2015/10/04(日) - 09:07
パワートレーニングを学ぶため単身アメリカ・バージニア州ベッドフォードに渡った中田尚志氏。 パワー・トレーニング・バイブルの著者ハンター・アレン氏の元で学ぶ同氏のコロラドレポート第2弾は、コーチング企業、トレーニング・ピークス(TrainingPeaks.com)で行われたセミナーの模様です。
エンデュランスアスリートの為のパワーデータの解析ソフトなどを販売するトレーニング・ピークス(以下TP)において”TPU”と”ECS”と呼ばれる二つのセミナーが開催されました。
パワーコーチングの大学 ”TPU”…Training Peaks University
こちらはTPが開催するセミナーでパワーベースでのコーチングを学びたい人向けに開催されています。コーチングの基本からパワートレーニングの基礎用語、さらには選手とのコミュニケーションの取り方、TPの活用法などをレクチャーします。今回は新作トレーニング解析ソフトWKO4の発売直後とあり、新機能や新しい解析方法が「パワートレーニングバイブル」の著者、ハンター・アレン氏から紹介されました。
既存のパワートレーニングのメトリック(指標)に加えて、より正確に短時間の最大ワットを測る手法Pmax、FTPを超える強度でどれだけ耐えれるかを測るFRC、さらに実現可能なFTPを示唆するmFTPなどが紹介されました。WKO4に関しては現在Mac版が販売されており、年末にはPC版(Windows版)がリリースされる予定です。
TPUのもう一人の講師は「サイクリスト・トレーニング・バイブル」の著者ジョー・フリール氏。ジョー・フリール氏はエンデュランス アスリートのコーチとして世界的に有名で、ボルダーを拠点にランナー・サイクリスト・トライアスリートをコーチしてきただけでなく、多くのコーチを育ててきた実績があります。
氏の科学的根拠に基づいたコーチングは、他のエンデュランス スポーツにも応用が効く普遍的なものです。最新の科学的トレーニングを研究する氏ですが「コーチングに決して魔法や秘密はない。着実にトレーニングした者が最高の結果を得る」の言葉は氏の35年におよぶコーチングがいかに現実的で地に足の着いたものであるのかを代弁しているかのようでした。
世界中のコーチが集う”ECS”…Endurance Coaching Summit
7/28-29の二日間開催された今回のサミットは、全米はもとよりスペイン・南アフリカそして日本からも参加があり150人以上のエンデュランス コーチが集まりました。
参加者の中には今年のツールでマイヨ・ジョーヌを来たローハン・デニスのコーチ、ニール・ヘンダーソン、昨年まで女子のトップ選手として活躍し現在はコーチをしているアリソン・パワーズ(クリテ・ITT・ロードの全米選手権を制覇)など、自転車の世界でも有名なコーチも顔を見せていました。
サミットは好きな講師のセミナーを選んで受講できます。講義は多種多様で最新のトレーニング理論紹介やメンタルトレーニングの紹介などがあります。また、米国でもまだまだ新しいビジネスであるコーチングに関する講義がありました。
主なセミナーの内容
ジョー・フリール 「私のコーチングの歴史」
キャリー・チードル 「苦しみ方の心理学」
ロビー・キッチェル 「ビッグデータとサイクリング」
イニゴ・サン・ミラン博士 「科学的なトレーニングとモニタリング」
パネル・ディスカッション 「科学的コーチングの未来」
この中から、個人的に興味深かった内容をいくつかご紹介しましょう。
苦しみ方の心理学 ―キャリー・チードル―
トレーニングには苦痛が伴います。それらを肯定的に受け入れ、前向きな苦痛と考えることが出来れば、よりプッシュし限界の向こう側まで自身を連れて行くことが出来ます。それによって更に高いレベルに到達することが出来るはずです。
なぜプッシュできないのかは3つの理由が考えられます。
疲労:疲れによる集中力の低下
予期:疲労を予想してブレーキがかかる
恐れ:苦痛に対する恐れ
耐える方法
1.痛みに対して前向きな気持ちを持つ
ゴールを設定する。
リラックスする。
(恐れ硬くなると痛みは増幅する。)
2.フォーカスを決める
ゴールを決める。
最も大切なことに集中する
(ペダリング・トレーニング強度など)
3.苦痛はポジティブな物だと捉える
苦痛に対する印象が耐久力を決める。
苦痛は成功へ向かう上での副産物
苦痛は努力の報酬
苦痛はいつもメンタルで決まるわけではない。
苦痛を受け入れられるサポートを探す。
(快適なウエア・協力者・機材など)
※注意点
しばしばアスリートはトレーニングの苦痛と故障などの避けるべき痛みを混同してしまうことがあります。トレーニングに苦痛は必須ですが、避けるべき痛みを感じた時はすぐにトレーニングを中止し然るべき対処を行う賢明さも必要です。
ビッグデータとサイクリング ―ロビー・キッチェル―
現在のプロの世界では、いかに多くのデータを採取し、それらをどのように戦術に活かすかの競争がなされています。ロビー・キッチェル氏はチームskyに所属するデータ・サイエンティストです。
ツール・ド・フランスのチームTTに向けて彼は、現地の気象情報、路面状況を調査し、コースに合わせたギアレシオ、ホイール、フレーム、ヘルメット、ウエアなどをチョイス。更には身長・走りのタイプから最も有効な選手の並び順なども決めて行きます。また気圧、風向き、勾配、ライダーの体重などから区間タイムを予測することで、レース当日の最適なペース配分を予想します。
例1:TTのギア設定
あるTTレースのコースは平坦と丘陵地を含むものでした。気象・パワー・路面抵抗といった各データから平坦・丘陵地の区間のスピードを求め、コース全体で使用するギアレシオを予測します。その結果、頻繁にフロントの変速が必要な場合、あえてアウターチェーンリングを58T から53Tに変更し、フロントの変速を不要にすることでリスク回避とタイム短縮を狙いました。
例2:TTバイクの選択
USAプロチャレンジで前半平坦・後半ベイル峠を登るレースの例。平坦の走行時間・登り走行時間の比率から、TTマシンを使用するのか、ロードレース用のフレームにDHをつけた方がタイムが出るのかを算出。結果TTマシンで登りを押し切った方が速いと判断しTTマシンを使用しました。
このようにデータを駆使する事で少しでも勝率を上げるのが、現在行われているビッグデータの活用です。
ご紹介した以外にも沢山の興味深いセミナーがありました。TPU・ECSは今後も継続して開催される予定です。日本からの参加が難しい場合は、有料で録画を閲覧する事も出来ますので興味のある方はいかがでしょうか?
著者…中田尚志(なかた たかし)
Peaks Coaching Group エリートコーチ。
パワー・トレーニング・バイブル(原書:Training and racing with Power Meter)の著者、ハンター・アレン(Hunter Allen)氏のもとでパワートレーニングを中心にコーチングを学ぶ。
25年に及ぶ日本・アメリカでのレース経験を持つ現役選手。バージニア州ベッドフォード在住。現在でも週末はPro/1/2レベルおよびマスターズでレースに参加している。2013 全米自転車競技連盟主催パワートレーニングセミナー修了。
エンデュランスアスリートの為のパワーデータの解析ソフトなどを販売するトレーニング・ピークス(以下TP)において”TPU”と”ECS”と呼ばれる二つのセミナーが開催されました。
パワーコーチングの大学 ”TPU”…Training Peaks University
こちらはTPが開催するセミナーでパワーベースでのコーチングを学びたい人向けに開催されています。コーチングの基本からパワートレーニングの基礎用語、さらには選手とのコミュニケーションの取り方、TPの活用法などをレクチャーします。今回は新作トレーニング解析ソフトWKO4の発売直後とあり、新機能や新しい解析方法が「パワートレーニングバイブル」の著者、ハンター・アレン氏から紹介されました。
既存のパワートレーニングのメトリック(指標)に加えて、より正確に短時間の最大ワットを測る手法Pmax、FTPを超える強度でどれだけ耐えれるかを測るFRC、さらに実現可能なFTPを示唆するmFTPなどが紹介されました。WKO4に関しては現在Mac版が販売されており、年末にはPC版(Windows版)がリリースされる予定です。
TPUのもう一人の講師は「サイクリスト・トレーニング・バイブル」の著者ジョー・フリール氏。ジョー・フリール氏はエンデュランス アスリートのコーチとして世界的に有名で、ボルダーを拠点にランナー・サイクリスト・トライアスリートをコーチしてきただけでなく、多くのコーチを育ててきた実績があります。
氏の科学的根拠に基づいたコーチングは、他のエンデュランス スポーツにも応用が効く普遍的なものです。最新の科学的トレーニングを研究する氏ですが「コーチングに決して魔法や秘密はない。着実にトレーニングした者が最高の結果を得る」の言葉は氏の35年におよぶコーチングがいかに現実的で地に足の着いたものであるのかを代弁しているかのようでした。
世界中のコーチが集う”ECS”…Endurance Coaching Summit
7/28-29の二日間開催された今回のサミットは、全米はもとよりスペイン・南アフリカそして日本からも参加があり150人以上のエンデュランス コーチが集まりました。
参加者の中には今年のツールでマイヨ・ジョーヌを来たローハン・デニスのコーチ、ニール・ヘンダーソン、昨年まで女子のトップ選手として活躍し現在はコーチをしているアリソン・パワーズ(クリテ・ITT・ロードの全米選手権を制覇)など、自転車の世界でも有名なコーチも顔を見せていました。
サミットは好きな講師のセミナーを選んで受講できます。講義は多種多様で最新のトレーニング理論紹介やメンタルトレーニングの紹介などがあります。また、米国でもまだまだ新しいビジネスであるコーチングに関する講義がありました。
主なセミナーの内容
ジョー・フリール 「私のコーチングの歴史」
キャリー・チードル 「苦しみ方の心理学」
ロビー・キッチェル 「ビッグデータとサイクリング」
イニゴ・サン・ミラン博士 「科学的なトレーニングとモニタリング」
パネル・ディスカッション 「科学的コーチングの未来」
この中から、個人的に興味深かった内容をいくつかご紹介しましょう。
苦しみ方の心理学 ―キャリー・チードル―
トレーニングには苦痛が伴います。それらを肯定的に受け入れ、前向きな苦痛と考えることが出来れば、よりプッシュし限界の向こう側まで自身を連れて行くことが出来ます。それによって更に高いレベルに到達することが出来るはずです。
なぜプッシュできないのかは3つの理由が考えられます。
疲労:疲れによる集中力の低下
予期:疲労を予想してブレーキがかかる
恐れ:苦痛に対する恐れ
耐える方法
1.痛みに対して前向きな気持ちを持つ
ゴールを設定する。
リラックスする。
(恐れ硬くなると痛みは増幅する。)
2.フォーカスを決める
ゴールを決める。
最も大切なことに集中する
(ペダリング・トレーニング強度など)
3.苦痛はポジティブな物だと捉える
苦痛に対する印象が耐久力を決める。
苦痛は成功へ向かう上での副産物
苦痛は努力の報酬
苦痛はいつもメンタルで決まるわけではない。
苦痛を受け入れられるサポートを探す。
(快適なウエア・協力者・機材など)
※注意点
しばしばアスリートはトレーニングの苦痛と故障などの避けるべき痛みを混同してしまうことがあります。トレーニングに苦痛は必須ですが、避けるべき痛みを感じた時はすぐにトレーニングを中止し然るべき対処を行う賢明さも必要です。
ビッグデータとサイクリング ―ロビー・キッチェル―
現在のプロの世界では、いかに多くのデータを採取し、それらをどのように戦術に活かすかの競争がなされています。ロビー・キッチェル氏はチームskyに所属するデータ・サイエンティストです。
ツール・ド・フランスのチームTTに向けて彼は、現地の気象情報、路面状況を調査し、コースに合わせたギアレシオ、ホイール、フレーム、ヘルメット、ウエアなどをチョイス。更には身長・走りのタイプから最も有効な選手の並び順なども決めて行きます。また気圧、風向き、勾配、ライダーの体重などから区間タイムを予測することで、レース当日の最適なペース配分を予想します。
例1:TTのギア設定
あるTTレースのコースは平坦と丘陵地を含むものでした。気象・パワー・路面抵抗といった各データから平坦・丘陵地の区間のスピードを求め、コース全体で使用するギアレシオを予測します。その結果、頻繁にフロントの変速が必要な場合、あえてアウターチェーンリングを58T から53Tに変更し、フロントの変速を不要にすることでリスク回避とタイム短縮を狙いました。
例2:TTバイクの選択
USAプロチャレンジで前半平坦・後半ベイル峠を登るレースの例。平坦の走行時間・登り走行時間の比率から、TTマシンを使用するのか、ロードレース用のフレームにDHをつけた方がタイムが出るのかを算出。結果TTマシンで登りを押し切った方が速いと判断しTTマシンを使用しました。
このようにデータを駆使する事で少しでも勝率を上げるのが、現在行われているビッグデータの活用です。
ご紹介した以外にも沢山の興味深いセミナーがありました。TPU・ECSは今後も継続して開催される予定です。日本からの参加が難しい場合は、有料で録画を閲覧する事も出来ますので興味のある方はいかがでしょうか?
著者…中田尚志(なかた たかし)
Peaks Coaching Group エリートコーチ。
パワー・トレーニング・バイブル(原書:Training and racing with Power Meter)の著者、ハンター・アレン(Hunter Allen)氏のもとでパワートレーニングを中心にコーチングを学ぶ。
25年に及ぶ日本・アメリカでのレース経験を持つ現役選手。バージニア州ベッドフォード在住。現在でも週末はPro/1/2レベルおよびマスターズでレースに参加している。2013 全米自転車競技連盟主催パワートレーニングセミナー修了。
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