210kmを走る佐渡ロングライドのおよそ半分、100km。雨は強さを増す一方で、残りの110kmをどう走ろう。佐渡ロングライド実走レポート後編、長い旅路は終章を迎えます。走って、書いた。いちサイクリストの佐渡体感記をどうぞ。

両津ASではお昼ご飯とともにわかめ汁が振る舞われ、ひと息両津ASではお昼ご飯とともにわかめ汁が振る舞われ、ひと息 photo:Yufta Omata100km地点にあたる両津ASはCコースのゴール地点。続々とゴールへ入る参加者の名前が両津港に響き渡る。100kmの長旅へ186人がスタートしてゴールしたのは169人ということだ。186通りの佐渡島の旅はどんなものだったのだろう。いただいたお弁当を食べながら、改めて自分の残り半分の行程を思う。全員に振る舞われる温かいわかめ汁でほっと一息。

ここまで、半分。走ってきた参加者の方に感想を伺ってみた。「なかなか雰囲気があっていいですね。ただ雨がちょっと寒いですね。横風も強くてたまに振られます。脚はまだ残ってるのでこの先もがんばります!」とは東京都八王子からやってきたイサオさん。東京都八王子からやってきたイサオさん(右端)まだまだ脚はある!東京都八王子からやってきたイサオさん(右端)まだまだ脚はある! photo:Yufta Omata

両津を出ると、スタート地点から走ってきた佐渡島北半分「大佐渡」を走り切ったことになる。これからは南半分、「小佐渡」を走る。小、とついても残りは100km。どこが小さいんだい、と無言の雑言を飲み込んで走り出す。雨は相変わらず降っていて、強くなったり、弱くなったり。

ふと海に目をやると、赤い橋が小島に伸びている。やはり佐渡の名所のひとつ、津神島だ。日本画から出てきたと形容されるこの橋は、なるほど日本的。雪舟の水墨画にそのまま出てきそうな雰囲気がある。それでなくても、佐渡島を走っていると、しみじみと「和」を感じることがままある。町・集落を通過する度に木造の古民家のがらがらと音を立てそうな引き戸や、夕涼みに良さそうな縁側を目にすることができる。

雨が染み込んで黒くなったこれらの家々の木の壁を見ながら走るのは悪くない。何もかもが早く流れ去ってしまう都会が失ったものがまだここには息づいているし、なんでそもそも都会はあんなにも洋風なのだろうと不思議に思う。これも自分の脚で自分の速度で走れる自転車だから気づくことなのだろうか。

そんな風に考えるともなく走っていたら、あっという間に40kmが過ぎて140km地点の多田ASに到着。ご飯を食べたからか、先ほどまでの不調が嘘のように走れた区間だった。この区間は主だった登り坂がないせいもあるかもしれない。この多田ASがだいたい佐渡の南端といったところ。補給を摂って、足早に先を急ぐ。

それにしてもパンクが非常に多い。雨で砂利などが路面に流れ出てきているせいだろうが、ひっきりになしに路肩でタイヤチューブを引っ張り出しているサイクリストたちの姿を見た。この寒い雨の中でのチューブ交換は相当に消耗しそうだ。手もふやけてかじかんでなかなか動いてくれないだろう。

路面の悪くない佐渡だが、雨の時はいつもより気を遣って走った方がよさそうだ。162km地点の小木ASに到着。そしてここから佐渡の後半戦の始まりだ。ゴールまでのおよそ50kmの間にいくつかきつい上り坂がある。

個人的に、佐渡ロングライド210で一番好きなポイントがある。それはこの小木と次の素浜ASの間、およそ165km地点にある宿根木の集落だ。それまで左手に見えていた海を離れ、ぎゅっと直角に曲がる右コーナーがある。そこを抜けると、陳腐な言い方で恐縮だが、タイムスリップ感覚がやってくる。眼下に広がるは日本海眼下に広がるは日本海 photo:Yufta Omata

そこは江戸時代に廻船で栄えた集落。木造の古い家が所狭しと肩を寄せ合う。そこに流れている時間は現在の時間の流れ方とも、サイクリストたちの時間の流れ方とも違っていて、「宿根木時間」としか言いようの無い不思議な時間感覚を味わうことができる。佐渡を一周することは、時空を旅することかもしれない。

そんな宿根木を抜けて再び海岸線に出ると、時間感覚が戻ってくる。と同時に、激坂が登場。最大勾配11%と、距離は短いもののなかなか厄介な登り。ふぅ、と越えるとなんともうひとつの激坂が現れる。ココが佐渡ロングライド210で最大勾配を誇る登りで15%という恐ろしい数字がアナウンスされている。

この斜面には田んぼが段々につくられている。きつい勾配をふらふらと登っていると、周囲の音は周りのサイクリストのハァ、ハァという息切れと、カエルの大合唱だけだということに気づく。サイクリストを苦しめる雨も、カエルにとっては恵みのシャワー。ハァハァ、ゲコゲコ、フゥフゥ、ゲロゲロ。

15%の登り坂は壁のよう。悲鳴を上げる太ももを慰めつつインナー・ローでギッタン・バッタンと登っていく。急勾配の登りを終えれば急勾配の下り。濡れた路面に気を遣ってゆっくり下ると最後のAS、素浜が見えてきた。そのASのすぐ手前にはずん、と長い上り坂が控えているのが見える。高低差140mの、佐渡ロングライド210最大の上り坂だ。でも今はASで激坂の疲れをとることにしよう。

素浜ASに集ったサイクリストたちは、多少の疲労を顔に滲ませてはいたものの、ここまでやってきたという安心感とこの直後に待つ大きな坂への不安とが入り交じった複雑な表情。でもゴールまでは30km。もう少し!

東京から参加のイシマクンさんはここまでを振り返っての感想をこう語ってくれた。「初参加です。天気が良ければ景色も良さそうだなって残念ですね。でも雨でもそれなりに道が良くて。ボランティアの方々も誘導をしてくださって、雨降ってても楽しいですね。さっきちらっと見えた激坂のために脚は少しは残してあるので、そこはガンバっていきたいと思います」「ボランティアの方々のおかげで走りやすい」と東京からお越しのいしま君さん「ボランティアの方々のおかげで走りやすい」と東京からお越しのいしま君さん photo:Yufta Omata

さぁ、出発しよう。次に足をつくのはゴールした時だ。決してこれからの上り坂ではつかないぞ、と心に決める。登り口に差しかかって、上を見上げると道は果てしなく続いているように見える。最後の関門、行こう。

この坂は勾配こそ7%ときつくはないが、とにかく長く感じる。180km以上走ってきて疲れた体をゆっくりと前へ進めていく。スピードは歩くのとあまり変わらない。それでもひと踏みひと踏み、自転車に乗っている感触を確かめるようにして前へ。雨ももう気にならない。限界ぎりぎりの状況で、自分と自転車のことだけに集中する。人車一体となる感覚。

この坂を越えたら、残りは20km。もうあと20kmしかこの行程も残っていないのだ。残る力をかき集めて、ゴールへ向かう。意外と力が残っていたのか、最後はこれまでにない快調なペダリングでびゅんびゅんと飛ばしていく。雨は降り続いているけれど、もうそんなことは気にならない。頭の中にあるのはフィニッシュラインのことだけだ。

ボランティアの方々が「もうすぐゴールだよ」と教えてくれる。もうすぐなんだ。国道を小川沿いに左に曲がる。今朝発った佐和田の海岸が再び見えたとき、アーチに赤く書かれた「FINISH」の文字も同時に目に飛び込んできた。ゴールに自然と表情もほころぶゴールに自然と表情もほころぶ photo:Yufta Omata

「ゴールでみんなの名前を呼んであげたい」という大会DJ、タネさんの通りのいい声が会場に響く。「210km、おっかえりなっさーい!お疲れさまー!!」あぁ、走り切ったんだ。210km、長かったようにも、あっという間にも感じた。

ゴールではあたたかな海老汁が振る舞われた。体に染み込む海の幸。じんわりと体が温まり、完走の達成感から心も温まる。210kmを走り切って海老汁に舌鼓を打つ参加者の方に感想を伺った。

「僕は2回目なんですけど、今年が一番キツかったです。2年前に走った時も雨で、天気が良かったためしがないんですけど。(印象的な場所は?という問いに)全部ですね。でも素浜のASに入る前のちっちゃい坂が何度も続くところはいやらしかったですね。見通しが悪くて、曲がったら登りがあって、みんな心が折れていたのが印象的でした(笑)」と2回目の佐渡を振り返ってくれた。



静岡市から参加したラガーマンさんは「疲れました〜。去年は天気が良かったということで、期待してたんですが、まぁ走っちゃえばそんなに気にならなかったですね。Z坂はそうでもなかったけれど、最後の坂はキツかったですね…。(来年走るかは)…考えます(笑)」とコメント。ゴール後、「最後の坂がきつかったですね」と静岡市のラガーマンさんゴール後、「最後の坂がきつかったですね」と静岡市のラガーマンさん photo:Yufta Omata

ゴールしたみんなの表情は、体中ずぶ濡れなのにも関わらず達成感と安堵感に満ちあふれていた。どんなに自分に厳しい人だって、今日だけは自分を褒めてあげてやりたくなるはずだ。一日中動いた下半身も、体を支え続けた上半身もギシギシと悲鳴を上げているけど、この痛みこそが210kmを走り切った証だ。

一日降り続いた雨だって、走り切ってしまえば自分の努力の証人となる。ふぅ、なんて可愛らしい雫だろう。哲人の言葉に少し近づけただろうか。自分自身の見方と、そして世界の見方がちょっと変わった気がする210km。それは大会の成長を願う主催者と多くのボランティアのみなさんとによって生まれたかけがえのない210kmだった。ここに感謝の意を表したい。

両津港19時30分発のフェリーで本土へ向かう。フェリーの2等室は佐渡を走ったサイクリストで埋め尽くされた。誰しもが佐渡の思い出を語り合って楽しそうな船内。その30分後、室内には全くの沈黙が支配した。辛うじて聞こえるのは参加者たちのすぅすぅという寝息だけ。静かなのは今だけだろう。明日になれば、みな家族や、職場や学校の仲間に雄弁に語るに違いない。佐渡島一周、それぞれの210kmの冒険を。