴール後、ラファMCCでくつろぐゴール後、ラファMCCでくつろぐ




翌日はプロレースの観戦へ
ルーベチャレンジをなんとか走り切り、いよいよ旅も最終日。プロのレースのパリ〜ルーベの観戦だ。実は周回しないラインレースを見るのは初めて。どうやって見に行こうかと考えていたが、そこは友人ミッシェルがクルマで連れて行ってくれることになった。持つべきものは友である。観戦場所はアランヴェールとカルフール・ド・ラルブルの2カ所。昨日散々苦しめられた場所に再訪するのだ。

アランヴェールに続く長い駐車列。対面通行の道だがクルマを次の観戦場所へ向けておくアランヴェールに続く長い駐車列。対面通行の道だがクルマを次の観戦場所へ向けておく チームスタッフがスペアホイールを持ってパヴェで待機する。チームスタッフがスペアホイールを持ってパヴェで待機する。


ベルギーの英雄に声援が熱いベルギーの英雄に声援が熱い
高速道路で快適にアランヴェールへ。近くまで行って駐車スペースを探す。が、コースに向かう沿道はずらりと駐車の列。2km程歩く事になったが、これでもラッキーな方らしい。こちらは昨日のダメージで筋肉痛である。ヨタヨタと付いて行く。

アランヴェールの森に着くと、既に多くの人で賑わいを見せている。鉄柵沿いはいっぱいだ。奥に行けば行くほど観戦スペースが空いていて見やすそうだが、ミッシェルは出口に近い所でスペースを見つけると、体を滑り込ませた。「あまり奥まで行ってしまうと出る時に時間がかかってしまい、クルマの渋滞にも巻き込まれ、次の観戦場所に遅れてしまう」と言う。プロの観客から学ぶ事は多い。

アランヴェールを出ても人垣が続くアランヴェールを出ても人垣が続く リタイアするキンタナ弟リタイアするキンタナ弟


スペアバイクもRDがもげてしまっていたスペアバイクもRDがもげてしまっていた 高速道からコースが見える高速道からコースが見える


アランヴェールでの観戦が済むと、さっそく移動だ。全選手が行き切らないうちに動き出す。クルマに戻り高速道路で移動する。途中レースのコースが高速道路に沿うところがあり、やや渋滞。見ると路肩に止まって観戦しようとするクルマがいっぱいだ。さすがにこれはモトバイクの警官が取り締まっていた。

カルフール・ド・ラルブルの近くの町の通りも、何キロも駐車の列。大通りはもういっぱいだったが、運良く住宅地の小径に停めることができた。またまた3km程歩くことになった。脚が痛いが、急げ急げとせかされる。

今日はボーネンが勝つぜ!と大騒ぎ今日はボーネンが勝つぜ!と大騒ぎ 95歳のプロ観客(奥)。ひ孫さんと観戦だ。95歳のプロ観客(奥)。ひ孫さんと観戦だ。


カルフール・ド・ラルブル出口付近は大賑わいカルフール・ド・ラルブル出口付近は大賑わい
心臓の音さえ聞こえてくるようだ心臓の音さえ聞こえてくるようだ 目の前ギリギリを通過する 目の前ギリギリを通過する 


カルフール・ド・ラルブルのセクター出口は広場のようになっており、大型スクリーンが設置されてレースの始終をライブで見ることが出来る。観戦場所としては最高だ。この一大イベントを楽しもうと、多くの人でにぎわっている。

またここには選手と観客を分ける柵が無い。石畳を避け路肩を走る選手が本当に足下ギリギリを通過する。この迫力を他のスポーツで感じる事は絶対に無理だ。そのぶん私たちも十分気をつけなければならない。自分が立っているこの場所もサーキットのオンコースなのだ。試合中のサッカーのピッチ上で、野球のダイヤモンド内で観戦しているようなものである。

レースはカンチェラーラに落車があったということだったが、ベルギー勢にいい展開になっていた。大型スクリーンに見入る観客は、ボーネンのアタックに歓声を上げる。

そしてレースがやってきた。地響きと雷が唸りをあげて向かってくる。こちらの腰が抜けるほどの迫力と選手の気迫。過ぎる一瞬一瞬の光景に重みがあり、圧し潰されてしまいそうなそんな気にさえなってくる。恐るべしモニュメント。残りあと15km。選手を見送ると私たちはスクリーンに釘付けになった。

ゴールの瞬間1秒前のベルギー人たちゴールの瞬間1秒前のベルギー人たち



宇賀神善之さん宇賀神善之さん プロフィール
宇賀神善之(うがじんよしゆき)


出版広告制作会社の撮影部を経て、現在はフリーランスフォトグラファーに。撮影ジャンルはビューティからアウトドアまで幅広いが、趣味が高じて近年は遂に自転車分野に着手。写真を通じてロードレースの文化を伝えたいと意気込む。東京と宇都宮のダブルプレイスで活動し、ジャパンカップには深い思い入れがある。目標はプロの観客。


text&photo:Yoshiyuki.UGAJIN
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